朝の光が窓から差し込むとき、橋本陽菜はいつも同じ夢から目覚める。 夢の内容は覚えていない。ただ、何か大切なものを探していたような、そんな残像だけが意識の端に残っている。目覚まし時計が鳴る三分前、彼女は自然に目を開ける。時刻は午前六時二十七分。いつも通りだ。 陽菜はベッドから起き上がり、窓のカーテンを開ける。緑ヶ丘町の朝は清々しい。空は完璧に晴れていて、雲一つない。彼女は深呼吸をする。空気が肺を満たす感覚。それは心地よく、まるで身体の隅々まで酸素が行き渡るのを感じられるようだ。 火曜日の朝は特に好きだった。 理由はわからない。ただ、火曜日には独特のリズムがある。月曜日の緊張が解け、週の中盤に向かって緩やかに加速していく、その過渡期。陽菜にとって火曜日は、完璧なバランスの日だった。 洗面所で顔を洗い、鏡を見る。三十四歳の自分。肌の状態は良好で、目の下のクマもない。髪を整え、いつものポニーテールにまとめる。鏡の中の自分に微笑みかける。「今日もいい一日になりそうね」 独り言を言う習慣がある。誰に聞かせるわけでもないが、声に出すことで一日が始まる実感が湧く。 朝食は簡単に済ませる。トースト一枚とコーヒー。テーブルに座り、窓の外を眺めながらゆっくりと食べる。向かいのマンションのベランダでは、いつものおばあさんが洗濯物を干している。その姿を見ると、なぜか安心する。 午前七時十五分、陽菜は家を出る。 緑ヶ丘小学校までは徒歩二十分。いつもの道を、いつものペースで歩く。途中、花屋の前を通る。今日も色とりどりの花が並んでいる。店主の田村さんが水やりをしている。「おはようございます、橋本先生」「おはようございます、田村さん。今日もお花がきれいですね」 短い会話。それだけで十分だ。 小学校に着くと、校門で生徒たちが挨拶をしてくれる。「おはようございます!」 元気な声。陽菜は一人一人に笑顔で応える。子どもたちの顔を見ていると、教師になって良かったと心から思う。 職員室に入ると、同僚の山田先生がコーヒーを淹れている。「おはよう、橋本先生。今日も火曜日だね」「ええ、いい天気ですね」 何気ない会話。山田先生は五十代のベテラン教師で、いつも穏やかだ。 午前八時三十分、一時間目の授業が始まる。陽菜は四年二組の担任だ。教室に入ると、生徒たちが席についている。二
Terakhir Diperbarui : 2025-11-26 Baca selengkapnya