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第10話 赦(ゆる)される者として立つために

last update publish date: 2026-08-16 17:00:43

「さて……君の実力は、わかった」

場所はアーコブの執務室。

アーコブは椅子に深々と腰を沈み込ませて、一定間隔でトントンとリズムを刻んで指を机に打ち付けている。

まるでなにかに悩んでいるようだった。

そう。扱いに悩むおもちゃでどう遊ぶかを決める子供のような純粋な眼差しで。

しかし、その奥には威厳のある光が点《とも》っていた。

そして、レクスは隣で腕を組み、不貞腐れたまま……けれどもその眼光を依然として鋭くして立っている。

俺も何も言わない。

ただ、二人が沈黙を破るのを待つだけだ。

いや、皆なにも言おうとは考えていないのかもしれない。

その時間がどのくらい流れただろうか……?

アーコブが指を打ち付けるのをやめて声を発した。

しかし、先ほどのように気さくに夕飯について聞くような軽々しい感じではなく。

覚悟を決めたような、どこか哀愁に満ちた響きがあった。

「次に──君の立場について話そうか」

きっとアーコブなりに考えた結果だろうが、急にそんな事を言ってきた。

おそらくその提案は、やはり……俺をただの村人として扱う気は無いということだろう……。

「おい、じいさん。この得体の知れないやつ、どうする気だよ?」

「魔術なしでお前を一蹴した時点で、特級魔獣並の脅威だ。

それなのに、今も暴れずに座っている。

境《きょう》の者でないことの何よりの証拠だよ」

レクスはアーコブにそう言われると、黙り込んでそっぽを向いてしまう。だが、依然としてその風格は保たれている。レクスの血のにじむような戦闘者としての努力の表れだろう。

だが、アーコブはそれに追い打ちをかけるように話を続ける。

「彼は──異世界漂流者だ。六十年ぶりに現れた。それが私の手元に来た。……『運命』かもしれないと思っている」

それを聞いて、レクスは驚愕に顔を染めてこちらを振り直すと、アーコブに飛びかからんばかりの勢いで机に手をつき、顔を近づけた。

その慌てふためく様子は尋常ではない。

「おい、じいさん。こいつが異世界漂流者? なんで黙ってた!?」

「公にしたら、他の七元徳と争いになる。だから伏せていた。お前も、余計なことは言わないよな?」

レクスはその信頼する主君の台詞に対して、焦りの表情をすぐさま消し去り、一片の迷いも無く静かに口角を吊り上げて……一言。

「……あんたの言うことなら、従うぜ」

と、主君に忠誠を誓う騎士の如く、俺の存在を秘匿することを誓った。

それにしても……。

(なぜ俺が“異世界漂流者”だと知られるだけで争いになる?)

聞くしかない。

俺はそう決心して、アーコブに問うことにした。

「どうして、そんなに騒ぎになるんですか?」

アーコブは、何の感情も映さない無言の瞳で語り出した。

それはまるで……なにか昔を思い出して慈《いつく》しむような人にも見えた。

「異世界漂流者は、創造主に選ばれた者だと言われている。世界を渡るとき、····を与えられる」

(特別な力?)

俺はそれを聞いた時に、疑問に思った。

「それは、始祖たちが持っていた魔法を超える概念──魔法に匹敵するほどのものだ。現在の『魔術』は、始祖達が使った力から派生し、劣化したものに過ぎない。故に魔術は魔術であり……魔法は魔法なのだ。だからこそ、魔法という真理を知るために魔術を使う者もいる。そんな強大な力が自分の手元にある。抑止力として確保したいと思うのは、当然じゃないかね?」

そこまで語られ、アーコブの壮絶な計画の中に俺は既に迷い込んでいるのだと思い知らされたが、最後に疑問に感じた事を口にする。

「じゃあ……俺がレクスさんと戦った意味って」

「ないね。強いて言えば、史実と照らし合わせたかっただけだ」

「………………」

あらかじめ迎え入れるつもりだったということだろう。

あの戦いは、俺の“意志”を見たかっただけなのか。

(この老人は、本当に……“食えない”人物だ)

そこまで考えた時、俺は心の中で警戒を通り越し、この老人の権力者としてのあり方に尊敬の念すら抱きつつあると悟った。

尊敬とは無縁な生活を送っていただけに、俺はその感情に一種の新しさを覚えた。

この権力者としての顔の老人なら、俺は信用に値すると思った。

「さて、話を戻そう。ソル──君の立場は、食客という形で魔術を習得してもらいたい」

俺のやることが明確になってくる。

「だったら、グリズリー討伐が適任だろうな」

レクスの提案に、アーコブが頷く。

そして、言う。

俺が赦《ゆる》されるため……誰かを守るための、第一歩となる道を。

「君には、しばらくレクスの指揮下で行動してもらう。

魔獣の討伐を頼むよ」

「よし!! じゃあ行くぞ、ソル!」

その声を聞いてアーコブの家を出る。

レクスに腕を引かれ、村の通りを歩く。

「はぐれんなよ?」

レクスの一言の声色から、先程の敗北は根に持っていないのだと分かり、俺は安心した。

そして村人たちのそこかしこから飛んでくる声援とレクスへの挨拶。

レクスはよく呼び止められていて、俺も挨拶だけ軽く返す。

この村は──義理堅い。

あのスラムとは、まるで違う。

そう思った瞬間。

脳を壊し尽くすような、あの醜い声たちが頭の中でこだました。

「……っ!!」

「どうした?」

足を止めた俺に対して、レクスが不思議そうな顔をした。

「なんでもないです……」

そう言って、その場をやり過ごした。

罪は消えない。

よって記憶も消えない。

もし、都合の悪い記憶だけ消せる魔術みたいなものがあったら、俺はその時、その魔術をどう使うのだろうか?

答えは分からない。

そんな事を考えていると、鎧の門番が立つ倉庫のような建物に着いた。

「おお! レクス隊長! 武器庫にどうされたんですか!?」

「こいつを部隊に入れる。武器を持たせてやりたくてな」

「なるほど! 新入り! いっぱい食ってでかくなれよ!そして、レクス隊長の足を引っ張んなよ?」

先程、自分達の隊長が苦汁《くじゅう》を舐めさせられたというのに、レクスと同じく根に持っていない様子で隊員達は言った。

その清々しさに思わず、俺は圧倒されそうになる。

「……はい」

軽く会釈して、レクスと武器庫に入る。

レクスはポケットから重厚な鍵を出すと、鍵穴に入れて回す。

すると、ギギギと木の扉が、まるで新入りを少しからかうような音をたてて軋んだ。

中には、剣、大剣、斧、弓、ナイフ──

すべてが数十人分、整然と並んでいる。

ギラリとした刃の目で問われた。

『お前は何に命を預けるのか?』と言うように。

「何にする?」

「ナイフで。……それと、鎧はいりません」

「いや、胸当てくらいは付けろ。若い頃、俺は何度もコイツに命を救われた。軽いし、邪魔にもならん。守るものが出来た時。自分の命の重さに気づいた時。きっと、その意味が分かるさ」

渋々つけてみる。

硬い胸当てを心臓の部分に当てて、パチリと金属製の皮のベルトで固定する。

その場で跳ねてみる。

確かに重くはない。

これをレクスが選んだことにきっと意味があると信じて、俺はその胸当てを信用する。

そう、全ての選択には無意識でも意味がある。

そして、時には……その"小さな選択"が『未来を変えること』もあるのだ。

「ナイフは……これだな」

渡されたのは、刺身包丁のように細長いナイフの鞘と、それを固定するベルト。

俺はゆっくりとそれを引き抜いた。

光を受けた刃が、肌に冷気のような圧を送ってくる。

軽くなぞろうとした瞬間──

「触るな。なぞるだけで皮が切れるぞ。それは、アーコブのじいさんが錬成した武器だ」

……少しずつ、アーコブの魔術の“性質”が見えてきた気がする。

それは……。

「じゃあ、来い。魔獣の狩り方と──魔術の使い方、教えてやる」

そんな事を考える前に、レクスに魅惑的な提案をされて、考えるのをやめてついて行った。

こうして、俺のこの村での“初仕事”が始まった。

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