「いったぁ!」 颯斗は思わず顔に手をやり、指先に付着した血を見て顔をしかめた。 「最悪だ……。これ、狂犬病とか大丈夫なのか?やっぱり注射を打ちに行ったほうがいいか?」 「安心しろ。フロイトは狂犬病の検査も、虫下しも、ワクチン接種もすべて済ませてある」 練は救急箱を持ってくると、綿棒と消毒用アルコールを取り出し、颯斗のもとへ歩み寄った。 「ほら、顔をこっちに向けろ」 自分で傷口を確認できない颯斗は、仕方なく言われるがままに顔を向けた。 「猫は女と同じで、とんだ気まぐれ屋だからな」 練はそう言いながら、アルコールを浸した綿棒を慎重に颯斗の頬へと当てる。 颯斗は息をするのも忘れ、まるで木偶のように手足をこわばらせて立ち尽くした。 現実でこれほどまでに練と接近したことなど、これまで一度もなかったような気がする。 練が言葉を発するたび、その吐息が綿毛のように優しく颯斗の顔を撫でた。湿り気を帯びた生温かい息には、どこか人を惹きつける甘い香りが漂っている。 知らず知らずのうちに、颯斗の鼓動は激しくなり、喉がからからに乾いていた。 まるでチーズの香りに誘われる鼠のような気分だ。前方に危険が待ち受けていると分かっていながら、いつの間にか練のペースに乗せられ、一歩、また一歩と罠の深みへ誘い込まれていく。 「なにを緊張している?」 練も颯斗の異変を察したのか、手を空中で止め、じっと彼を見つめた。その表情はどこか面白がっているようにも見える。 「緊張?俺が?」
Terakhir Diperbarui : 2025-12-20 Baca selengkapnya