All Chapters of 堕天使に寵愛を。そして、全ての魂に、グレイスを。: Chapter 1 - Chapter 10

19 Chapters

第1話 己が奪った命の重みを、その暗殺者は自分が殺される時に知った

この話は、幾千《いくせん》の屍《しかばね》を築いた暗殺者の青年とそれを取り巻く者達の祈りが紡《つむ》ぐ、ファンタジー救済譚。 しかし、忘却は祈りを鈍《にぶ》らせる。 まるで歴史が風化して曖昧になるように……。 祈りが届かない者の名は、声にすらならず、風に消える。 ーーーもし、その風に感情があったのなら……風は何を思って消えたのか? 闇は光より先に、祈りはその名を呼んだ。 闇より届いた祈りは、果たして誰の祈りだったのか? 彼らは祈ったのではない。 世界を変えるために……裂いたのだ。 世界は祈りでは変わらないのか……? それとも……。 あなたがもしなにか祈りを抱いているならば……それを手放さない理由は……? これは『祈りとはなにか?』という問いを、思想そのものの物語に置き換えたもの。 祈りを見つけるために、罪に塗れた青年が見た世界。 そして……その序章。 --- 熱い。熱い。熱い……。 胸を素手で──いや、骨の腕でぶち抜かれる感触は、想像以上だった。 それが既に命に届く致命傷であるという事を理解しようとするが、彼はまだ現実を認識しきれずにいた。 歴戦の暗殺者であると自惚《うぬぼ》れていた自分への、神からの『他人の痛みを知れ』という最後通告のような激痛。 今も、筋肉と内臓に無理矢理割り込んできた異物が、ギチリ、ギチリと嫌な音を立てている。 脳は『その事実を受け入れろ』と無慈悲に告げているが、同時に最後の慈悲をかけるように血液とアドレナリンを一気に駆け巡らせ、痛みを何とか抑え込もうとしているようだった。 ───それでも、彼が感じているその痛みは絶大だった。 死にかけるような傷など、青年は何度も負ってきた。 自分は痛みに鈍くなっていると思っていた。 ーーーだが、それが間違いだった……。 死に際になって、己がいかに無知であったかを青年は思い知る。 内臓を無作為《むさくい》に弄《まさぐ》ろうと押し寄せる異物の感触。 それが少しでも動く度に、鋭い痛みが全身を支配する絶望感は、言葉にできないほどだった。 「はぁ……はぁ……」 喘息患者のような呼吸を繰り返す。 痛みという刃が凄まじい速度で青年を突き刺し、敗北感と共に世界が暗く沈み始める。 世界から音が
last updateLast Updated : 2026-08-10
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第2話 殺されてもいい?その言葉の真意をまだ知らない

風に紛れて、誰かの声に似た何かが響く。 それが風自体が発した音であるかのように。 『これは、とある誰かの昔話だ。好きな姿勢で、好きな間隔で、好きな時間に聞いてくれればいい。それは読者のあなたに委《ゆだ》ねよう……』 『では、準備は出来たかな?……始めよう』 『 ―――ひとりの青年がいた。彼は“死”だけを信じて生きていた。何故、そうなったのか?』 その説明の前に、人間が不気味に口角を釣り上げたような間合いが空いた……。 そして、その誰とも分からない声は、再びあなたの脳内に再生される。 『それは簡単に説明できる。生きるには金がいる。そして、金は人間が持っている。ならば、人間から奪えばいい』 『___ただ、それだけだ……。だが、その方法には少なからずいくつかの弊害が生まれることは、皆も想像がつくだろう』 『まず、抵抗されるかもしれない。しかし、それは青年にとってなんの問題もなかった。抵抗されない方法は、簡単だった』 『殺せばいい──そうすれば、残りの弊害《障害》も……』 青年の考えは、まさに悪魔と言っていいものだった。 その考えに至った理由も。 それがもたらす青年にとっての利点も。 まるで本当に悪魔が耳元で囁いたとしか思えない程に……残忍な理由だった。 『誰かに反撃される可能性は、証拠《しょうこ》を残さなければ……いい。その方法が、最も反撃も証拠も残りにくい。スラム街。生まれた子どもが三日後に餓死《がし》することが、珍しくもなかった場所。青年は、物心ついたときにはもう、独りだった。腹が空き、腐《くさ》りかけのリンゴを盗んだ。それが彼の“人生のはじまり”だった』 『しかし、数分後には店主に見つかって路地裏《ろじうら》で殴《なぐ》られ、ゲロと血でぐしゃぐしゃになっても──許されなかった。もう一発でも殴られたら死ぬ。幼子であった青年がそう思った瞬間、なにか死に抗う方法が無いかと思って、ただ反射的に手を無造作に伸ばした。「死にたくない」という気持ちだけで』 また、不自然な間合いが空く。 そして、熱狂の渦にいる者が発するように、その声はひどく興奮しているように聞こえた……。 『そして、それを手に持ってしまった。見つけてしまった。手に取ったのは割れた瓶《びん》』 『無意識に……。ただ、"死にたくない"とい
last updateLast Updated : 2026-08-10
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第3話 異世界へ、もう一度だけ、愛する人へ祈りを捧げるために

(嗚呼、またこの夢か) 『へへ、やったぜ!!』 『ざまぁーねぇーな!!』 視界が真っ赤に染まるのを感じる中、不協和音にも似た男達の度し難《がた》いほどに汚い声が耳に響く。 例えるなら、銃弾が耳から入り込み、頭蓋《ずがい》の中で貫通せずに跳弾を繰り返し、脳を変形させる勢いで響き回る……そんな錯覚すら襲ってくる。 言葉という名の『狂気』と『凶器』は、この夢を見るたびに視界を赤く染め上げ、俺の心を発狂させるように蝕《むしば》んでいく。 聞くに堪えない声……。 仮に手の内に鼓膜を突き破れる棒のようなものがあったなら、迷わず突き刺しているだろう。その確信を抱かせながらも、声は無情に響き続ける。 (ふざけんな……思い出させるな……!!) 護《まも》り切れなかった過去。思い出すだけで憎悪に身を焦がすその記憶が蘇るたび、これ以上怒り狂ったら自分はどうなってしまうのかという、根源的な恐怖に支配される。 怒りのあまり、得体の知れない何かに侵食されてしまうかもしれないという恐怖と絶望は、筆舌《しつぜつ》に尽くし難いものだった。 俺が『特別な何者でもなかった』という現実。そしてそれに気づけなかった自分に、宛て先のない後悔を突きつけられる時間《あくむ》。 視界が歪み、醜悪《しゅうあく》な声と共に雨音が耳を打った。 ……あのとき。 目の前で、大切な命が消えた。 俺が今まで自らの手で行ってきたことを、そっくりそのままやり返されたように……。 自らの心が引き裂かれる痛みによって、初めて被害者の気持ちを知った。 俺は勘違いしていた。 ……。 ――圧倒的な。 絶対的な……。 ―――見るに堪えない。 俺の傲慢《ごうまん》。 (もう……) 己が強者であるつもりでいた。 どこの誰とも知れぬ有象無象《うぞうむぞう》に殺されることなどない。だから守れると思っていた。 (やめてくれ……!!) でも、それは──この時間を与えられる度に。 (歪む……やめてくれ) 狂死《きょうし》しかねないほどの痛みと共に。 突きつけられた。 (これ以上はやめてくれ……!!) まるで、全身に凌遅刑《りょうちけい》を下されているかのような絶望感。 (なんでもする……!!) 本当に強かったなら、《《あいつ
last updateLast Updated : 2026-08-11
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第5話 顔が分からぬ街

「アーコブ様、おかえりなさいませ!」 忠実《ちゅうじつ》なる騎士が、まるで長い遠征《えんせい》から帰還した王に対して第一声をかけるような、信頼と尊敬に満ちた声が二つ響いた。 村の入口──巨大な丸太が並ぶ隙間に、その聖域へと繋がる門があった。 巨大な鎖とそれを巻き上げる滑車《かっしゃ》が備え付けられており、いかにも重厚で「天然の素材で築かれた聖域の門」というイメージを俺に焼き付ける。 そこに鎧をまとった男がふたり。 先ほどの声を発した者たちだ。 フルフェイスの鉄兜の隙間から覗く目線だけで、俺の暗殺者としての勘が反応する。 相当鍛え上げられていると感じさせるが、無防備に鞘《さや》に収めた長剣を、なんの警戒もせずにぶら下げているのは門番としては減点だ。 (緊張感がないな……) そんな思考が俺の頭をよぎる。 もし仮に今、俺が彼らの得物《えもの》を奪い、その鎧の隙間に突き刺すという凶行に及んだなら、こいつらはどうする気だろうか。 だが、目の前にいる老人がそれを数秒で鎮圧する力を持っているのは確かであり、この門番達もその老人の絶対的な力を信頼しているからこその余裕なのかもしれない。 老人にはそれだけ、俺に下手な真似はできないと思わせる『何か』があった。 そして、ふたりは、拳を額に添える動作で敬礼した。 この村の“敬意”の形……らしい。 老人もそのポーズを返したため、俺も真似をして同じポーズを取る。 郷に入っては郷に従え、だ。 「ご苦労。何か変わったことは?」 俺と話す時とは違う――威厳《いげん》に満ちた声。 そう、まさにこの街の主《あるじ》に相応しいと感じさせる声だった……。 (カリスマだな) そう感じると同時に、俺は少し戸惑う。 老人のその態度の変わりように。 俺は、この老人の真の姿が分からなくなっていた。 それはまるで、俺と同じ人種ではあるが、潜伏し、人間を籠絡してから確実に仕留める……俺とは別のタイプの暗殺者のようにも思えた。 『特にありません』 声も、動作も、完全に同時だった。 近づいたことで、鎧の精度が目視でもわかった。そこら辺の武具の鍛造《たんぞう》の質では、到底歯が立たないだろう。 下手したら、俺の技術を以《もっ》てしても、隙間を狙わなければそこら辺のナ
last updateLast Updated : 2026-08-12
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第7話 記憶される罪と徳は誰を求めるのか?

後から思い返せば、フェルータとの会話はとても心地よかった。 まるで娯楽の少なかった昔の人間が、吟遊詩人の詩《ものがたり》に魅了されるような時間だった。 そう自覚させられるほど、彼女との小さなやり取りの一つ一つが、魂に染み渡る聖水のように俺の中の『何か』を破壊していくのを感じた。 だが、『暗殺者』の俺はそれに気が付かなかった……。 その時に気がついていたら、後の結末は変わっていたのだろうか? その時の『暗殺者』は舌打ちを繰り返して俺に『真実』を映し出すことはなかった。 まるでお前は絶対に変わることなど出来ないと、呪いをかけるように……。 そこまで感じさせるほどに彼女は、人を疑うということを知らずに育ったのだろう。 そう思った時……ふと、フェルータが最初に震わせていた手を思い出した。 あれは……どういう意味だったのだろう……? 今でも、それは分からない。 否、思い返した時には既に答え合わせは永久に出来なくなっていた。 俺はなんと愚かで傲慢《ごうまん》だったのだろうか? 結局後悔しても俺の本質は変わらないのだ。 ―――――――――――― 『暗殺者』の俺は限りある時間を有効活用して『道具』を利用した。俺の問いにフェルータは空気のように自然に答えてくれていた。 「ここはどこか」 「アーコブという老人は何者か」 「この世界はどういう構造で成り立っているか」 ──そのすべてを。 この村は、《対境《たいきょう》の山脈》に囲まれた森のなかにあるらしい。 地名は“境《きょう》に対する森”。 そしてここは、《エデレン王国》という巨
last updateLast Updated : 2026-08-14
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第8話 交渉は開戦へと発展する

「……っ!!」 驚きはしたが、暗殺者としてのプライドがそれを顔に出すことを許さなかった。 それが薄汚れた俺が、この圧倒的な『上澄み』に対して見せられる……唯一の反逆だった。 しかし──まるで夕食の献立でも提案するみたいな口調で、自分の考えを見透かされたことに……。 俺は、奇妙な安堵を感じていた。 さっきまではこの老人をどう倒すか考えていたのに、今はその選択肢を手放した自分に、むしろほっとしている。 そうすれば俺はきっと後悔の念を感じる前にどうにかされていただろう……。 否、そう考えさせられるほどに。 ……このアーコブは、やはり只者《ただもの》ではないという認識が俺の中で強く印象づけられた。 だが、『暗殺者』が最後の抵抗を見せた。 無意識下で交渉の最適解を弾き出し、思考に追いつくよりも早く、即座に言葉を紡いだ。 「意味が分かりませんが?」 だが、その最後の悪あがきでさえ、アーコブの前では無意味だった。 「なあに、私の前でぼかしたり、嘘をついたりする必要はない。境《きょう》の者か?と問うたとき、君は怒らず肯定もせず。普通なら激昂する場面でも、あえてぼかした。だからこそ、私はここまで連れてきた。もし君が“境の者”なら、何かしら反応があったはずだ。なのに、君は何もしなかった。むしろフェルータには心を許し、いろいろ聞いていた。この世界の常識さえもだ」 つまらなそうに書類を眺めながら、アーコブは言葉を続ける。 「故に境の者ではない。そう判断した。ならば君は──久方ぶりに現れた、異世界から来た者だと思っただけだよ」 (……聞かれていたか) そう考えて、俺は天を仰ぎ見る。 そして、自分の失態を恥じた。 (魔法という力が存在している以上、それくらい想定すべきだった……)
last updateLast Updated : 2026-08-15
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