Alle Kapitel von 夫を送る日、息子はいなかったーー榊原家の秘密: Kapitel 41 – Kapitel 50

53 Kapitel

41話

「英明さまです。圭吾さまは、会長に会いにいらっしゃいました」 若菜は携帯を耳に当てたまま、机の紙へ目を落とした。 【担当を離れる場合の引継ぎ事項】 「その話をしに行ったんでしょうか。次の仕事から、外れるために」 「お話の中身までは、私には分かりません。お部屋へご案内したあとは、席を外しておりましたので」 相馬の声は低かった。若菜は、もう一度紙を読んだ。そこに書かれた作業を、圭吾は誰かへ渡そうとしていた。 「お義父さんに、直接伺いたいんです。お時間をいただけるか、聞いてもらえますか」 相馬は承知しましたと答えた。 通話を終えても、若菜は画面を閉じなかった。机の上では、湊と選んだ写真が明るく映っている。 仕事から帰ると、圭吾は靴も脱がずに湊の話を聞いていた。話が長くなっても、玄関へ駆けてきた息子を急がせなかった。 その日の仕事はどうだったのか。湊が話し終えたあと、自分はどれだけ圭吾に尋ねていただろう。 家で笑っているから、大丈夫だと思っていた。 若菜は写真を大きくした。湊を受け止めようと広げた腕も、笑った口元も、よく知っている。それなのに、何をやめたいと思っていたのかは知らなかった。 携帯に相馬から返事が届いた。翌朝なら、英明が時間を取れるという。 若菜は湊を園へ送ってから伺うと返信し、持っていく紙をファイルへ戻した。 …… 翌朝の応接室には、庭へ面した窓から日が入っていた。 英明は大きな机の向こうで書類を閉じ、若菜を見た。相馬が椅子を
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-10-28
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42話

「助けていただけるならと、思いました」 若菜は膝のファイルを押さえた。 「でも、今ここで、私だけでは決められません」 頼らなくても大丈夫だとは言えなかった。この申し出を断って、いつか金が足りない日が来たら。今日、うなずかなかったことを悔やまずにいられるだろうか。 英明は机に両肘をついた。 「直人に話せばいい。あいつも、ひとりで何もかもできるとは思っていないだろう」 「私たちに、どうしてほしいんですか」 「どうしてほしいとは?」 「お金を出していただいたら、私たちは何をすればいいんでしょうか」 英明は眉を寄せた。 「息子と孫のために出すと言っているんだ。何かを買うわけじゃない」 若菜が黙っていると、英明は椅子へ背を預けた。 「ただ、ふたりの今後を、私の知らんところで決めてしまうな。相談くらいしてくれてもいいだろう」 膝の上には、仕事を離れようとした圭吾の紙がある。 英明に相談しても、圭吾の願いはすぐには受け入れられなかった。金を出してもらえば、今度は直人も、この机の前で何度も説明することになるのだろうか。 それでも、差し出されたものから目をそらせない。 圭吾と結婚し、この家に出入りするようになって6年。近づけば手が届くと思った医療も、必要になるかもしれない金も、自分のものになったわけではなかった。 圭吾と湊と暮らした日々は、確かに幸せだった。その幸せと、直人と湊の命を守れるかどうかは、別のことだったのだ。 「直人さんに話
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-10-28
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43話

【俺も会いたいです。今度の休みはどうですか】 修哉の返事を、若菜は座り直して読んだ。 海の本は膝の上に開いたままだった。日程を聞かれているのに、目は最初の一文へ戻ってしまう。 【湊を妹に頼めるか、明日聞いてみます】 そう返してからも、画面を伏せるまでに少し時間がかかった。 翌日、琴音へ電話をすると、休みは空いているという。 「修哉さんと、海へ行きたいの。昼前から夕方まで、湊と家にいてもらえる?」 「いいよ。何時まで?」 「5時には帰る」 「分かった。お昼は湊と食べるね」 仕事でも、本邸へ呼ばれたのでもない。自分が出かけたいから頼んだ。その用事を詳しく説明しなくても、琴音は来る時間を決めてくれた。 若菜は礼を言い、修哉へ会えると知らせた。 …… 約束の朝、琴音が来ると、湊は居間から折り紙の箱を持ってきた。 若菜は玄関で靴を履きながら、ふたりへ声をかけた。 「修哉さんと海を見に行ってくるね。夕方には帰るから」 「海?写真撮ってきて」 「うん。帰ったら見せるね」 湊は箱を抱えたまま手を振った。若菜は琴音にもう一度頼んで、家を出た。 駅の改札前で、修哉が待っていた。 仕事のときの上着ではなく、袖をまくったシャツを着ている。若菜を見つけると、壁に預けていた背を離した。 「おはよ
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-10-29
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44話

「はい。私も、また会いたいです」 若菜は修哉を見上げた。改札の向こうで電車の到着を告げる放送が流れ、人が増えていく。それでも、今ならもう少し言えそうだった。 「今日も、そのつもりで誘ったんですけど」 修哉が目を見開いた。何か言いかけ、それから笑った。 「……それなら、今日もデートだったんですね」 「違ったんですか」 「そうだったらいいとは、思っていました」 彼も確かめられずにいたのだ。海辺で手をつなぐ前、若菜の返事を待っていた顔を思い出すと、また会いたい気持ちが強くなった。 「次は、俺から連絡します」 「待っています」 若菜は手を振り、家へ向かって歩きだした。一度振り返ると、修哉はまだそこにいた。今度は、彼から手が上がった。 …… 5時になる前に帰ると、湊が居間から顔を出した。 「写真は?」 若菜は靴を脱ぎ、琴音に礼を言ってからソファへ座った。湊が隣へ上がってくる。 携帯に白い柵と海の写真を出すと、小さな指が波の白いところへ伸びた。 「ここ、泡?」 「そう。石に当たると、もっと高く上がるの。座っていても音が聞こえたよ」 湊は画面を大きくして、波を見ていた。若菜はその肩越しに写真をのぞき、どの道を歩いたのか話した。 帰り支度をしていた琴音が尋ねる。 「楽しかった?」&
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-10-29
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45話

「それは、圭吾が倒れたあとに言われたんですか」 若菜が尋ねると、祥子は目をそらしたまま答えた。 「そうよ」 居間の窓から差す光が、祥子の横顔を照らしていた。ついさっきまで若菜へ向けていた強い口調が、今は夫への不満を訴える声に変わっている。 「そのとき、祥子さんは圭吾の様子を見ていたんですか」 「最初は、見ていなかったわ」 若菜は椅子の背から体を起こした。 「先生を呼ぶように頼んだのは、圭吾を見る前ですか」 祥子はうなずいた。 「英明さんがそばにいたんだもの。そこまで悪いなら、そう言うでしょう。父親なのよ」 若菜は卓の上の閉じた雑誌へ視線を落とした。ここへ来るまで、祥子に聞けば、あの時間の圭吾の様子が分かると思っていた。けれど、最初に人を呼ぶ方法を決めたとき、この人はまだ息子を見てさえいなかった。 「私が、圭吾を助けたくなかったと思っているの?」 顔を上げると、祥子が若菜を見ていた。 「先生を呼べば安心だと思ったのよ。何かあったら、うちの病院で診てもらえる。そう思うのが、そんなにおかしい?」 若菜には、何と答えればよいのか分からなかった。自分も、この家の病院や治療を頼りにしようとした。大切な人を救えると思えば、そこにすがりたくなる気持ちは知っている。 それでも圭吾は、帰ってこなかった。 「助けたかったに決まっているでしょう。私の息子なのよ」 祥子の声が詰まった。膝の上へ置いた手を、もう一方の手で包んでいる。 その顔を見て
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-10-30
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46話

「あなたの話を信じたからでしょう」 祥子は隣の英明へ体を向けた。 「大げさにするなと言われて、私がどう思うと思うの?あなたが圭吾のそばにいたのよ」 英明の口元が動いた。若菜は、その返事より先に祥子へ声をかけた。 「圭吾のところへ行ったとき、呼びかけには答えたんですか」 祥子が振り向いた。夫に向けていた勢いのまま何か言いかけ、若菜の顔を見ると口を閉じた。 卓には、閉じた雑誌が置かれたままだった。若菜はその向こうの祥子を見て待った。ここでまたふたりが言い争えば、圭吾の様子を聞けないままになってしまう。 「名前を呼んだら、こちらを見たわ」 祥子の声が小さくなった。 「返事もしたの」 若菜は膝のバッグを握った。 「声が、出ていたんですね」 「ええ。でも、いつものように話せたわけではないわ。だから、先生に早く来てもらわないと、と思ったのよ」 圭吾は、そのときまだ、人の声に応えていた。 本邸で転び、救急車で運ばれた。若菜が聞かされてきたその短い説明の中に、夫が誰かの呼びかけを聞き、顔を向けた時間があった。 自分も、名前を呼びたかった。 そう思った途端、祥子の顔が見えにくくなった。若菜は目を伏せ、バッグからハンカチを出した。 連絡があれば間に合ったのか。自分が来ていたら、何かできたのか。それは分からない。けれど、夫の声がまだ出ていたと聞けば、その場にいたかったと思わずにはいられなかった。 どんな返事だったのだろう。&
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-10-31
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47話

「帰ろうとしたことが、圭吾のせいになるんですか」 若菜が言うと、英明は椅子の肘掛けから手を離した。 「話の途中だったと言っている」 「それで、圭吾をどうしたんですか」 向かいの祥子が、隣の夫を見た。扉の脇にいる相馬も口を挟まない。若菜は膝に置いたハンカチを握り、英明の返事を待った。 圭吾は、考えを変えなかった。そのことを聞いたときは、もう一度夫に会えたようでうれしかった。仕事を離れたら、どんな毎日にしたかったのだろう。その続きを聞く前に、帰ろうとした圭吾が悪かったことにされている。 「腕をつかんだだけだ」 英明は若菜を見返した。 「まだ話が終わっていなかったんだからな」 若菜の手が止まった。 本邸で転んで、頭を打った。そう聞かされてから、何度も、どうして足を滑らせてしまったのだろうと思った。 その前に、この人が圭吾の腕をつかんでいた。 「……つかんだんですか」 英明は答えず、肘掛けへ手を戻した。 若菜は夫が帰ろうとしていたことを、さっき知ったばかりだった。帰ってきていれば、また顔を見られたのだろうか。玄関で湊を呼ぶ声を聞けたのだろうか。 そう考えた瞬間、続きの言葉が出なくなった。 目の前の人は、夫が向かおうとした先から引き止めた人だった。何が起きたのかを知るには、その人に聞くしかない。 「そのことは、私には話してくださらなかったんですね」 「引き止めただけだ。それを、お前はどう受け取るつもり
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-10-31
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48話

「部屋へ戻そうとした」 英明は立ったまま、若菜へ顔を向けた。 「まだ話は終わっていなかった。あいつが勝手に出ていこうとするからだ」 「腕をつかんで、戻したんですか」 「こっちを向かせた。それから、肩を……」 英明の手が胸の高さまで上がり、止まった。 若菜はその手を見た。今、目の前の空気を押しかけた手に、あの夜は圭吾の体があった。 「押し戻したんですね」 「そうだ。だが、転ばせるつもりはなかった」 隣の祥子が顔を背けた。若菜は英明から目を離せなかった。 「どこで、ですか」 「小書斎だ。扉のところでつかんだ。部屋へ戻れと言ったんだ」 英明は上げていた手を下ろした。 「圭吾が、よろけた。扉の脇に棚があるだろう。低い、木の収納だ。あそこに頭をぶつけた」 若菜はその部屋を知っていた。扉を開けると、脇に英明の書類を収めた低い棚がある。以前、圭吾が書類を取りに入るのを、廊下で待ったこともあった。 あの棚に。 いつもの部屋と夫の姿が結びついた途端、若菜は膝の上のバッグを両手で押さえた。そこに倒れた圭吾を想像したくなかった。けれど、何が起きたかを聞きたかったのは自分だ。 「圭吾が、自分で足を滑らせたんじゃなかったんですね」 英明は返事をしなかった。 扉の脇にいる相馬も動かない。誰かが違うと言うのを、若菜は待っていた。聞き間違いだと分かれば、今ならまだ、あの棚と圭吾を別
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-11-01
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49話

「知っていて、私にあんなことを言ったんですか」 若菜が尋ねると、祥子は膝の上で握っていた布を離した。 白い花の前で、祥子は湊を呼び戻せと怒鳴った。父親との最後の別れまで奪うのかと、母親として何とも思わないのかと。 そのとき、この人は知っていた。 若菜の夫が、自分で転んだわけではなかったことを。 「あの日は、圭吾のことしか考えられなかったの」 祥子が言った。 「棺が閉まったら、もう顔も見られない。なのに湊くんまでいなくて……」 「私も、圭吾を見送っていたんです」 若菜の声が震えた。 棺のそばで立っていた自分を、祥子は見ていたはずだった。泣き崩れなかったから悲しくないとでも思ったのだろうか。湊がいない理由を説明するために立っていたわけではない。 「祥子さんに責められながら、私も、あの人とお別れしていたんです」 祥子は若菜を見た。何か言おうとしたが、言葉は続かなかった。 英明が椅子の上で身じろぎした。若菜はそちらを見ず、祥子へ尋ねた。 「どうして、英明さんは話したんですか」 「私が聞いたのよ。ふたりで話していただけなのに、どうしてあんなことになったのかって」 祥子の目が、隣の英明へ向いた。 「圭吾が亡くなってからよ。何度考えても、分からなかった。転んだとしか聞いていなかったから」 英明は何も言わなかった。 「引き止めただけだと言ったわ。話が終わるまで、部屋
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-11-01
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50話

「私も、圭吾の家族です」 若菜は開いた扉の前で振り返った。 英明は椅子に座ったまま、こちらを見ていた。 「家族なら、何をしてもこの家だけで済ませていいんですか」 「誰がそんなことを言った。お前は、聞いたことを全部分かったつもりなのか」 「分からないから、ほかの人にも聞いてもらいます」 「何をする気だ」 英明が椅子の肘をつかんだ。 若菜はバッグの持ち手を握り直した。声を張り合えば、今度は何を言われるだろう。圭吾を失ってから、何度もこの家で答えを求められた。そのたびに、自分が隠していることが怖かった。 今も、怖くなくなったわけではない。 「私ひとりでは決められません。今日聞いたことも、まだ知らないこともあります。でも、なかったことにはしません」 祥子が顔を上げた。 「若菜さん。湊くんのことまで、人に話すことになるかもしれないのよ」 その言葉に、足が止まった。 湊の出生を伏せたのは自分だ。圭吾に言えなかったことも、言わずに過ごした日々もある。自分に都合の悪いところだけ閉じて、誰かに話を聞いてほしいとは言えない。 「必要なら、私が答えます」 若菜は祥子を見た。 「でも、私に話せなかったことがあるからって、圭吾がどうして亡くなったのか、聞いてはいけないわけではないでしょう」 祥子は返事をしなかった。 相馬が廊下へ下がった。若菜はふたりに背を向け、開いている扉を通った。&n
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-11-02
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