「美香さんは、桐谷と吉川が元は同じ家なのはご存知かしら?」和美様の問いかけは、どこか試すようでもあり、同時に覚悟を確かめるようでもあった。私は小さく頷きながらも、その先に続く話の重さを直感する。.財閥解体に伴う事業再編の中で、当時のご当主は、双子の息子を残して、ほかの家族を戦争や病で失った。そしてご当主は、残された二人だけは争わせまいと願った。その結果として資産は等分され、兄である桐弥様は桐谷商会を、弟である吉弥様は吉川商会を興すことになった。だが、本質は単なる分割ではない。二人は互いに相手の会社の株を35%ずつ持ち合い、「もし自分が道を誤れば、お前が正してくれ」と誓い合った。その姿は美談として語り継がれているが、同時にそれは互いを縛る鎖でもあったのだと、今なら分かる。「株は子や孫へと引き継がれ、個々の持ち分は薄くなっているけれど、家として見れば桐谷は今も吉川の株の35%を持っているわ」つまり、数字以上に重い“関係性の支配力”が残っているということだ。逆に言えば、吉川側も桐谷に対して一定の影響力を維持している。桐谷グループの株であれば、たとえ5%でも大株主。それが互いの経営を監視するための持ち合いだと考えれば、35%という数字がどれほど重い意味を持つかは言うまでもない。,「ただし吉川側は違うわ。株を手放した者がいて、今では一族全体で15%ほどしか所持していないでしょうしね」理想からの逸脱は、静かに、しかし確実に進行していた。事業の不振。個人の判断。短期的な利益。それらが積み重なり、いつしか“守るべき象徴”だった株は“売れる資産”へと変質していた。「気づいた時には、吉川家が保有していた桐谷の株がかなり市場に流れていたの。海外資本も絡んで、桐谷側は総力をあげて買い戻したわ」和美様の吐息は深く、その一言に当時の緊張と苦闘が凝縮されているようだった。そこにはもう美談の温度はなく、ただ現実としての戦いがあったのだろう。「20年ほど前、桐谷は吉川に利益度外視の援助を行ったわ。吉川の当主はこれ以上の醜聞を避けたかったし、事業も厳しかったから受け入れた。そして感謝を大々的に表明した」その出来事が、再び“兄弟愛の物語”を世間に印象づけた契機となった。しかし、それは過去を美しく見せる演出であって、現在の歪みを解消するものではなかった
最後更新 : 2025-12-26 閱讀更多