เข้าสู่ระบบ「……っ!!」
驚きはしたが、暗殺者としてのプライドがそれを顔に出すことを許さなかった。 それが薄汚れた俺が、この圧倒的な『上澄み』に対して見せられる……唯一の反逆だった。 しかし──まるで夕食の献立でも提案するみたいな口調で、自分の考えを見透かされたことに……。 俺は、奇妙な安堵を感じていた。 さっきまではこの老人をどう倒すか考えていたのに、今はその選択肢を手放した自分に、むしろほっとしている。 そうすれば俺はきっと後悔の念を感じる前にどうにかされていただろう……。 否、そう考えさせられるほどに。 ……このアーコブは、やはり只者《ただもの》ではないという認識が俺の中で強く印象づけられた。 だが、『暗殺者』が最後の抵抗を見せた。 無意識下で交渉の最適解を弾き出し、思考に追いつくよりも早く、即座に言葉を紡いだ。 「意味が分かりませんが?」 だが、その最後の悪あがきでさえ、アーコブの前では無意味だった。 「なあに、私の前でぼかしたり、嘘をついたりする必要はない。境《きょう》の者か?と問うたとき、君は怒らず肯定もせず。普通なら激昂する場面でも、あえてぼかした。だからこそ、私はここまで連れてきた。もし君が“境の者”なら、何かしら反応があったはずだ。なのに、君は何もしなかった。むしろフェルータには心を許し、いろいろ聞いていた。この世界の常識さえもだ」 つまらなそうに書類を眺めながら、アーコブは言葉を続ける。 「故に境の者ではない。そう判断した。ならば君は──久方ぶりに現れた、異世界から来た者だと思っただけだよ」 (……聞かれていたか) そう考えて、俺は天を仰ぎ見る。 そして、自分の失態を恥じた。 (魔法という力が存在している以上、それくらい想定すべきだった……) 『お前は失敗したのだ……』 脳内で響くそんな囁きを無視して、次の行動に移ろうと意識を無理矢理切り替える。 (いや待て? これは好都合だ) そう考えた瞬間、脳が覚醒したかのように演算を始める。 そして、自分が思い描くシナリオへと引きずり込むために、言葉を発した。 「おっしゃる通りです。俺は異世界から来た放浪者。知識も居場所もない者が、まず欲するのは情報と衣食住。だから俺は、安住の地を探している──ただ、それだけです」 「当然だな」 書類に目を通したアーコブは、蝋判子《ろうはんこ》を書類に押すと、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。そして、判子を書類の山の中へ無造作に紛れ込ませる。 それを見た時。 (さあ、再演算のシナリオはここからだ……) 『暗殺者』は静かに決意した。 「だが、ただ“住ませてください”と言うような浅はかな者ではないだろう。思慮深い君なら、何か“交換できる価値”を持っているはずだ」 それを言うと俺を見て、不敵な笑顔を隠さないまま、一呼吸の間を置いて口を開いた。 「君は、私に何をくれる?」 その台詞が来た時。 俺は自分が出せる最強のカード──自分自身を対価にすることを決めた。 「提供できるのは、ひとつだけ──『殺し』です」 その答えは意外だったようで、アーコブの笑みが若干崩れた。 (そうだ。まだ、巻き返しは利く……) 第一ラウンドの勝利は譲ろう。 だが……。 第二ラウンドはここからだ! 「……殺し? 具体的には?」 そのカードの内容は、俺が元の世界で得た全て……。 否、己の人生の結晶と言っても差し支えない。それが、俺の命を懸けて紡いできたモノだった。 「簡単な話です。この世界での戦い方──術《すべ》と武器──それを教えてください。そうすれば、俺はあなたの懐刀《ふところがたな》になる。必要とあらば、毒にでもなりましょう。それとも、あの熊たちを根絶やしにする剣にも、ね」 そう言い放つと、俺は一瞬で机との距離を殺し、手で書類を薙《な》ぎ払った。 書類が宙を舞い、アーコブの視線がほんの刹那、俺からズレる。 その視線の変化を俺は見逃さなかった。 次の瞬間、俺は掌《てのひら》をアーコブの前へ突き出した。 その手にあるのは、さっき書類の山の中に紛れ込んだはずの蝋判子だった。 おそらく、他の誰が見ても気づかなかったであろう変化。 アーコブの眉間に、ほんの微かに驚きのシワが寄ったのを、俺は見逃さなかった。 強者故《ゆえ》の慢心《まんしん》。 その一瞬の隙を突き、俺はあの中から蝋判子を奪い取ってみせた。 「この手は、過去に“生きていた者”しか握ってこなかった。だから、今度は──あなたが握ってくれて構いません」 決意を持って告げると、俺は判子をアーコブの目の前の机へと、力強く叩きつけた。 アーコブは小さく「フフフ」という僅かな息を漏らした。 「フフフ……フハハハハ!!これは愉快だ。この世界で戦う術を知らない男が、我ら“グラディウス一族”の武器になると!?半人半神の血を引くこの一族の──懐刀に!?フハハハハハ!実に面白い……!」 アーコブは書類を床に散らすほど大笑いした。 それはまるで。 (やっと壊れないおもちゃを見つけた) と喜ぶ、無邪気な子供のようにも見えた。 だが、それと同時に自分の心臓が鷲掴みにされるようなプレッシャーも感じる。 俺はとんでもない事を言ってしまったのではないか? この底知れぬ老人に、自分の唯一の存在価値(カード)を本当に預けてしまっていいのかと。 ひとしきり笑い声を響かせた後、ようやく涙を拭いながら真顔に戻ったアーコブが、俺を見据えた。 その瞳には『お手並み拝見』という感情が色濃く映っていた。 「ならば……その言葉が、信じるに足るかどうか──確かめさせてもらおう!!」 そう言って、手を二度、パンパンと打つ。 乾いた音が部屋に鳴り響いて、ゆっくりと余韻を残して消えた。 それから数十秒後。 扉の外から人の気配と足音がしたかと思うと、ノックの音が響いた。 「アーコブ様、お呼びでしょうか?」 フェルータの声。 この密室での音を聞き取れたのか? と一瞬疑問に思ったのもつかの間。 「レクスを連れてきなさい」 「はい、レクス様ですね。──承知しました」 フェルータの足音が遠ざかる。 「今から、私の右腕が来る。君なら……言いたいことは分かるね?」 まるで、『これから見れる光景が楽しみだ』と、言わんばかりにアーコブは口角を釣り上げ、不敵な笑みを隠さずに言った。 「そいつに、勝てばいいんですね?」 「話が早くて助かる。レクスを倒せば──君の条件、呑もう」 そいつがどのくらいの実力者か、分からない。 相手が魔法を使ってくるであろう以上、どう見ても分の悪いギャンブルだ。 だが、俺は自分の将来と未来を掴むために勝たないといけない。 それは『そういう』戦いだ。 そう決意した瞬間──扉が突風に吹き飛ぶように開いた。 書類が舞い、本棚が揺れ、風が室内を満たす。 ヒュゴォッ……! それは風の音ではない。その場に現れた者の、オーラそのものが空気を軋ませる音だった。 圧が、背後から迫る。 振り返ると── 筋肉隆々のスキンヘッド。 黒いバトルスーツを、まるで体と一体化するように着込んだ男がそこに立っていた。 「アーコブのじいさん。呼んだか?」 オーラが違う。 立ち方だけで、強者だと分かる。 世界がひとつ、重くなる。 その言葉ひとつ、その立ち姿ひとつで理解させられた。 ……盤上の交渉は終わり、“開戦”へと移ったのだ。 魔法という理不尽が支配するこの世界で、丸腰に等しい俺はどうやってこの怪物に勝つのかだけを考えた。 ──否、勝たなければ、明日はない。 己の傲慢な刃を捨て、この世界で『祈り』を始めるための、これが絶望的で残酷な第一歩だった。「それじゃあ、今度はあのビッググリズリーに向かって魔術を使ってみろ」 深い草むらに身を潜めながら、レクスはうろつく巨獣を見据えて顎《あご》をしゃくった。 木々の幹に残された真新しい爪痕《マーキング》と、むせ返るような獣臭。以前アーコブと出会った際にも気配を感じていた個体——この森の生態系の上位に君臨する巨大な魔獣だ。 しきりに鼻を鳴らし、こちらの匂いに気づいている素振りは見せるものの、絶対的な強者であるがゆえの慢心か、自らが『狩られる側』であるなどとは思考の片隅にもないらしい。 のっそりと辺りを見回しているが、俺たちの正確な位置を特定するには至っていなかった。 俺は深く息を吐き、先程レクスの体内を巡っていた『魔術の流れ』を意識の奥底でなぞる。 俺自身の回路で再現しようとしても、あの男の力強い奔流を完璧に模倣することは難しく、威力が落ちることは避けられない。 だが、それでもイメージは結ばれる。 ただ一つ。あの熊の太い首を、正確に刎《は》ね飛ばすことだけを。 淀《よど》みない殺意を『祈り』として具現化し、撃ち放つ。
「よし。じゃあまずは──お前の魔術の質を調べるぞ」 街の外に出て、レクスと俺はひたすらに『獲物』を探した。 しかし、レクスは純粋な戦闘者だからか、俺に比べて気配遮断能力……否、相手をただ殺すための下準備の力が、どう見ても及第点を与えられないほどお粗末なものだった。 そのため、俺がレクスから獲物の特徴を聞き出して探すことになった。 まずは獲物の能力。 嗅覚はそこそこあるが、絶対的な捕食者としての自信ゆえか、接近に警戒を抱くほどの鋭い嗅覚は持ち合わせていないらしい。ただ、目は前に付いているため、距離感を測るのは得意だそうだ。 典型的な肉食獣のものだな。 次に戦闘能力。 レクスの言う通りならば、そこら辺の魔術師の魔術はその剛毛を通らず、普通の武具も効かない。 だから、この生物には『ある感情』が強く表れる。 慢心。 自らが襲われるなんていう想像すらしない。 故にそこに付け入る隙がある。 だが、俺たちがそれを狩るには、魔術が使えることが大前提だ。 「その前に聞いていいですか?俺、魔術なんて無縁の世界にいたんですけど……使えるんですか?」 「ああ、人間である限り使える。条件はひとつ。流れさえつかめばな」 「流れ……?」 (気功みたいなものか?) そう思っているとレクスに腕を突きつけられた。 「ソル。俺の腕を、組ん
「さて……君の実力は、わかった」 場所はアーコブの執務室。 アーコブは椅子に深々と腰を沈み込ませて、一定間隔でトントンとリズムを刻んで指を机に打ち付けている。 まるでなにかに悩んでいるようだった。 そう。扱いに悩むおもちゃでどう遊ぶかを決める子供のような純粋な眼差しで。 しかし、その奥には威厳のある光が点《とも》っていた。 そして、レクスは隣で腕を組み、不貞腐れたまま……けれどもその眼光を依然として鋭くして立っている。 俺も何も言わない。 ただ、二人が沈黙を破るのを待つだけだ。 いや、皆なにも言おうとは考えていないのかもしれない。 その時間がどのくらい流れただろうか……? アーコブが指を打ち付けるのをやめて声を発した。 しかし、先ほどのように気さくに夕飯について聞くような軽々しい感じではなく。 覚悟を決めたような、どこか哀愁に満ちた響きがあった。 「次に──君の立場について話そうか」 きっとアーコブなりに考えた結
「相変わらず速いな、レクス」 楽しむかのような声でアーコブは眼前の男──レクスに言葉を放った。 すると、レクスはその強面《こわもて》で鋭い目線をただ真っ直ぐにアーコブに向けた。 その重厚で鋭い目線は彼が歴戦の戦士であるということを一目で俺に理解させた。 「あんたらの反応が遅いだけだ。で、俺を呼び出して何の用だ?」 両肩に圧がかかったのを感じた。 (…………) 俺は思わず目を細くして彼だけを捉えた。 それは自身がレクスを『戦闘者』と認めているという感覚を残した。 機嫌の悪さを隠さずにレクスは用件だけを聞く。 そして、アーコブがどんな言い方をするのか……。それを想像していると、またもや今晩の夕餉《ゆうげ》を聞くように軽い口調でレクスに指示をする。 「そこにいる青年の実力を見たい。少し相手してくれ。 レクス、お前はこの村で最強の、まとう魔術師だ。お前に一矢でも報えるかどうかで、彼をお前の部隊に入れるか決める……」 そのアーコブの一言でレクスは
「……っ!!」 驚きはしたが、暗殺者としてのプライドがそれを顔に出すことを許さなかった。 それが薄汚れた俺が、この圧倒的な『上澄み』に対して見せられる……唯一の反逆だった。 しかし──まるで夕食の献立でも提案するみたいな口調で、自分の考えを見透かされたことに……。 俺は、奇妙な安堵を感じていた。 さっきまではこの老人をどう倒すか考えていたのに、今はその選択肢を手放した自分に、むしろほっとしている。 そうすれば俺はきっと後悔の念を感じる前にどうにかされていただろう……。 否、そう考えさせられるほどに。 ……このアーコブは、やはり只者《ただもの》ではないという認識が俺の中で強く印象づけられた。 だが、『暗殺者』が最後の抵抗を見せた。 無意識下で交渉の最適解を弾き出し、思考に追いつくよりも早く、即座に言葉を紡いだ。 「意味が分かりませんが?」 だが、その最後の悪あがきでさえ、アーコブの前では無意味だった。 「なあに、私の前でぼかしたり、嘘をついたりする必要はない。境《きょう》の者か?と問うたとき、君は怒らず肯定もせず。普通なら激昂する場面でも、あえてぼかした。だからこそ、私はここまで連れてきた。もし君が“境の者”なら、何かしら反応があったはずだ。なのに、君は何もしなかった。むしろフェルータには心を許し、いろいろ聞いていた。この世界の常識さえもだ」 つまらなそうに書類を眺めながら、アーコブは言葉を続ける。 「故に境の者ではない。そう判断した。ならば君は──久方ぶりに現れた、異世界から来た者だと思っただけだよ」 (……聞かれていたか) そう考えて、俺は天を仰ぎ見る。 そして、自分の失態を恥じた。 (魔法という力が存在している以上、それくらい想定すべきだった……)
後から思い返せば、フェルータとの会話はとても心地よかった。 まるで娯楽の少なかった昔の人間が、吟遊詩人の詩《ものがたり》に魅了されるような時間だった。 そう自覚させられるほど、彼女との小さなやり取りの一つ一つが、魂に染み渡る聖水のように俺の中の『何か』を破壊していくのを感じた。 だが、『暗殺者』の俺はそれに気が付かなかった……。 その時に気がついていたら、後の結末は変わっていたのだろうか? その時の『暗殺者』は舌打ちを繰り返して俺に『真実』を映し出すことはなかった。 まるでお前は絶対に変わることなど出来ないと、呪いをかけるように……。 そこまで感じさせるほどに彼女は、人を疑うということを知らずに育ったのだろう。 そう思った時……ふと、フェルータが最初に震わせていた手を思い出した。 あれは……どういう意味だったのだろう……? 今でも、それは分からない。 否、思い返した時には既に答え合わせは永久に出来なくなっていた。 俺はなんと愚かで傲慢《ごうまん》だったのだろうか? 結局後悔しても俺の本質は変わらないのだ。 ―――――――――――― 『暗殺者』の俺は限りある時間を有効活用して『道具』を利用した。俺の問いにフェルータは空気のように自然に答えてくれていた。 「ここはどこか」 「アーコブという老人は何者か」 「この世界はどういう構造で成り立っているか」 ──そのすべてを。 この村は、《対境《たいきょう》の山脈》に囲まれた森のなかにあるらしい。 地名は“境《きょう》に対する森”。 そしてここは、《エデレン王国》という巨







