1年にも満たない私の記憶の中で、蓮司さんに何度「無理はするな」と言われただろう。妊娠中や出産直後は、「無理はするな」は私を気遣ってくれる蓮司さんの優しさなのだと、「無理はするな」という言葉に素直に頷けた。何でとか、何のためにとか、無理な何かが分かっていたから。 でも、いまは?何が無理なのだろう? 子どもは生まれた。もう妊婦じゃない。誠司が生まれて6ヶ月もたった。出産後の回復は順調って言われたし、生理がくれば完全ではなくてもほぼ妊娠前の体に戻ると言われていた。その生理は、もう3ヶ月前に来た。 何もさせてもらえないわけではない。家の中でのことなら「無理はするな」という言葉でダメとは言わない。「無理はするなよ」と心配してくれるのは同じだけれど、私の希望を受け入れてくれる。 家に閉じ込められているわけではない。買い物だって、「無理はするなよ」と心配されて誰かが一緒にいくけれど自由に行っている。テレビをみていきたいお店があれば、蓮司さんが休みを取って一緒にいってくれる。 会社や桐谷家の対外的なお付き合いのときのことだけ「無理するな」と言われる。そして「武美がやるから大丈夫」と言う。武美さんが無理なら、「秘書がやるから大丈夫」。秘書さえも都合がつかない場合は「朋美が頑張るから大丈夫」。 頑張れば私だってと思うのは、私の奢りだろうか。 * 「ねえ」聞いたことのない声に振り返ると、見たことのない若い女性がいた。そういえば朋美さんが今日は友だちと家で課題をやると言っていた。彼女がその友だちだろうか。「どうかしましたか?」「朋美の部屋が分からなくなったのだけれど、どこかしら?」やはり朋美さんの友だちだったらしい。 「桔梗さん?」朋美さんの部屋のドアをノックすると朋美さんが顔を出す。案内してきた子が私の脇を抜けて部屋の中に入り、それで察したのか朋美さんが私に礼を言った。部屋の中は賑やかで、案内してきた子の他にも何人か来ているみたい。「よければ焼き菓子を持ってきましょうか?」お義父様のリクエストで午前中にお菓子を焼いた。作っている最中にお義父様が顔を出して、食べたさそうにしていたから食べるかと聞いたら高速で首を横に振られた。桐谷家は食べられるものの管理が本当に厳密だ。全員が揃った場できっちりと
Terakhir Diperbarui : 2026-01-01 Baca selengkapnya