All Chapters of 森宮社長、奥様は娘を連れて離婚します: Chapter 211 - Chapter 220

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第211話

でも、ほかの子はみんな、パパかママが来てるのに……澪は胸が締めつけられた。玲衣はいつも自分の気持ちを後回しにしてしまう。こんなささやかな願いさえ、恐る恐る口にするほどだ。「うん、約束する」彼女は胸の奥がやわらかくなる一方で、切なさも込み上げた。「ふん。なんだよ、あの悪い女じゃないか。あいつの親って、お前なんだ?」すぐそばから子どもの声が飛んできて、澪は眉をひそめ、そちらへ視線を向けた。律樹はすでに退院している。少し痩せたようにも見えるが、もともとの体格が大きいため、ほとんど分からない。回復も人よりずっと早いのだろう。今も澪の前で、いい気になって胸を張っている。澪は玲衣に尋ねた。「この子、同じクラスのお友達?」玲衣はこくりとうなずいた。「うん」まさか同じクラスだとは、澪も思っていなかった。征司が律樹を再びこの園に入れたと知ったとき、まさか顔を合わせることはないと思っていたが、よりによって同じクラスになるとは。澪は彼を相手にせず、玲衣の手を引いて少し離れた場所へ移った。さりげなく周囲を見回すと、玲衣に声をかけた。「玲衣、ママとゲームしない?」「いいよ!」玲衣は目を輝かせた。今日の保育参観に、律樹の保護者として誰が来るのかは分からない。念のため、澪は玲衣に言い聞かせた。「じゃあ、今から参観が終わるまで、ママって呼んじゃダメなゲームにしよう。最後までできたら、ママが一日休みを取って遊園地に連れて行く。どう?」玲衣はたちまち張り切った。「絶対に勝つ!」ママと二人きりで遊べる機会はめったにない。だからこそ、絶対にやり遂げたいと玲衣は思う。澪はようやく少し安心した。律樹と鉢合わせたのは想定外だった。あと一日で離婚が成立する。ここまで来た以上、慎重な澪にとって、少しの行き違いも許されない。玲衣の手を引いて教室に向かおうとしたとき、目の前にひときわ目立つ「家族三人」が現れた。大勢の保護者の中でも、征司の姿はひときわ目立っている。初めて来たとは思えないほど自然に紗耶と二人で律樹の両手をそれぞれつないでいる。律樹は誇らしげに胸を張り、得意げな顔をしている。覚悟していたはずなのに、征司と向かい合った途端、澪はどうしようもない後ろめたさと恐怖に襲われた。彼女は何も言わず、玲衣の手を
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第212話

玲衣の両親については、澪はそれ以上説明するつもりはない。両親はちゃんといる。ただ父親がよその子の父親役を勝手にやっているだけだ。征司は澪の言葉に何も答えず、なおも考え込むように玲衣を見つめている。彼が異様に玲衣を気にかける様子に、澪は強い不快感を覚え、胸の奥に拭いきれない不安が膨らんだ。征司にこれ以上玲衣のことを聞かれたくない。澪は玲衣の手を引くと、そのまま教室へ入った。教室は広く、中央には親子でゲームをするためのスペースが空いている。澪はわざと玲衣を連れて征司たちから離れた場所に行った。律樹は征司にべったりで、征司も律樹の相手で手いっぱいらしく、澪と玲衣のことまで気にかける余裕はない。澪はようやく少し肩の力を抜いた。ゲームが始まった。人混みの中、澪の視線はその中央にいる征司を捉えた。大柄でふっくらした律樹を、征司は難なく抱き上げ、ゲームをこなしている。紗耶は笑顔で応援している。優しい母親であり、良き妻でもあるかのように。三人の姿は、誰の目にも幸せな家族に映る。周りの母親たちも羨ましそうな目を紗耶に向けながら、口々に褒め始めた。「ご主人、お子さんに本当に優しいですね。それに、こんなにイケメンで、芸能人かと思いましたわ」紗耶は目元をほころばせた。「彼、責任感が強いんです」「ご主人」という呼び方を、紗耶は否定しなかった。人混みの中にいる澪を横目で見やると、彼女はわずかに顎を上げ、口元に嘲るような笑みを浮かべた。「ほら、今日お父さんが来ているおうちなんてほとんどないでしょう?ご主人の服も見るからにお高そうだし。あの腕時計だけでも、一億円は下らないんじゃないですか。一目でただ者じゃないとわかるのに、奥さんを大事にして、子供にもこんなに付き合ってくださるなんて……本当にうらやましいです」すると、別の母親がすぐに言った。「ご主人、そんなにいい遺伝子を持ってるのに、お子さんは一人だけなんですか?もったいないですよ!もっと産まなきゃ!」これには紗耶も、ピクッと眉を動かした。横から年配の女性が意味ありげに笑った。「そうそう。あと二人くらい産んだほうがいいです。子どもがいれば、男の人はそう簡単に離れていかないもの。それにあなたもこんなにきれいなんですから」紗耶は少し頬を染めて恥じらうような表
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第213話

律樹は案の定怯んだ。丸々とした顔を真っ赤にして、ほかの子に聞かれていないかと慌ててあたりを見回している。澪は思わず吹き出しそうになった。ほら、子どもだから何も分からないなんて嘘だ。自分の姉が間違っていて、それが恥ずかしいことだとちゃんと分かっているのに。「澪さん、子ども相手にそんな言い方するなんて、どういうつもり?子どもをいじめて、そんなに楽しいの?」紗耶が近づいてきて、冷たい声で言い放った。征司も視線をこちらに向けた。澪はふんと鼻を鳴らした。「これ以上騒いだら、あなたが喜んで愛人におさまってるってことが、幼稚園中にバレちゃうわよ」紗耶は唇を引き結び、不快そうに眉をひそめた。澪は自分に嫉妬するあまり、本当に何でも口にすると、紗耶は思った。澪もまた、征司の視線を感じている。 ひどく重く、何を考えているのか読み取れない視線だ。たとえこの場で自分こそ征司の妻だと言ったところで、征司が認めるはずはない。むしろ紗耶の味方をして自分に恥をかかせるだけだ。それくらいのことは、澪にも分かっている。澪は二人を相手にせず、玲衣の手を引いてその場を離れた。玲衣もまた、調子を合わせるようにしっかりとした足取りで歩き、小さな顔をキリッと引き締めて、彼らには見向きもしなかった。征司は目の端で、玲衣の小さな後ろ姿をしばらく追っていた。ー 今日は幼稚園に大勢の人が集まっている。玲衣が喉を乾かせるのではないかと心配し、ベンチで待っているように言い残すと、澪はロッカーへ魔法瓶を取りに向かった。ちょうどそのとき、征司が部屋の中から出てきた。仕事の電話が入り、少し離れた場所で応対しているらしい。通話を終えると、廊下のベンチにおとなしく腰掛け、うつむいてルービックキューブをいじっている玲衣の姿が目に入った。彼はなぜか、足が止まった。向きを変え、玲衣のところへと歩み寄った。玲衣は顔を上げた。大きくて黒い瞳に好奇心の色はなく、ただ礼儀として小さく頭を下げた。「おじさん、こんにちは」女の子の声はふんわりとやわらかく、ひどく愛らしかった。その「おじさん」という一言に、征司の瞳がわずかに揺らいだ。どうしてなのか分からないが、ただこの子がやけに気に入った。征司はそのまま玲衣の隣に腰を下ろした。「きみ……
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第214話

征司は、確かに玲衣という子どもに強く興味を抱いている。聡明で素直で、自分の考えをしっかり持っている。この年頃の子どもといえば、まだ何もわかっていないことが多いのに、玲衣はまるで違う。穂積家については、征司も多少耳にしていた。だからこそ、この子の両親がどんな人物なのか、より一層興味が湧いた。玲衣はようやく顔を上げ、ぱちぱちとまばたきをした。「パパは、もう死んじゃったんです」予想外の答えに、征司は思わず眉をひそめた。「……すまない」玲衣は首を横に振った。「でも、玲衣はパパなんていらないんです。ママがいれば、それでいいです。ママは、だれよりもすごいんです」子どもは生き死にの話に触れれば悲しむものだし、心も傷つきやすいものだと、征司は思っていた。まして父親を必要とする年頃なら、なおさらのはずだ。しかし玲衣は、父親がいないことを少しも気にしていないようだ。「おじさんばっかり質問してずるいです。今度は玲衣の番です」玲衣は征司を見上げた。「おじさんは、律樹くんのパパですか?」征司は眉を上げた。「違う」「じゃあ、どうして律樹くんのパパみたいにしてるんですか?律樹くんにはパパがいないんですか?それとも、おじさんは誰かのパパになるのが好きなんですか?」玲衣の声は可愛らしく柔らかだったが、質問だけは容赦がない。征司もごまかすつもりはなく、素直に答えた。「俺には、まだ子どもはいない」「そうなんですか」玲衣は分かったような分からないような顔をして、少し離れた場所を指さした。「じゃあ、おじさんはあのおばさんと赤ちゃんをつくるんですか?」征司は、玲衣の指したほうへ目を向けた。紗耶はそこで裕福そうな奥様方と話している。彼の瞳には波風ひとつ立っておらず、唇を微かに動かした。何か答えようとしたそのとき——「玲衣、そろそろ行くよ」澪の声が彼の言葉を遮った。征司が目を上げると、魔法瓶を手にした澪が険しい顔でこちらへ急いでくるのが見えた。彼女は玲衣を抱き上げ、不満を隠さない目で征司を見た。征司と玲衣が並んで座っているのを目にした瞬間、澪は心臓が止まりそうになった。背中には、一瞬で冷や汗がにじんだ。玲衣がうっかり口を滑らせ、征司に彼女が自分の娘だと気づかれてしまうのを、澪は心から恐れている。まし
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第215話

「さっきの子は、穂積家のお嬢さまよ。南の穂積、北の森宮って呼ばれるくらいだもの。穂積家のどのご家庭のお嬢さまかは分からないけど、生まれながらに恵まれた子よね」紗耶は思わず、律樹へ目を向けた。律樹には、玲衣にちょっかいを出さないよう言っておかなければならない。穂積家の機嫌を損ねることになれば面倒だからだ。「さあ」征司はわずかに目を細めた。さっき尋ねてはみたが、玲衣は手がかりになることを何一つ口にしなかった。幼いながらも、しっかりと警戒心を抱いている。やはり利発な子だ。紗耶もよその子のことなど気にも留めていなかった。 自分たちには関係のないことだから。ふと何かを思いついたのか、彼女は笑みを浮かべて突然尋ねた。「この前、ホテルをいくつか送ったでしょう?気に入ったのはある?」征司は少し考えた。「それは健太に任せとけばいい」ー「ママ、さっきのおじさん、知り合いなの?」澪に抱かれてしばらく歩いた後、玲衣は彼女の肩をポンポンと叩き、自分で歩けるから降ろしてと合図をした。澪はしゃがみ込み、玲衣を地面に下ろした。「……まあね」どう答えればいいのか、自分でも分からない。玲衣に嘘をつきたくないからこそ、返事がひどく難しい。玲衣は何か考えるように小さく首をかしげた。「さっきのおじさん、わたしのこと、すごく知りたいみたい。パパとママのことも聞いたよ」澪は一瞬、全身の血の気が引くのを感じた。征司がどれほど鋭い人間か、澪はよく知っている。彼はほんのわずかな手がかりでもつかめば、そこからすべてを見抜いてしまう。澪は慌てて、玲衣の手をぎゅっと握った。「なんて答えたの?」玲衣は小さく鼻を鳴らした。くっきりとした二重の大きな目がとても愛らしく、口元には甘いえくぼが浮かんでいる。「教えてあげないって言ったの。秘密なんだもん。それに、そのおじさん知らないし」得意そうな玲衣を見て、澪はようやく息をついた。玲衣はどこか征司に似ている。それは澪も認めざるを得なかった。年齢のわりに大人びていて、驚くほど物分かりがいい。今日、幼稚園で征司と出くわしたことは完全に想定外だった。彼が玲衣に対して強い関心を示したことも、澪の不安をいっそう募らせた。これ以上、気を抜いてはいけないと彼女は思った
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第216話

宇一が海外にいて、国内とは時差がある。澪はしばらくの間、宇一からの返信を受け取れずにいる。今はただ辛抱強く待つしかない。幼稚園のイベントが終わっても、澪はすぐに帰らなかった。紗耶がほかの母親たちと楽しげに話しながら連れ立って出ていくのをその場で見届けた。征司は車の前まで行き、紗耶のためにさりげなくドアを開けた。優雅で思いやりのある仕草に、周囲の母親たちから羨望のまなざしが集まってきた。紗耶はそんな視線を一身に受け、たまらず小さく笑みをこぼした。そして甘えるような熱い視線で征司を一瞥してから、皆に手を振って車に乗り込んだ。澪はまるで場違いな部外者のように、その親密そうな光景を眺めていた。実のところ、彼女の心にはもう何の波風も立たなくなっていた。征司が幼稚園を出ていくのを確かめたいだけだ。そうしなければ、安心して先に帰ることもできなかった。征司の車が遠ざかっていくのを見届けてから、澪も自分のレンジローバーに乗り込んだ。宇一からはもう返事が来ないものと思ったが、スマホを見て、メッセージが届いた。【宇一:離婚、決めたのか?】彼は澪の質問に答えず、代わりにそう尋ねてきた。実際のところ、澪は宇一に自分の夫が征司であることをずっと伝えていない。征司の立場を考えれば、話さないほうがいい。伊織もわざわざ宇一に伝えるはずがない。宇一が自分のことを調べるかもしれない、と考えたこともない。澪にとって、宇一はそこまで親しい相手ではない。彼女の私生活に関心を持つとは思えない。【澪:明日、離婚届を出します】すると今度はすぐに返信が来た。【宇一:分かった。遅くても来週には帰る】最後に、もう一言。【宇一:おめでとう】その一言を見つめながら、澪は胸の奥に、ようやく夜明けの光が見えてきたような切ない気持ちが溢れ出した。明日になれば、すべてが終わる。肩の力が抜け、明日を待ち遠しく感じるのは、澪にとっても久しぶりのことだった。【ありがとうございます】と返信した後、澪はアカリ製薬へ戻った。臨床試験はいよいよ最終段階に入っており、承認取得を経て、発売できる日も近い。このような新薬なら、彼女はいくらでも作れる。今の澪の関心は、資金調達に成功した脳神経外科手術支援ロボットにより強く向いている。残業
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第217話

色々と悩んだ末、澪はやっぱり車を降りた。もともと征司との離婚は、特別なルートで手続きを進めることになっていた。たとえ本人が来ていなくても、離婚届受理証明書だけは受け取れるはずだ。窓口で、澪は必要な書類をすべて差し出した。「すみません、離婚届受理証明書の発行をお願いします」中の職員は澪を見て、首をかしげた。「お一人ですか?ご主人は?」あの人がどこで何をしているのかなんて、こちらが知るはずもない。澪はそう思いながらも、顔には出さなかった。「確認をお願いします。特別ルートで進めていただいているはずです」職員はそこで確認し始めた。しばらくしてから、申し訳なさそうに告げた。「申し訳ありません。その証明書でしたら、すでにどなたかがお受け取りになっています」澪はその場で固まった。「誰にですか?」「申し訳ありませんが、そこまでは確認できません。ただ、特別扱いがあったことは記録に残っています」澪の心臓がドクンと嫌な音を立てて沈み込んだ。拭いようのない不安が一気に押し寄せた。玲衣を自分の戸籍に入れるには、離婚が成立したことを示す書類が必要だ。それがなければ、法的にも玲衣の保護者になることができない。澪は慌ててロビーを飛び出した。森宮グループに行って、征司に直接確かめようと思った。車に乗り込んだところで、スマホが鳴った。画面に映ったのは、見覚えのある固定電話の番号だ。澪は背筋に冷たいものが走ったような気がした。その瞬間、何が起きたのか悟った。ー久しぶりに、澪は森宮家の本邸へ車を走らせた。美佐子の住んでいる離れは敷地内でもひときわ静かな場所にある。普段から美佐子は、二人の嫁である千佳子と香澄に邪魔されることを好まない。澪が着いたとき、美佐子は体調を崩しており、寝室で横になっている。かかりつけの医師が慌ただしく出入りしていて、やがて帰されたらしい。血圧が安定しないのか、彼女の唇はわずかに紫がかっている。澪の姿を見た途端、美佐子は激しく咳き込んで、その目には深い失望の色が浮かんでいる。「澪。あなたたち、揃いも揃って私をだましたのね!」澪の手足はすっかり冷え切っている。彼女はこわばる背筋をピンと伸ばし、一歩一歩ベッドへと近づいていった。「おばあ様。離婚届受理証明書を
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第218話

澪は一瞬、聞き間違えたのかと思った。離婚を、なかったことにする……?つまり、美佐子は征司が特別なルートで進めた離婚を取り消せるというのか。そんなことはどうしても受け入れられない。それは玲衣のことを賭けにするようなものだ。美佐子は、澪のいちばん触れられたくないところを正確に突いてきた。これまで美佐子が見せてきた優しさまで、この瞬間、ひどく儚く、つかみどころのないものに思えた。澪は美佐子の目をまっすぐ見返し、背筋に冷たいものが走ったような気がした。「なぜそこまでするんですか?離婚するかどうかは、私たち夫婦が決めることではないんですか?」美佐子は澪の「聞き分けのなさ」に少し不満を抱いたようで、眉をひそめた。「私が後ろ盾になってやるのに、何が不満なの?」その言葉に、澪は息を詰まらせた。まるで、不満を口にする澪のほうが恩知らずのようだ。「あなたたち、特別なやり方で離婚を進めたからこそ、今ならまだ取り消せるのよ。正式な手順を踏んでいたら、私にもどうにもできなかったでしょうね。今はむしろ、やり直せる好機じゃない?」美佐子の表情は少しだけやわらいだ。「前にも、子どもを産んでから離婚すると言ったでしょう。私が情に流され、あなたを信じて無理強いしなかった結果が、私をだましての離婚なの?あなたはそうやって私に恩を返すつもりなのか?」澪は何も答えなかった。彼女は今になってようやく悟った。これまで美佐子が澪を気遣ってきたのも、森宮家の顔を立てるための、表向きの振る舞いにすぎなかった。美佐子に逆らわなければ、いくらでも優しく振る舞える。だが、意に沿わないことをすれば、その薄い仮面もすぐに剥がれる。「おばあ様が、私のことを思って離婚を止めているわけではないことくらい、分かってます。紗耶が以前、征司の従弟と婚約していたから――それ以外にも、離婚を認められない理由があるんじゃないですか?」澪の心は淀んだ水のように冷え切っているが、そこに微かな波紋が広がった。彼女にははっきりと分かった。おそらくこの件に関して、美佐子は彼女に選択の余地など与えるつもりはないのだ。征司の子どもを産める女など、ほかにいくらでもいる。それなのに、なぜ自分でなければならないのか。美佐子は何か決定的な理由を隠しているような気がしてなら
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第219話

そして今、澪にははっきりと分かっている。これは脅しとすかしの連続だ。最初から自分に断る余地など与えられていなかったのだ。森宮家のような名家では、年長者は皆表向きは優しくて穏やかでも、実際には冷酷な独裁者ばかりである。逆らえば、どんな目に遭わされるか分かるものではない。使用人に促され、澪は屋敷を出た。太陽の光がひどく眩しく、車に乗り込んでも胸はまだ激しく波打っている。こんなことは、まったく予想していなかった。せっかく思い描いた計画も、その先にあるはずだった未来も、すべて狂ってしまった。離婚が成立したことを証明できるのは、あの離婚届受理証明書だけだ。あの書類は玲衣を自分の戸籍に移すための、唯一の手がかりでもある。形式上は離婚が成立していても、証明書を取り戻せないかぎり、いつ取り消されてもおかしくない。主導権は澪の手にはない。離婚が取り消されれば、これまで積み重ねてきた努力も、征司に署名してもらったあの親権に関する合意書も、すべて無意味になる。玲衣の親権や監護権は自分の手からさらに遠ざかっていく。彼女は今、約束をすっぽかした征司を骨の髄まで憎んだ。征司が今日のことをまともに受け止めていれば、美佐子に先を越されることもなかった。澪は無理に気持ちを落ち着かせ、打開策を考え始めた。何があっても、離婚が成立したという事実だけは守らなければならない。そのとき、伊織から電話が入ってきて、澪は車をUターンさせ、まっすぐ伊織の家へ向かった。「それって、離婚できたの?それともできてないの?」伊織は信じられないといった顔をしている。澪の顔色もひどく悪い。「離婚届受理証明書だって、いつまでも取り消せるわけじゃない。取り消せるのは、限られた期間だけのはずだ。その期間を何事もなく過ぎれば、もう覆せないと思う。そうなれば、美佐子が証明書を持っていたとしても、もうどうにもならない」澪がそう考えたのは、国の制度を踏まえてのことだ。いくら特別ルートを通したとはいえ、いつまでも自分の都合で離婚を覆せるはずがない。「確かにそうね、やっぱりあんたは頭が切れるわ。あのおばあさまも、いつまででも取り消せるって思い込ませて、脅してるだけかもしれない」伊織も、澪の考えはかなり筋が通っていると感じた。しかし、その期限が切れ
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第220話

征司が電話に出なかったとき、澪はいくつもの可能性を考えた。征司ほどの立場なら、急を要する仕事が入り、どうしても抜けられなかったのかもしれない。それが彼女に思いつく唯一の筋の通った理由だ。まさかこんなにも馬鹿げたことだとは思わなかった。旅行。しかも、紗耶が思いつきで決めた旅行だ。事前に知らせることも、先に離婚の手続きを済ませることもしなかった。自分が二人の楽しい時間を邪魔すると思ったのだろうか。澪は強く目を閉じた。胸は長い間激しく波打っているが、やがてどうにか無理やり落ち着きを取り戻した。もうこんなことを責めたところで仕方がない。そもそも征司は、細かいことまでいちいち自分に説明や釈明をするような男ではない。彼にとって自分は、ないがしろにしても、後回しにしても、いくらでも待たせてもいい女なのだ。しかし紗耶には、望まれたことを何ひとつ断れない。「ドキュメンタリーの撮影のとき、みんなで連絡先を交換したでしょう。まさか、こんな形で事実が分かるなんてね」伊織は澪の背を軽く撫でながら、悔しそうに言った。紗耶は人目を避けようとさえしていない。澪も今は完全に手詰まりだ。もともとは、離婚が成立したことを示す書類を受け取れば、そのまま玲衣を自分の戸籍に移し、法的な保護者としての手続きを整えられるはずだった。そうすれば、森宮家と完全に縁を切れる。余計な問題が起きる前に、すべてを終えられるはずだった。しかし今、何もかもが澪の思いどおりには進まなくなり、事態は予想もしなかった方向へ転がり始めた。離婚がいつ覆されてもおかしくないばかりか、玲衣を手放さずに済むかどうかさえ、危うくなっている。「玲衣の戸籍全部事項証明書だけで、戸籍を移す手続きはできないの?」と伊織が尋ねた。澪は首を横に振る。「調べたの。必要な書類は一つでも欠けたらだめ。結婚していれば婚姻関係を示す書類、離婚していれば離婚が成立したことを示す書類が必要になる。誰もが面倒だからと必要な書類を出さずに済むなら、手続きなんて成り立たなくなるでしょう」今になって思えば、あの時特別ルートに頼らず、通常どおり手続きを済ませておけばよかった。そうすれば、美佐子に弱みを握られることもなかったかもしれない。「征司だって、美佐子に素直に従うとは
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