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堕天使に寵愛を。そして、全ての魂に、グレイスを。
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Author: 羽の赦し記録者

第1話 己が奪った命の重みを、その暗殺者は自分が殺される時に知った

last update Petsa ng paglalathala: 2026-08-10 17:17:26

この話は、幾千《いくせん》の屍《しかばね》を築いた暗殺者の青年とそれを取り巻く者達の祈りが紡《つむ》ぐ、ファンタジー救済譚。

しかし、忘却は祈りを鈍《にぶ》らせる。

まるで歴史が風化して曖昧になるように……。

祈りが届かない者の名は、声にすらならず、風に消える。

ーーーもし、その風に感情があったのなら……風は何を思って消えたのか?

闇は光より先に、祈りはその名を呼んだ。

闇より届いた祈りは、果たして誰の祈りだったのか?

彼らは祈ったのではない。

世界を変えるために……裂いたのだ。

世界は祈りでは変わらないのか……?

それとも……。

あなたがもしなにか祈りを抱いているならば……それを手放さない理由は……?

これは『祈りとはなにか?』という問いを、思想そのものの物語に置き換えたもの。

祈りを見つけるために、罪に塗れた青年が見た世界。

そして……その序章。

---

熱い。熱い。熱い……。

胸を素手で──いや、骨·の·腕·でぶち抜かれる感触は、想像以上だった。

それが既に命に届く致命傷であるという事を理解しようとするが、彼はまだ現実を認識しきれずにいた。

歴戦の暗殺者であると自惚《うぬぼ》れていた自分への、神からの『他人の痛みを知れ』という最後通告のような激痛。

今も、筋肉と内臓に無理矢理割り込んできた異物が、ギチリ、ギチリと嫌な音を立てている。

脳は『その事実を受け入れろ』と無慈悲に告げているが、同時に最後の慈悲をかけるように血液とアドレナリンを一気に駆け巡らせ、痛みを何とか抑え込もうとしているようだった。

───それでも、彼が感じているその痛みは絶大だった。

死にかけるような傷など、青年は何度も負ってきた。

自分は痛みに鈍くなっていると思っていた。

ーーーだが、それが間違いだった……。

死に際になって、己がいかに無知であったかを青年は思い知る。

内臓を無作為《むさくい》に弄《まさぐ》ろうと押し寄せる異物の感触。

それが少しでも動く度に、鋭い痛みが全身を支配する絶望感は、言葉にできないほどだった。

「はぁ……はぁ……」

喘息患者のような呼吸を繰り返す。

痛みという刃が凄まじい速度で青年を突き刺し、敗北感と共に世界が暗く沈み始める。

世界から音が消え、視界の縁からだんだんと深い闇色に蝕《むしば》まれていく……。

「ぐばっ……!」

喉の奥から鉄のような匂いがこみ上げ、我慢しきれずに、青年は胃から込み上げてきたものを吐き出した。

口から飛び出たのは……赤の液体。地面に咲いたのは真紅《しんく》の華《はな》。

弄《いじ》られている胸に開いた傷からも、真紅の液体がボロボロの服を染め、『ピチャ』っと数滴零れ落ちる音がした。

まるで天と地が逆転したかのように激しく視界が回り、足元から力が抜ける。

その場に崩れ落ちそうになった彼を──

―――支えたのは、人型の白骨の異形だった。

否、もはやこれをなんと呼称すれば良いのか、青年にはわからない。

青年の瞳からは既に光が消えかけ、視界にはほとんど何も捉えられなくなっていたからだ。

だが、あえてこいつを──。

自分の命を刈り取った化け物を、彼は一言で例えた。

痛みと苦痛で頭がおかしくなりそうな中、死に際でふと思いついた単語。

……『死神』。

「あなたの命《たましい》、確かに預かりました」

そう言って、そいつは……“死神”は彼の胸から骨の腕を引き抜く。

凄まじい衝撃と共に、胸骨が乾いた破裂音を立てて砕けた。

奥にあった“何か”まで、無造作に掴み出されていた。

その骨の手には温度がなかった。

ただ冷たく……俺の心の『何か』を抜き取った気がした。

(ああ……これが)

青年はその瞬間……何かを確信した。

筋肉も、血管も、容赦なく引きちぎられる。

痛みは、容赦なく体に再認識される。

誰が見ても明らかな、トドメの一撃。

その骸骨の、眼球のない眼窩《がんか》に、赤い炎が宿る。

笑っているように見えた。頬肉もないのに──青年にはそう見えた。

(これが……俺が日常で起こしていたこと……)

勢いよく抜き取られた骨の手の中で、赤色の塊が揺れ、蠢《うごめ》いている。

それは―――。

それが自分の心臓だと認識できたのは、景色が最後の一点まで闇色に支配され、完全に視界が閉ざされて倒れ伏《ふ》した。

ほんの一瞬のことだった。

(これが……死か)

不意に浮かんだ感情。

闇色の視界の中で、心の中に湧き上がった空虚感と共に、彼はそんな疑問を抱いた。

そして次に感じたのは、はたして抜き取られたのは本当に"自分の心臓だけだったのだろうか?"という疑問。

「あ、う……ぐぅ……」

熱い。痛い。不快……。

今まで奪ってきた命も、こんな感覚だったのだろうか?

ふと、そんな思いが頭をよぎる。

道にいる蟻《あり》を踏み潰すように、息を吐くように──彼は殺してきた。

それでも、あいつらも絶望を抱えたまま死んでいったのだろうか。

殺せば人は死ぬ。それが彼の中での常識。

刃を突き立てて、飛び散った液体が顔に付着する。

ただそれだけで、人間は動かなくなるという常識。

闇の中で意識が薄れていく。

暗闇のなかで浮かんだ感情は……。

___孤独《こどく》感。

今まで知らなかったはずの感覚。

妻·が·死·ん·だ·時すら、感じなかったはずの感情が……。

心臓を抜き取られた瞬間から発生した虚無感となって、どんどん青年を侵食していく。

(嗚呼、神よ)

最後にすがりついたのは、今まで何度も青年が呪ってきた『神』そのものだった。

『神《それ》』になんかに愛されたことは、一度もなかった。

そう断言できるほど、俺の人生は悲惨だった。

そこで青年は思い直す。

いや、もっと惨めな奴もいるかもしれない。

そう再認識した瞬間。

彼は己が傲慢《ごうまん》だったと感じた。

それでも。傲慢だと思われても……。

神を妬み、満たされたものを羨《うらや》んで――

理不尽を怒りで焼き尽くして──

怠惰《たいだ》ゆえに何も与えられなかった──

強欲に欲しいものを、全部欲しいと思った──

暴食に空腹のまま奪い、殺した──

色欲《しきよく》に愛に溺れ、妻《つま》にすがった──

それでも最後には、神を求めてしまうのか?

まるで、罪人が死に際で懺悔《ざんげ》を口にするように……。

もうこれが最後の思考になるであろうと、青年は理解していた。

最後に思ったこと……。

(これで終わりか……?)

極度の寒さを感じながら青年は最後に思った……。

(一人は辛い……)

そう感じながら、青年は血の海に沈み、自らの行いを悔いて──。

無様に死んだ。

最後に、あ·い·つ·の顔を思い浮かべながら。

どす黒い赤で顔が見えなくなっている、あの顔がどうだったか……?

思い出しながら……。

『もし、生まれ変わったら。もう一度…………私と夫婦になってくれますか?』

血の海に沈む。最後に抱き寄せ、体温を失っていく彼女の最後の言葉を思い出したら……。

こんな言葉が思い浮かんだ。

『今度は、愛する者を守りたい。己の身を賭けてでも──!!』

その言葉が、青年の口から洩《も》れたのか。

それとも、死という孤独の前に怯えた心が、脳内で吐いた戯れ言だったのか。

それは、誰にも分からない。

ただ──

その言葉を聞いた瞬間。

『天使』は───ただ笑った。

まるで、その言葉を待っていたかのように。

そして、運命の輪が回り始める。

これは──

祈りと願い……、罪と赦《ゆる》し……。

そして……。

罪を罪と思えなくなった者が、創造主《そうぞうしゅ》からの“赦し《グレイス》”を得るために、誰にも分からない問いと共に歩んでいく。

善悪が曖昧な世界で、それでも祈りを手放さなかった者の、贖罪《しょくざい》と問いを記録した残酷な祈りの物語である。

けれども、あえて……。

あえて、この物語を言語化するならば……!!

祈りとはなにか?

赦しとはなにか?

罪とはなにか___。

あなただけの答えを静かに問い続けて、答えを聞くことは無いが……。

そう、これは 『黙想思想譚《ちんもくしそうたん》』とでも名付けるべき物語である。

まず初めに問いたい。あなたなら、どんな罪を抱えてこの物語の行く末を祈るだろうか?

青年の罪を一緒に見ながら、『祈り』という真意を考えて欲しい。

『あなた』のその答えはただ……祈りで語ってもらえれば。

―――――今はそれでいい。

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