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Alle Kapitel von 侯爵家の婚約者: Kapitel 41 – Kapitel 50

92 Kapitel

41.招待

 イレリアがアバルト侯爵夫人に招待されたのは、当然の事だった。 ヨルジュの手配でロメオがエスコートを引き受けてくれた礼を贈ると、3日と空けずに夫人からお茶の招待を受けた。 アリッサに付き添われて獣車に乗り込むと、初めての感覚におかしくなりそうだった。 よくよく考えると、侯爵家に来てから初めての外出だった。 獣車の窓から見える街は、イレリアがいた貧民街とは違って広々とした屋敷が広がる貴族街だった。 エスクード侯爵家を出た獣車は、石畳の道を走っているとも思えないほど穏やかに進んでいる。 イレリアが時折借りていたマーヴが牽く荷車は、速度も遅く乗り心地も非常に悪かったのに、随分と違うものだと感心した。「アバルト侯爵邸は、エスクード侯爵邸に次いで大きなお屋敷なんですよ」「アリッサは行ったことがあるの?」 興奮気味に言うアリッサに、イレリアは尋ねた。 自分はふわふわとした乗り心地に困惑しているのに、アリッサは慣れているようにも見える。「はい。一度だけ前の奥様のお付き添いで……と、言っても獣車の中でお待ちしていた程度ですが」 アリッサが笑うと、イレリアも微笑んだ。 アバルト侯爵邸の車寄せに到着すると、迎えてくれたのはロメオだった。「やあ、イレリア嬢。数日ぶりだね」 ロメオが差し出した左手を不思議そうに眺めるイレリアに、ロメオは笑って「手を取るんだよ」と教えてくれた。 イレリアは一瞬顔を赤らめたが、すぐにロメオの手を掴んで獣車を降りた。「カインはこんな事も教えてくれなかったんだな。まったく――君を連れ帰ってからの間、一体何をしていたのやら」 ロメオの軽口に、イレリアは顔を更に赤くして俯いた。 町に出たがっていたイレリアだが、カインはそれを許さなかった。 屋敷の中でも与えられた自室と、いくつかの部屋、そして庭を散歩する程度しか許してくれなかったのだ。 イレリアがカインと共にいると約束しても、それは変わらなかった。「まぁ、こんなに綺麗なお嬢さんだ。閉じ込めていたい気もわかるがね」 ロメオは悪戯っぽく笑うと、イレリアを屋敷の中へと案内した。 初めて会う侯爵夫人は、とても美しい人だった。 飛びぬけて美しい、というわけではないが、顔の造形だけではなく気品や所作の全てが、彼女を美しく見せているのだと、イレリアは納得した。「ご令嬢は、刺繍や楽
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-08-21
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40.侍女と侍従

 舞踏会の翌日、侯爵の言った通り、イレリアの元に二人の使用人が寄越された。 侍女のアリッサと侍従のヨルジュだった。「私なんかのためにここまでしてくださっていいのかしら」「イレリアさまは侯爵家にとってそれほどの存在ですから」 イレリアが溜息を漏らすと、すかさずアリッサが答えた。「侯爵家の後見を得るということは、社交界でも中心になるお方と言うことです。夜会や、茶会などの貴婦人に集まりにもお呼ばれすることになりますから、そういった身の回りのお世話をお手伝いするのが、わたくしどもの仕事ですわ」 侍女のアリッサが言う通り、舞踏会以降イレリアにの元にはこれまで以上に貴族からの招待状が届けられるようになった。 社交シーズンと言う事もあり、首都に滞在している貴族は多く、ヨルジュやアリッサが目を通すだけでも1日が終わる量だった。 イレリアは、侍女という存在自体は聞いた事があったが、それが何をする人なのかは教師から教えられた程度でしか知らなかった。 女中のように粗末なエプロン姿ではなく、イレリアが着るものよりも格段に質は落ちるが、上品で質素なドレスを着ているところを見ると、貴族の出身なのだろうか。「いいえ。イレリアさま。わたくしは平民の生まれです。マッケナー子爵家で子爵夫人の侍女を勤めさせていただいておりましたが、侯爵閣下のご要望でイレリアさまのお世話をさせていただくことになりました」 アリッサがそう言うと、イレリアは驚いた。 平民でも侍女なることは多い。だが、それは大抵が貴族の生活を真似する金持ちの平民に雇われるだけで、貴族の屋敷で働ける者は数少ないのだ。 貴族の侍女になるには、身元が確かな上に、貴族の生活やしきたりを十分に理解していないといけない。 だから、貴族の侍女は貴族の女性が就く仕事なのだと、教師は言っていた。 イレリアは、アリッサが平民の出と言う事だけを汲み取り、少しだけ不機嫌になった。 侯爵はイレリアが平民だから、侍女も平民の者にしたのだろう。 舞踏会でも感じたが、侯爵は自分を認めていないのだと悔しさが広がったが、すぐに笑顔を作った。「侯爵さまのお心遣いには感謝してもたりないわ。これからよろしくね」 教育を受け、貴族社会への披露目も済ませたイレリアの笑顔は、堂々たる貴族令嬢のそれだった。 磨き上げられた美しさに、アリッサとヨルジュ
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41.招待

 イレリアがアバルト侯爵夫人に招待されたのは、当然の事だった。 ヨルジュの手配でロメオがエスコートを引き受けてくれた礼を贈ると、3日と空けずに夫人からお茶の招待を受けた。 アリッサに付き添われて獣車に乗り込むと、初めての感覚におかしくなりそうだった。 よくよく考えると、侯爵家に来てから初めての外出だった。 獣車の窓から見える街は、イレリアがいた貧民街とは違って広々とした屋敷が広がる貴族街だった。 エスクード侯爵家を出た獣車は、石畳の道を走っているとも思えないほど穏やかに進んでいる。 イレリアが時折借りていたマーヴが牽く荷車は、速度も遅く乗り心地も非常に悪かったのに、随分と違うものだと感心した。「アバルト侯爵邸は、エスクード侯爵邸に次いで大きなお屋敷なんですよ」「アリッサは行ったことがあるの?」 興奮気味に言うアリッサに、イレリアは尋ねた。 自分はふわふわとした乗り心地に困惑しているのに、アリッサは慣れているようにも見える。「はい。一度だけ前の奥様のお付き添いで……と、言っても獣車の中でお待ちしていた程度ですが」 アリッサが笑うと、イレリアも微笑んだ。 アバルト侯爵邸の車寄せに到着すると、迎えてくれたのはロメオだった。「やあ、イレリア嬢。数日ぶりだね」 ロメオが差し出した左手を不思議そうに眺めるイレリアに、ロメオは笑って「手を取るんだよ」と教えてくれた。 イレリアは一瞬顔を赤らめたが、すぐにロメオの手を掴んで獣車を降りた。「カインはこんな事も教えてくれなかったんだな。まったく――君を連れ帰ってからの間、一体何をしていたのやら」 ロメオの軽口に、イレリアは顔を更に赤くして俯いた。 町に出たがっていたイレリアだが、カインはそれを許さなかった。 屋敷の中でも与えられた自室と、いくつかの部屋、そして庭を散歩する程度しか許してくれなかったのだ。 イレリアがカインと共にいると約束しても、それは変わらなかった。「まぁ、こんなに綺麗なお嬢さんだ。閉じ込めていたい気もわかるがね」 ロメオは悪戯っぽく笑うと、イレリアを屋敷の中へと案内した。 初めて会う侯爵夫人は、とても美しい人だった。 飛びぬけて美しい、というわけではないが、顔の造形だけではなく気品や所作の全てが、彼女を美しく見せているのだと、イレリアは納得した。「ご令嬢は、刺繍や楽
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42.悪ふざけ

 春の月も下旬に差し掛かった日、イレリアはフィッツバーグ子爵夫人の茶会に出席していた。 茶会への出席はこれで何度目だろうか。 毎回同じような会話。ゴシップやファッション、参加していない人の陰口…… 初めは緊張していたイレリアも、この程度であれば問題ないと安心するようになっていた。 今日も同じように、高価なドレスを着たご婦人方が、他の貴族の噂話を楽しんでいる。 いつもと違うのは、その人数だ。 これまで参加していた茶会は、数人で茶を囲み会話を楽しむだけだったが、フィッツバーグ子爵夫人の茶会は違った。 広いサロンに、既婚未婚の女性が数十人は集められているようだった。 だが、する事は同じだ。イレリアは、貴族とは暇なのだと内心では溜息をつきつつ、微笑みを絶やさないよう心掛けていた。 貧民街ではこんな事はなかったわ。みんな忙しく働いて、助け合って生きていた。明日の食べ物や寝床の心配で手いっぱいで誰かの悪口なんて言っている暇はなかった―― 「イレリア嬢の所作は本当に美しくていらっしゃるわ」 なんとか伯爵のなんとか令嬢がイレリアをうっとりと見つめていた。 この誉め言葉も何度目か―― 最初はイレリアの粗を探そうと、目を爛々と輝かせていた貴族達も、いざ本人を目にするとその美しさに皆ホッと吐息を洩らし崇拝するようになっていた。「ありがとう存じますわ。侯爵家で受けさせていただいた教育の賜物ですわね――それでも、私などこの場に同席させていただくのも烏滸がましい身分ですのに、こうやってご一緒させていただけて、皆様のお心の深さに感謝いたしますわ」 お決まりの返しを口にすると、招待客たちは一様に頬を赤らめ吐息を洩らした。「出自はどうであれ、イレリア嬢は侯爵家の後見を受けられた方。わたくしどもよりも麗しいお立場のようなものですわ。わたくし共こそイレリア嬢にご招待を快諾していただいて光栄ですのよ」 ひどく細い体とギスギスした話し方のこの女性は確か招待主の――「フィッツバーグ家は侯爵家の婚籍関係にあるとお伺いいたしましたの。お世話になっている侯爵家のご関係者からの招待をお断りするなんて――カイン様も」 ここまで言って、全員がハッと息を呑むのがわかった。眉根を寄せた者もいる。 イレリアは何が起きたのかわからず全員の顔を見つめた。 その時、フィッツバーグ家の侍従
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43.弁え

 日差しが差し込むサロンでは、音楽に合わせて踊る女性たちや、隅に置かれた柔らかいクッションの置かれたベンチで世間話をする女性たちに分かれて、それぞれ楽しんでいた。「驚きましたわ。シトロン公女とイレリア嬢が初めてお会いなさったなんて」 そう言ったメルゼナー伯爵令嬢の表情に、悪意や揶揄いの色は浮かんでいなかった。 純粋な疑問からの発言なのだろう。「何度も侯爵邸には伺っていたのですが、ご挨拶をする機会に恵まれませんでしたの」 ジルダが微笑みを浮かべながら、答えた。 メルゼナー令嬢の質問に悪意がない事は、イレリアにもわかっていたが、ジルダがどういう言動に出るのかは予想できなかった。 もし、カインの言う通り鼻持ちならない貴族らしい女性だったのなら、ジルダにとって邪魔なイレリアの名誉をここで踏みにじる事もあり得るのだ。「侯爵閣下は領地にお戻りになられてましたし、カイン様も――色々ありましたでしょ?そうこうしているうちに、令嬢の勉強が始まってしまって」 ジルダの言葉に、周囲にいた令嬢たちは「なるほど」と納得した。 確かに、秋から冬にかけてのエスクード侯爵家は落ち着きがなかった。 それに、結界の魔法陣の事件はおろか、街道の魔法陣の事件も解決していないのだ。 通常であれば、侯爵かカインがジルダにイレリアを紹介しなければならないのに、冬の月は侯爵は領地に戻ってしまうことは貴族なら誰でも知っていた。 なるほど。うまい言い訳だと、イレリアは感心した。「令嬢がとても優秀だと言う事は聞き及んでおりましたが、これほどまでとは思いませんでしたわ」「本当ですわ。冬の月の間にこれほどの所作を身に付けられたなんて」 ジルダの言葉に、メルゼナー令嬢も続けた。「確か、元は薬師を目指していらしたのですわよね?頭がよろしいはずですわ」「薬師――そうでしたわね。今も薬草をお摘みになったりなさるのかしら」 誰かが嘲笑交じりに言ったが、その声の主が誰なのかは、イレリアにはわからなかった。 だが、イレリアは自分が貧民街の出身である事を揶揄されていることだけは理解できた。「このお茶は――大昔は頭痛のお薬だったそうよ」 イレリアが俯きかけたその時、ジルダの凛とした声が耳に響いた。「確か、レインズ子爵夫人でしたかしら――夫人はご自身でお茶を調合なさるとお伺いしましたが、お茶にす
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44.靄

 その日の晩に、エスクード侯爵邸に怒鳴り込んできたのはロメオその人だった。「君は僕の従兄弟に随分な事を言ってくれたようだね――まさか君はこの僕にも立場を弁えろと言うつもりかな」 ロメオはカインを正面に座らせると、カインを睨みつけた。 カインは、ティン=クエンに持ったような感情をロメオにはまだ感じられなかった。 なぜあそこまでティン=クエンに嫌悪感を持ったのかはわからなかった。 あの感情は今は全く感じられない。 しかし、カインを睨みつけるロメオの視線に、カインは次第に不機嫌を募らせていた。「僕も君の従兄弟のはずだが」「ティン=クエンへの無礼はアバルト侯爵家に対する無礼でもある。彼は僕の従兄弟であり忠実な騎士だ」 カインの反論は耳に入らないとでも言いたげに、ロメオはカインの言葉を遮った。「それは――理解している……だが」 言いようのない不快感が、カインの胸をざらりと撫でる。 違う。彼は……彼らはいつでも僕の側にいてくれた。 苛立ちに抗うような思いが沸き上がるが、それはすぐに嫌悪感に飲み込まれた。「彼からも傍で聞いていた騎士からも詳細は聞いている。言っては何だが――君はこのところ随分職務を疎かにしているそうじゃないか。もちろん、重要な仕事はちゃんとしているとは聞いているが、それ以外は部下に丸投げだそうじゃないか」「それの何が悪い。ほかの隊長もやっている事だ」 事実、カインは第5騎士隊の隊長だ。報告のまとめなどはこれまでも部下に任せていた。その範囲が少し増えただけじゃないか――「任せるのと放置は違う。君がしているのは放置だ。任せた仕事の確認すらせず、ただ右から左に仕事を流しているだけで何が隊長だ」 拳でテーブルを叩きつけながらロメオは怒鳴った。「ティン=クエンはそんな君を諌めようとしたんじゃないか。――それをあんな心無い言葉を投げつけるなんて……君は大したお貴族様だよ」 カインはその言葉にハッとなった。 確かに怒りに任せて言ったとはいえ、自分は何という事を言ってしまったのだろう。 急に頭の中の霧が晴れた気がした。  いつも貴族然としていた母が嫌いだった。自分に貴族として弁えろと言うだけで褒めてくれた事は一度もない。 ジルダもそうだ。自分に微笑みかけることもなければ、いつも口うるさく母と同じ事を言う彼女が疎ましかった。 同
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45.夏を迎える夜会

 翌日もイレリアはカインの訪問を待っていた。 昼間はどこぞの伯爵の茶会に招かれたが、いつも通りつまらない話に相槌を打つだけだった。 初めの頃こそ、カインとの関係や侯爵家への橋渡しを期待していた貴族達だが、イレリアが何も話さないとわかるや、興味を失ったようだった。 だが、「侯爵家が後見する女性」という彼女は、是非にも取り込みたい存在でもあった。 イレリアは馬鹿馬鹿しいと思っていたが、ジルダよりも社交界で認められるためには、少しでも多くの集まりに出て、自分の存在を知らしめなければならない。 これも、カインと結ばれるための努力と思うと、苦痛ではなかった。 教師もアリッサも言っていた。 侯爵夫人ともなると、社交界の中心と言ってもいい存在だ。 その地位を磐石にするためにも、今のうちからつまらない貴族たちとも、顔を繋いでおかねばならないのだ。「申し訳ありません。カインさまは本日もおいでになれないそうです」 女中のメイが恐る恐る伝えると、イレリアは不機嫌を顕に、メイを睨んだ。「お……お仕事が立て込んでいらしたそうで、先程帰宅されたのですが、本日は魔力吸収の日でございますから……」 メイが言い終わるのをきいてはいなかった。 私より、ジルダを選んだというの――? カインの魔力吸収は3日に1度だが、必ずしもそうではないことは知っている。 いつぞやだったか、カインの胸に抱かれている時に、彼が言っていたのだから間違いない。「ジルダ様が――そう」 冷たい声がイレリアの美しい唇から漏れ出たが、それきりだった。 メイは、これ以上怒られることはないと安堵したが、イレリアの表情は穏やかではなかった。  メイが配属される時、屋敷の使用人達から大変羨ましがられたが、配属されてみるとその認識は一変した。 前任の女中は、イレリアの事を優しく、謙虚で控えめな性格で、女中にも丁寧に接する方だと、崇めるように讃えていた。 しかし、元々侯爵付きだった前任の女中は、カインの女中だったため、客間女中として働いていたメイが、正式にイレリア専属の女中に指名されたのだ。 客間女中は見目の良い者が選ばれることが多く、メイも例にもれず、端正な容姿をしていた。 気配りも細やかで、侯爵家に訪問する貴族をもてなすことに慣れていたので、イレリアの行儀見習いの手伝いになればと指名されたのだ
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46.求婚者

「隊長、申し訳ありません。この男は私の妻方の親戚にあたり、昨年の夏から留学の為にランブル侯爵家でお世話になっているナジームと申します」 ラエル卿の説明で、カインは北方の民族の族長の息子が昨年から王国に来ていたことを思い出した。 確か自分達よりも2歳ほど年上だったか――自分に直接関係ない話だったので忘れていたが、ラエル卿の親戚にあたるとは思わなかった。「私はカイン・エスクード。ラエル卿が所属している第五分隊の隊長を務めている」 ジルダに果実水の入ったグラスを渡すと、カインはナジームに右手を差し出した。「私はナジーム・アシャール。アシャールの長の息子であり、そこにいるジルダに求婚している男だ」 ナジームはカインの右手を握り返すと、力を込めた。「君は王国のしきたりに詳しくないようだから教えておくが、ジルダは私の婚約者である前に、シトロン伯爵家のご令嬢でもある。平民のように名を呼ぶな」 感情を表に出さずに、カインは握手している手に力を入れ返した。 ナジームの表情が一瞬苦痛に歪むと、カインは手を離した。「それは失礼した。ジルダ嬢」「この国で公の場で名前を呼ぶのは肉親か、それに準ずる者だけだ。シトロン公女と呼びたまえ」 あくまで平坦にカインが言うと、ラエル卿が青ざめた顔で二人を交互に眺めている。「わかったよ。失礼しました、シトロン公女――これでいいかな」 ナジームが言うと、カインは答える代わりにジルダを背に隠すよう、二人の間に立ち塞がった。「理解していただけてなによりだ。アシャールどの。彼女は疲れている。お引き取りを」「そうだ。そうだぞ、ナジーム。向こうに戻ろう」 ラエル卿が泣きそうな声でナジームを引きずろうとするが、ナジームはピクリとも動かない。「まだ何か用が?」 カインが少し苛立った様子を見せると、ナジームはにやりと笑ってみせた。「ああ。シトロン公女に求婚している。その答えを今日こそ聞きたい」 カインは目の前の男が一体何を言っているのか理解できなかった。 ジルダに求婚?なにをふざけたことを。「君は共通語を流暢に話すが、理解は難しいようなので、もう一度言うが、彼女は私の婚約者だ。君の求婚を受けられるはずがない」 カインの背に隠れたままのジルダは、いつまでこれが続くのかと呆れながら、カインが持って来てくれた果実水を口に運んだ。
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47.昼食会

 夏を迎える舞踏会から3日後、イレリアはアバルト侯爵家の昼食会に招待されていた。 あれからアバルト侯爵家に招待されるのは、今回が初めてだ。 アバルト侯爵邸に向かう獣車で、イレリアはぼんやりと窓の外を眺めていた。 あれからカインとは寝室を共にしてはいない。 お茶や食事などの短い時間のみで、ゆっくり触れ合うこともできない。 気持ちが離れたのかと不安になったが、カインの態度やイレリアに向ける熱っぽい視線は今までと変わらない。「君とのことを真剣に考えているからこそ、今はけじめをつけなければいけないんだ。わかってくれ」 そう優しく諭されると、イレリアも強く出ることができない。「君のことばかり考えてしまって、ついあり得ない失敗をしてしまったんだ」 その反省を込めてしばらくは仕事に集中したいのだと、申し訳なさそうに言うカインに、イレリアは何も言えなかった。 その日はそれで終わりだった。 イレリアは、口付けも抱擁もないカインの態度に少し違和感を持ったものの、仕事で失敗をしたのなら仕方ないことかもしれないと納得することにした。  イレリアが物思いに耽っている間に、獣車はアバルト侯爵家に到着した。 御者がキャビンの扉を開け、イレリアが降りるのを手助けしようとしたが、すぐに別の手が差し出された。「またお会いできたね。イレリア嬢」 ロメオがイレリアに微笑んだ。 イレリアはその手を取ると、軽やかにステップを踏んで獣車から降りた。「今度はちゃんと私の手を取ってくれたね」 ロメオの悪戯ぽい微笑みに、イレリアは頬が赤らむのを感じた。 戸惑いを覚えつつ、ロメオのエスコートで屋敷の玄関に入ると、侯爵夫人が出迎えてくれた。「本日はお招きいただき、誠にありがとうございます」 イレリアが膝を曲げて深く礼をするのを見て、ロメオは軽く眉根を寄せた。 随分と上達して不自然さがなくなり、優雅に見える。――だが、どこかで見覚えがあるような。「お越しいただけて光栄ですわ。社交界ではあなたを讃える話題でいっぱいですのよ」 侯爵夫人は朗らかに笑うと、ロメオにイレリアをダイニングに案内するよう伝えた。  ダイニングには既に到着していた招待客がそれぞれパートナーと着席しており、イレリアだけが一人で来ていた事に気が付いた。 ――招待状には同伴者が必要なんて書かれていなかっ
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48.似てるから

 帰りの獣車の中で、イレリアはロメオの事を思い出していた。 騎士隊の隊長であるカインに負けず劣らずのたくましい体に、スマートなエスコート。 会話のテンポもよく、食事の後のお茶でもロメオはホストとして出しゃばりすぎず、会話が途切れないよう、空気が悪くならないよう会話を誘導していた。 カインの成人の祝いの時は、エスコートとダンスを1曲だけで、ほぼ会話もないまま残りの時間はカインと過ごしていたので、印象に残っていなかった。 だけど、あんなに魅力的な方だったなんて―― 食事会でイレリアが噂の篤志家だと名乗りを上げた時、ロメオは誇らしげな顔で微笑んだ。「こんな素晴らしい方が僕のパートナーを務めてくださったなんて、僕はとっても幸せ者ですね。――と言っても今日彼女が僕のパートナーになってくれているのは母のお膳立てで、残念ながら今日だけのパートナーなのですが」 そう言って周囲を沸かせた。 しかし、食事が終わり、サロンへ移動する時だった。 招待客の最後尾を歩いていたロメオは、イレリアの耳元に口を寄せて「本当に残念だよ。イレリア嬢」と甘い声で囁いた。 イレリアの心臓は止まってしまったかと思うほど、きつく締め付けられた。 ――カイン以外の男性にこんな感情を持つなんて…… イレリアはロメオの事など忘れてカインの事を考えようと、深く溜息をついた。 しかし、浮かぶのはカインの面影を持つロメオの、魅力的なブルーグレーの瞳だけだった。 「夜会に――?」 夕食の場で、イレリアが夜会に参加したいと言い出したのを、カインは思わず聞き返した。「ええ。最近カインはその――寝室には来ないでしょ?だから、私もこれからはお断りしていた夜会にも参加してみようかと思うの」 事実、夜会が嫌いなカインは、殆どの招待を断ってイレリアと過ごしたがっていた。「夜会なら結婚してからでも十分じゃないか――」 そういうカインの言葉にイレリアも納得していたが、周囲の話題の殆どはカインとジルダの結婚の時期についてだった。 自分とカインは結婚できるのだろうか――次第にイレリアに不安が重くのしかかるようになってきた。 イレリアの今の地位と生活はカインの寵愛があってこそだ。 万が一予定通りジルダが正妻になったら――イレリアへの寵愛は変わらないだろうが、イレリアは単なる平民出身の愛妾と言う事になる
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