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第7話 記憶される罪と徳は誰を求めるのか?

last update تاريخ النشر: 2026-08-14 18:50:33

後から思い返せば、フェルータとの会話はとても心地よかった。

まるで娯楽の少なかった昔の人間が、吟遊詩人の詩《ものがたり》に魅了されるような時間だった。

そう自覚させられるほど、彼女との小さなやり取りの一つ一つが、魂に染み渡る聖水のように俺の中の『何か』を破壊していくのを感じた。

だが、『暗殺者』の俺はそれに気が付かなかった……。

その時に気がついていたら、後の結末は変わっていたのだろうか?

その時の『暗殺者』は舌打ちを繰り返して俺に『真実』を映し出すことはなかった。

まるでお前は絶対に変わることなど出来ないと、呪いをかけるように……。

そこまで感じさせるほどに彼女は、人を疑うということを知らずに育ったのだろう。

そう思った時……ふと、フェルータが最初に震わせていた手を思い出した。

あれは……どういう意味だったのだろう……?

今でも、それは分からない。

否、思い返した時には既に答え合わせは··に出来なくなっていた。

俺はなんと愚かで傲慢《ごうまん》だったのだろうか?

結局後悔しても俺の本質は変わらないのだ。

――――――――――――

『暗殺者』の俺は限りある時間を有効活用して『道具』を利用した。俺の問いにフェルータは空気のように自然に答えてくれていた。

「ここはどこか」

「アーコブという老人は何者か」

「この世界はどういう構造で成り立っているか」

──そのすべてを。

この村は、《対境《たいきょう》の山脈》に囲まれた森のなかにあるらしい。

地名は“境《きょう》に対する森”。

そしてここは、《エデレン王国》という巨大な統治国家の中心──

世界のすべてが、その名のもとにひとつに結ばれているという。

ここ最近は内乱も、紛争もないらしい。

にわかには信じがたいが、フェルータは確かにそう言った。

だったら……俺が元いた世界は一体何だったんだ?

唐突に怒りが湧いてきた。

それは、祈りという常識を持つこの世界の『気高さ』に対する嫉妬か。

あるいは……祈りを忘れ、神すらも見放した元の世界との圧倒的な差を憂う、人間としての慟哭だったのかもしれない。

どす黒い何かの感情に侵食されかけた。

それが俺の心を暗く染める。

思うことは沢山あるが、何とか思考を交渉へと戻そうと……彼女の無垢な笑顔がそうさせた。

では──アーコブとは何者か。

この国には、王の次に位置づけられる者たちがいるという。

七元徳《しちげんとく》──

彼らは、この世界を形づくった“魔法の始祖”の子孫であり、国家の根幹に位置する存在。

祈りに満ちた世界に相応しい座に就く者達……。

ある意味では、人々が祈りをやめない理由は、彼らの存在があるからかもしれない。

昔、この国の創生をめぐって始祖十四人のあいだで争いが起きたらしい。

魔法の力を“血統によって継承《けいしょう》すべきだ”と唱える者と、そうでない者の対立──。

終わらぬかと思われた、七人の対になった強大な力を持った者同士の争い。

まさに神話と語るに相応しいその戦いを制したのは……。

太古の大戦を経て、“血統性を否定した側”が勝利を収め、彼らの子孫が今の七元徳になっているとのこと。

つまり、民衆への祈りを優先させた者たちが勝ったのだ。

フェルータも「真実かどうかは分かりませんけど……昔のことですからね」と、笑いながら言っていた。

だが、現在の祈りを念頭に置いているこの街を見ただけで、彼らの祈りは今も息づいているのだと感じ取れた。

そして、その民衆への祈りに全てを捧げた者達の想いが通じたからか……?

この世界の魔法には、興味深い特徴がある。

- 魔法は個人に一つだけ宿る。

- 同じ魔法を持つ者は、世界に二人と存在しない。

- その魔法を持つ者が死ぬと、まったく縁のない他者に宿ることがある。

例えば、ある者が「その場で雨を降らせる」魔法を持っていたとする。

その下位互換として「一時間後に雨を降らせる者」がいるかもしれないし、

上位互換として「天候全体を操作できる者」がいる可能性もある。

始祖の血に近い者ほど、強力な魔法を宿しやすいとも言われている。

それは世界を祈りに満ちさせた贈物《ギフト》と言って納得してもいいかもしれない。

「もしかしたら、魔法って“世界が覚えてる”のかもしれません。

誰かが消えたら、次を……選ぶように……。

まるで……同じ人の魂を探すように……」

フェルータはそう言って、また小さく笑っていた。

世界が魔法を記憶を継承して別の誰かに託《たく》す……か。

なるほど。

この世界では、魔法という力が『世界に覚えられ』、そして"再分配"されるらしい。

この情報は、俺にとって価値のある“交渉の種”になるだろう。

再び『暗殺者』の仮面が構築され、俺を計算高い獣へと引き戻した。

そう。俺は薄汚い暗殺者……。

(それでいい)

納得する自分と、それに抗おうとする自分。

二つの心がせめぎ合う。

何故《なぜ》、この世界に来たのかは分からない。

しかし、こんな平和な世界を見てしまったら、元の世界に戻る気はない。

それは果たして……。

この世界の祈りを否定するために生きたいのか?

……それとも、この世界の祈りをさらに知りたい為に生きるのか。

どれが本心か、俺には分からなかった。

でも、ここで安住の地を得たいと思ったのは確かだ。

日銭を稼ぎ、暮らしを整えながら──

静かに……あの死神に再び会う機会が欲しい。

俺の暗殺者としての矜恃《プライド》をズタズタにしたあの死神と、もう一度話がしたいと……。

復讐ではない。

何故、この世界に生まれ変わらせたのか?

ただその事実を知りたくて―――

俺に何を考えさせたくて。

そのために、永住権を得る方法を考えよう。

今までの生活とは比べものにならないほど、この村は穏やかだ。

それなら、やれるだけのことはしてみるべきだろう。

情報を整理しているうちに、休息の時間が終わった。

「それではそろそろ、アーコブ様の所にご案内しますね」

「よろしく」

フェルータの後を歩きながら、交渉の構成を頭の中で組み立てる。

今まで、人の首を落とすことはあっても──

言葉で自らの力を交渉するなんて、ほとんどなかった。

人を殺せば自ずとそれが宣伝になった元の世界とは違う。

だが、その俺の人生そのものが……。

───今回は、"それ"が武器になる。

大きな目立った装飾は無いが、どこか気迫が漂う木製の扉の前。

フェルータがノックをし、一拍を置いて中から声がした。

「アーコブ様、ソル様をお連れしました」

「入っていいよ」

「では、失礼します」

扉が開いた先にいたのは──書類に目を通すアーコブ。

高級そうな木の机と椅子。背筋の伸びた静かな姿勢が、彼の得体の知れなさを俺の中でさらに膨らませていった。

優しき老人。敬愛される村長。威厳ある『徳』の名を冠する実力者。

どれが本当のアーコブなのだろうか?

それとも、その全てが彼という存在なのか?

その影を掴ませない姿は、俺の中でのアーコブという存在の大きさをどんどん膨らませていく。

これが『七元徳』という存在の大きさと、得体の知れなさなのだろう。

「ご苦労さま、フェルータ。仕事に戻っていいよ」

「はい、失礼します」

フェルータは、あの敬礼をして、部屋を出ていく。

その足音が遠ざかるのを聞いて。

そのとき、名残惜しそうに俺を振り返った。

だが、俺は気を引き締めて再びアーコブを見据える。

「入ってきなさい。そこに座るといい」

指で示された椅子が、机の正面にひとつだけ置かれていた。

(準備も抜かりなし……)

「失礼します」

静かに腰をかける。

その時には既に、交渉の主導権争いはアーコブが勝っていたと認めざるを得ない。

否、元から俺の考えなど、彼ほどの実力者からしたら産まれたての赤子を相手にしているレベルだったのかもしれない。

とにかく、俺は負けていた。

「君は……異世界から来た者だね?

そして、交渉を望んでいる。

内容はだいたい分かる──話してみなさい」

心が、見透かされた気分だった。

出鼻をくじかれたというよりも──

ただ静かに、心の奥を覗《のぞ》かれたようだった。

その、どれが本当の顔か分からない……この世界の『上澄《うわず》みの上澄み』とも呼べる祈りの前に。

俺の突きつけた刃は、あまりにもなまくらだったのだと、認識させられた。

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