All Chapters of 結婚式の端っこで、君と乾杯を: Chapter 21 - Chapter 30

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21話「灯火書房」

 仕事帰り、電車の中で借りた本のことを考えていた。  昨夜読み終えた。最後のページを閉じてから、しばらくそのままにしていた。静かに終わる話だった。派手な結末ではなかったが、主人公の選択がずっと頭に残った。  読み終えたと言えば、話ができる。  そう思っていた。 玄関を開けると、革靴があった。  揃えて置かれていた。見慣れた靴だった。足が少しだけ止まった。止まってから、鞄を下ろして、読み終えた本を手に取った。  地下書庫へ降りた。  灯はいつもの場所にいた。棚の前の椅子に座って、本を読んでいた。顔を上げた。 「お帰りなさい」 「ただいま帰りました」  今日は言い直さなかった。  本を差し出した。 「ありがとうございました。面白かったです」  灯は本を受け取った。表紙をそっと見てから、裏表紙を確認した。奥付を開いた。本を受け取るたびに、灯はこうする。状態を確認しているのか、それとも習慣なのか、どちらかは分からなかった。 「最後まで読まれましたか」 「はい」 「主人公の選択は、どう思いましたか」  少し考えた。 「派手じゃないけど、あれしかなかったと思います。別の選び方をしたら、別の話になっていた」  灯は少し間を置いた。 「この作品は、訳者によって最後の印象が少し変わるんです」 そう言って立ち上がり、棚の別の場所から一冊を取り出した。同じ作者の、別の版だった。装丁が違った。手に取ると、紙の厚みが違った。 「読み比べたことはありますか」 「ないです」 「最後の一文の訳し方が違っていて、読後感がずいぶん変わります」 「そんなに変わるものですか」 「はい。翻訳は解釈なので、訳者が違えば別の作品に近くなることがあります。特にこの作品は最後の一文が短いので、言葉の選び方が全体の印象を決めます」  灯が二冊を並べた。それぞれの最後のページを開いた。瑠衣には原文も読めなかったが、日本語訳を見比べると確かに言葉が違った。 「同じ場面なんですね」 「そうです。でも読んだ後に残るものが違います。こちらは解放感があって、こちらは余韻が長い」  どちらが好きか、という話になった。瑠衣は後者だと言った。灯は少し考えてから、同じです、と言った。 「じゃあなぜ両方持っているんで
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22話「校了の日」

 仕事帰りの電車は混んでいた。  明日の確認事項を頭の中で並べ替える。  気づけば最寄り駅だった。  最寄り駅で降りて、いつもの道を歩いた。  スーパーに寄ろうか迷って、今日は寄らないことにした。冷蔵庫に材料が残っていた。それで何か作れる。  門を開けた。  玄関に革靴があった。  いつもと同じ革靴だった。見慣れた場所に、見慣れた靴が揃えてあった。それだけで少し空気が変わった。  鞄を下ろして、書庫へ向かおうとして、リビングに灯りがついているのに気づいた。  入ると、テーブルいっぱいに紙が広がっていた。  分厚い束だった。紙を重ねて綴じたものが何冊か並んでいた。赤ペンが一本、蓋が開いたまま置いてあった。付箋が何枚も貼ってあった。  灯が椅子に座って、一枚ずつ読んでいた。  ページを戻す。  赤ペンを走らせる。  付箋を貼る。  またページをめくる。  普段、本を読んでいるときよりずっと速かった。 「こんばんは」  顔を上げた。 「あ、お帰りなさい」 「失礼します」  台所に向かった。  夕食の準備をしながら、リビングの灯を時々見た。  赤ペンで何かを書き込んでいた。細かい字だった。ページをめくって、また書き込んで、付箋を貼って、次のページへ移った。集中していた。声をかけるタイミングを少し迷って、野菜を切りながら声を出した。 「大変そうですね」  顔を上げなかった。 「好きなので」  それだけだった。  切った野菜を鍋に入れた。だしを量った。  しばらくして、灯のスマホが鳴った。灯は立ち上がって、廊下に出た。声が少しだけ聞こえた。 「はい。では、その修正でお願いします」  短い間があった。 「ありがとうございます。今日中に戻します」  それだけだった。通話が終わって、また椅子に戻る気配がした。  出版社の人なんだ、と思った。それ以上は考えなかった。味噌汁の火加減を確認した。 食事の準備ができた頃、灯がゲラを脇へ寄
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23話「書店にて」

 休日の昼過ぎ、スマホに灯からメッセージが来た。 「少し付き合っていただけますか」  短い文章だった。灯からメッセージが来たのはまだ数えるほどしかなかった。来るときはいつもこういう感じだった。用件だけ。前置きなし。 「どこへですか」 「書店です」 「行きます」  それだけで話が決まった。 待ち合わせは駅前だった。  灯はいつもの革鞄を持って、いつもの落ち着いた服装で立っていた。豪邸でも街中でも、見た目が変わらなかった。場所に合わせて変える人ではないらしかった。 「お待たせしました」 「いえ」  並んで歩いた。  向かった先は駅から十分ほどの大型書店だった。六階建てで、フロアごとにジャンルが分かれていた。瑠衣も何度か来たことがあったが、全部のフロアを見て回ったことはなかった。 「本屋さんが好きなんですね」 「長いので」 「長い?」 「本屋に来ている時間が長くなります」 「泥棒ですね」  灯は少し間を置いた。 「本屋は本が盗むのを手伝っています」 「共犯ですか」 「かなり悪質な」  二人とも少し笑った。 一階は新刊と文芸書だった。  灯は平台を順番に見て回った。新刊の表紙を確認して、裏表紙を見て、奥付を開いた。全部の本に対してそれをしていた。買うつもりのない本も同じようにしていた。 「全部確認するんですか」 「新刊は一通り見ます」 「全部ですか」 「全部です」  平台には何十冊も並んでいた。時間がかかりそうだった。瑠衣は隣で文庫の棚を眺めることにした。  しばらくして、近くにいた店員が灯に気づいた。  二十代くらいの男性だった。本を補充する作業をしていたが、手を止めた。姿勢を正した。 「先日はありがとうございました」 灯は軽く会釈した。 「こちらこそ」 「初動も順調です。週末は特に動いていて」 「読者のおかげです」 「い
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24話「灯火書房」

 休日の午前中、読み終えた本を紙袋に入れた。  面白かった。難しくないかと聞いたら少しだけと即答した人が貸してくれた本は、確かに少しだけ難しかったが、読み終えると何かが残った。主人公が最後に選んだことが、しばらく頭から離れなかった。  紙袋を持って地下書庫へ降りた。  灯は棚の前にいた。今日は探し物ではなく、背表紙を眺めているだけだった。在庫確認でもなさそうだった。ただ眺めていた。 「ありがとうございました」  紙袋を差し出した。  灯は受け取った。袋から出して、表紙を確認した。裏表紙を見た。奥付を開いた。いつもの確認だった。 「最後まで読まれましたか」 「はい。面白かったです」 「どのあたりが」 「主人公が迷わなかったところです。迷うと思っていたのに、全然迷わなかった」  灯は少し考えた。 「この作者は迷う場面を書かないんです。登場人物が迷うより、選んだ後のことを書く方が好きなので」 「他の作品もそうですか」 「傾向としては。ただ初期の作品は少し違って、まだ迷う場面が残っています。この本は中期なので、選択の速さが一番はっきりしています」 「読み比べてみたくなりますね」 「あります」  灯が立ち上がって、棚の別の場所へ向かった。しばらく探してから、一冊取り出した。 「初期の代表作です。もしよろしければ」 「また貸してくれるんですか」 「読まれる方が本も嬉しいので」  受け取った。表紙を見た。また外国語のタイトルだった。 「難しくないですか」 「少し」 「毎回そう言いますね」 「毎回少し難しいので」  真顔だった。  笑えた。毎回少しだけ難しい本を貸してくる人だった。  そこから本の話が続いた。気づくと一時間ほど経っていた。 「今どこまで話しましたか」 「翻訳です」 「ありがとうございます」 「なぜお礼を言うんですか」 「止めてくれたので」  止めなければ、いつまでも続いていたらしかった。本人も分かっているらしかった。
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26話「帰る場所」

26話「帰る場所」 土曜日の夕方、灯が帰った。 玄関の扉が閉まった。靴がなくなった。いつもの終わり方だった。 台所を片付けながら、テーブルを見た。 本が一冊残っていた。 灯の本だった。地下書庫から持ち上げてきて、食後に少し読んでいたものだった。ページの途中に付箋が貼ってあった。読みかけのまま、置いていったらしかった。 手に取った。付箋のページを開いた。細かい書き込みが余白にあった。灯の字だった。 スマホを出した。着信履歴から灯の番号を探した。電話した。呼び出し音が続いた。出なかった。 メッセージを送った。「本を忘れていきました」 しばらくしてから返信が来た。「申し訳ありません。気づきませんでした」 続いて住所が送られてきた。「近くまで来られることがあれば」 地図を開いた。確認した。豪邸からそれほど遠くなかった。歩いて行けない距離ではなかった。 本を紙袋に入れた。 届けることにした。 住所の通りに歩いた。 住宅街を抜けると、古いアパートが見えた。木造だった。外壁が色あせていた。築年数がかなり経っているのが見た目で分かった。 地図と住所を確認した。合っていた。 部屋番号を確認した。二階の端だった。 外階段を見上げていると、上から足音がした。灯が降りてきた。いつもの服装だった。革鞄は持っていなかった。「わざわざすみません」「近かったので」 紙袋を渡した。灯は中を確認して、付箋のページを開いた。書き込みを確かめてから、閉じた。「助かりました」「来週でも良かったんですが、書き込みがあったので気になって」「ありがとうございます」 すぐ帰るつもりだったが、灯が「少しよろしいですか」と言ったので、アパートの前の自販機の横に置いてあったベンチに二人で座った。 夕方の空気はまだ温かかった。「ここに住んでいるんですか」「はい」「ずっとですか」「二十
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27話「積み重ねたもの」

 週末の午後、灯がいつもより少し早い時間に来た。 今日は本を探しに来たわけではないらしかった。地下書庫に降りると、棚の前で少し考えてから「整理したいところがあります」と言った。「手伝いましょうか」「お願いできますか」 二人で作業を始めた。 灯がやりたかったのは、棚の一区画を並べ直すことだった。 今は著者別に並んでいるが、出版社別に変えたい、という話だった。出版社別にした上で、その中を年代順にする。さらに版が複数ある場合は版ごとに並べる。三段階の分類だった。「全部覚えているんですか、どの本がどの出版社か」「だいたいは」「だいたい、というのは」「九割くらいは分かります」「残りの一割は」「調べます」 奥付を開けば分かる話だった。そういう意味か、と思った。 作業を始めると、灯の動きに迷いがなかった。本を抜いて、出版社を確認して、年代を確認して、適切な位置に戻した。手が止まることがほとんどなかった。迷うとしたら年代の確認だけで、出版社は見ればすぐに分かるらしかった。 瑠衣は本を手渡す役割を担った。棚から抜いて渡す、という作業だったが、途中で順番が分からなくなった。「これはどこに入りますか」 受け取った灯は表紙を一目見た。「その列の三冊目です」「なぜ三冊目なんですか」「一九七二年の初版なので、一九六八年と一九七九年の間です」「覚えているんですか、そんなことまで」「よく読んだ本は覚えています」 本を棚へ戻すたびに、灯は背表紙を指先で軽く整えた。傾いていれば真っすぐにした。隣との間隔が開いていれば揃えた。小さな動作だった。意識してやっているようには見えなかった。校了の夜にゲラを揃えていた手と同じ動きだった。「その癖、いつからですか」「何がですか」「本を揃える癖」 灯は手を止めて、自分の指先を見た。「気づいていませんでした」「ずっとやっています」「そうですか」 また始めた。揃えながら戻した。 一時間ほど作業を続けたところで、棚の奥から一冊が出てきた。 他の本より古かった。カバーがなかった。背の部分に補修した跡があった。セロハンテープが黄ばんでいた。紙が少し焼けて、色が変わっていた。「古い本ですね」「はい」 手に取って確認した。出版年を見た。かなり古かった。五十年以上前の本だった。「思い出の本ですか」 少し間
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28話「帰る理由」

 土曜日の昼前、インターホンが鳴った。  時計を見た。いつもより一時間ほど早かった。  玄関を開けると灯が立っていた。紙袋を持っていた。 「今日は少し早いですね」 「仕事が早く終わりました」 「珍しいですね」 「校了が昨日のうちに終わったので」  それだけだった。説明を足さなかった。中に入った。靴を揃えた。  紙袋を見ると、本の形が二冊分あった。返しに来たのか、持ってきたのか、あるいは両方か。聞かなかった。どちらでもいい気がした。 「どうぞ」 「失礼します」  灯は地下書庫へ向かった。  しばらくして、書庫を覗いた。  灯は棚の前に立っていた。紙袋から本を出して、先週整理した棚の続きを確認していた。戻す本と、持ち帰る本を分けているらしかった。 「手伝いましょうか」 「大丈夫です。少し確認したいだけなので」  隅の椅子に座って見ていた。  灯は一冊ずつ背表紙を確認して、場所を決めて、戻した。戻すたびに指先で整えた。先週と同じ癖だった。 「ここへ来ると静かですね」  独り言のような声だった。棚を見たまま言っていた。 「そうですか」 「落ち着きます」 「書庫しかありませんけど」 「十分です」  短い返事だった。それ以上続けるつもりはないらしかった。  本を一冊手に取った。奥付を開いた。年代を確認して、棚の位置を決めた。 「少し聞いていいですか」 「はい」 「どうして毎週来るんですか」  灯の手が一瞬止まった。止まってから、また動き始めた。本を棚へ戻した。指先で整えた。 「ここは静かなので」 「静かだから来るんですか」 「落ち着きます」  さっきと同じ言葉だった。繰り返したのか、それが全部なのか、どちらか判断できなかった。 「そういうものなんですね」 「そういうものです」  灯は次の本に手を伸ばした。  瑠衣は椅子に座ったまま、その背中を見ていた。  静かだから来る。落ち着くから来る。それは本当
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29話「好きな一冊」

 土曜日の昼、インターホンが鳴った。 玄関を開けると灯が立っていた。紙袋を持っていた。「こんにちは」「こんにちは」 中に入った。靴を揃えた。廊下を歩いた。テーブルに紙袋を置いた。 袋の中から本を二冊出した。一冊は返却で、一冊は新しく持ってきたものだった。返す方には付箋が何枚か貼ってあった。灯が読んでいた本だった。「お借りします」「どうぞ」 二人とも、もうこの流れに慣れていた。 灯は地下書庫へ向かった。瑠衣もついた。 返却した本を元の棚へ戻しながら、灯が背表紙を確認していた。場所を決めて、指先で整えた。先週整理した棚の続きを少し確認した。 瑠衣は棚の端に積んであった本を手に取って、背表紙を眺めた。タイトルが読めない本が多かった。いつの間にか、読めなくても持った感触だけで本に親しみが持てるようになっていた。 灯が棚から手を離した。「瑠衣さんは、好きな本はありますか」 振り返った。 灯が聞いてきたのは初めてだった。本の話はいつも灯がするもので、瑠衣が聞く側だった。灯が瑠衣に質問することは、今まであまりなかった。「好きな本、ですか」「はい」 手の中の本を棚に戻した。少し考えた。 仕事をしていた頃に読んだビジネス書。学生の頃に読んだ小説。最近、灯に借りて読んだ本たち。いくつか浮かんだ。でも一冊と言われると絞れなかった。どれもそれなりに印象に残っていたが、これと決める根拠が見つからなかった。「難しいですね」灯は小さく頷いた。「難しいです」 同意だった。灯も同じだという意味か、それとも難しい質問をしたという意味か、どちらかは分からなかった。「一冊に決めなければいけないですか」「決めなくていいです」「では、いくつか浮かびますが、一冊と言われると決められないです」「そうですか」 灯はまた棚に向き直った。別の本の位置を確認していた。 台所に立って夕食の支度を始めた。 今日は焼き魚にしようと思っていた。グリルを温めながら、さっきの質問を頭で転がしていた。 好きな本。 考えれば考えるほど、決められなかった。小学校の頃に図書館で借りていた本は印象に残っているが、今読んでも同じように感じるかどうか分からなかった。大学で課題のために読んだ本は内容を覚えているが、好きかどうかは別の話だった。「やっぱり決められないです」 声に出て
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30話「次はこの一冊」

30話「次はこの一冊」 平日の夜、仕事を終えて帰宅した。 今日も忙しかった。メーカーへの対応が二件、社内の確認作業が一件、夕方にクライアントから追加の修正依頼が来て、結局定時を少し過ぎた。 夕食を作って、食べて、片付けた。 自然に地下書庫へ向かっていた。 本棚の前に立った。 灯に薦めるなら、どの本だろう。 先週そう思って、まだ決められていなかった。平日も時々考えていた。通勤電車の中で、昼休みに弁当を食べながら、今週借りた本を読みながら。 一冊抜いた。 背表紙を見た。数年前に読んだ小説だった。面白かった記憶はある。でも灯ならもう読んでいる気がした。根拠はなかった。ただそんな気がした。 戻した。 別の一冊を手に取った。広告業界に入った頃に読んだビジネス書だった。内容は実用的で、当時は参考になった。でも灯が読んで何かを感じるかどうかは、また別の話だった。 戻した。 隣の棚を眺めた。灯が整理した区画だった。出版社別、年代順に並んでいた。そこから一冊抜くのは違う気がして、端の棚に戻った。 今夜は決まらなかった。 電気を消して、一階に上がった。 翌日も、また翌日も、仕事から帰ると書庫に降りた。 机の上には何冊か積んであった。ここ数日で手に取って、一度は候補にしかけた本たちだった。 一冊ずつ開いた。 最初の一冊は、序盤だけ読んで戻した。面白かった。でも何かが違った。灯が読んで、感想を話してくれる場面を想像した。うまく想像できなかった。 二冊目は、以前灯が話題にした作者と同じ時代の作品だった。繋がりがある気がして候補にしていたが、開いてみると少し違う方向だった。灯の好みとずれているかもしれなかった。 灯の好みをどこまで分かっているのか、自信がなかった。本の話を何時間も聞いてきた。でもそれは灯が好きなものを話しているのであって、灯がどういう基準で選ぶのかは、また別のことだった。「難しい……」 声が出た。 誰もいなかった。 少しだけ笑えた。灯のために本を選ぶことに、こんなに時間をかけている自分が少し可笑しかった。 でもやめなかった。 机の本を全部棚に戻して、また端から眺めた。 一冊、手が止まった。 子どもの頃に読んだ本ではなかった。高校生の頃、図書館で偶然手に取った本だった。動物が出てくる話でも、ファンタジーでもなかった。一人
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