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もう関わらない

Author: 影畑凛星
last update publish date: 2026-09-01 21:47:40

「絢子から、話があった」

 その夜。

 雄吾が帰宅すると、すぐに佳苗へそう告げた。

「……はい」

「悟を調べて連絡したことも認めた」

「何て言っていました?」

「佳苗に嫉妬したって」

 佳苗は目を伏せた。

 メッセージで聞いた言葉と同じだった。

「俺がどうして佳苗を大切にするのか、知りたかったらしい」

「……そうですか」

「納得はしてない」

 雄吾ははっきり言った。

「嫉妬したからって、元夫まで調べて連絡するのはおかしい」

「はい」

「もう佳苗のことは調べない。悟にも連絡しないとは言ってた」

「それなら……」

 佳苗は少し迷ってから続けた。

「もう、それでいいです」

「いいのか?」

「許すとかじゃありません」

 佳苗は首を横に振る。

「ただ、これ以上一条さんが何を考えていたのか考え続けたくないんです」

 悟から逃げたあと。

 佳苗はずっと。

 他人の機嫌や気持ちを考えていた。

 どうすれば怒らせないか。

 どうすれば傷つけないか。

 自分が我慢すれば済むのではないか。

 絢子と出会ってからも、いつの間にか同じことをしていた。

「一条さんが雄吾さんを好きでも、それは一条さんの気持ちです
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  • 夫の子を産まされ、妹の身代わりとして死んだ私――今世では冷徹CEOに執着されています   母なら分かってくれる

     佳苗の母親の連絡先は、まだ悟のスマートフォンに残っていた。 離婚してから、一度も連絡していない。 さすがに気まずさはある。 だが。 悟はしばらく迷った末、電話を掛けた。 数回の呼び出し音。『……もしもし?』「ご無沙汰しています。藤倉です」『藤倉……悟さん?』「はい」 母親の声が明らかに変わった。『どうしたの、突然』「佳苗のことで、少しお話ししたくて」『佳苗?』「俺、佳苗に連絡してるんですけど、全部無視されてて」『……』「とうとうブロックまでされたみたいなんです」『そうなの?』「はい」 悟は少し声を落とした。「俺も、悪かったと思ってます」『……』「離婚のときは色々ありましたけど、今は反省してるんです」『そう……』「だから、一度ちゃんと話したいだけなんです」 嘘ではない。 少なくとも悟自身は、そう思っていた。「でも、佳苗が話も聞いてくれなくて」『あの子、昔から頑固なところがあるからねえ』 その言葉に。 悟の顔が少し明るくなる。 やはり。 この人なら分かってくれる。「そうなんですよ」『一度こうって決めたら、人の話を聞かないところがあるのよ』「はい」『私にも最近、ずいぶん冷たいし』「……そうなんですか?」『そうなのよ』 母親の声に、不満が混じる。『雄吾さんと暮らすようになってからかしらねえ。何だかすっかり変わっちゃって』 悟の眉が動いた。「や

  • 夫の子を産まされ、妹の身代わりとして死んだ私――今世では冷徹CEOに執着されています   もう連絡しないで

    『佳苗にどうしても話したいことがある』 絢子は画面を見つめた。 返信するつもりはなかった。 雄吾にも佳苗にも、もう悟とは関わらないと約束した。 それに。 佳苗が今どこにいるかなど、自分も知らない。 美佐子から聞いたのは、二人で旅行に行っているということだけだ。『知りません』 それだけ送った。 すぐに返信が来る。『旅行行ってるんですよね?』 絢子の指が止まった。『何で知ってるんですか』『一条さんが前に榊原の母親と仲いいって言ってたから』『知ってるかと思っただけです』 悟は知らない。 探りを入れただけ。 絢子は小さく息を吐いた。『場所は知りません』『知っていても教えません』『もう私に連絡しないでください』 送信する。 今度こそ。 これで終わり。 そう思った。     ◇ 一方。「……使えねえな」 悟は舌打ちした。 絢子なら何か知っていると思った。 だが。 佳苗が旅行に行っていることだけは分かった。 榊原と。 二人きりで。「何なんだよ……」 自分はこんな状態なのに。 仕事を失って。 金にも困って。 毎日どうするか考えているのに。 佳苗は金持ちの男と旅行。 あまりにも不公平ではないか。 自分と結婚していた頃。 佳苗はそんな女ではなかった。 贅沢などほとんど言わなかった。 自分のために金を使うことも少なかった。「榊原に変えられたんだ」 悟はそう呟いた。 自分が知っている佳苗なら。 こんな自分を放っておくはずがない。 困っていると言えば心配した。 頼めば助けた。 それが。 今は連絡すら無視する。「一回、ちゃんと会えば……」 話せば分かる。 そう思っていた。     ◇ 温泉地の朝。 佳苗は目を覚ますと、しばらく布団の中でぼんやりしていた。 昨夜。 雄吾と話したことを思い出す。『俺は、佳苗との先を考えてる』『ちゃんと俺たちの始まりにする』「……」 思い出すだけで顔が熱くなった。 プロポーズではなかった。 けれど。 いつか結婚する。 それを二人で確かめられた。 佳苗にとっては、それだけで十分だった。「起きたか?」「……はい」 隣の部屋から雄吾の声がする。 この旅館でも、寝室は別にしてもらっていた。 雄吾は急かさない。 何も。 佳苗

  • 夫の子を産まされ、妹の身代わりとして死んだ私――今世では冷徹CEOに執着されています   二人の未来

    「いつ行くんですか?」 佳苗はパンフレットを開きながら尋ねた。「来週末。空いてるか?」「はい」「じゃあ予約する」「……早いですね」「嫌か?」「嫌じゃないです」 むしろ。 二人きりで旅行へ行くことが嬉しかった。 雄吾と暮らしていても、最近は絢子や美佐子、悟の話ばかりだった。 誰かの気持ちを考えて。 誰かとの境界を決めて。 いつの間にか、二人だけの時間が減っていた。「楽しみです」「そうか」 雄吾が笑う。 その顔を見て。 佳苗も自然と笑った。     ◇ 一週間後。 二人が訪れたのは、山間にある静かな温泉地だった。「すごい……」 案内された部屋の窓からは、山々が見渡せた。 少し色づき始めた木々。 川の流れる音。 そして、部屋には小さな露天風呂までついている。「雄吾さん」「ん?」「ここ、高かったんじゃないですか?」「最初に言うことがそれか」「だって……」「気にするな」「でも」「佳苗」「はい」「今日は金の心配禁止」「……そんな禁止あります?」「今作った」 佳苗は思わず笑った。「横暴です」「知ってる」 そんなやり取りさえ。 今日は妙に楽しかった。     ◇ 夕食を終えて。 二人は部屋へ戻った。 窓際の椅子に並んで座る。「静かですね」「ああ」「家も静かですけど」

  • 夫の子を産まされ、妹の身代わりとして死んだ私――今世では冷徹CEOに執着されています   もう関わらない

    「絢子から、話があった」 その夜。 雄吾が帰宅すると、すぐに佳苗へそう告げた。「……はい」「悟を調べて連絡したことも認めた」「何て言っていました?」「佳苗に嫉妬したって」 佳苗は目を伏せた。 メッセージで聞いた言葉と同じだった。「俺がどうして佳苗を大切にするのか、知りたかったらしい」「……そうですか」「納得はしてない」 雄吾ははっきり言った。「嫉妬したからって、元夫まで調べて連絡するのはおかしい」「はい」「もう佳苗のことは調べない。悟にも連絡しないとは言ってた」「それなら……」 佳苗は少し迷ってから続けた。「もう、それでいいです」「いいのか?」「許すとかじゃありません」 佳苗は首を横に振る。「ただ、これ以上一条さんが何を考えていたのか考え続けたくないんです」 悟から逃げたあと。 佳苗はずっと。 他人の機嫌や気持ちを考えていた。 どうすれば怒らせないか。 どうすれば傷つけないか。 自分が我慢すれば済むのではないか。 絢子と出会ってからも、いつの間にか同じことをしていた。「一条さんが雄吾さんを好きでも、それは一条さんの気持ちです」「ああ」「私にはどうにもできません」「ああ」「だから私は、私が嫌なことだけ言います」 雄吾が少し笑った。「それでいい」「はい」「俺も同じにする」「雄吾さんも?」「絢子がどういうつもりかじゃなくて、何をしたかで判断する」 佳苗は頷いた。 それなら。 もう絢子の言葉一つ一つに、振り回されなくていい。 そう思えた。     ◇ けれど。 絢子が悟への連絡を絶っても。 悟の方は終わっていなかった。『あの女と話した』 佳苗のスマートフォンに、またメッセージが届いた。『一条って女、榊原のこと好きなんだろ』 佳苗は返信しなかった。『お前、知ってたのか?』 無視する。『榊原の母親とも家族みたいな付き合いらしいな』『お前、あの家で本当にうまくやれてるのか?』 佳苗の指が止まった。 絢子が悟へ話した内容なのだろう。 以前なら。 胸の奥に刺さっていたかもしれない。 けれど今は。 佳苗は画面を閉じた。「……関係ない」 悟に心配されることではない。 自分と雄吾の関係は。 自分と雄吾で決める。     ◇ 数日後。 悟は焦っていた。

  • 夫の子を産まされ、妹の身代わりとして死んだ私――今世では冷徹CEOに執着されています   向こうから連絡してきた

    『昨日、一条絢子って女から俺に連絡が来た』 佳苗は、その文章を何度も読み返した。 意味は分かる。 けれど。 理解したくなかった。 絢子が。 自分から悟を探して、連絡した。「……どうして」「佳苗?」 雄吾の声がした。 顔を上げる。 リビングへ入ってきた雄吾が、佳苗の様子に気づいて足を止めた。「どうした?」「悟から……」 佳苗はスマートフォンを差し出した。「連絡が来ました」 雄吾の表情が変わる。 画面を読む。『一条絢子って女、知ってるか?』『榊原の幼なじみらしいな』『昨日、向こうから俺に連絡してきた』「……絢子から?」「そう書いてあります」「何であいつが悟の連絡先を知ってるんだ」「分かりません」 佳苗の声が震えた。「私、一条さんに悟のことなんて話してません」「ああ」「お母様から、以前結婚していたことくらいは聞いていたかもしれません。でも……」 連絡先まで。 偶然知るはずがない。「佳苗」「はい」「悟に聞けるか?」 佳苗は迷った。 悟とは関わりたくない。 けれど。 これは確かめなければならないと思った。『一条さんから連絡が来たって本当?』 送信する。 すぐに既読がついた。『やっと返事したな』「……」 佳苗はその言葉を無視した。『何を話したの?』 今度の返事は長かった。『あの女が俺を調べて連絡してきた』

  • 夫の子を産まされ、妹の身代わりとして死んだ私――今世では冷徹CEOに執着されています   似た者同士

    『今、佳苗さんがお付き合いしている榊原雄吾さんの幼なじみです』 悟は、その文章を何度も読み返した。 榊原雄吾。 佳苗が自分のもとを離れたあと、そばにいるようになった男。 しかも。『幼なじみ?』 悟が返す。『はい。子供の頃から、家族ぐるみで付き合ってきました』「……」 悟の眉が寄った。 なぜそんな女が、自分に連絡してくる。『それで、佳苗の何を聞きたいんですか』 返事はすぐには来なかった。 数分後。『離婚された理由を、もし差し支えなければ教えていただけませんか』「は?」 悟は思わず声を漏らした。 ずいぶん踏み込んだことを聞いてくる。『何であんたにそんなこと話さないといけないんですか』『そうですよね。申し訳ありません』 あっさり引いた。『忘れてください』 それだけ。 悟は画面を睨んだ。「……何なんだよ」 普通なら、そこで終わる。 けれど。 妙に気になった。『あんた、榊原とどういう関係なんですか』 送る。『先ほどお伝えした通り、幼なじみです』『それだけ?』 今度は少し間があった。『……それだけです』 悟は鼻で笑った。「嘘つけ」 わざわざ佳苗の元夫を調べて。 連絡先まで手に入れて。 離婚理由を聞いてくる。 ただの幼なじみがすることではない。『榊原のこと好きなんですか』 送信。 長い間、既読だけがついていた。 やがて。『昔から、大切な人です』 それだけが返ってきた。「

  • 夫の子を産まされ、妹の身代わりとして死んだ私――今世では冷徹CEOに執着されています   監視する妹

     ホテルへ入る佳苗と雄吾。 暗い夜道で撮られたはずなのに、驚くほど鮮明だった。「……どうして」 佳苗の指先が震える。 まるで誰かに見張られていたみたいだった。『ねぇお姉ちゃん』『その人、誰?』『もしかして浮気?』 次々届くメッセージ。 佳苗は顔を青ざめさせた。 浮気。 その言葉に胸が痛む。 裏切っていたのは悟たちの方なのに、なぜ自分が責められなければいけないのだろう。「見せろ」 雄吾が静かにスマホを受け取る。 メッセージ画面を見た瞬間、その目が冷えた。「……なるほど」「先輩」「撮られていたな」 低い声。 感情を押し殺したような響き。「どうしよう……」

  • 夫の子を産まされ、妹の身代わりとして死んだ私――今世では冷徹CEOに執着されています   今夜だけでも、俺を頼れ

    「俺は昔から、お前しか欲しくない」 低い声が耳元で響く。 佳苗は息を呑んだ。 車内の空気が熱い。 逃げ場がない。 雄吾の視線は真っ直ぐで、冗談の気配なんて微塵もなかった。「……先輩」 喉が震える。 理解が追いつかない。 昔から? ずっと? そんなはずない。 自分は特別な人間じゃない。 妹みたいに愛嬌があるわけでも、美人なわけでもない。 ただ都合よく利用されるだけの女だった。「信じられないか」 雄吾が静かに言う。 佳苗は答えられなかった。 すると雄吾は小さく息を吐き、身体を離す。「まあいい」「え……」「今すぐ答えを求める気はない」 その言葉に、佳苗は

  • 夫の子を産まされ、妹の身代わりとして死んだ私――今世では冷徹CEOに執着されています   監視されていた女

     もう二度と、お前をあいつらのところへ戻したりしない。 その言葉が、佳苗の胸に重く落ちる。「……どうして」 気づけば口にしていた。 雄吾が視線を向ける。「どうして、そこまでしてくれるんですか」 本当に分からなかった。 大学時代、少し関わりがあっただけ。 卒業後は一度も会っていない。 それなのに、この男は突然現れて、自分を助けると言う。 しかも、まるで最初から全部知っていたみたいに。「昔世話になった」 雄吾は短く答えた。「レポート、覚えてるか」 佳苗は目を瞬く。 大学二年の頃。 雄吾が長期入院していた時期があった。 単位が危ないと聞いて、佳苗は講義ノートをまと

  • 夫の子を産まされ、妹の身代わりとして死んだ私――今世では冷徹CEOに執着されています   逃がすつもりはない

    「やっと捕まえた」 耳元で囁かれた低い声に、佳苗の心臓が大きく跳ねた。 捕まえた。 その言葉は、優しいのにどこか危険だった。「榊原、先輩……?」 佳苗が戸惑う中、雄吾は佳苗の手首を掴んだまま、ゆっくり顔を上げる。 その視線の先には、こちらへ歩いてくる悟がいた。「佳苗!」 苛立った声。 悟は佳苗を見るなり、露骨に顔をしかめた。「何やってんだよ」 だが次の瞬間、雄吾の姿に気づき、動きが止まる。「……誰?」 警戒した声音。 雄吾は答えない。 ただ静かに佳苗の前へ立った。 庇うように。 その背中の広さに、佳苗は息を呑む。「佳苗、こっち来い」 悟が手を伸ばす。 

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