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第6話

枝月ゆい
明臣は花音を見つめたまま、胸が不意にずしりと沈むのを感じた。

花音はどこか凛とした雰囲気の美人だ。けれど、その黒く澄んだ小動物のような瞳が笑うたびに、無垢であどけない愛らしさを添えてしまう。

本来なら刺々しく聞こえるはずの問いかけさえ、甘えるような響きに変えてしまうほどだった。

――何か気づいたのか?

思考を振り払い、明臣は視線を落とす。指先で花音の薬指にはめられた指輪をそっとなぞり、話題を変えた。「この指輪はラウンドブリリアントカットなんだ。五十八面のカットが光を一番きれいに見せてくれる。花音、気に入った?」

穏やかな声だったが、その冷ややかな瞳にはほとんど感情が宿っていなかった。

以前の花音なら、それが彼の生まれつきの性格で、感情表現が苦手なだけなのだと思っていただろう。

けれど、里奈に優しく語りかける彼を目の当たりにして、ようやく気づいた。

彼はただ、自分には少しも愛情を持っていなかったのだと。

花音は目を伏せ、手元の指輪を見つめた。

たしかに美しい指輪だった。ダイヤは強く輝き、高価な品であることが一目でわかる。

「うん、好き」柔らかな声には偽りのない響きがあり、その瞳も心から感動しているように澄んでいた。まるで、明臣が丹念に紡いだこの嘘に、本当に酔いしれているかのようだ。

自分の目で見て、自分の耳で聞かなければ、花音はきっと信じられなかっただろう。

目の前で細やかな気遣いを見せるこの男性が、裏では自分を利用し尽くそうとし、冷酷に切り捨てようとしている人間だなんて。

花音はそっと手を引き、窓の外へ視線を向けた。

雨上がりの木々は青々と鮮やかに輝き、部屋に漂う空気とはあまりにも対照的だった。

そのよそよそしい態度に気づいた明臣は、じっと彼女を見つめた。眉がほんのわずかに寄る。

だが深く考えることはなかった。まだ拗ねているだけだと思ったのだ。

「明日はウェディングドレスの試着に行こう。花音、この世界でいちばん綺麗な花嫁にしてあげる」

花音は顔を向け直し、明臣の冷たい瞳を見た。

そこには、結婚を目前にした喜びも期待もなかった。

まるで波ひとつ立たない水面のように冷え切っていて、何の感情も映してはいなかった。

「明臣」花音は静かに口を開いた。

鈴のように澄んだ声には、少女らしい愛らしさと少しの気高さがある。だから名前を呼ぶだけでも、どこか甘えるような響きになった。

「どうした?」

「本当に……美術展が終わったら、私と結婚するつもりなの?」黒く澄んだ瞳は、一度も逸れることなく彼を見つめていた。

少しひんやりとした声で、わざと「美術展」という言葉だけを強く口にする。

彼は、ほんの少しでも本心を見せてくれるだろうか。ほんの少しでも、自分を愛していた時間があったなら。それだけで、この三年間は無駄ではなかったと思えるのに。

花音は明臣の表情から、わずかでも綻びを探そうとした。自分を愛していた証を、ほんの少しでも見つけたかった。

けれど、何ひとつ見つけることはできなかった。

明臣は手を伸ばし、頬にかかった髪を優しく耳へとかける。「もちろんだよ。変なこと考えなくていい」

一切ためらうことなく答えた。けれど、それ以上の約束は何ひとつ口にしない。まるで、この返事をすることを最初から決めていたかのようだ。

花音は小さく笑った。どうやら、自分を買いかぶりすぎていたらしい。

以前なら、この言葉を聞いただけで胸がいっぱいになるほど幸せだった。

しかし今は、その慈しみに満ちているように見える瞳を見つめても、ただただ見知らぬ人のように感じるだけだった。

――明臣。美術展までは、あと二週間あまり。

そんなに芝居を続けたいなら、最後まで付き合ってあげる。この茶番を、最後まで演じ切りましょう。

花音はそっと目を伏せ、込み上げる感情を隠した。

再び顔を上げたとき、その澄んだ瞳には優しい微笑みだけが浮かんでいた。「うん。あなたが選んでくれたウェディングドレスを着たい」

「任せて」明臣は目を伏せ、彼女の額にそっと口づけを落とした。「少し眠るといい。俺はここでずっとそばにいるから」

「うん」

花音は布団に身を沈めた。静かになると、呼吸もやがて穏やかになっていく。

どれほど時間が経っただろう。

明臣が部屋を出ていく足音が聞こえ、扉が開き、そして静かに閉まった。

花音はゆっくりと目を開け、枕元に並ぶ四つの茶缶へ視線を向けた。

体を起こし、中をそっとのぞき込む。灰みを帯びた緑色の細長い茶葉が目に入った。

花音の口元に、皮肉な笑みが浮かぶ。

確かに、中に入っているのは白峰山のお茶だった。けれど、それは自分が作ったものではない。

あの頃、少しでも爽やかでほのかに甘い香りを添えたくて、茶葉を焙煎するときに、わざわざジャスミンの花びらを加えていた。けれど、この茶葉にはそれが入っていなかった。

明臣が一度でも自分の作ったお茶を開けていたなら、こんな間違いをするはずがない。

花音は茶缶を両手で包み込んだ。きめ細かな朱泥には茶の香りが染み込み、底にはどれも「臣」の一文字が刻まれている。この茶缶だけは、間違いなく彼女がかつて一つひとつ手作りしたものだった。

どうやら、里奈とはすっかり仲直りしたらしい。わざわざ茶缶だけを返してもらい、中身だけ別の茶葉に入れ替えて、ごまかそうとしたのだ。

花音は手を伸ばし、四つの茶缶をまとめてゴミ箱へ放り込んだ。

……

翌朝。

朝食を済ませると、明臣は車で花音を北城で最も格式高いウェディングドレスショップへ連れて行った。

店に入るや否や、二人が来ることを知っていたかのように、スタッフがすぐ笑顔で迎えに来る。

「花音様、こちらのウェディングドレスは明臣様が特別にオーダーメイドされたものです。スカートには九百九十九粒のダイヤモンドがあしらわれていて、すべてデザイナーが一粒ずつ丁寧に仕上げたものなんですよ」

「そうなんです。このドレスは当店でも最高級の一着で、お値段は約二十億円。明臣様からは『素材は最高のものを使ってほしい。着心地を何より大切に』と何度もお申しつけいただきました」

スタッフが長いギフトボックスを抱えてやって来る。

箱が開かれると、まばゆい輝きを放つウェディングドレスが姿を現した。ドレス全体にはダイヤモンドが惜しみなく散りばめられている。

スタッフたちは手袋をはめ、慎重にドレスを取り出した。

「ありがとう」花音は淡く微笑んだ。

けれど、その瞳はどこまでも静かで、何の感情も映していなかった。

明臣は外面を取り繕うことに関しては完璧だった。誰にも非の打ちどころがなく、誰もが彼は花音を心から愛し、大切にしていると思っている。けれど、その優しさのすべてが、彼女を絡め取るために張り巡らせた甘い罠だとは、誰一人知らない。

スタッフに手伝われてドレスへ着替え、鏡に映る自分を見つめる。

熟練の職人が仕立てたドレスは身体に吸い付くように寄り添い、裾を飾るダイヤモンドは照明を受けてきらきらと輝いていた。

まるで俗世に舞い降りた天女のように、美しく、どこか人を寄せつけない清らかさをまとっている。

明臣は彼女の背後へ歩み寄る。

白く細い指先で黒い数珠を静かにつまみながら、その視線は、羽のように薄く華奢な背中へと落ちた。その瞳は、手の中の数珠よりもなお深く、暗かった。

花音が振り返る。動きに合わせて裾がふわりと広がり、咲き誇る白蓮の花のように、気品と清らかさを漂わせる。

明臣の視線はゆっくりと彼女の顔へ移った。

その瞬間。冷ややかな瞳の奥に宿った驚きと見惚れた色を、隠し切れなかった。

花音は彼のもとへ歩み寄る。一歩一歩が花を咲かせるように優雅で、細い腰がしなやかに揺れる。どこか艶めいた雰囲気と無垢さを併せ持つ、妖精のようだった。

その一歩ごとに、彼の胸の奥が静かに震えた。

いつも冷静な明臣の瞳に、ついにわずかな揺らぎが浮かんだ。「花音、こっちへ」

花音は両手でスカートの裾を持ち上げ、慎重に彼の前まで歩み寄る。

明臣は薄いベールを持ち上げ、下からふわりと彼女の頭へとかぶせた。

ベール越しに彼の指先が花音の頬をそっとなぞり、そのまま少しずつ下へ滑っていく。やがて、その指は鎖骨のくぼみで静かに止まった。

その熱を帯びた指先に触れられ、花音の身体は思わず小さく震える。そこは、彼女が特に敏感な場所の一つだった。

花音は顔を上げる。澄んだ小動物のような瞳には、かすかな戸惑いが浮かんでいた。

見間違いでなければ、明臣の瞳の奥には、欲望の色が滲んでいた。

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