「余命は長くて1ヶ月、年を越すのは難しいでしょう」医師は検査結果をデスクに置き、対面に座る中村夏美(なかむら なつみ)を見つめた。「中村さん、病状の悪化は予想よりも早いです。今後の治療や介護の方針を決めるためにも、家族の方を呼ぶべきです。お一人では無理だと思われますので」そう言われ、夏美はゆっくりと顔を上げて言った。「家族はいません」医師は少しきょとんとして答えた。「カルテには旦那さんの連絡先も記載されていますが……」「それはもう過ぎた話です」夏美は言葉を遮った。「今の私は独り身です」そう言われ、数秒の沈黙が続いたあと、医師はパソコンに目を落とし、複雑な表情で操作を行った。「痛みが強い時は我慢せず、鎮痛剤を倍にして飲んでください」処方箋を渡しながら、彼は続けた。「栄養剤も朝晩忘れずに、来週、必ず再検査しにきてください。治療方針を考え直さなければなりませんので」「わかりました」夏美は短く答え、診察室をあとにした。そして、彼女はスマホに目を落とした。通知画面には天気の予報が一つだけ。着信も、新しいメッセージも、何もなかった。バスに乗り込むと、夏美は座席の背もたれに寄りかかり、目を閉じた。中央通りを通過する時、霧雨の向こうに、有名な鍋料理のお店が見えて、ネオンの看板がチカチカしているのだ。そして店内の明かりも煌々としていて、窓越しに客たちの賑わっている姿が見えているのだった。その瞬間、夏美の体は、石のように固まった。窓際の席に座る四人は誰もが彼女の見慣れた顔ぶれだった。夫の中村湊(なかむら みなと)は、朝自分がアイロンをかけたばかりのシャツを着ていた。そして今、彼は隣の女性に何かを囁きながら、優しい眼差しで笑っている。その隣にいた女性はまさに、3年ぶりに戻った妹の御手洗美優(みたらい みゆ)だった。そして向かい側の席には、自分の両親が座っていた。父親の御手洗大輔(みたらい だいすけ)は楽しそうに美優に取り皿を差し出し、母親の御手洗香織(みたらい かおり)も目を細めながら笑って頷いているのだった。それは夏美がもう3年間も見ていない、混じりけのない幸福そうな笑みなのだ。こうして彼らは熱々の鍋を囲み、ぐつぐつとスープが沸き立つ中、美優の前の取り皿には、たっぷりと具が積まれていた。一方
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