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第4話 呼ばれぬ名。新たなる運命

last update publish date: 2026-08-12 17:20:30

「ああ、あの……」

「どうしたんだい?」

老人に声をかけようとして、声が詰まった。

焦《あせ》り。

疑念。

困惑《こんわく》。

それには様々な要因が頭を巡ったせいでもある。

が、一番の原因は……。

さっきの熊──いや、あの異形を、指先ひとつ動かさずに完封したこの老人を前にして、俺は何を言えばいいのか分からなくなった。

もしかしたら恐怖すら感じてたかもしれない。

そんな戸惑いを知ってか知らずか……。

老人は静かに笑った。

まるで自分は知らないが泣き止まない赤ん坊をあやす父親のような感じで……。

「ああ、大丈夫だよ。君に危害を加えるつもりはない」

……その言葉は、安心よりも逆に警戒を深めさせた。

俺の暗殺者としての勘が『信じるな』と言うように……。

数多くの嘘を聞いていたからこそ……。

俺の身を案《あん》じる『本当の言葉の意味』が届かないように。

剣を生み出したあの“瞬間”を思い返す。

今は丸腰でナイフもない。

あの敵意を向けられた瞬間___。

……俺は死ぬ。

その緊張感が支配した。

最悪、頸動脈を噛みちぎる覚悟で、飛びかかれるよう足に力を溜める。

「君は、どこから来たのかな?」

当然の質問。

暗殺者時代に培った、人を騙《だま》す詐欺師としての一面《いちめん》。それがこの場を凌《しの》ごうと、言葉を紡《つむ》ぐために俺の脳がフル回転した。

「…………言いたくありません。でも、ここよりは遥かに“死”が軽く扱われていた世界にいました」

____ 何故《なぜ》甘い言葉で騙さなかったのだろうか?

一瞬、そんな後悔が脳裏をよぎった。

だが、老人は気にする様子はなく。

ただ、真剣に悩んでいる。

「ふむ……となると、·から来たのかもしれないね」

その答えに……。

「さあ、どうでしょう」

俺はとぼけた。

“境《きょう》”。

──聞き慣れない言葉が出た。

だが、俺は平然を装い、視線だけで老人を睨み続ける。

見知らぬ世界。見たこともない熊。

そして、それを一瞬で葬れる理解不能な力を持った老人。

見た限りでは、人間にしか見えない。

だが万が一、頸を噛みちぎっても、傷が即座に再生するような存在だったら──。

その時点で俺の負けだ。

否、既に勝負は決している。

何も出来ないのがその証拠だ。

ナイフを持って適正距離にいたところで、勝てる気はしない。

「君、見た目は幼いのに、妙に大人びているね」

いつまでも敵意を消さない俺に老人も段々と慎重《しんちょう》になってくる。

その様子に俺の緊張感は限界へと増す。

「むしろ、子供っぽく振る舞えたなら、どれだけ幸せだったでしょうね」

その言葉に老人は小さく口角をあげて返答する。

……何が面白いのだろうか?

「確かに。境の出身なら、最低限の武装を忘れないはずだしな」

互いの視線が交差したまま、数十秒。

その沈黙を破ったのは──。

『……ぐるるるる』

軽快な間の抜けた俺の食への欲求音だった。

(そうだ……?!)

その音にハッとする。

(俺はここに来て、まず、何かを食べているのか?)

その疑問が思い浮かんだ。

「…………っ!!」

思わず言葉が詰まる。

「ははは!体は素直だね。ご飯くらいは食べさせてあげよう。それとも、知らない土地で飢え死にするほうを選ぶかい?」

老人はそう言って、歩き出した。

……赤くなるのを堪えて、俺も歩を進める。___距離は保ったまま。

どうせ死ぬなら、腹一杯で死にたい。

毒入りでも構わない。それだけ空腹だった。

森は意外に整備されていて、地面にはロープのような道標が敷かれていた。

鳥や獣の声が時折聞こえる。

さっきの熊みたいな化け物は、今のところ姿を見せない。

あれは特別な個体なのだろうか?

「偽名でも構わない。名前は、なんて言うんだい?」

「…………」

配慮してくれた老人に対して何を言おうと思ったが……。

数分悩んで、俺は口を開いた。

それは何気なく答えたつもりだった。

「アカ……」

その瞬間、俺の中で鮮烈な記憶が蘇る。

蘇るのは···の『もう一度……私と夫婦になってくれますか?』という声だ。

その生々しい幻聴と目の奥に思い出される記憶が俺の言葉を止めて、胸に強烈な幻覚の痛みを引き起こさせた……。

「いや、言いたくない。その呼び名は、辛い記憶ばかり呼び起こす。好きな呼び方で構いません」

「アカ、か……なるほど。『ソル』の別名だね。じゃあ君のことは、ソルと呼ぼう」

『ソル』。

頭の中で、“太陽”という意味がよぎった。

この世界でも、どこかで使われている名前らしい。

でも、なぜだろう。

この名を呼ばれた時──。

魂の底に、小さな安堵感が灯った気がした。

心を照らす。

明るい日差しが……。

まるで魂に新しい光を与えられた気が。

……しかし、同時に、胸の奥で違和感も騒いでいた。

大切な何かを忘れているような。

どこか悲しくなる感じがした。

(なんだ?言葉に出来ないこの感じは……)

この奇妙な感覚は?

俺は錯乱状態になりそうだったが……。

何とか堪えた。

それが俺の死人という暗殺者として数々の修羅場をくぐった自信と最後の矜恃《きょうじ》でもあったからだ。

「そんなこと言ってたら着いたよ。ここが、私たちの村だ」

巨大な丸太が並び、壁を構成している。

1本1本の太さと長さは異様で、7メートルは超えていた。

木の香りが立ち上る。遠くからは子どもたちの声も聞こえた。

俺の知っていた“街”──ゴミと悪臭にまみれたあの場所とは、まるで違った。

……例えるなら__聖域。

この村なら、さっきの熊ですら入れないかもしれない。

……とはいえ、あれが森の頂点とは限らない。

まだ、この世界の情報が少ない。

ここで情報を確定させるのは良くない。

だが、情報量はどんどん増えていく。

「歓迎しよう、ソル。私、村長──アーコブ・ミカエルの名のもとに」

_____________

この正体不明の村長が与えた『ソル』という名がこの暗殺者とその周りの人物達の運命の歯車を動かすことになる。

それは果たして翻弄《ほんろう》か、それとも変革《へんかく》か?

そして、後に出会う··な少女がソルに祈りを与えることになる。

だが、この時のソルはまだ……。

_____知る由《よし》もない。

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