「英明さまです。圭吾さまは、会長に会いにいらっしゃいました」 若菜は携帯を耳に当てたまま、机の紙へ目を落とした。 【担当を離れる場合の引継ぎ事項】 「その話をしに行ったんでしょうか。次の仕事から、外れるために」 「お話の中身までは、私には分かりません。お部屋へご案内したあとは、席を外しておりましたので」 相馬の声は低かった。若菜は、もう一度紙を読んだ。そこに書かれた作業を、圭吾は誰かへ渡そうとしていた。 「お義父さんに、直接伺いたいんです。お時間をいただけるか、聞いてもらえますか」 相馬は承知しましたと答えた。 通話を終えても、若菜は画面を閉じなかった。机の上では、湊と選んだ写真が明るく映っている。 仕事から帰ると、圭吾は靴も脱がずに湊の話を聞いていた。話が長くなっても、玄関へ駆けてきた息子を急がせなかった。 その日の仕事はどうだったのか。湊が話し終えたあと、自分はどれだけ圭吾に尋ねていただろう。 家で笑っているから、大丈夫だと思っていた。 若菜は写真を大きくした。湊を受け止めようと広げた腕も、笑った口元も、よく知っている。それなのに、何をやめたいと思っていたのかは知らなかった。 携帯に相馬から返事が届いた。翌朝なら、英明が時間を取れるという。 若菜は湊を園へ送ってから伺うと返信し、持っていく紙をファイルへ戻した。 …… 翌朝の応接室には、庭へ面した窓から日が入っていた。 英明は大きな机の向こうで書類を閉じ、若菜を見た。相馬が椅子を
Zuletzt aktualisiert : 2026-10-28 Mehr lesen