บททั้งหมดของ 遺言のある部屋―託された息子、救われた青年: บทที่ 21 - บทที่ 30

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21.明け方の「ただいま」

外階段の鉄が、足の裏に冷たく響いた。まだ夜なのか、もう朝なのか判別のつかない時間帯だった。空は薄く青みを帯びてきているのに、近くの店のネオンはまだ消えていない。ピンクと赤と青の光が、ビルの壁面や路地の水たまりににじみ、寝静まった住宅街とは違う、夜の名残をしぶとく残している。充は、タバコと香水と、消毒液の匂いをまとったまま、よろりと階段を上った。足取りは、意識していないと一段飛ばしてしまいそうなほど雑になっていて、一段ごとに膝の関節がぎし、と小さく悲鳴を上げる。ポケットの中で鍵が冷たい。金属の感触を確かめるように握り直し、二階の廊下に出る。廊下の床には古いゴムマットが敷かれ、ところどころめくれ上がっている。その隙間から見えるコンクリートが、明け方の湿気を吸って鈍く光っていた。自分の部屋の前に立ち、鍵穴に鍵を差し込む。何度も回した感触のある固い手応え。カチ、と小さな開錠の音がして、ドアが手前にわずかに重く動く。室内の空気は、外とは別種の冷たさを持っていた。照明は落とされていて、カーテンの隙間から、まだ消えきらない街の光がわずかに差し込んでいる。その薄明かりが、靴箱と廊下の境目をぼんやりと浮かび上がらせていた。靴を脱ぎながら、充は鼻をひくつかせる。出掛ける前にはなかった匂いが、薄く残っている。インスタントコーヒーの香りと、焼いたパンの香ばしさ、それから洗い立ての洗剤の匂い。夜の店で染み付いた香水と煙草とは違う、もう少し真っ当な生活の匂い。「…ただいま」誰にともなく、小さな声で言った。返事はない。時間からして、当然だ。部屋の住人の片割れは、きっととっくに寝ているか、目覚ましのアラームを待つ浅い眠りの中にいる。玄関からリビングへ続く細い廊下を歩くと、床板がきし、と鳴った。靴下越しに、冷たいフローリングの感触がじわりと伝わる。疲労で鈍くなった足裏には、その冷たさでさえ、少しだけ心地よかった。リビングの照明は消されているが、テーブルの上に何か白く浮かぶものが見えた。近づいていくと、ラップのかかった皿がひとつ、その横に飲みかけのマグカップが置かれている。皿の
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22.昼の教室と空っぽの部屋

朝の通学電車は、いつも通り混んでいた。吊革につかまったまま、陸斗は窓の外をぼんやり眺めていた。ガラスに映る自分の顔越しに、見慣れた景色が流れていく。駅前のスーパー、コンビニ、学校帰りによく寄る古本屋。それらは、官舎に住んでいた頃と何ひとつ変わっていない。変わったのは、この線の終点から先、自分が帰っていく場所だけだ。「すいません」隣のサラリーマンが少し身じろぎして、肩が当たる。陸斗は小さく会釈をし、吊革を持つ手に力を込めた。電車の揺れが、そのまま胸の中にまで伝わってくる気がする。ドアの上のスクリーンには、ニュースの字幕が流れていた。事故や事件の見出し。父の名前が出ていたことのあるその枠は、今は全く別の誰かの情報で埋まっている。当たり前だ。あの日から、もうだいぶ経つ。けれど、自分の中では、時間の進み方がどこか歪んでいた。あの日から先だけが、少しだけ薄い紙みたいに頼りなく続いている感覚。電車が学校の最寄り駅に滑り込む。ブレーキの音と共に、ぐっと車体が沈んだ。ホームに降り立つと、朝の空気が顔に当たる。冬から春へ移る途中のような、まだ冷たいけれど、どこか柔らかい匂いが混ざっていた。改札を抜け、いつもの通学路を歩く。線路沿いの道、パン屋の前、交差点。官舎があったのは、この少し先の路地だった。そこへ続く角を曲がることは、もうない。まっすぐ学校の方へと足を向ける。「おはよー」背後から肩を叩かれて、振り返る。同じクラスの男子が二人、コンビニの袋を提げて立っていた。一人は口にまだおにぎりを咥えている。「おはよ」「眠そ。昨日も寝てねーだろ」「普通に寝たけど」「テスト前になるとさ、こいつ徹夜するタイプだからさ」勝手に説明され、適当に笑って流す。テスト前だから眠れていないわけじゃない。眠れないのは、別の理由だ。「英語の宿題やった?」「やった」「写させて」「自分でやれよ」いつもと同じやり取り。少し前まで、それが自然に口をついて
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23.ノートの数字と欠けた安心

平日の夜、いつもより一本遅い電車が新宿駅に滑り込んだ。ホームに吐き出された人の波に押し流されるように、陸斗は階段を上る。足の裏に、一日分の疲れがじんわりとたまっていた。補習で少し授業が延びただけなのに、いつもより駅の照明が白く眩しく感じる。改札を抜けると、夜の匂いが一気に濃くなる。揚げ物と排気ガスと、香水とアルコールが混ざり合って、鼻の奥につんと残る。スーツ姿の人たちと、遊びに来た若者たちが入り混じって、笑いながらぶつかり合っていく。いつものように、歌舞伎町のアーチが見える方向を避けて、裏道に入る。路地に入ると、急に人が減る。その代わり、ビルの隙間から漏れるテレビの音や、店の裏口で話している店員の低い笑い声が、やけに鮮明に聞こえてきた。古びたアパートの外階段が見えてくる。二階の廊下の隅から、かすかに光が漏れていた。自分たちの部屋の方向だ。「…ついてる」小さくつぶやきながら、階段を上る。鉄の段差がぎしぎしと鳴り、その音が夜気に溶けていく。部屋の前で足を止め、ポケットから鍵を取り出す。鍵穴に差し込む前に、ドアノブをそっと回してみると、内側から鍵はかかっていなかった。ということは、充がいるか、もしくはさっきまでいたということだ。鍵をしまい、ドアをゆっくり押し開ける。蛍光灯の白い光が、狭いリビングを均一に照らしていた。テレビはついていない。冷蔵庫のモーター音と、どこかの部屋の排水音が、遠くで続いている。「ただいま」反射的に声が出る。返事はなかった。靴を脱ぎながら、玄関からリビングの方を見る。ローテーブルが見える位置に、充のスニーカーはなかった。靴箱の中にあるのかもしれない。リビングには人気がない。耳を澄ますと、奥の寝室の方から、かすかな寝息が聞こえた。「寝てんのか」声には出さず、心の中でつぶやく。鞄をいつもの場所に置き、ネクタイを緩めながらリビングに足を踏み入れる。ふと視界に入ったものに、足が止まった。ローテーブルの上に、ノートが一冊、開かれたままになって
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24.共倒れの予感と、触れてしまう体温

ノートを閉じて立ち上がっても、足の裏に貼りついた数字の感覚は消えなかった。蛍光灯の白い光が、テーブルの上だけをやけに明るく照らしている。部屋の隅に目を向けると、そこだけ薄暗く、影が濃く落ちていた。壁時計の秒針が静かに刻む音が、さっきよりも耳につく。寝室の方からは、かすかな寝息が聞こえていた。さっきまで見ていたノートの中の数字と、その音が、頭の中で噛み合わない。机の上の現実と、壁一枚向こうの現実が、別の世界みたいに感じられる。喉がカラカラだったことに気づき、テーブルの端に置いたままのペットボトルを手に取る。冷たさはもうほとんど残っていない。ぬるくなったお茶を一口飲み、舌の上に広がる中途半端な温度に、妙な居心地の悪さを覚えた。そのままペットボトルを握った手を下ろし、視線を寝室の方へ向ける。閉まっているわけではない。少し開いたドアの隙間から、暗闇と寝息が漏れてきている。中の様子は見えない。けれど、そこに充がいることだけは分かる。さっき見たノートの中には、数字の形でしか充がいなかった。支給額、控除、手取り。家賃、光熱費、食費。その横に小さく「リク」と書かれていた走り書き。その全部の裏側に、「生きている人間」がいるのだという当たり前のことを、どうしても確かめたくなった。足が、勝手に寝室の方へ向かう。廊下というほど長くもない、リビングと寝室を隔てる短いスペースを抜けて、ドアの前に立つ。手を延ばし、ゆっくりとドアを押す。軋むような、小さな音がした。薄暗い部屋の中に、街のネオンがカーテンの隙間から入り込んでいた。赤や青の光が混ざり合って、ぼんやりとした色の層になって床に落ちている。その中に、ベッドの輪郭が見えた。充がうつ伏せに近い横向きで眠っていた。シャツは着たままだが、第一ボタンは外れていて、首筋から鎖骨にかけての肌が見えている。薄い汗がにじんでいるのか、そこだけ街の光を受けてわずかに光っていた。布団は途中まで蹴飛ばされていて、腰のあたりから下半分が露出している。Tシャツとスウェットの間から覗く腰骨が、やけに細く見えた。枕元には、灰皿が置
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25.路地裏の種火

ビルの裏階段の鉄が、靴底のゴムを通してじくじくと冷えていた。深夜一時をだいぶ回っているはずだった。店のバックヤードを出るときに見た壁の時計の針が、そのあたりを指していた。数字は頭のどこかに張りついているのに、時間の感覚だけがうまく追いつかない。充は片手で手すりをつかみながら、段を一段ずつ降りていった。足が鉛みたいに重い。ふくらはぎに、今夜も何度も駆け回った名残りが鈍く残っている。ポケットの中には、折り畳んだ給料明細のコピーと、コンビニで買ったタバコの箱。仕事が終わるたびに、家計簿の罫線と数字の列が目の裏に浮かぶ癖がついてしまった。家賃、光熱費、食費、陸斗の定期、教科書、昼飯。頭の中で、見慣れた単語が勝手に並び始める。「……計算すんなっての」自分に向かって吐き捨てるみたいに、小さく呟く。口に出しても、数字は消えてくれない。むしろ鮮やかになるから始末が悪い。最後の一段を降りかけたところで、ふわりと甘ったるい煙草の匂いが、階段下から這い上がってきた。店の従業員用スペースではない。もっと柔らかくて、軽口を覚悟させる香りだ。女物の香水の残り香と混ざって、冷えたビル風の中で妙に鮮やかに立ち上っている。充は足を止めた。視界の端に、ヒールのかかとが見えた。細い足首に、黒いストッキング。ふくらはぎのラインをなぞるように、長いコートの裾が揺れている。階段を降りきると、裏口の鉄扉の影に、人影がひとつ寄りかかっているのが見えた。ビルの外灯の心許ない光が、そこだけをじわりと照らしている。シャンパンピンクみたいな色のロングヘアが、肩から胸元に落ちていた。光の角度で金にも銀にも見える。切れ長の目尻を黒いアイラインが引き締め、細い指先に挟まれた煙草の先が、小さな赤い点になって揺れている。「アンタ、そんなくたびれた顔して歩いてんじゃないわよ」聞き覚えのある声が、空気を割った。充の時間が、そこでいったん止まる。「……楓さん?」思わず口から出た呼び方に、自分で違和感を覚える。舌が勝手に昔の呼
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26.隣のビルと警官の息子

楓ママの視線が、さっきまで充が働いていた雑居ビルの壁をなぞるように滑った。「で。そこで働いてんの」顎でビルをしゃくりながら、何でもないみたいに聞いてくる。充は肩をすくめた。「ああ。上のフロアで、雑用とドライバーと、クレーム処理要員」「男子スタッフって言いなさいよ。そんな夢のない言い方して」「いや、夢はねえだろ、実際」扉の向こうで、まだ誰かが出入りしている気配がした。配送業者の台車の音か、酔っ払いの笑い声かわからないガヤガヤが、厚い鉄扉一枚隔ててくぐもって聞こえてくる。楓ママは「ふうん」と鼻を鳴らし、それ以上そこを掘り下げるふうもなく、くるりと視線を反対側に滑らせた。「で、その隣が、うち」細い指先が、向かいのビルを指さす。充は、つられてそちらを見た。表通りから一本入ったこの路地裏は、正面からだとまず目につかない。くすんだ壁面に、小さなネオンのプレートがひとつ埋め込まれているだけだ。「NEW HALF」「SHOW TIME」と、手書き風の文字が光っている。そのすぐ下、狭い階段の上に、金属製の小さなプレート。Bar Reina。艶のない黒地に、白い筆記体。控えめなのに、目が慣れてくると妙にそこだけ浮かび上がって見える。「……うち、って」充は思わず声に出していた。楓ママは、少しだけ顎を上げる。「私の店。ママやってんの。知らなかった?」「マジかよ」出てきたのは、間抜けな声だった。自分でも笑えるくらい素の反応だ。「なにその顔。そんなにあたしが出世してるのが意外?」「いや……出世とか言うなよ」店を持つ、ということの重さは、夜の世界にいた年数分だけ、充も知っているつもりだった。誰かの上がりでも、雇われでもなく、自分の名前で看板を掲げて店を回すということ。客の機嫌とスタッフの生活と家賃と税金と、全部まとめて背負うということ。
last updateปรับปรุงล่าสุด : 2026-01-17
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27.安い体と高い顔

楓ママは、空になった缶を足で転がしながら、じっと充の横顔を見ていた。タバコを一本吸い終えて、また次の一本に火をつける。その火が、暗がりの中で小さな円を描き、ふっと充の頬をオレンジ色に照らした。「しかしさ」煙を吐き出しながら、楓ママがぽつりと言う。「アンタ、本当に顔は良くなったわね」「は?」不意打ちに、間の抜けた返事が出る。「前会ったときは、まあ可愛げのあるガキって感じだったけど。今はちゃんと顔が“大人”してる」楓ママは目を細めて、乱れた前髪の隙間から覗く充の目元を眺める。「目の下のクマも、いい感じに色気になってるし」「それ褒めてんの?」「褒めてる。すっごい褒めてる」充は鼻で笑った。自分の顔など、まともに鏡で見たことがどれくらいあったか。店のトイレで手を洗うときに、ちらりと映る程度だ。そこにあるのは、いつも寝不足で、どこか尖った、見慣れすぎた顔。「痩せたのはちょっとマイナスだけど」楓ママは、充の顎のラインを指で示す。「首、細くなったじゃない。ほら」そう言って、指先で空中に線を描く。喉ぼとけの上から顎の下にかけて。そこをなぞられるみたいで、充は軽く肩をすくめた。「仕事が仕事だしな。太る要素ねえよ」「それよ」楓ママは、あきれたように笑う。「アンタさ。その顔と、そのスタイル」紫がかったネイルが、上から下へと、充の輪郭をなぞるように動く。前髪、目元、頬骨、肩幅、肘を抱えた腕、膝に乗せた手。「使わないで、わざわざ“安い体”の使い方してるの、本当にバカ」「……は?」聞き慣れない組み合わせの言葉に、充は思わず眉をひそめた。「安い体って、なんだよ」「いやそのまんまの意味だけど」楓ママは、タバコをくわえたまま、片手をひらひらさせる。「男子スタッフって
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28.名刺とネオンと、使えるもの全部

路地の踊り場に、しばし沈黙が落ちていた。楓ママが最後の一本のタバコを吸い切るまで、充は何も言わなかった。階段の鉄の段を、スニーカーのつま先で軽くこすりながら、視線だけを遠くのネオンに投げている。その横顔を見て、楓ママはふっと息を吐いた。「まあ、あれよ」そう言って、充の方に身体を向け直す。「さっきから似たようなこと何回も言ってるけどさ」また来るな、と直感で分かった。充はわずかに身構える。「アンタ、その顔とスタイル、使わないの本当にバカ」真正面から、今度は笑いなしの声で言われる。さっきまでの軽口とは違う、芯に重さのある響きだった。「……今日、それ三回目くらいだぞ」苦笑いで返しながらも、胃の辺りがきゅっと縮む。「三回で足りるわけないでしょ」楓ママは、肩をすくめる。「なんなら毎晩言いに来てもいいくらい。本当にバカだから」「ひでえな」「褒めてる部分もあるのよ。安心して、ちょっとだけね」火の消えたタバコを空き缶の中に落としながら、楓ママは続けた。「アンタが自分の武器を使わないで、“真っ当に”疲れ果てて倒れたらさ」ふいに、視線が鋭くなる。「一番損するの誰か、分かってるでしょ」その一言で、頭の中に映像が一気に流れ込んできた。小さな炊飯器の蓋を開ける音。湯気の立つ白米の匂い。冷蔵庫から卵を取り出す仕草。まだ新品に近い箸を、少しぎこちなく扱いながら、卵かけご飯をぐるぐるかき混ぜている背中。夜遅く、机にだけ灯りがついている部屋。安物のスタンドライトの下で、教科書を開いている陸斗の横顔。シャーペンを持つ手が、ときどき止まる。天井を見上げて、何かを考えているような、ぼんやりした目。ソファで寝落ちした自分の眼の前を、ふわりと影が横切る感覚。薄い毛布が胸元までそっと引き上げられる。シャンプーと洗剤の混じった匂い。細い指先が、自分の肩に一瞬触れて離れていったぬくもり。
last updateปรับปรุงล่าสุด : 2026-01-19
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29.湯気と違和感の食卓

炊飯器の蒸気が、ぽふっと音を立てて噴き出した。蓋を開けた瞬間、熱い湯気といっしょに米の匂いが狭いキッチンに広がる。安いスーパーの特売米でも、炊きたての匂いだけは、それなりに腹を空かせる力を持っている。陸斗は、その湯気を顔にまともに浴びて、思わず目を細めた。最近は、ひとり分だけよそえばよかった。炊飯器の中も、最初から「自分の分だけあればいい」と考えて量を決めていたから、内釜の底が見えることも多かった。今日は、少しだけ多めに炊いている。「……二杯分、くらいは、いるよな」ひとりごとのように呟いて、しゃもじで米を軽く混ぜる。湯気の向こうに、自分の指先がぼやけて見えた。フライパンのほうから、じゅうじゅうと油の爆ぜる音が聞こえる。豚こまともやし。それと、冷蔵庫の隅でしなびかけていたニラを、慌てて刻んで突っ込んだ。塩と醤油と、少しだけ砂糖。炒めながら、何度か味見をして、まあ食える味になったところで火を止める。シンクの端では、インスタント味噌汁のパックが熱湯の中でちょうどいい色になっていた。湯気に混ざって、だしと味噌の匂いが鼻をくすぐる。安物の味噌でも、こうして一気に匂いが立ち上ると、それなりに「夕飯ができた」感じがした。その匂いが流れ込んでいく先、リビング兼用の六畳の部屋では、テレビがついている。ニュース番組の女性アナウンサーが、やけに明るい笑顔で、物価だの何だのと喋っている声が聞こえる。その手前では、ソファ代わりに使っている安物の座椅子に、充が背中を預けていた。足を投げ出して座り、片肘をローテーブルに置いて、いつものように煙草を吸っている。灰皿の縁には、短くなった吸い殻がいくつか並んでいて、まだくすぶっている火から細い煙が立ち昇っていた。……いつも、みたいに見えて、どこか違う。陸斗は、味噌汁の鍋を持った手を一瞬止めた。熱でじんわりと掌が温かくなっていく。その温度と、胸の奥のひやりとした感覚が、変なふうにちぐはぐだった。ここ最近、夜に充がここにいることは少なかった。だいたいは自分が夕飯を食べ終わる頃
last updateปรับปรุงล่าสุด : 2026-01-20
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30.父の影と“真っ当”の崩壊

「冗談でそんな面倒なこと言わねえよ」充の言葉が落ちてから、しばらく誰も何も言わなかった。テレビの中では、スタジオが笑っている。誰かが冗談を言い、テロップが派手に踊り、観覧客の笑い声が流れている。その全てが、今この小さな部屋の空気とは別世界の音に聞こえた。ローテーブルの上の炒め物は、もう湯気を上げていない。照りだけが残って、油が表面に薄く浮かんでいる。味噌汁の表面には、うっすらと膜が張っていた。冗談じゃない。充がそう言ったということは、本気だということだ。ニューハーフバー。女装。客の相手。酒。言葉の断片が、頭の中でバラバラに浮かんでは、ぶつかり合って砕ける。うまく一枚の絵になってくれない。むしろ絵になってほしくなかった。「……そんなの」声を出した瞬間、自分の喉がひどく乾いているのに気づく。さっきまで口に含んでいた味噌汁の塩気だけが、妙にしつこく舌に残っていた。「そんなことしなくてもいいじゃないですか」思っていたよりも強い声が出た。充は、箸を持ったまま陸斗を見た。視線がぶつかる。目の下にできた深いクマと、その下にある瞳の色が、蛍光灯に照らされて、少しだけ鈍く光った。返事がないことが、逆に腹の奥を焦らせる。「だって……そんな」言葉がうまく形にならない。ニューハーフバー、女装、客、酒。具体的な光景として知らないからこそ、余計に、良くないものの塊に思えた。「俺、もっと節約します。ご飯も、もっと安いので……」言いながら、ローテーブルの上の皿に視線が落ちる。もやしと豚こま。これ以上どこを削ればいいのか、自分でもよく分かっていない。それでも、何か削れるものを探さずにはいられなかった。充の視線が、皿から陸斗へとまた移る。冷たいわけではない。でも、どこか距離がある。「節約でどうにかなるレベルじゃねえって、さっき言っただろ」静かな声だった。静かすぎて、逆に胸に刺さる。
last updateปรับปรุงล่าสุด : 2026-01-21
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