「花音……君の初めてを、俺にくれるか?」白檀の香りが漂う禅室。観音像の顔は、薄い布で覆われていた。桐谷花音(きりたに かのん)は何も身につけないまま、男の腕に囲い込まれ、座卓の脇の畳に横たわっていた。穏やかな顔立ちには、近寄りがたいほど澄みきった静けさが宿っている。そんな言葉を口にしても、その切れ長の瞳には欲望の色など微塵も浮かんでいなかった。それでも花音は、まるで仏の声に導かれるように、その身を彼へと捧げた。付き合って三年、彼が初めて花音に触れようとしたのだ。神谷明臣(かみや あきおみ)は、誰もが知る「俗世に染まらない男」だった。誰もが、彼は冷淡で近寄りがたく、俗世の欲とは無縁の人間だと口をそろえた。神谷家という巨大な家業を継いだあとも、彼は修行を欠かさなかった。香を焚いて仏に祈り、禅室にこもって座禅を組み、精進料理だけを口にし、戒律を守り、静かに俗世から距離を置いて生きていた。そんな彼が花音と付き合ったことこそ、人生最大の戒律破りだったのかもしれない。もっとも、明臣が本当に何の欲も持たない人だったわけではない。座禅を組むときは、花音に服を脱がせ、自分の前で裸のまま正座させる。一時間が過ぎると、今度は服を着るよう告げ、そのまま禅室を出て行かせるのだ。彼はいつも長い時間、花音を見つめていた。けれど、その瞳に愛や欲情は感じられない。まるで彼女の肉体を使って、自分の修行が揺らがないかを試しているようだ。花音は、そんな明臣を一度も疑ったことはない。むしろ、自分が彼の修行の一助となれるなら、それでいいとさえ思っていた。人生のどん底にいた自分を救ってくれたのは、明臣だったからだ。けれど今回は違った。明臣は彼女を帰そうとはせず、裸のままの花音を畳へ押し倒した。花音は震える声で問いかける。澄んだ瞳には、初めてのことへの戸惑いと緊張が浮かんでいた。「……戒律を破ることにならないの?」明臣はかすかに口元を緩め、身をかがめて彼女の耳たぶに唇を寄せる。「花音……君という存在は、ずっと前から俺の心を乱していたんだ」初めて結ばれる痛みに、花音は声をのみ込み、眉を寄せる。あれほど冷静で自制心の強い人が、こんなふうに我を忘れることがあるなんて、花音は思いもしなかった。明臣は何度も彼女を求め続け、花音が力尽
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