「おーい、ユーリ!帰りにゲーセン寄ろーぜ!」 廊下の向こうから、鼓膜を震わせるような大声が飛んでくる。声の主は山口大樹。 短く刈り込まれた茶髪に制服のシャツをはち切れんばかりに押し上げる分厚い胸板、野球部で鍛え上げられたその体格は、教室という狭い場所ではどこか窮屈そうに見えていた。 「今日も?テスト近いから勉強しないとまずいんじゃないかな……。」 口ではそう答えながらも、僕は苦笑していた。 僕の名前は雨宮優里。みんなは僕のことをユーリと呼ぶ。 高校二年生、十七歳。黒髪の天然パーマに丸メガネ、平均的な身長はあるけれど、線が細く華奢なせいで、大樹と並ぶといつも頼りなく陰に見えてしまう。 そんな日常の風景の中に、彼女はいた。 「ユーリ、何か思い詰めてるみたいだけど、大丈夫?」 ふわりと、蜂蜜と花が混じったような甘い香りが揺らいだ。そして柔らかな声が僕を呼び止めた。 振り返ると、そこには市松人形のようなストレートヘアの漆黒の髪の少女。頬のラインで丁寧に切り揃えられたそのサイドヘアが僕の顔を覗き込んだ拍子に顔の輪郭から離れゆらゆらしている。 その古風な髪型に添えられた小さな桜の形のヘアピンが、控えめな光を反射していた。 彼女の名は、桜田有栖。 彼女が僕を覗き込み、小首を傾げた瞬間のこと、窓からの午後の日差しがその瞳に差し込む。 普段は柔らかな桜色に見えるその瞳が、光の角度によって、吸い込まれるような深い紫色へと色を変える。その神秘的な色彩の変化に、僕はいつも、自分が異世界に迷い込んでしまったかのような錯覚を覚える。 彼女は僕の机に、蜂蜜入りのお茶をそっと置く。 「……ありがとう!」 眩しすぎる笑顔。彼女は誰にでも優しい。大樹と仲が良く、……でも、大樹は以前「俺が好きなのは保健室の先生だ」なんて笑っていたっけ。 その言葉を聞いたとき僕は心底安堵した。 有栖が置いたお茶のペットボトルを僕は握りしめる。 彼女と目が合うたび、僕の心臓は場違いなほど騒がしく跳ねて、丸メガネがずり落ちそうになるのを必死に抑えなければならない。 クラスの誰もが彼女を慕っているけど、僕にとって彼女はそれ以上の意味を持っている。灰色に見える日常生活の中で、有栖だけが唯一鮮やかな色彩を持ってそこにいたから。「……本当に可愛いな
Last Updated : 2026-04-24 Read more