로그인罪人は赦しを常に求めている。
紛いなりに死だけを信じて生きた男は皮肉にもその信じてきたモノを司るであろう『何か』に裏切られた。 そして、祈りを第一に念頭する世界で―――― 『彼女』と話す事で彼は罪の定義を意識し始めた。 それはその始まり。 _____________ 「大丈夫ですか!?本当に申し訳ありません! 」 少女が慌てた様子で駆け寄ってくる。 彼女は俺の瞳をただ覗いて、俺はその瞳の奥の『真意』を、まだ読み取れないでいた。 騒ぎを聞きつけたのか、扉が開いた。 先程の50代の初老の女性が現れた。 落ち着いた雰囲気をまとった彼女だが、一瞬で状況を察したらしい。 少女に駆け寄ると彼女の頭を軽く押し下げ、自分も同じように頭を下げる。 『ソル様、大変申し訳ありません。言い訳をするつもりはありませんが、それでもどうか御無礼を承知で言わせてください!』 『フェルータはこの仕事に就《つ》いて半年も経っていないため、失礼をどうかお許しください……』 「すみませんでした……」 二人の姿が、俺の前に小さく並ぶ。 彼女達のその姿ですら、俺は罪悪感に苛まれる。 恐る恐る、涙を拭いて口を開いた。 「……失礼なんて、とんでもない。今まで食べてきたどの料理よりも美味しくて、思わず過去に関係があった人物に食べさせたくなって……思わず、涙が出てしまいました」 「その……その方はどういう方だったんです……か?」 フェルータの声が遠慮がちに響く。 その瞳が俺の罪に塗れた過去を見透かされた様に感じて、俺は目線を逸らした。 『こら、フェルータ!』 初老の使用人がたしなめようとするが── 俺は静かに顔を動かすこともなく、床のシミを見つめて。 ただ静かに呟いた。 「死にました。俺の……失敗で」 『………………』 気まずさが、少しだけ空気に滲んだ。 無音が食堂を支配する……。 それは予想していたものだった。 しかし、言葉を紡《つむ》ぐ。 それは一体……誰の為だったのだろう? フェルータの為か? それとも―――。 自分の罪を少しでも軽くしようとする罪人が裁判で情状酌量を得るために上っ面の後悔を口にしているのか。 そのどっちか……俺には分からない。 ―――――だが、言葉は続けなければならないという使命感に支配される。 誰の為の言葉か見いだせないまま。よく分からない感情に急《せ》かされるように言葉を続けた。 「だから、フェルータさんは何も悪くない。勘違いしないでほしい」 それだけ言うと、俺は無言になった。 『……はい、それなら……』 年配の女性は気まずそうに言葉を濁しながら、沈黙に耐えかねて向こうが折れた。 『フェルータ。くれぐれも失礼のないようにして頂戴《ちょうだい》ね』 それだけ言うと初老の女性は食堂から足早《あしばや》に出ていく。 気配が無くなるのを感じると、俺はフェルータに向かって作り笑いを浮かべて話しかけた。 「……なんか、ごめんね。誤解で怒らせちゃって」 俺は心にあるよく分からない感情を塗りつぶして。 「いえ。私、よく母様や祖母《そぼ》様に叱られますから。気にしないでください。私は不出来なので……」 「君は不出来なんかじゃないよ」 この言葉は暗殺者という仮面を被った俺の台詞なのか? それとも心の内をそのまま吐き出したのか? 彼女と話す度に自分がなんの仮面を被っているのか分からなくなる。 いや、そもそも彼女の前では被りたくないとすら思っているのかもしれない。 彼女と話していると段々と自分という概念が分からなくなる。 「ありがとうございます!」 笑顔が弾ける。 その何者も疑わない笑顔が不意に。 ……「……えーと。まず聞きたいんだけど……君は、名前は?」 少女を怖がらせないよう。 俺は暗殺者時代に培った、人を安心させる笑顔を作った。 声はなるべく柔らかく。掴みはこれでいいだろう。 そう思っていた。 だが、返ってきたのは、俺の想像の余地すら破壊する無機質な響きだった。 「えーと? まず? んー? なまえ?」 純粋な目で、言葉の音だけをオウムのように繰り返す。 (……ふざけているわけじゃない) 俺は一瞬、どうしていいのか分からなくなりレクスに視線を移した。 だが、レクスはただ黙って視線で促す。続けろ──と。 「君は……《境》の者かな? 憤怒の民、って呼ばれてるけど」 「きみは? じょう? のもの? ふんぬ、の……みん?」 最後の確証を得るために踏み込んで聞いた。 だが、結果は同じ。 意味を持たない「音」だけが、空洞に響くように返ってくる。 「……言葉が、通じてないわけじゃない。発音はできる。けれど、意味を何一つ知らない──」 まるで赤子に向かって話しているような感覚。 彼女は、記憶も、言語も……なにも持っていなかった。 レクスが低くうなりながら言う。 災いを呼ぶという少女に、記憶がない。事情の聞き出しようがない。 普通なら、村人達の動きをどう抑えるか途方に暮れるレベルだ。 「ともあれ、アーコブじいさんに報告だ」 「……俺が行く」 思わず素の言葉遣いが出てしまったが、レクスは気にすることなく頷いた。 「分かった。判断が出るまで、民衆の動きは止めておく」 そう言うと、レクスは足早に部屋を後にした。 部屋に残るのは、俺と少女だけ。 眠っていたはずの記憶が、喉の奥からせり上がってくる。 俺は暗殺者としての仮面を無理やり顔面に縫い付け、最後の抵抗で笑顔を作ろうとしたが……。 すぐに。 パリン、と。 音を立てて、俺のすべてが砕け散った。 「なんだ、これ……」 「ん……?」 少女は、不思議そうに小首をかしげる。 その瞬間、言葉にならない嗚咽が込み上げた。俺は叫んでいた。 「俺だよ……××××だよ。……覚えてないのか? お前は……俺の……俺の……俺の……っ!!」 (俺が『愛した』人だ!!) 最後の言葉はもはや言葉にならない。
「…………」 少女が眠るベッドの横で、俺はじっと彼女を見つめていた。 その寝顔は、昔話に出てくるお姫様のように静謐《せいひつ》だった。 だが、それとは裏腹に、俺の心の内ではとてつもない荒波が吹き荒れていた。 「なんで……お前が…………」 誰にも聞こえないほどの小さな声。 だが、自分の耳にははっきりと残酷に響く。 綿で生殺しにするかのように首を締め付けるような息苦しさを覚えた。 いくら呼吸をしてもこの息苦しさが終着点が見えない。 ……まるで地獄のような時間だった。 心臓が鼓動を打つ度に『あの惨劇』がフラッシュバックする。 そして誓いの言葉を伝える言葉が頭の中で幻聴《こうかい》のように聞こえた。 だから俺は、この出会いの意味から無理やりにでも意識を逸らそうとした。それでも、どうしてもひとつの思考に囚《とら》われてしまう。 「いや、それより──これは偶然なのか?」 ……いや、偶然なはずがあるものか。 ただ“似てる”じゃ済まされない。 これは、誰かの……意志が、絡んでる。 俺の直感がそう警鐘《けいしょう》を鳴らしていた。 何とか動揺を押し殺しながら、俺は少女の顔を見続けた。 傍から見れば、熱心に看病をしている心優しい青年に見えるかもしれない。 ……実際、扉の隙間《すきま》からそう見つめている者がいた。 ―――――――――――― (なんで──急に、そんなふうに……) 他人を前にした時は、常に心の内を隠し、平静を装うはずの青年が……。 今はひとりの少女に対し、ひどく心を乱《みだ》して見つめている。 その様子が、彼女の胸の奥を冷たい刃のようにえぐった。 “問いかけたい” 彼女は、そう思った。 何故? 何故? 何故……? 私があんな状態になったら彼はあのように心配してくれるのだろうか? そうやって彼の気を引こうと思う自分がいる時点で自分自身に自己嫌悪が覚えた。 (醜《きたな》い……けれど、考えてしまう) なぜ、そこまで彼に執着するのか? その理由は、自分自身がずっと胸の奥に抱えていた『孤独』と向き合っていたからだ。 この村で生まれ育ち、主《あるじ》に仕《つか》えて死んでいく。 外の世界を知らず、ただ役目のためだけに生きる。
「おう、全員──気合い入れろ!これより森の調査に向かうぞ!」 レクスの掛け声と共に皆が一斉に声を出す。 『おー!!』 レクス率いる調査隊は、俺を含めて10名。 近接・中距離・遠距離や索敵のバランスが緻密《ちみつ》に整えられ、魔術の構成に一切の無駄がない。 探知・索敵役には五感強化魔術の使い手が配属されており、魔力を感知できるフェルータの家系の男も参加していた。 アーコブとレクスが直々に選んだ隊。 ──まさに精鋭の名にふさわしい布陣だった。 「散開!!」 レクスの号令で、隊が動く。 声が届くギリギリの十メートル間隔で並び、森を横断して進む。 これしきのペースで遅れをとるほど、俺は柔《やわ》な人生を送ってきてはいない。 見た目は貧弱な少年かもしれないが、体力と、いざという時に逃げるための高速歩法には絶対の自信がある。 俺は常《つね》に息一つ乱さず、隊の速度について行った。 数分後──数十メートル先にビッググリズリーが現れた。 それを視認した隊員から掛け声が飛ぶ。 だが、誰も勝手には動かない。
「今日もおつかれさん」 「ありがとうございます……」 交代の衛兵たちが次々とやってきて、軽く労いの言葉をかけてくれる。 ここ、アーコブの村に来てから──もう一ヶ月。衛兵兼討伐者としての任務も、ずいぶんと板についてきた。 今のところ、アーコブが命じてくるのは魔獣の討伐のみであり、“暗殺者”としての役割はまだ与えられていない。 (ただ、たまに執務室から「やはり、あいつは消したほうがいいか……」という物騒《ぶっそう》な呟きが漏れ聞こえることはあったが) その日が来るのも、そう遠くはないだろう。 だが、その『いつもの日常(ひとごろし)』が近づいていることを感じる度に……なぜか、胸の奥が重くなるように痛んだ。 「あら、ソル君じゃない。いつ見てもかっこいいわね。これ、アーコブ様と一緒に食べなさいな」 「……ありがとうございます。伝えておきます」 屋敷への帰り道、村の女から手渡された真っ赤なリンゴ。 俺は歩きながら、自分の手のひらと、そこに乗る果実を交互に見つめた。 何人もの首を掻っ切り、命を奪ってきた薄汚いこの手が、今はナイフではなく、陽の光を浴びた果実を持っている。誰も俺を疑わず、無防備な背中を見せ、笑いかけてくる。
「それじゃあ、今度はあのビッググリズリーに向かって魔術を使ってみろ」 深い草むらに身を潜めながら、レクスはうろつく巨獣を見据えて顎《あご》をしゃくった。 木々の幹に残された真新しい爪痕《マーキング》と、むせ返るような獣臭。以前アーコブと出会った際にも気配を感じていた個体——この森の生態系の上位に君臨する巨大な魔獣だ。 しきりに鼻を鳴らし、こちらの匂いに気づいている素振りは見せるものの、絶対的な強者であるがゆえの慢心か、自らが『狩られる側』であるなどとは思考の片隅にもないらしい。 のっそりと辺りを見回しているが、俺たちの正確な位置を特定するには至っていなかった。 俺は深く息を吐き、先程レクスの体内を巡っていた『魔術の流れ』を意識の奥底でなぞる。 俺自身の回路で再現しようとしても、あの男の力強い奔流を完璧に模倣することは難しく、威力が落ちることは避けられない。 だが、それでもイメージは結ばれる。 ただ一つ。あの熊の太い首を、正確に刎《は》ね飛ばすことだけを。 淀《よど》みない殺意を『祈り』として具現化し、撃ち放つ。
「よし。じゃあまずは──お前の魔術の質を調べるぞ」 街の外に出て、レクスと俺はひたすらに『獲物』を探した。 しかし、レクスは純粋な戦闘者だからか、俺に比べて気配遮断能力……否、相手をただ殺すための下準備の力が、どう見ても及第点を与えられないほどお粗末なものだった。 そのため、俺がレクスから獲物の特徴を聞き出して探すことになった。 まずは獲物の能力。 嗅覚はそこそこあるが、絶対的な捕食者としての自信ゆえか、接近に警戒を抱くほどの鋭い嗅覚は持ち合わせていないらしい。ただ、目は前に付いているため、距離感を測るのは得意だそうだ。 典型的な肉食獣のものだな。 次に戦闘能力。 レクスの言う通りならば、そこら辺の魔術師の魔術はその剛毛を通らず、普通の武具も効かない。 だから、この生物には『ある感情』が強く表れる。 慢心。 自らが襲われるなんていう想像すらしない。 故にそこに付け入る隙がある。 だが、俺たちがそれを狩るには、魔術が使えることが大前提だ。 「その前に聞いていいですか?俺、魔術なんて無縁の世界にいたんですけど……使えるんですか?」 「ああ、人間である限り使える。条件はひとつ。流れさえつかめばな」 「流れ……?」 (気功みたいなものか?) そう思っているとレクスに腕を突きつけられた。 「ソル。俺の腕を、組ん