บททั้งหมดของ 遺言のある部屋―託された息子、救われた青年: บทที่ 11 - บทที่ 20

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11.鍵の音と見知らぬ靴

平日の午後の光は、学校の教室の蛍光灯よりやわらかいはずなのに、今はどこか白々しく見えた。正門を出るとき、担任が背中越しに何か言っていた気がする。「無理するなよ」とか「いつでも戻っておいで」とか、そういう類いの言葉。聞こえていないわけじゃなかったが、耳の奥のどこかで弾かれていった。校門の外で待っていたのは、生活安全課の三浦だった。葬儀場の和室で何度か顔を合わせた、あのスーツの男だ。ネクタイは地味な青、書類の入った黒い鞄を手に提げている。「早退させてもらえたか」「…はい」短く答えると、三浦は小さく頷き、駐車場の方へ先に歩き出した。二人で乗り込むのは、つやのないグレーの小型車。パトカーではないが、なぜか警察の匂いがした。シートベルトを締めると、カチャリと金具がはまる音がやけに大きく響く。エンジンがかかり、車が静かに動き出した。窓の外を流れていく街は、いつも通りの色をしていた。コンビニの看板、クリーニング店の赤い旗、自転車に乗った中学生。どれも、「自分がいない間に世界が勝手に変わっていた」気配はない。変わってしまったのは、自分の方だけだ。「官舎では…ちゃんと寝られてるか」ハンドルを握ったまま、三浦がぽつりと尋ねる。「…あんまり」正直に言うと、彼は少しだけ眉を寄せた。「そうか」それ以上、無理に続けてくることはなかった。車内には、ラジオも音楽も流れていない。タイヤがアスファルトを踏む音と、信号で止まるたびに聞こえるブレーキのきしむ音だけが、一定のリズムで耳に届く。官舎の敷地に入ると、見慣れた建物が目に入った。白い壁に、同じ形の窓がいくつも並んでいる。廊下の手すりには、誰かの洗濯物が揺れていた。カラフルなタオルと無地のシャツ。自分の家のベランダにも、ついこの間まで同じような光景があった。駐車スペースに車を停めると、三浦はエンジンを切った。「少しの間、失礼するよ」「はい」二人で車を降り、階段を上る。コンクリートの段差が、靴の底に硬く当た
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12.捨てるもの、連れていくもの

土曜の昼の光は、平日のそれより少しゆるい。窓から差し込む陽射しが、リビングの床に長方形の明るさをつくり、その上にほこりがふわふわと漂っていた。陸斗は、その光をぼんやりと眺めながら、段ボールの山の前に座り込んでいた。生活安全課の三浦が手配してくれた段ボールが十枚、玄関脇に積まれている。ベージュ色の紙の肌はまだ新しく、折り目すらついていない。ガムテープと黒マジックのペンが、その隣でやる気を出せと言わんばかりに横たわっていた。やる気は、まだ出ない。インターホンが鳴ったのは、昼の少し前だった。「長谷」ドア越しの声は聞き慣れたものだった。モニターを覗く前に、誰だか分かる。玄関の鍵を開けると、高瀬が立っていた。その隣に、少し眠そうな顔の充がいる。高瀬はスーツ姿で、しかしネクタイは少しだけ緩んでいた。充はグレーのパーカーに黒いジャージというラフな格好で、肩にスポーツバッグを提げている。「おう」充が片手を上げる。「本日の力仕事要員、参上」「…よろしくお願いします」陸斗は、少しだけ頭を下げた。高瀬も、軽く笑う。「そんな改まるなよ。こっちも半分個人的な用事だし」三人で玄関を上がると、狭い土間に靴が増えた。父の革靴、自分のスニーカーに、仕事用の黒い革靴と、充の白いスニーカーが加わる。靴箱の上には、粗大ごみの案内チラシが貼られている。「段ボール、届いてるな」高瀬がリビングを覗き込みながら言う。「じゃ、まずは書類関係からやっつけるか」彼が真っ先に向かったのは、寝室だった。慎一の部屋には、クローゼットとは別に、警察関係のものがまとめてある棚がある。そこには、制服や制帽、表彰状の入った筒、書類のファイルがぎっしり詰まっている。「これは署で預かる」高瀬は、制服の入ったスーツカバーを持ち上げた。「遺族控えって形で、式典のときとかに使うこともある。長谷さんの階級章とか、辞令とかも、こっちに」「はい」
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13.引き出しの底のアルバム

西日の角度が変わると、部屋の中の埃の舞い方も変わる。リビングの窓から差し込む光が、さっきまで床の真ん中に落ちていたのに、いつの間にか棚の引き出しの取っ手のあたりを照らしていた。金属の丸い取っ手が、薄いオレンジ色に光る。細かいものの整理に移ろう、と言い出したのは充だった。「大物はだいたい目星ついたし。次は、こういう『後回しゾーン』な」そう言って、彼はリビングの棚を指さした。テレビ台の横にある、小さなチェスト。今まで、そこを意識的に開けたことはほとんどない。リモコンや郵便物、細かいものを適当に突っ込んできた場所だ。「後回しゾーン…」「だいたいこういうとこに、ヤバいもん眠ってんだよ」充は、わざとらしく肩をすくめる。「昔の写真とか、捨て損ねたラブレターとか、元カノのプレゼントとか」「そんなものはないです」反射的に否定したが、自信はない。少なくともラブレターも元カノのプレゼントもないが、「昔のもの」は、確実に詰まっている。引き出しの取っ手に手をかける。金属が指の腹にひんやりと触れる感触。少し力を入れて引くと、ごり、ごり、と木が擦れる音がした。一段目は、予想通りのカオスだった。文房具、使いかけの乾電池、メジャー、古い領収書。コンビニでもらった出前のチラシ。去年の年賀状。ガチャガチャのカプセル。父が「いつか使うかも」ととっておいたものたちが、雑然と詰め込まれている。「おお、カオス」充が覗き込みながら言う。「こういうのは、一回全部出す」彼に言われるまでもなく、陸斗は引き出しの中身をテーブルの上にぶちまけた。紙の擦れる音と、小さなプラスチックのぶつかる音が次々に重なる。「要る」「いらない」で、分けていく。ボールペンのインクを試し書きし、出ないものは捨てる。乾電池は、指で押してみてちからが残っているか確認する。古いチラシや期限の切れたクーポンは、迷う余地もなくゴミ袋行きだった。二段目は、少しましだった。取扱説明書と保証書の束。家電の名前が書かれたファイ
last updateปรับปรุงล่าสุด : 2026-01-04
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14.スイッチを落とす前に

夜になって、蛍光灯の白い光が段ボールの山を均一に照らしていた。窓の外は完全に暗く、官舎の中庭に立つ街灯だけが、ぼんやりと黄色い輪を地面に落としている。さっきまで西日が伸ばしていた影は、すっかり消えていた。代わりに、部屋の中に生まれた新しい影がある。積み上げられた段ボールとゴミ袋が作る、不格好なシルエット。「今日のところは、このくらいで勘弁してやるか」充が、ガムテープを机代わりの段ボールの上に放り出しながら言った。指先には、何度もテープを切ったせいで、うっすらと粘着の感触が残っているように見える。「充分やりましたよ」陸斗は、床に置いたクッションにもたれかかりながら答えた。腕がだるい。肩も重い。身体の色んなところが、じんわりと自分の存在を主張している。荷物を持ったり、しゃがんだり立ち上がったりを繰り返したせいだ。疲労は確かにあるのに、妙に頭だけ冴えている感じが嫌だった。「飯、どうする」充が、腕時計をちらりと見る。「口に入れられるもんなら何でもいいなら、コンビニで一気に済ませるけど」「……外は、やめません?」窓の外を一瞥する。夜の空気の冷たさが、ガラス越しに伝わってくるような気がした。「さすがに、今からどっか行く元気ないです」「だろうな」充は、ため息まじりに笑う。「最後くらい、ちゃんとした飯食えよって言いたいとこだけど。ちゃんとした飯って、作るか外行くかの二択だしな。どっちもダルい」「ちゃんとしてなくていいです」陸斗は、少しだけ口の端を上げた。「疲れてるから、逆にコンビニが合ってるっていうか」「お前、意外と適当だな」「適当じゃないと、やってられないじゃないですか」それは半分冗談で、半分本音だった。父が死んでからの数週間、何もかもをきちんとしようとしたら、それだけで潰れてしまいそうだった。食事も睡眠も学校も、完璧なんて目指していられない。最低限生きていけるラインだけ守って、あとは「まあ、いっか」
last updateปรับปรุงล่าสุด : 2026-01-05
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15.官舎のドアが閉まる音

朝の光は、いつもと同じようにカーテンの隙間から差し込んでいた。違うのは、その手前に積み上がった段ボールの壁だった。光は茶色い箱の角で切り取られ、床には長方形の影がいくつも並んでいる。陸斗は、その影の一本を枕代わりにしていた腕の上に感じながら、ゆっくりと目を開けた。昨日の夜、布団はもう畳んでしまった。ベッドは解体され、フレームだけが壁に立てかけられている。だから彼は、薄いマットレスの上に寝袋のように布団をかぶって眠った。背中が少し痛い。天井の白い塗装のひびやシミをぼんやり眺める。見慣れたはずの模様なのに、「ここでその模様を見るのは、今日が最後だ」と思った瞬間、胸のあたりがじわりと重くなった。「おはよ」台所の方から、眠そうな声がした。顔だけ横に向けると、キッチンとリビングの境目あたりで、充がコンビニのコーヒーの缶を片手に立っていた。髪は寝癖で少し跳ねている。黒いスウェットとシャツの裾から、かすかに腹が覗いていて、いつもの「夜の店の人」ではなく、ただの若い大人、という感じだった。「おはようございます」声が思ったより掠れている。喉が乾いていた。「起きれるか心配だったけど、意外と起きてるな」充があくびを噛み殺しながら笑う。「今日、引っ越しの日だし」「それでも寝坊するやつはする」そう言って、充はコーヒーを一口飲んだ。缶が唇に当たるかすかな音が聞こえる。甘ったるい香りが、弱く部屋に広がった。部屋の中をぐるりと見渡すと、改めて「出ていく」という現実が目に見える形でそこにあった。テレビ台の上には、もうテレビはない。代わりに、紐で縛られたケーブルとリモコンだけが取り残されている。壁際に立てかけられたベッドフレーム。ソファには粗大ごみシールが貼られ、ひどく場違いな赤い文字が目に刺さる。キッチンのカウンターの下には、ゴミ袋がいくつも並び、ペットボトルと缶が透けて見えている。冷蔵庫の中身はほとんど空で、昨夜、最後の牛乳を飲みきったときの冷たい感触を思い出した。「トラック、九時くらいに来るってさ」
last updateปรับปรุงล่าสุด : 2026-01-06
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16.歌舞伎町のネオンの手前

軽トラックのエンジン音が、官舎の駐車スペースに低く響いていた。荷台には、さっきまで自分の部屋にあった段ボールがぎっしり積まれている。ガムテープで十字に留められた箱の側面には、「本」「衣類」「母」「アルバム」と、黒いマジックの文字が並んでいた。風が吹くたび、段ボールの表面がかすかにざり、と鳴る。「荷物の方は、俺らのトラックで先に行っちゃうんで」作業服の男が、キャップを押さえながら言う。「そちらは、後ろからついて来てもらえれば」「了解です」高瀬が答える。「途中で迷子になんなよ」「迷子になるほど遠くないですから」運転手が笑う。軽い冗談に、誰もそれ以上突っ込まなかった。陸斗は、荷台の段ボールを見上げた。そこにあるものは、すべて自分の生活の断片だ。官舎から切り離され、今から別の場所へ運ばれていく。荷台の鉄の枠が、妙に冷たく見えた。「乗るぞ」充の声に振り向く。高瀬の車は、いつもの署の駐車場で見かける白いセダンだ。今日はスーツではなくジャンパー姿の高瀬が運転席に、充が助手席に乗り込もうとしている。後部座席のドアは、既に半分開いていた。「すみません、お世話になります」陸斗が言うと、高瀬は肩をすくめた。「どうせ新宿方面だから、ついでだよ」「ついでって距離じゃない気がしますけど」三浦がぼそっと突っ込み、充が笑う。「ほら、乗れ」充に促され、陸斗は後部座席に乗り込んだ。シートは少しだけタバコと芳香剤の匂いが混ざっていて、まさしく「大人の車」の匂いがした。窓ガラスには、指でなぞったような跡がうっすら残っている。誰かを何度も乗せてきた証だ。ドアを閉めると、外の風の音がふっと遠ざかる。代わりに、車内特有のこもった静けさと、ラジオの微かな音が戻ってきた。「シートベルト」高瀬がバックミラー越しに言う。「はい」カチリ、と金属音を立ててベルトを留める。その音ひとつさえ、何かの区切りの合図み
last updateปรับปรุงล่าสุด : 2026-01-07
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17.狭い部屋と「ここでいい」の一言

玄関を一歩踏み越えた瞬間、空気の匂いが変わった。官舎の、まだ父の洗剤や柔軟剤が残っていた匂いとは違う。ここには、少し湿った木の匂いと、排水口から上がってくるわずかな塩素の匂い、それに柔軟剤と、安い芳香剤の甘い匂いが混ざっている。窓を開けていない時間が長い部屋の空気の重さが、肌にまとわりついた。「狭いから、靴はそこらへんでちゃちゃっと脱いで」充がそう言って、先にスニーカーを脱いで上がる。玄関の段差は低く、靴を置くスペースもほとんどない。二人分の靴を並べたら、それだけでいっぱいになりそうだった。陸斗は、戸惑いながらも靴を脱いで、狭い土間に並べる。かかと同士が触れ合い、少しバランスが悪い。目の前には、小さなキッチンがあった。シンクとコンロが横一列に並び、その下に小さな収納。上には吊り戸棚。シンクのステンレスは、ところどころくもっていて、水垢の跡が白く縁取りになっている。流し台の端には、洗い終わったのかどうか微妙な皿やマグカップが数枚、重ねたまま伏せてあった。コンロは二口で、片方にはフライパンが置きっぱなしになっている。黒いフライパンの内側には、油が薄く残っているような光。コンロ周りの壁には、ところどころ茶色い飛び散りがあった。油だ。何度か拭かれてはいるが、取り切れずに残った跡が、小さな点々を作っている。「…」思わず息を吸い込む。油と洗剤と、何かの残り香が喉にかすかに引っかかった。キッチンの床から、奥に向かってフローリングが続いている。廊下というほどの幅はなく、腰をひねれば壁とキッチンに同時に肩が当たりそうだ。フローリングは安っぽい薄茶色で、ところどころに傷があった。物を引きずったときについたであろう線状の跡、何かを落としたのか、円形にへこんでいるところもある。「とりあえず、中入れ」充が奥へ歩いていく。フローリングが、きし、と小さく鳴る。足音がそのまま板に伝わっていくような感覚だ。廊下を抜けると、六畳ほどの部屋に出た。「こっちがメインの居間、っていうか、俺がだいたい転がってる場所」充が手をひらひらさせる。
last updateปรับปรุงล่าสุด : 2026-01-08
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18.ベッドと布団の分け前

窓の外の光が、さっきよりわずかに赤みを帯びてきていた。段ボール運びと簡単な片づけを終えた頃には、午後と呼ぶには少し遅い時間になっている。窓の四角の中で、細切れの空がゆっくりと色を変えながら、ビルの影に押しつぶされそうに挟まれていた。「じゃ、寝るとこ決めるか」充が、腰に手を当てて言った。居間の真ん中には、まだいくつか段ボールが積まれている。その横に、官舎から運び込んだベッドのフレームとマットレスが立てかけられていた。床には、充が今まで使っていたマットレスと薄い布団も丸められている。「寝る…」その言葉を聞いて、陸斗は少しだけ背筋を伸ばした。今日ここに来てから気になっていたことだった。どこで寝るのか。どの部屋を何に使うのか。頭の片隅でずっと鳴り続けていた不安の音に、ようやく手を伸ばせるタイミングが来た感じがする。「この二部屋をどう使うか問題」充が、居間と奥の部屋を隔てる引き戸を指さす。「今、こっちがいちおうリビング兼俺の寝床だったわけよ」居間の片隅に丸められたマットレスを、足先で軽くつつく。「今日からお前もいるから、どっちかを完全に寝室にしちゃって、どっちかをリビングにした方がいいかもなって」「寝室…」奥の部屋に視線をやる。そこは、段ボールがいくつか運び込まれている以外は、まだ何も置かれていない。壁と床だけの、空っぽの六畳。窓もあるが、今はカーテンすらついていないため、外の薄暗い光がそのまま差し込んで、部屋全体を灰色にしている。「リビングをこっちにして、寝室を奥にするか」充が、居間の壁を軽く叩く。「それとも、逆。奥をリビング、手前を寝室。どっちがいいと思う」「…奥の方が、静かそうですけど」陸斗は少し考えてから答えた。居間の窓からは、路地の音が割とはっきり聞こえてくる。呼び込みの声、仕込みの音、遠くの笑い声。奥の部屋からは、さっき覗いた感じだと、それほど音は入ってきていないようだった。
last updateปรับปรุงล่าสุด : 2026-01-09
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19.最初の夜、同じ天井

窓の外の空は、もうほとんど青さを失っていた。向かいのビルの壁が暗い板のように立ちはだかり、その上の細い四角の中だけが、まだうっすらと群青色を残している。下の路地からは、さっきまで準備の音だったものが、もう少し違う種類のざわめきに変わりつつあった。営業を始めた店のドアが開閉する音、笑い声、足音、誰かの少し高い声。時々、車の走る音と、遠くの道を走るサイレンの音が混じる。「よし、とりあえず、今日はこんなもんでよくね」充が、リビング代わりの部屋で伸びをした。ローテーブルの周りには、まだいくつかの段ボールが残っているが、最低限生活するスペースだけはなんとか確保されている。テレビはコンセントにつながれ、古い座椅子はテーブルの一辺を占拠している。その隣に、陸斗用のクッションがひとつ、コンビニのビニール袋から出したばかりの状態で置かれていた。「全部片づけようとしたらキリないしな」充が続ける。「今日はもう、風呂入って飯食って寝る。残りは明日以降」「…そうですね」陸斗は、床に片膝を立てた姿勢でうなずいた。朝から動きっぱなしだった。官舎の最終確認、鍵の返却、移動、荷物の搬入。体の芯からじわじわと疲れが染み出している。そのくせ、頭だけは妙に冴えていて、細かいことばかり気になった。この部屋の壁の薄さ。シャワーの音。路地の匂い。父がいないこと。「風呂、どっち先に入る」充が聞いた。「さっきは充さんが先って言ってましたけど」「疲れてんなら、お前先でいいぞ」「…じゃあ、お先に」遠慮してばかりいると逆に気を遣わせるのだと、今日一日でなんとなく分かってきた。ここで「いいです」と断ったら、「いいから入れ」と二度言わせることになるだろう。ベッドのある寝室からジャージとタオルを持って、ユニットバスへ向かう。扉を開けると、狭い空間の中に、湿った空気と、シャンプーとボディソープの甘い匂い。それに、古い浴槽のエナメルと排水口の金属の匂いが混ざっている。
last updateปรับปรุงล่าสุด : 2026-01-10
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20.茶封筒と電卓の音

蛍光灯の白い光が、安物のテーブルの木目を平たく潰していた。雑居ビルの一室。窓のないバックヤードは、外が夜なのか昼なのか分からない。けれど、部屋の隅に積まれた出勤表と、壁掛け時計の短針が十を指していることで、今が「夜の始まり」だと知れる。湿ったタバコの煙が天井近くに溜まり、その下で男女がだらだらと笑い、スマホをいじり、缶コーヒーやエナジードリンクをすすっている。そのざわつきの中央に、レジ袋に入った茶封筒の束が、レジ担当の女の前にどさっと置かれていた。「はーい、給料日タイム入りまーす」店長に近い立場の女が、ボールペンを指の間でくるくる回しながら声を張る。髪は派手に巻かれ、ネイルはラメでギラギラしている。彼女の前に、スタッフたちがゆるく列を作った。「次、桜井くーん」名前を呼ばれて、充は椅子から立ち上がった。黒いポロシャツにチノパン。見た目だけなら、どこにでもいるアルバイトの兄ちゃんだ。だが、ポロシャツの襟元にはうっすらと香水と煙草と、消毒液の匂いが染み付いている。ここがどんな店か、鼻が知っていた。「はーい、お疲れさま、今月」派手な女がひとつ笑って、茶封筒を差し出す。「はいはい」充は軽く受け取り、封を切る前に手のひらで重さを確かめた。紙と紙幣の重さは、長く触れていればなんとなく分かる。十分な月なのか、足りない月なのか、その曖昧な感触が指先から腕に伝わってくる。「で、どうよ、最近。真面目に出勤してるから、ちょっとは増えたでしょ」「まあ、人並みには」「人並みって何よ。こちとら人外みたいに働いてるんだから、もっと感謝していいんだよ」ひとしきり笑わせてから、女は次の名前を呼ぶ。充は封筒を握りしめたまま、バックヤードの隅のテーブルへ戻った。古ぼけた折りたたみテーブル。天板には缶コーヒーの輪染みや、タバコの焦げ跡、謎のマジックの落書きが点在している。そこに腰を下ろし、充は封を丁寧に開いた。中から出てきたのは、三つ折りの明細書と、十数枚の紙幣。紙幣をざっと数え、無意識のうちに眉をひそめる。一瞬だけ胸
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