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とある結婚式場の新婦控室では、ヒカリが今から着るウエディングドレスをじっと見つめている。
「やっと、私も幸せになれるのね……」
大きな瞳から涙が零れそうになり、慌てて目頭にハンカチを押し当てて涙を吸収させる。これからメイクをするのに、涙を流しては台無しになってしまう。
四葉ヒカリは芸能一家の長女で、父、継母、腹違いの妹の4人家族だ。カメラの前では仲良く振る舞っているため、幸せの四葉一家と世間で言われているが、実際は幸せの欠片すらない。
実母が生きていた頃は幸せだったが、父の拓也が継母の結花と結婚してからは地獄のような日々が続いていた。常に妹の舞花が優先される。それだけでも耐え難いのに、彼らは事あるごとにヒカリを馬鹿にし、時には暴力を振るうこともあった。
ひとり暮らしをするようになってからは、暴言と暴力からある程度離れられたが、狭い芸能界にいて、世間で仲良し家族として認知されているせいで、完全には逃れられなかった。
監督の父のドラマや映画に出演し、ヒカリと同じく女優をしている結花と舞花と共演する。バラエティに家族で呼ばれれば、仲良し家族を演じさせられる。
そんな地獄のような日々でも、香坂蒼斗はヒカリだけを見つめ、愛してくれた。
甘いルックスと抜群の演技力で、若い女性を中心に人気のある蒼斗は、舞花に何度も恋人を奪われ続けたヒカリにとっては高嶺の花だった。だからこそ、恋愛対象外だったが、彼はヒカリの人柄を見て褒め、愛し、何度も真摯に向き合ってくれた。きっと蒼斗なら、舞花に惑わされずにヒカリを愛し続けてくれる。そう確信し、彼からのプロポーズを受けることにしたのだ。
「お祝いしてくれる人は、ちょっと少ないけど……。でも、蒼斗さんとなら……」
蒼斗はお互いの仕事に影響を与えたくないからと、交際も婚約も世間に隠すことを選んだ。ヒカリとしては堂々と交際したかったが、彼の言うことも一理ある。それに、不特定多数の人に交際を知られるのは抵抗があった。
彼の言う通り、内密にしていてよかったと、本当に思う。女優仲間は婚約発表した後に、パートナーに女性が群がり、大変だったという。
美人芸能人と結婚した男性芸能人がモテるのは、本人の魅力というより、結婚した女性より自分が上だと思いたい女性が多いからだとどこかで聞いたことがある。
ただでさえルックスがいい人気俳優なのに、結婚したと知られれば、多くの女性が蒼斗を狙うだろう。そう考えると、彼との結婚は多くの人に知られたくなかった。だから、結婚式に招待したのは、口が固いと信用できる仲の良い芸能人だけ。
できれば学生時代からの友人達も呼びたかったが、蒼斗に反対されて諦めた。蒼斗いわく、芸能人の友人をしている一般人の中には、情報通ぶって話してしまう人がいるらしい。
あれこれ思考を巡らせていると、ドアがノックされた。
(スタッフさんかな?)
「はい、どうぞ」
返事をするとドアが開き、家族3人が入ってきた。ヒカリは警戒したが、父が柔らかな笑みを浮かべ、1歩前に出る。
「ヒカリ、結婚おめでとう」
父の拓也の祝の言葉に嬉しくなる。母が亡くなり、再婚してから、父は妻の結花と、結花との間に生まれた舞花にばかり構い、ヒカリを蔑ろにしてきた。優しい言葉をかけてくれたのも、何年ぶりだろう。 「わぁ、ウエディングドレス綺麗! 舞花も着てみたい」 舞花はトルソーが着ているウエディングドレスを見て、目を輝かせる。ヒカリは咄嗟にウエディングドレスの前に立つ。 「これは私の結婚式だから、ダメだよ。いい人と結婚する時に着たほうが特別な気持ちになれるから、その時までのお楽しみ」ハッキリ断りつつ、自分が嫌だということを隠す。舞花はヒカリが嫌がることをしたがるから、嫌だと言わないようにしている。そのかわりに乙女チックな理由を並べると、高確率で納得してくれる。
「ケチ! ちょっとくらい良くない?」 頬を膨らませてかわいこぶって怒る舞花。ヒカリは心の中で舞花を軽蔑する。二十歳を越えて自分を名前呼びしたり、子供っぽい仕草をする舞花にも、それを可愛いとチヤホヤする男達や両親も、気持ち悪くて仕方がない。本当は家族に結婚のことを知らせたくなかった。蒼斗にもそう伝えたのだが、勝手に伝えてしまったのだ。「いくら仲良くなくても、結婚くらいは知らせないと」と言っていた。
「ねぇ、ウエディングドレス着たい!」
「そうよ、減るものじゃないし」 「どうせレンタルなんだろ? なら、いいじゃないか」 駄々っ子のように振る舞う舞花にも、舞花の味方をする両親にうんざりする。いつもそうだ。おもちゃも自転車もお菓子も彼氏も、いつも舞花に取られ、両親は舞花の肩を持つ。 「お姉ちゃんでしょ、ウエディングドレスくらい、着せてあげなさい」いつもなら諦めてうなずくが、今回ばかりはそうはいかない。
「これだけは譲れない。これは私の結婚式なの。お願いだから私の幸せを壊すようなことしないで」きっぱり言うと、3人はあからさまに不機嫌な顔をする。
「本当にケチな子」 「舞花が可哀想だろ」 「お姉ちゃんひどーい!」 何を言われても譲りたくない。これはヒカリの幸せなのだ、誰にも穢されたくない。ましてや、舞花なんかに。 ドアがノックされ、返事をするとスタッフが入ってくる。 「ヒカリ様、少々よろしいでしょうか? 式の確認をしていただきたいのです」 「分かりました。絶対に私のウエディングドレスに触らないでね」 ヒカリは舞花を睨みつけ、釘を刺してから控室から出る。「そんな、壮介さんは悪くない。こそこそ撮ったマスコミが悪いの。それに私達、やましいことなんてないし。堂々としてればいいのよ」『そっか、そうだよね。僕にできることがあったら、何でも言って』 壮介の声に明るさが戻り、安堵する。どんな時でも、愛する人には笑顔でいてほしいものだ。「ありがとう。でも私もさっき知ったばかりで、状況把握できてないの。だから、もう少し待ってて」『分かった。余計なことしないで待ってるよ。それじゃ』「えぇ、また」 電話を終わらせて画面を見ると、たくさんのチャットやメッセージ、メールが届いていた。大半がお祝いメールだった。「まぁ、変なスキャンダルじゃないだけマシか……」 送られてきたメッセージのほとんどがお祝いということは、不倫に仕立て上げられたりしているわけではないようだ。自分の名前を検索バーに入力すると「四葉ヒカリ 熱愛」と予測された。その予測をタップして検索すると、ニュースサイトが並ぶ。 1番上のニュースサイトををタップすると、壮介に頬にキスをされている写真が視界に飛び込む。見出しは「薄幸のヒロイン、ついに幸せに!?」という、失礼極まりないものだった。 記事の内容は、某パーティの中庭で、ヒカリがflocon de neigeの社長と密会しているというもの。ふたりの会話内容や、馴れ初めについては書いていない。「これなら、なんとか……」 壮介との交際がバレてしまったことは想定外だったが、幸い悪い書かれ方はされていない。だったら、壮介に相談してから、真実を公表すればいい。やましいことなど何もないのだから。 他にもいくつかニュースサイトやメッセージなどを確認しても、同じような言葉が微妙なニュアンスの違いで書かれているだけだった。 ヒカリは事務所に壮介との交際は事実であること、あの写真が撮られた日から交際スタートしたこと。そして、これから壮介と相談してからSNSで正式に発表しようと思っていることを報告した。 事務所からの返事は「スキャンダルではないし、大人だから任せる。一応公表前に文書を確認させてほしい」といったものでだった。 ヒカリは壮介にメールをし、状況を簡潔に伝えた。壮介は『ヒカリさんが公表してから、僕個人のアカウントで公表するよ。僕は荻原に文書のチェックをしてもらおうかな』と返信が来た。「腹が減っては戦はできぬし、
「こんなに買ってくれてたんですね。ヒカリさんのイチオシってどれですか?」「そうですね、私は……」 写真を見ながら話をしているうちに敬語が取れ、気づけば距離も近くなっていた。「こんなに楽しくおしゃべりしたの、いつ以来かしら」「あはは、僕もだよ。ヒカリさんに会えてよかった」「こちらにいましたか」 荻原が神経質そうな顔をして出てくる。壮介は荻原の顔を見ると、しまったという顔をし、指先でこめかみを掻く。「あ、そうだ……。会議あるの忘れてた。ヒカリさん、またあとで」「待って、壮介さん」 ヒカリは咄嗟に壮介の手を掴む。今言わなかったら、チャンスを逃してしまう気がした。「あの、交際の件だけど、よろしく願いします」「それって、OKってこと?」 うなずくと、抱きしめられた。ふわりと爽やかで甘酸っぱい香りが鼻腔をくすぐる。「嬉しいよ、ヒカリさん。君のこと、何よりも大事にする。今度、一緒に食事しよう」 壮介はヒカリの頬にキスを落とすと、荻原と一緒に消えてしまった。ヒカリはキスをされた頬に触れ、呆然としていた。 撮られているとも知らずに……。 数日後の朝、しつこいくらい鳴る呼び出し音で起こされる。「もう、なんなの……。今日はオフなのに……」 スマホを見ると、金田からの着信だった。右上の時間を見ると、まだ早朝だ。「なによ、もう……」『ヒカリさん、大変です!』 ぶつぶつ言いながら耳に当てると、金田の大声で鼓膜が割れるかと思った。「ちょ、うるさい……。どうしたの?」『週刊誌に撮られてますよ!』「週刊誌ぃ? なんのこと?」 眠たい頭で考えるが、思い当たる節はない。壮介と飲んだ時は変装をしていたし、その件だとしたら、もっと早くに出てるはずだ。その人にとって大事な時期にスキャンダルを出すこともあるが、特に大事な時期というわけでもない。『海原さんとの写真ですよ!』「え? なんでまた……」『それはこっちが聞きたいです。キスしてるところ、ばっちりでしたよ!』「ええぇっ!?」 驚きのあまり飛び起きる。壮介とのキスなど、一度しかない。あのパーティでの東屋。何を言おうか迷っていると、誰かがヒカリのスマホに電話をかけているらしく、キャッチホンが鳴った。「ごめん、誰かから電話かかってきたみたい。一旦切るね」『え? ちょ、』 金田との電話を終わらせ、誰
「その小説ってもしかして……」 壮介の口から出たのは、まさにヒカリが読んでいた小説のタイトルだった。「そうです」「ヒカリさんもそれ読んでたなんて、嬉しいなぁ」 壮介の子供っぽい笑顔が可愛くて、頬が緩む。壮介は気取ったところがなく、接しやすい。きっと、そういうところに惹かれたのだろう。壮介の笑顔を見ながら、ヒカリはそう考えた。「僕、こんな見た目だから、厨二病だとか、気味悪いだとか言われてたけど、初めて会った時に、ヒカリさんが綺麗って言ってくれて、すごく嬉しかったんです」 壮介の話を聞いて胸が痛む。状況などは違うが、似たような経験はした。 学生の頃、天才子役と言われ、注目されていたが、仕事で早退したり、遅刻したりしていた。極めつけはスマホだろう。小中学校はスマホの持ち込みが禁止されていたが、ヒカリだけは特例でOKが出ていた。 だからクラスメイトに、ズルいとか調子に乗ってるとか言われて、ハブられていた。「理由は違いますけど、私も学生時代はズルいとか調子に乗るなとか言われて、仲間はずれにされてたので、少しは分かります」「やっぱり、芸能人にもそういうのあるんですね」「遅刻や早退はしょっちゅうでしたし、私だけスマホを持ってたから……」「子供って事情なんて考えずに、思ったことを口にしますからね。お互い、大変な学生生活を送ってたようで」「そうですね。あの、海原さんって……」「できれば、壮介とお呼びください」「では、壮介さんで」「はい」 壮介は嬉しそうに返事をする。人懐っこい大型犬を連想した。「壮介さんは、この前子供の頃からファンだって言ってましたけど、いつから私のファンなんですか?」「その、引かないでくださいね? 魔法少女リップルージュの頃から、ファンでした」 壮介は恥ずかしそうに言う。魔法少女リップルージュは、少し珍しい実写ドラマで、小学生の女の子がなりたい自分をイメージしながら魔法のリップを塗ると、イメージした大人になるのだ。 大人になったリップルージュが様々な困難に打ち勝つ話で、当時の女児は皆夢中だった。ヒカリは変身前の小学生を演じていたのだ。「リップルージュ! 懐かしい。そんな前からだったんですね」「はい。なりたい自分になれるのが羨ましくて、よく見てました。新作も、リップルージュをイメージして作ったんです。多くの女性が、なりたい
「そうですか、よかった」 安堵すると壮介が笑う。「海原さん?」「ヒカリさんはお優しいですね。だから惹かれるんだろうな」「え?」 惹かれるという言葉に、思わず胸がときめく。「さっき、咄嗟に恋人だって嘘をついてしまいましたけど、本当にしませんか」「それって……」 ヒカリは無意識で胸に手を添える。蒼斗と恋愛ごっこをしていた時とは比べ物にならないほど、ドキドキしている。 壮介は真顔で向き直り、決心を固めるために息を吸う。「ヒカリさん。僕は女優としてではなく、ひとりの女性として、あなたが好きです。まだお互いのことよく知りませんし、すぐに交際なんて考えなくてもかまいません。ですから、友人から始めてみませんか?」 壮介の白い肌が、林檎のように赤く染まっていく。「はい、是非」 ドラマの中では数え切れないほどの恋をしてきたが、現実での恋は数える程度だ。ヒカリは友人としてではなく、恋人として受け入れるつもりだったが、緊張してそれしか言えなかった。(たぶん、友人としてって思われたかも……)「断られなくてよかった……。ヒカリさんは挨拶は済みましたか?」 どう切り出そうか悩んでいると、壮介が聞いてきた。「いえ、まだです」「でしたら、挨拶が終わったら、ふたりで中庭でお話しませんか? お互いのことを知るために」 ヒカリはちらりと外を見る。梅雨時にしては珍しく、晴天だ。外でお茶をするのにいい天気ではあるが、相手が壮介だとそうも言ってられない。「外に行って大丈夫なんですか?」「え?」「その、間違ってたらすいません。海原さんって、アルビノですよね? アルビノって、あまり日光が得意ではないと思って」 ヒカリは恐る恐る聞いてみる。もし壮介の髪がオシャレのためで、肌の白さもただの生まれつきだったら、失礼になってしまうだろう。「ふふ、お優しいですね。確かに僕はアルビノで、日光は苦手です。ですが、ここには東屋があるそうですから」 東屋なら、陽の光を遮ってくれるだろう。それに、何も1日中外にいるつもりではない。1時間程度なら、きっと問題もないし、何かあったら本人が言うはずだ。「そういうことでしたら、是非」「先に東屋に行ってますね」「分かりました。けど、日差しなどがつらくなったら、無理しないで室内で待っていてください」「その時は連絡しますね」「はい。では
大御所の人脈自慢パーティ当日。少し遅めに会場についたヒカリは、壁の花を決め込んでいた。人との交流があまり好きではないのだ。それでも、挨拶はしないといけない。今は挨拶前に会場内を見回し、順番を決めながら、心の準備をしている。「お姉ちゃん、こんなところにいたの?」 舞花がにこやかに近寄り、耳元に口を寄せる。「地味過ぎて気づかなかった」 いつもそうだ。人前でも、ヒカリにだけ聞こえるように暴言を吐く。まだ幼稚園児の方が、精神年齢が高いように思える。 両親と蒼斗も来て、ヒカリを見て嘲笑う。周囲を見回すも、隅の方だからか人がいない。「アンタも呼ばれてたのね。相変わらずシケた顔。不幸が移りそう」 結花はヒカリのつま先からてっぺんまで見てから、鼻で笑う。(そう思うなら来なければいいのに) 言い返したところで、ひどい目に遭うのは分かっている。ヒカリはただ、黙って時間が過ぎるのを待つ。「ダンマリかよ。なっさけねー。だから誰にも選ばれないんじゃねーの」 蒼斗の言葉に彼らはゲラゲラ笑う。「男漁りに来たのかしら?」「お前じゃ誰も選ばないだろ」「あぁ、いた」 そんな声が聞こえたのと同時に、肩を抱かれる。驚いて見上げると、壮介だった。「ご家族の団らんを邪魔してすいません」「どちら様?」 拓也は怪訝そうに壮介を見る。「ご挨拶が遅れました。僕はヒカリさんと交際をさせていただいている、海原壮介と申します。flocon de neigeの社長をしています」 壮介は4人に名刺を渡す。名刺を受け取った彼らは、一瞬顔をしかめるも、笑顔を浮かべた。「まだ若い会社ですので、今回初めて呼ばれたんですよ。いやぁ、ヒカリさんのご家族にお会いできてよかった」 壮介の柔らかな笑顔に、4人は笑顔が剥落し、気まずそうな顔をする。「交際してる人がいるなんて知らなかったわ」「お姉ちゃん水くさーい。言ってくれたらいいのに」「言う機会なくて」 ヒカリは曖昧に微笑む。そもそも壮介とは交際していないし、したとしても彼らに言うことは絶対にない。「ヒカリさんとふたりになってもいいですか?」「え? えぇ、どうぞ」「行こうか」 ヒカリの肩を抱いたまま、壮介は彼らから離れる。バルコニーに出ると、肩から壮介の手が離れる。「はぁ、緊張した……」 壮介は胸を撫で下ろすと、申し訳無さそうに
ヒカリは写真とチャットに目を通すと、「了解」と送った。「ばっかみたい」 スマホを放り投げて吐き捨てるように言う。 今の家族の思い出なんて、消してしまいたいものしかない。いつもヒカリだけが仲間外れ。自分達でヒカリを爪弾きにしておきながら、合成写真や撮影用のグループトークまで用意して、仲良し家族を演じろというのだから滑稽だ。 彼らは指示をするのも面倒なのか、もうひとつ家族用のグループトークを作り、ヒカリの名前でアカウントを作り、楽しい家族のグループトークを繰り広げているのだ。まだ子供たちのおままごとの方が見ていられるほどにハリボテの家族。世間はこんなものを羨ましがっていると思うと、笑えてくる。 翌日、楽屋の前で3人と鉢合う。今日はこの3人と同じ楽屋だ。うんざりする。「おはよう、舞花。父さんも母さんも、元気?」「おはよ、お姉ちゃん」「ヒカリも家にいればいいのに」「そうだよ。家族で離れ離れなんて寂しいじゃないか」「もう、ふたりとも子離れしてよ」 軽い茶番をしてから楽屋に入ると、結花から紙束を手渡される。「頭に叩き込みなさい」 バラエティ番組にも、台本はある。といっても、ドラマのようにかっちりしたものではなく、流れが書いてあるだけ。彼らはその台本に合わせ、別に台本を用意している。仲良し家族を見せつけるための、空虚な台本を。 ヒカリが楽屋の隅で台本を読んでる間、彼らはスマホを見たり、おしゃべりをしたりと、思い思いに過ごす。 スタッフが声をかけに来ると、また仲良し家族を演じて一緒に移動する。 スタジオに入ると、ヒカリにとって空虚な時間が始まる。面白くもない話に笑い、コメントし、偽りの家族の思い出を話す。実に馬鹿らしい。これに勝る無駄な時間などあるだろうか?「舞花ちゃん、聞きましたよ。ご結婚されたとか」 司会の芸人がニヤリと笑いながら言うと、舞花は恥ずかしそうに肯定し、スタジオが沸き上がる。「はい、蒼斗くんと結婚しました。毎日が幸せです♡」「いいですねー。ヒカリちゃんは焦ったりしない? 妹に先越されたりして」「いえ、焦ってません」「いい人いるの?」 いい人と言われ、壮介のことを思い浮かべる。(違うわ、そんなんじゃない)「まさか! いませんよ。今は仕事が恋人ですから」「さすがお姉ちゃん、真面目だねー」「真面目過ぎて心配なんです