「私だって、雄吾さんが好きなんです」 佳苗の声を、絢子は廊下で聞いていた。「だから、一条さんが傷つかないようにするために、私と雄吾さんの関係まで小さくすることはできません」 美佐子は何も答えない。 絢子も動かなかった。 やがて、美佐子が小さく息を吐く。「……そんなつもりじゃなかったのよ」「はい」「私はただ、絢子ちゃんも大切で」「分かっています」「小さい頃から知ってるの。娘みたいなものなのよ」「それも分かっています」 佳苗は静かだった。「だから、お母様と一条さんが家族のように付き合うことを、私はやめてほしいなんて思っていません」「……」「でも、一条さんが雄吾さんを好きなことと、それは別です」「そうね」「一条さんが雄吾さんのことで傷つくたびに、私が何かを譲らなきゃいけないなら……」 佳苗は一度言葉を切った。「私も苦しいです」「……ごめんなさい」 今度の謝罪は、これまでとは少し違って聞こえた。「私、絢子ちゃんが泣いているのを見たら、つい……」「はい」「あなたが何かしたわけでもないのにね」 佳苗は目を見開いた。「お母様……」「今日だってそうだわ。あなたは何も言っていないのに」 美佐子が苦笑する。「私が勝手に先回りして、お願いしてしまったのね」「……はい」「ごめんなさい」 佳苗の胸から、少しだけ重いものが消えた。 ようやく。 分かってもらえた気がした。「ありがとうございます」 そのときだった。「……ごめんなさい」 背後から声がした。 二人が振り返る。「絢子ちゃん?」 絢子が立っていた。 目に涙を浮かべて。
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