凪杜ははっと息を呑み、信じられないというように絃葉を見つめた。「は......?本当に、この子を諦めるのか?」昨夜、確かに彼は野々花に、絃葉を説得して子どもを諦めさせると約束した。だが今、絃葉本人の口からその言葉を聞くと、胸の奥に強い苦さと居心地の悪さが込み上げてきた。絃葉はまっすぐ彼を見つめた。「私はあなたの考えを聞いているの」凪杜は喉の奥が乾いた。「俺は......」言い終える前に、背後から慌ただしい足音が聞こえた。振り返ると、エプロン姿の野々花が立っていた。燃えるような視線で彼を見つめ、その目には無視できない圧力が宿っている。凪杜の背筋に冷たいものが走った。昨夜の約束が脳裏によみがえる。そして再び絃葉の穏やかで静かな顔を見たとき、彼の中ではすでに答えが決まっていた。野々花は気性が激しい。流産したばかりの今、もし怒らせて騒ぎ立てられれば、長年苦労して維持してきた「円満な関係」という虚構は一瞬で崩れ去る。だが絃葉は違う。彼女は従順で、自分を深く愛し、何事も自分を優先して考えてくれる。子どものことで怒ったとしても、それは一時的なものだ。流産した後で少し優しくし、機嫌を取れば、きっと乗り越えられる。これまでもずっとそうだったではないか。絃葉に対して、彼は絶対的な自信を持っていた。凪杜は気持ちを落ち着かせると、歩み寄って絃葉の冷えた手を優しく握った。「俺は、俺たちの子どもが生まれることは楽しみにしているよ。でも子どもよりも、絃葉を失うほうが耐えられないんだ。子どもはあくまで人生に彩りを添える存在だ。子どもがいなくても、俺たちは幸せになれるだろう?」絃葉の身体が一瞬で強張った。唇を強く噛み締め、爪は手のひらに食い込んで紫色の跡を残す。しばらくしてようやく込み上げる感情を押し殺し、口元にごく薄い嘲りの笑みを浮かべた。「そう。分かったわ」――愛し合い、結婚し、子どもを授かるまでのすべては、結局自分一人の空回りだった。そして凪杜は、ただ演技に付き合っていただけの存在だった。彼女は背を向け、そのまま迷いなく車へ向かって歩き出した。凪杜はその後ろ姿を見つめ、なぜか胸が締め付けられる。思わず追いかけながら呼び止めた。「絃葉、待ってくれ。俺も一緒に――
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