朝、洗面台の横の小皿に見慣れないものがあった。 金属製の小さなピンだった。ネクタイピンだった。昨日灯が来ていた。夕食の後、ネクタイを外して椅子の背にかけていたのを見た記憶があった。帰る時に忘れていったらしかった。 届けようと思った。 連絡しようとしてスマホを手に取ったが、時間を見て止まった。朝の七時過ぎだった。灯が起きているかどうか分からなかった。メッセージを送りかけて、昼休みに送ればいいと思って、ポケットにネクタイピンを入れた。 そのまま家を出た。 営業部は朝から動いていた。 席に着くとすぐにメーカーから電話が来た。先週入稿した素材に確認事項が生じたという話で、内容を把握して社内に確認を取った。メールを三件返信した。午前中の会議の資料を見直した。 隣の島では、神地梨香子が男性社員と話していた。 梨香子は入社二年目だった。愛嬌があって、男性社員には人気があった。仕事の覚えは遅かったが、誰かが必ずフォローに入るので案件が止まることはなかった。フォローに入るのはたいてい男性社員で、本人たちは苦にしていない様子だった。 正木が小さくため息をついた。 瑠衣は画面に向かったまま、横目だけで見た。 今週も梨香子の担当案件の一部が、別の誰かに振られていた。振られた側は特に文句を言わなかった。言いにくい空気があった。 修正依頼の対応が三件残っていた。自分のことをやった。 昼休みになってから、ポケットのネクタイピンを確認した。 スマホを出して、灯にメッセージを送った。「ネクタイピンを預かっています。今日の帰りに届けられます」 すぐに返信が来た。「申し訳ありません。気づきませんでした。お時間があれば、よろしくお願いします」 今日は定時で上がれそうだった。 届けることにした。 弁当を食べながら、今日の残りの仕事を頭で整理した。午後に一件電話をかける必要があって、メールを二件書く必要があって、それが終われば今日分は片付く予定だった。 梨香子が廊下の方から戻ってきた。男性社員と並んで笑いながら歩いていた。昼休みも休んでいなかった。 正木が弁当のふたを閉じながら、小さく言った。「あの子のフォロー、また今週も回ってきてるんですよね」「そうですか」「瑠衣さんのとこには行ってないですか」「今週はないです」「先週は?」「
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