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三年の冷遇、離婚の夜に夫は狂う のすべてのチャプター: チャプター 201 - チャプター 210

290 チャプター

第201話

「怜央、私はあなたを一生愛し続けるわ。絶対に変わらない。もし『もう愛してない』なんて言う日があったら、それは強がって嘘を言っているだけだから、絶対に真に受けないでね」――そうだ、陽咲は心にもないことを言っているに違いない!本当は、彼女の心の中では今でも俺を愛しているんだ!怜央は気を取り直すと、机の上に置かれた解除合意書を一瞥し、それをビリビリに引き裂いた。いざ役所へ離婚手続きに行こうという時になれば、両親にこのことを打ち明け、陽咲を説得してもらえばいい。陽咲は昔から情にほだされやすい。絶対に本気で俺と離婚するはずがないのだ。離婚協議書を作れと言ったのも、腹立ち紛れの言葉に決まっている!怜央は微かに口角を上げ、少しだけ気分を良くした。……外に出た陽咲は、迷わず絃葉の車に乗り込んだ。「どうだった?怜央に嫌がらせでもされなかった?」絃葉は心配そうに彼女を見た。陽咲は微笑み、手に持った自分の分の解除合意書をヒラヒラと振ってみせた。「ちゃんとサインしてくれたわ」それを聞いて、絃葉はようやくホッと息をついた。陽咲は真剣な手つきで合意書を丁寧に折りたたんだ。そして、先ほど怜央と交わした会話の顛末を、かいつまんで絃葉に話して聞かせた。絃葉は怒りで顔を青ざめさせ、ハンドルを強く握りしめると、冷笑を漏らした。「本当に、あんなに厚顔無恥な男だとは思わなかったわ!」陽咲も深く頷いた。「ええ、かなりの恥知らずね」「陽咲、年明けに離婚手続きが終われば、あなたもやっと解放されるわね。本当によかった」彼女は微笑みながら陽咲を見つめた。その眼差しはどこまでも優しい。心の底から陽咲のために喜んでいたのだ。彼女の大切な陽咲が、ようやく自由になれることを。陽咲も笑って答えた。「ええ。ちょうど義理のご両親から10億円入ったカードをもらったから、年明けにワンフロアの広いマンションでも買おうと思ってるの」彼女は絃葉のほうを向き、甘えるように言った。「絃葉、その時が来たら一緒に内見に行ってくれない?私、あなたと一緒に住みたいの。あなたのアパートも、そろそろ更新の時期じゃない?」絃葉のアパートは賃貸で、3年借りており、もうしばらく更新するつもりだった。彼女は頷いた。「そうね。でも、マンションを買う話は年が明けてからゆっくり相談し
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第202話

陽咲がそう言い終えると、雅也と絃葉は怪訝そうに眉をひそめ、困惑したように彼女へ視線を向けた。「どういう意味だ?」雅也が尋ねる。陽咲は手にしていたうどんの生地を置き、声を潜めて言った。「悠里と怜央が出張から帰ってくる前夜、彼女から私宛に怜央とのベッドでの生々しい写真が送られてきたの。その時は私も、2人が一線を越えたんだとばかり思っていたわ。でも少し前、蒼空の従弟の修平が白檀荘の外で悠里を待っていて、私に彼女へ花を渡してくれって頼んできたの。その時、うっかり見てはいけないものを見ちゃってね。その後、気持ち悪いのを我慢して2人の写真をもう一度よく見返してみたら、写真に写っている怜央は完全に泥酔して眠りこけていたのよ。周知の事実だけど、男の人って泥酔したら、そういうことは一切できなくなるじゃない?」陽咲は少し気まずそうに、コホンと軽く咳払いをした。「だから、悠里は怜央をまんまと騙して、父親の身代わり役に仕立て上げたんだと思うわ」雅也は表情をスッと険しくした。「秘書に調べさせよう」彼は立ち上がって手を洗い、タオルで水気を拭き取ってから秘書に電話をかけた。「悠里が出張から戻る前夜、何をしていたか、それと彼女と怜央が泊まっていたホテルについて調べろ。それから、周防修平のその夜の足取りもだ」電話を切った後、3人は再びうどん作りに取り掛かった。雅也は感心したようにつぶやいた。「さすがは俺の妹だ。本当に賢いな」絃葉も優しい眼差しを陽咲に向け、それに続いた。「うちの陽咲は、小さい頃からずっと賢かったのよ」陽咲は得意げに口角を上げた。もし自分に尻尾があったら、きっと得意げにブンブンと振っていたに違いない。3人は談笑しながら作業を進めた。30分後、秘書から調査結果が雅也のスマートフォンに送られてきた。それに目を通した雅也の表情が、再び険しくなる。「修平はあの夜、急いでロイヤルクラウンホテルへ向かい、悠里の部屋で1晩過ごしている。翌朝の5時にようやくホテルを出たそうだ」ロイヤルクラウンホテル――それこそまさに、悠里と怜央が泊まっていたホテルだった。陽咲と絃葉は顔を見合わせた。「陽咲、どうするつもりだ?このまま悠里の嘘を暴くか、それともしばらく様子を見るか?」雅也が尋ねた。陽咲は麺を打つ手を止め、少し
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第203話

「お正月は家族と一緒に過ごすべきだ……お母さん、俺にそう教えたのはあなただろう。俺が実の妹とお正月を過ごして、一体何が悪いんだ?」聡子はその言葉に、激しく憤った。悠里は愛想笑いを浮かべて雅也のそばに歩み寄ると、ご機嫌をとるように甘えた声を出した。「お兄ちゃん、今年はお正月を一緒に過ごしてくれないから、お祖母さんもお父さんもお母さんも、ずっとお兄ちゃんのこと気にしてたんだよ。いくら仕事が忙しくても、お正月くらいは休まなくちゃ」雅也は鼻で笑い、1歩後ろへ下がった。陽咲や絃葉と並んで立ち、よそよそしく冷ややかな目で悠里を見下ろす。「俺をお兄ちゃんと呼ぶな。おばあちゃんを故意に殺したような妹は、俺にはいない!」彼はあえて、両親の目の前でこの言葉を放ったのだ。なぜ、おばあちゃんを殺した犯人が両親から寵愛を受けられるというのか。そして、最初から最後まで何の罪もない陽咲が、なぜ両親から憎まれ、忌み嫌われなければならないのか。こんなの、あまりにも不公平だ。そう言い放った雅也に対し、聡子は眉をひそめて声を荒らげた。「雅也、なんて口の利き方なの!?どうしてそんな見え透いた嘘をつくのよ!陽咲が縁起の悪い疫病神で、あの子が彼女を死に追いやったのよ。どうしてそれを悠里のせいにするの!?」雅也は冷笑を漏らし、終始悠里を睨みつけていた。その目には、氷のような冷ややかさが満ちている。「信じられないなら、あなたのその自慢の娘に直接聞いてみればいい。果たして彼女に、真実を話す度胸があるかどうかをな」彼は皮肉っぽく口角を上げ、悠里を見下ろした。悠里はサーッと血の気を失い、しどろもどろになって言った。「お、お兄ちゃん……何の話をしているのか分からないわ。確かに、私がお姉さんの居場所を奪ってしまったことには罪悪感がある。私には罪があるわ。でも、そんな風に私を陥れるなんてひどい……」彼女は声を震わせ、いかにも理不尽な扱いを受けているかのような哀れっぽい口ぶりで訴えた。雅也がさらに言葉を続けようとした時。傍らにいた聡子は、悠里がいじめられていると思い込み、胸を痛めて慌てて彼女を背中に庇った。「雅也!悠里に向かってなんてこと言うの!今、悠里は身重の体で、刺激を与えちゃいけない時期なのよ。もしこの子に何かあったら、私、あなたを絶対に許さない
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第204話

自分の大切な悠里を陽咲が脅すのを見て、聡子の目はスッと冷たくなった。「陽咲、どういうつもりなの?悠里がそんなことするはずないでしょう!ここでいい加減なでたらめを並べるのはやめなさい」陽咲はどこまでも静かに微笑み、一言一言を噛みしめるように言った。「別に、ただ言葉通りの意味よ」傍らでずっと黙りこくっていた大輔が、怒りを滲ませた目で陽咲を睨みつけた。「陽咲、その言葉の意味をはっきり説明しろ!」陽咲はフッと笑った。「その必要はないわ。私とあなたたちは赤の他人なんだから、どうしてわざわざ説明しなきゃいけないの?それに、私が何を言ったところであなたたちは信じないし、どうせまた悠里を陥れようとしていると思うだけでしょ。何の意味があるの?」彼女は自嘲気味に笑った。陽咲のその言葉を聞いて、聡子は胸の奥底がチクリと刺されたような痛みを覚えた。彼女は鼻で笑い、その胸のつかえを必死に無視して、険しい顔で陽咲を睨みつけ、何か言おうとした。だが陽咲は、微かに動揺している悠里と、顔色の優れない大輔たち夫婦の顔を淡々と一瞥するだけだった。軽く息を吐くと、絃葉の手を引いてそのまま立ち去ろうとした。この3人のせいで、せっかくの休日を台無しにされたくなかったからだ。雅也もごく自然に彼女の後へ続いた。彼が帰ろうとするのを見て、聡子は冷ややかな声で呼び止めた。「雅也、待ちなさい!行くことは許さないわ。どうしてその疫病神と一緒に行くのよ?」彼女の表情は冷え切っていた。雅也は足を止め、振り返ることなく、静かな声で言った。「お母さん、あなたたちが陽咲を受け入れてくれる日が来たら、その時に俺も家に戻るよ。俺はもう、彼女に十分すぎるほど負い目がある。これ以上間違った道を進みたくないんだ」そう言い残すと、彼は確かな足取りで、陽咲たちと共にその場を離れた。車での帰り道、車内には重い沈黙が漂っていた。雅也はバックミラー越しに目を閉じて休んでいる陽咲をちらりと見て、小さくため息をついた。「昼ご飯、何食べる?」彼から口を開いた。陽咲は目を開けた。「お蕎麦にしましょうか。確か数日前に絃葉とスーパーで生蕎麦のパックを買っておいたはずだし」おじいさんが生きていた頃、毎年お正月を迎えるたびにスーパーでお蕎麦を買ってきては、3人で温かいのを囲ん
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第205話

雅也はわざとらしく、腹を立てたような素振りを見せた。絃葉は口元を手で覆い、クスクスと笑い声を漏らした。陽咲も呆れたように口角を上げ、それ以上彼をからかうのはやめにした。おかげで、車内の空気はすっかり和やかなものになっていた。アパートに到着し、雅也が車を停めると、3人は車を降りて部屋へと向かった。中に入って靴を脱ぐと、絃葉は手を洗い、鍋にたっぷりの水を張った。お湯が沸いたら、買っておいたお蕎麦を茹でるつもりだ。一方の陽咲は、コップに白湯を注ぐと、ゴクゴクと一気に飲み干した。先ほど墓地であれこれと言い返したせいで、すっかり喉が渇いていたのだ。5分後、3人はダイニングテーブルを囲んで昼食をとり始めた。食事の手を動かしながら、雅也が陽咲に午後の予定を尋ねた。陽咲は箸を動かす手をピタリと止め、「……おじいさんのところへ帰りたいな」とこぼした。その声には、ほんの少し寂しげな響きが混じっていた。ここ2年は安部家で正月を過ごさざるを得なかったため、正雄の墓参りに帰る時間がずっと取れずにいたのだ。絃葉も深く頷いた。「私も、正雄おじいさんに会いたくなっちゃった」雅也がすかさず言った。「じゃあ、食べ終わったら俺が洗い物をするよ。片付けが済んだら田舎に出発しよう」陽咲と絃葉は揃って「うん」と頷いた。食後、陽咲は「少し休んでて」と絃葉の背中を押してソファに座らせた。雅也がキッチンで食器を洗い、陽咲がテーブルを拭き上げる。ソファに座ってその光景を眺めていた絃葉は、ふと目頭が熱くなるのを感じていた。――もう、本当の家族なんて探さなくてもいいかもしれない。目の前にあるこの温かな光景こそが、彼女が心の底から求めていたものだったからだ。それに、もし実の家族の元へ戻れたとしても、冷遇されないという保証はどこにもない。なにしろ20年以上も捨て置かれていたのだ。いわゆる「血の繋がった親族」との間には、とっくに埋めようのない深い溝ができている。心を許せる親友がいて、好きな人がそばにいてくれる。それは、大金を積んでも手に入らないほど尊いものだ。絃葉は、年が明けたら家族探しの支援団体に連絡を取り、自分の捜索依頼を取り下げてもらおうと心に決めた。彼女がぼんやり考え込んでいるのを見て、水仕事で少し冷たくなった手を拭
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第206話

陽咲は数歩前に歩み寄り、その瞳には、おじいさんへの尽きせぬ恋しさが溢れている。彼女はぽつりと呟いた。「おじいさん……会いたかったよ」ほんの数歩、足を踏み出したその時。また一陣の風が吹き抜けた。陽咲が無意識にまばたきをすると、目の前にあったはずのおじいさんの姿は幻のように消え去っていた。もう堪えきれず、彼女の目から涙がぼろぼろとこぼれ落ちた。涙はまだ溶け残る雪の上に落ちて、小さな濃い色の染みを広げていく。絃葉もまた、胸を痛めていた。黙って傍らに立っていた彼女はティッシュを取り出すと、陽咲に歩み寄り、その両手で優しく頬を包み込んで、そっと涙を拭ってやった。「陽咲、泣きたいなら思い切り泣いていいのよ」実のところ、この数年間は絃葉も正雄の元へ顔を出せていなかった。帰ってくれば、また悲しみに暮れてしまうのが怖かったからだ。だから毎年の正月には、心理カウンセリングの仕事をこれでもかと詰め込み、休む間もなく働きづくめにして自分を追い込んでいた。そうやって自分を忙殺してこそ、正雄を想い、昔を懐かしむ時間を作らずに済んだのだ。雅也は少し離れた場所で、痛ましそうに目を伏せて佇んでいた。彼は陽咲と絃葉の悲しみを痛いほど感じ取っていた。慰めに行こうとした。だが、一歩踏み出したところで、絃葉が目を真っ赤に腫らし、声を詰まらせながら陽咲の涙を拭う姿を目にして、上げかけた足を止めた。彼は分かっていた。今の陽咲と絃葉に必要なのは慰めの言葉ではなく、胸に秘めた思慕と悲しみを涙と共に思い切り吐き出すことなのだと。雅也はその場に立ち尽くし、抱き合って涙を流す2人を、ただ静かに見守り続けた。数分後、存分に泣き尽くした陽咲は、胸の苦しみもいくらか和らいでいた。彼女は雅也が差し出したティッシュを受け取り、「……ありがとう、お兄さん」と小さな声で言った。絃葉も彼からティッシュを受け取り、「ありがとう」と礼を言った。「気にするな」雅也はかすれた声で答えた。自分の実の妹と想いを寄せる女性が泣いているのを見て、彼自身もひどく胸を痛めていた。陽咲と絃葉は涙を綺麗に拭き取ると、懐かしい古い家へと歩み寄った。扉を押し開けると、古びた木の扉がギィッと軋む音を立てた。陽咲は、おじいさんが生きていた頃のことを思い出した。彼女は
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第207話

「車は庭に停めたままにして、うちの運転手に迎えに来させるよ」と雅也が提案した。絃葉もこくりと頷いた。「そうね。ここからマンションに戻るとなると、かなり遅い時間になっちゃうものね」雅也はさっそく運転手に電話をかけ、現在地を送信した。30分後には迎えの車が到着し、3人が車に乗り込むと、20分足らずで邸宅に着いた。雅也が前もって家政婦に言いつけておいたおかげで、すでに温かい料理が用意されていた。中に入り、3人は身支度を整え、食卓を囲んで夕食をとった。食事の合間、雅也は折に触れて陽咲や絃葉に話しかけた。「そういえば陽咲、一つ聞いてもいいか?どうして正雄先生は土葬を希望したんだ?」今の時代は火葬が一般的であり、わざわざ土葬を選ぶ人はめったにいない。陽咲は答えた。「おじいさんはね、『魂を故郷に還したい』って言ってたの」「魂を故郷に還す?」雅也は不思議そうに眉をひそめた。「ええ」と絃葉は頷く。「正雄おじいさんが眠っているあの場所は、彼のお母さんの故郷なのよ」雅也は腑に落ちたように頷いた。「なるほど、そういうことか」夕食を終える頃には、時刻はすでに10時半を回っていた。時間も遅く、雅也もすっかり疲れ切っている様子を見て、陽咲が切り出した。「お兄さん、絃葉。おじいさんのところへ行くのは明日にしよう。今夜はゆっくり休んで」そう決まると、3人はそれぞれの部屋へ戻り、シャワーを浴びてベッドに入った。陽咲は風呂上がりでベッドに横たわった途端、猛烈な睡魔に襲われた。口元を押さえて大きな欠伸を一つすると、布団にくるまって泥のように眠りに落ちた。……翌朝、陽咲が目を覚ますと、すでに9時半を回っていた。目を覚ましたちょうどその時、ドアをノックする音が響き、雅也の声がした。「陽咲、アシスタントに手配させて、お前と絃葉の着替えを用意させたよ。後で家政婦に部屋まで届けさせるからな」陽咲は「分かった」と大きな声で返事をし、しばらくベッドに座り込んだままぼーっとしていた。やがて家政婦がドアをノックし、陽咲は彼女を中へ入れた。ドアが閉まった後、陽咲はさらに5分ほどベッドでぐずぐずしてから、ようやく洗面を済ませ、届いた服に着替えて1階へ降りた。下へ降りると、ちょうど絃葉も身支度を終えたところだった。3人が朝食を
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第208話

確かめようと歩み寄ろうとしたその時、不意にある声が陽咲を引き止めた。「陽咲ちゃん、絃葉ちゃん、帰ってきてたのかい?」陽咲は足を止め、声のする方へと振り返った。そこには、昔から陽咲と正雄の2人を何かと気にかけて支えてくれていた坂本春江(さかもと はるえ)が、優しく微笑んで立っていた。陽咲が物心ついた頃から、春江はいつも手作りの美味しいおかずを2人のために持ってきてくれていた。幼い頃の陽咲が「どうして私にはお父さんとお母さんがいないの?」と泣きじゃくった時も、春江は陽咲を抱きしめ、優しい声でなだめてくれた。陽咲にとって、春江は家族も同然の存在だった。ただ、3年近く会わないうちに、春江のこめかみには白髪が増え、顔に刻まれた皺も深くなって、いくらか老びて見えた。陽咲は少し目頭を熱くさせながら、春江の元へ歩み寄って微笑んだ。「春江おばあさん、あけましておめでとう」春江は陽咲の顔を見つめ、感慨深げに目を細めた。陽咲に会うのは、3年近くぶりだった。「陽咲ちゃん、あけましておめでとう。この3年間、元気にやってたかい?」春江は心の底から陽咲を自分の娘のように可愛がっていたため、実の家族に引き取られた後、いじめられていないかとずっと案じていたのだ。陽咲は一歩近づき、親しげに春江の腕に抱きついた。「うん、元気にしてるよ。お兄さんがずっと面倒を見てくれてるの。春江おばあさんは元気だった?」春江は笑った。「私は元気そのものだよ。陽咲ちゃん、心配しないで」そして、絃葉の方へもにこやかに視線を向けた。「絃葉ちゃんだよね?まあ、すっかり大きくなって」絃葉が高校生の頃、よく陽咲の家に泊まりに来ていたため、春江も彼女のことを覚えていた。陽咲と絃葉がとても仲良しだったのを知っていた春江は、料理をお裾分けする時はいつも絃葉の分も用意し、彼女のことも気にかけてくれていた。絃葉は春江に向かってこくりと頷いた。「春江おばあさん、あけましておめでとう」春江は嬉しそうに頷き、見違えるほどたおやかに美しく成長した2人を、愛おしそうに見つめた。春江は正雄の墓に穏やかな眼差しを向けた。「正雄。あんたが一番心配してた陽咲ちゃんと絃葉ちゃんは、今こんなに立派にやってるよ。草葉の陰で、安心して見守ってやりな」正雄が入院していた頃、春江も何度
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第209話

その時、友人は不審に思って確かめに行こうとしたが、息子から見間違いだと言われて、そのままにしてしまったらしい。春江に会った時、彼女が正雄と親しくしていたことを思い出し、ついでのように話してくれた。陽咲ちゃんに会うことがあったら、このことを伝えておいてほしい、と。赤の他人である自分たちがむやみに墓を詮索するのは、故人に対して失礼に当たると思ったからだ。春江がまさにそれを陽咲に打ち明けようとしたその時、陽咲のスマートフォンが鳴り響いた。画面をアンロックすると、蒼空からの着信だった。「春江おばあさん、ちょっと電話に出るね」春江はこくりと頷いた。陽咲は数歩離れた場所へ移動し、電話に出た。「蒼空、どうしたの?」「智琉の腹心である壮真を見つけた。今は御影荘にいるんだが、こっちに来られないか?」陽咲は真剣な顔つきになった。「行けるわ。今すぐ向かう」電話を切ると、彼女は春江の方へ向き直り、少し急き立てるような口調で言った。「春江おばあさん、ごめん、急用ができちゃった。また時間ができたら会いに来るから、話はその時にね」春江は咄嗟のことで状況が飲み込めず、思わず頷いてしまった。遠ざかっていく3人の後ろ姿を見て、ようやく正雄の墓の件を伝えそびれたことに気がついた。春江は小さくため息をつき、また今度会えた時に話そうと諦めるしかなかった。……3時間後、3人は御影荘に到着した。陽咲たちは使用人に案内され、直接尋問室へと向かった。ドアを押し開けて中へ入ると、長身の蒼空がすらりと立っていた。その全身からは冷ややかなオーラが放たれ、人の上に立つ者特有の威圧感が漂っている。彼は氷のような視線を壮真に向けた。「智琉はどこにいる?」しかし、壮真は一言も発しようとしない。陽咲たちが部屋に入ってきた姿を目にした瞬間、壮真の視線は陽咲に釘付けになった。陽咲が不快そうに眉をひそめる。それに気づいた蒼空が壮真の前に立ち塞がり、その視線を遮った。壮真は突然、声を上げて笑い出した。蒼空が眉を寄せて問いただす。「何がおかしい?」壮真は指で陽咲を指し示し、涙が出るほど笑い転げた。「そいつは本当に馬鹿だな。いまだに蚊帳の外で、何も知らされていないとは、まったく哀れなもんだ!」陽咲は冷ややかな声で問う。「どういう意味
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第210話

「何を尋ねられようと、一切口を割るつもりはない。さっさと諦めるんだな」壮真はそう言い捨てると、目を閉じて狸寝入りを決め込み、二度と口を開こうとはしなかった。これ以上尋問しても無駄だと悟った蒼空は、壮真のことは自分に任せてほしいと言った。陽咲もこくりと頷いた。4人が部屋を出た後。蒼空の視線がずっと陽咲を追っているのに気づいた雅也は、心の中でけたたましく警鐘を鳴らし、さりげなく陽咲の前に立ちはだかった。「周防さん、壮真から何も聞き出せないようですし、俺たちはこれで失礼します」蒼空はもう一度陽咲に視線を向けると、寂しげに目を伏せ、「わかりました」とだけ応じた。車へ向かおうとした時のことだ。どこからともなく静香が現れ、絃葉にすがりつくように抱きつくと、死に物狂いでしがみついて離れようとしなかった。絃葉は頭が真っ白になり、その場から一歩も動けなくなってしまった。だが、目の前の女性を見つめていると、絃葉の胸の奥にどういうわけか一抹の懐かしさが込み上げてきた。彼女は無意識のうちに手を伸ばし、なだめるように静香の背中を軽くポンポンと叩いていた。「お母さん、離して!誰か来て、お母さんを連れて行ってくれ!」2人の使用人が慌てて駆け寄り、絃葉と静香を引き離そうと引っ張ったが、静香は頑として手を離さない。「嫌よ、行かない!やっと見つけた私の娘なのよ、絶対に離さないわ!」静香の表情には狂気が宿り、その声には執着が籠もっていた。蒼空は、母がまた正気を失ってしまったのだと悟った。彼は絃葉に小声で「すみません」と謝ると、一歩前に出て、強引に静香を絃葉から引き離した。「お母さん、また混乱してるよ!娘なんてどこにいるんだ?お母さんの子供は僕一人だけじゃないか」蒼空は困り果てた声で言った。その言葉を聞いて、静香はハッと我に返ったように呆然と呟いた。「そうだったかしら?また私がどうかしてしまったのね。ごめんなさいね、お嬢さん。私が悪かったの、私が……」彼女は焦点の定まらない虚ろな目で絃葉を見つめ、ひどく狼狽していた。その痛ましい姿に蒼空は胸を締め付けられ、深い溜息をついた。「お母さんを部屋へお連れしろ。目を離すなよ、これ以上何も起きないようにな」静香は最近情緒が不安定で、何度か気を失って倒れたことすらあった。
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