深夜一時を過ぎていた。 リビングの灯りはとうに落とされ、闇に沈んだ部屋を、カーテンの隙間から漏れる街灯のかすかな光だけが、青白く撫でている。 二重サッシの隙間から、冬の冷気が音もなく忍び寄ってきた。靴下越しの足の指は、もう感覚をなくしかけている。しんと静まり返った室内には、自分の呼吸の音だけが、妙に大きく響く。 詩織はソファに深く身を沈めたまま、視線をダイニングテーブルへと流した。 そこには、二人分の食器が虚しく並んでいる。丹念に焼き上げ、美しく盛り付けたはずのローストビーフには、冷えて固まったグレイビーソースがまとわりついていた。湯気の消えた味噌椀は、暗がりの中でひっそりと冷え切り、温め直される時を失っている。冷えて乾いた米の表面が、窓からの青白い光をぼんやりと撥ね返していた。半解凍のように力なく沈んだ青菜の浸し。時間をかけ、彼の好物を揃えたはずの料理が、今はただ、闇の底に置き忘れられた残骸でしかなかった。 朝、仕事に向かう彼は確かにそう言ったのだ。「今日は早く帰れる」 鏡の前でネクタイを締めながら、こちらを見もせずに放たれた、いつもの無機質な声。 それでも詩織は、その一言だけで胸が弾むのを感じていた。夕食の有無を尋ね、「家で食べる」という短い返事をもらっただけで、頬の筋肉が勝手に緩んでいくのを抑えられなかった。彼を送り出してから、すぐに近くのスーパーへ買い物に出た。普段は慎ましく選ぶ食材を、今日だけは少しだけ奮発して。彼が美味しそうに食べてくれる姿を想像するだけで、キッチンに立つ時間は輝いて見えたのだ。(馬鹿みたいだ) 心の中で吐き捨てた言葉が、自身の喉を逆向きに削っていく。期待すればするほど、裏切られた時の痛みは鋭く、深く胸を刺す。 その時だった。 静寂を破るように、玄関の鍵がガチャリと、無遠慮な金属音を立てて回された。続けて、重厚な革靴がタイルを打つ重い足音。詩織の鼓動が、一拍だけ、不規則に跳ねた。 リビングの扉が開く。 パチン、と乾いたスイッチの音が響いた。 突然、天井からの橙色の照明が部屋を満たし、暗闇に慣れていた瞳の奥が、きゅっと痛んだ。詩織は眩しさに目を細め、入ってきた男を見上げた。「起きていたのか」 低い、平坦な声だった。 羽島陵はソファに座る詩織を一瞥したきり、それ以上目を合わせようとはしなかった。完璧に整
Zuletzt aktualisiert : 2026-05-15 Mehr lesen