Alle Kapitel von 夫を送る日、息子はいなかったーー榊原家の秘密: Kapitel 11 – Kapitel 20

53 Kapitel

11話

鑑定結果が届く数日前。英明と湊が検査を受けた翌日、祥子は実家の鷺宮邸を訪ねていた。奥の応接室で待っていた兄の鷺宮雅臣(さぎみや まさおみ)は、妹の顔を見ると、立ち上がってソファを勧めた。庭に面した大きな窓から、刈り込まれた松と白い砂利が見える。使用人は低い卓へ茶を置き、厚い絨毯を踏んで静かに出ていった。雅臣が窓際の椅子へ戻っても、祥子は隣に置いたバッグの持ち手を握っていた。「少しは眠れているのか」祥子はうなずきかけ、顔を伏せた。「湊だけは、あの子が残してくれたと思っていたのに」雅臣は茶碗へ伸ばした手を止めた。「湊くんが、どうかしたのか」「圭吾の子ではないという結果が出たの」声がかすれた。聞き返そうとした雅臣を見て、祥子は顔を上げる。「調べたのよ。圭吾と湊くんの歯ブラシで」雅臣は妹を見つめた。圭吾の四十九日を終えたばかりだ。ようやく葬送の慌ただしさから離れた妹に、今度は孫の出生を疑う結果が届いた。何と言ってやればいいのか、すぐには言葉が出なかった。「若菜さんは、何と?」「認めないって。誰の物か分からない歯ブラシで決めるなと、私に言うのよ」祥子は持ち手から指を離した。「私が残しておいた物なのに。圭吾と湊くんの物を、取り違えるはずがないでしょう」「英明は知っているんだな」「ええ。それでも若菜さんは引かなくて、今度は英明さんと湊くんを調べると言い出したの。昨日、ふたりで行ったわ」「まだ、その結果は出ていないんだろう」「同じことよ」返事は早かった。雅臣が黙ると、祥子は茶碗に触れもせず続けた。「英明さんには、そこまでしなくてもと言ったの。でも、もう決めたからと」止められなかった検査について話す口ぶりなのに、結果を待つ迷いは見えない。雅臣は背もたれから身を起こした。「湊くんが後継から外れるとなれば、宗一たちも黙ってはいないぞ」祥子の目つきが変わった。「お兄さんまで、もうその話?」「お前を困らせたいわけじゃない。向こうが先に動いたらどうする」祥子は答えず、膝の上でハンカチを広げた。目元へ当てたあと、畳み直すこともせず握る。「圭吾が亡くなって、あの人たちにまで好きにされるなんて、耐えられないわ」宗一は英明の兄だ。本来なら自分が家を継ぐはずだったという不満は、妻の麗子にも残っている。圭吾がいない今、後継の席ま
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-10-01
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12話

祥子が実家を訪ねた、その日の夜。 若菜が夕食の皿を重ねていると、湊が床に並べた玩具から顔を上げた。 「お母さん。おじいちゃん、僕に怒ってた?」 皿を持つ手が止まった。 「昨日のこと?」 湊はうなずき、玩具を膝に載せた。 「僕、手を振ったのに」 検査施設の待合室で、英明は笑い返さなかった。 若菜は湊を受付へ連れていき、そのあとは採取を怖がらせないことばかり考えていた。 もう気にしていないと思っていた。 帰ってからも普段どおりにしていたこの子が、ひと晩たってから尋ねてくるほど、あの顔を覚えていた。 若菜は皿をテーブルへ戻し、湊のそばに膝をついた。 「湊が悪いことをしたんじゃないよ」 「ほんと?」 「うん。湊は何も悪くない」 湊は若菜を見ていたが、やがて小さくうなずいた。 膝の玩具を床へ戻すと、散らばった残りをひとつずつ並べ始める。 流しの前では、妹の琴音が食器を受け取るのを待っていた。 仕事を終えて寄ってくれた妹へ、若菜は皿を運んだ。 琴音は湊のほうを一度見ただけで、何も聞かなかった。 …… 湊を寝かしつけ、寝室の扉を閉めて居間へ戻ると、テーブルには湯気の立つマグカップがふたつ置かれていた。 若菜は琴音の向かいに座った。
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-10-02
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13話

「祖父と孫の血縁関係を、強く支持する」 本邸の客間で、英明が判定を読み終えた。 長卓を囲む親族のひとりが顔を上げ、麗子が宗一の腕に触れた。誰も、すぐには言葉を発しなかった。 「湊は、俺の孫だ」 英明はもう一度紙へ目を落とした。口元がゆるみ、若菜へ顔を向ける。 「そうか。そうだったか」 若菜は英明の隣に座ったまま、その笑顔を見た。 検査施設で湊が手を振ったときには、返してもらえなかった笑顔だった。 自分が祖父を怒らせたのかと湊が気にしていたことを、英明は知らない。 それでも、孫ではないという言葉をもう聞かずに済む。 そう思うと、張り詰めていた肩の力が抜けた。 「見せて」 祥子が手を差し出した。 英明は報告書をいったん卓上へ置き、若菜が判定欄を読み終えるのを待ってから、祥子へ渡した。 祥子はふたりの氏名を確かめ、その下へ視線を落とした。 紙を顔へ近づけ、もう一度、同じところを読む。 「今度は俺も湊も、その場で採ってもらった。若菜も見ていた。間違いない」 英明の声は弾んでいた。 「やはり、最初の歯ブラシが悪かったんだ」 宗一が小さく息を吐いた。麗子は夫の腕から手を離し、若菜へ笑いかけた。 「よかったわね、若菜さん。これで私たちも安心できるわ」 若菜は笑い返せなかった。 
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-10-03
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14話

英明は、立ち上がった祥子を見た。 「湊を連れてこいと言っていたのは、お前だろう」 「会いたいとは言ったわ。でも、今ここで引っ越しまで決めなくてもいいでしょう」 祥子は椅子の背へ手を掛けた。若菜には顔を向けず、英明の返事を待っている。 幼稚園の門まで車を寄せ、着替えを詰めたリュックまで用意していた人だ。 あのときは、今日から本邸で暮らせばいいと言った。 今は、その人が引き止めている。 若菜は祥子を見たが、目は合わなかった。 「お義父さん。私も、引っ越すつもりはありません」 英明が若菜へ向き直った。 「遠慮することはない。ここなら、お前が仕事へ行っている間も湊を見てやれる」 「ありがたいとは思っています。でも、圭吾と湊と、3人で暮らしてきた家なんです。 私は、まだあの家にいたいんです」 長卓の向こうで、麗子が伏せていた顔を上げた。 圭吾の名前を口にすると、声が少し詰まった。 若菜は急いで続きを言わず、膝の上でバッグの持ち手を握り直した。 あの家にも、圭吾はいない。 帰れば寂しいし、ひとりで湊を寝かせる夜がつらくないわけではなかった。 それでも、湊が台本を開けば、圭吾の字がある。どんな顔で書き込んでいたか、若菜にも思い浮かぶ。 今すぐ荷物をまとめて、あの暮らしまで片づける気にはなれなかった。 「圭吾がいないからこそ、家族で助け合えばいいだろう
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-10-04
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15話

祥子は報告書を卓上に置き、バッグから携帯を取り出した。 英明に聞けば、なぜ喜べないのかと問い返される。 兄にも、あれほど自信を持って話した結果が違っていたとは、まだ言いたくなかった。 若菜は、最初から英明との検査を求めていた。 あの落ち着きは何だったのか。 祥子は若菜の連絡先を開いた。圭吾と結婚する前のことを、本人に聞かなければならない。 …… 玄関の鍵を開けると、居間から湊が顔を出した。 「おかえり。琴音ちゃんと、ここまで作ったよ」 床には積み木が並んでいた。途中で崩れたらしく、琴音が倒れた部分を拾い集めている。 若菜は靴を脱ぎ、湊に手を引かれるまま居間へ入った。 「ここ、踏まないでね」 「うん。こっちから回ればいい?」 湊が得意そうにうなずく。若菜はバッグを椅子へ置き、その隣に膝をついた。 本邸の長い卓を前にしていたときには、早く帰りたいとばかり思っていた。 帰ってみれば、この子は積み木の置き場所に夢中だった。 それがうれしかった。 湊が箱の中から次のひとつを探している間に、琴音が顔を寄せた。 「どうだった?」 「みんなの前で、取り消してもらえた」 若菜も声を落とす。琴音は姉の肩に触れ、何度もうなずいた。 「よかった。本当によかった」 
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-10-05
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16話

 【何の話?】 翌朝、台所で携帯を開くと、直人から返事が届いていた。 昨夜、琴音が帰ったあとも何度か画面を見た。 もう返事は来ないのかもしれないと思いながら、それでも携帯を遠くへ置けなかった。 読んでくれた。それだけで、短い問いを何度も読み返してしまう。 若菜は食卓の椅子に座り、返事を打った。 【結婚する前に、あなたに話さなかったことがあります。直接、話したいんです】 送信してから、湊の朝食を並べた。今度は、直人がどう答えるかを待った。 …… 夕方、湊を迎えに行って帰宅した若菜は、琴音に翌夕の世話を頼んだ。 妹が引き受けてくれたところへ、直人から着信が入る。 「あとで時間を知らせるね」 琴音との電話を終え、湊が居間で通園バッグを片づけているのを確かめた。 廊下へ出て扉を閉め、かけ直す。 「若菜?」 懐かしい声に、すぐには返事ができなかった。 「うん。急に連絡して、ごめん」 「今、少しなら話せる」 「圭吾が、亡くなったの。四十九日も終わった」 直人は黙った。いつ、と聞かれ、若菜は時期を答える。 「そうか。それは、知らなかった。子どもは?」 「6歳。今は幼稚園に通ってる」 「そうか」&nb
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-10-06
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17話

「それなら、私の昔のことも、これ以上聞かないでください」 若菜が言うと、祥子は口を開きかけた。けれど何も聞き返さず、膝のバッグへ目を落とした。 「……分かったわ」 若菜は、それ以上の約束はしなかった。 祥子は帰り際まで、もう恋人の名を尋ねなかった。 玄関の扉を閉め、若菜は息を吐いた。 ようやく帰ってもらえた。 謝ってくれたときには、もう少し違う気持ちで見送れると思ったのに。 …… 翌日の午後6時半、個室の扉が開いた。 若菜は椅子から立ちかけた。直人が入口に立ち、店の係へ短く礼を言っている。 「待った?」 声は、昨日の電話より近かった。 「ううん。私も、今来たところ」 本当は、20分も前から座っていた。家には琴音が来てくれた。 湊が妹へハンカチを見せ始めたところで、若菜は出てきたのだった。 「座って」 直人が向かいの椅子を引く。若菜は浮かせた腰を下ろし、バッグを膝に載せた。 細い格子の向こうに、店の照明がにじんでいる。扉が閉まると、通路の人声は遠くなった。 ふたりの間には、まだ何も置かれていない卓があった。 直人は上着を脱ぎ、隣の空いた椅子へ掛けた。 若菜はつい手を出しかけ、膝へ戻す。受け取ってあげることさえ、今の自分がしていいか分からなかっ
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-10-07
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18話

「湊は、あなたの子なの」直人は、若菜を見たまま動かなかった。店の廊下を歩く足音が、扉の外を通り過ぎていく。若菜は言葉を足さずに待った。今の一言を、別の意味には変えられなかった。「俺の子?」「うん」直人の視線が、若菜の顔から腹のあたりへ落ち、すぐ戻った。「6歳だと言ったな」「6歳。男の子」「圭吾さんとの子じゃないのか」「違う。直人、あなたの子」彼は椅子の背から体を起こした。卓へ両手を置こうとして、片方だけを膝へ戻す。その動きを、若菜は黙って見ていた。「いつ、分かった」「妊娠したときから、あなたの子だと思っていた。生まれてから、私だけで鑑定をして、確かめた」直人の眉が寄った。「今になって分かった話じゃないんだな」若菜はうなずいた。「圭吾さんと結婚する前から、妊娠していた?」「うん」直人は卓へ置いた手を引いた。若菜の返事から距離を取りたがっているように見えた。「子どもがいると分かっていて、俺と別れたあと、その人と結婚したのか」「そう」答えるたびに、直人の顔から表情がなくなっていく。怒鳴られるより、その変化を見続けるほうがつらかった。「俺は、お前に別の好きな人ができたと思っていた」直人の声は、さっきより低くなっていた。「自分じゃ駄目だったんだと。そう思うしかなかった。それなのに、子どもがいたのか」若菜は膝の上の手を開いた。何かを握っていなければ聞いていられないような気がして、それでも、目はそらさなかった。「知らせなかった。私が」「6年も?」「うん」「俺が気づかなかったんじゃない。お前は、ずっと知っていたんだな」若菜は小さく「そう」と答えた。「琴音ちゃんも、知ってるのか」「知らない。湊は圭吾の子だと思ってる」直人は目を閉じた。「誰にも言わずにいれば、俺は父親じゃなかったことになるのか」「そんなふうに、思ったことはない」「でも、俺には何もなかった。生まれるのを待つことも、初めて抱くことも」若菜は、湊の産声を聞いた瞬間を覚えていた。無事に生まれたと知らされたとき、どれほどほっとしたかも。その同じ知らせを、直人は今日まで受け取っていなかった。今、無事だったと伝えても、あの日の喜びを一緒に受け取ることは、もうできない。直人が立ち上がった。椅子の脚が床を擦り、若菜は反射的に顔を上げた。帰ってし
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-10-08
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19話

「知らない。湊は、圭吾がお父さんだと思って育った」若菜が答えると、直人は視線を卓へ落とした。「俺の名前も?」「話していない」直人はカップを持ち上げたが、口をつけずに戻した。若菜はその手を見つめ、今ここで会わせると約束すればいいのかと考えかけた。会わせたい。直人にも、あの子の顔を見てほしかった。けれど、湊には何と紹介すればいいのだろう。圭吾を思って台本を開く息子の顔が浮かび、若菜はすぐに約束できなかった。「どんな子なんだ」若菜は顔を上げた。「何をするのが好きで、どんなことを話す?」「積み木を並べて、長い道を作ったりする。途中で崩れると、そこだけ何度もやり直すの。この前も、帰ったら琴音と一緒に床いっぱいに並べていて」本邸から帰った日の湊が浮かんだ。踏まないでね、と得意そうに言っていた顔まで思い出し、若菜の口元が少しゆるんだ。直人は笑わなかった。若菜は言葉を止めた。自分なら何気なく思い浮かべられる顔を、直人はまだ知らない。「写真、見る?」尋ねると、直人は少し間を置いてうなずいた。若菜は隣の椅子に置いたバッグから携帯を出した。琴音とのやり取りを開き、発表会の日に届いた写真を探す。舞台衣装の湊が、折り紙の花を胸の前に掲げている。目元は赤いのに、カメラへ向かって笑っていた。若菜は画面を直人へ向け、卓の中央へ置いた。直人は両肘を少し寄せ、写真をのぞき込んだ。しばらく見たあと、携帯へ指を近づけたが、触れずに止める。「持ってもいい?」「うん」直人は携帯を両手で持った。若菜は、わずかに下を向いたその顔を見ていた。「泣いてる?」「発表会が終わったところ。琴音が送ってくれたの」「何をやったんだ」「劇に出た。家で、圭吾と何度も台詞の練習をしていて。台本には、圭吾が書いた言葉が、今も残ってる」直人の目は画面から離れなかった。「最後までできたら、一番大きな拍手をするって、約束してたの。でも、圭吾は見に行けなくなった」若菜はそこで一度、息をついた。「葬儀と、同じ日だったから」直人が顔を上げた。「それでも出たのか」「うん。湊は、最後までやった。お父さんとの約束だったから」あの日、写真を開いてようやく息をつけた。ひとりで舞台へ立たせた息子が、最後までできたのだと分かったから。直人は写真を見直した。若菜は、今度は続きを
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-10-08
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20話

「榊原英明は、あなたのお父さんなの」直人の顔から、かすかに残っていた表情が消えた。若菜は言い直さなかった。卓の上の携帯では、湊の写真がまだ開かれている。直人はその画面と若菜を、交互に見た。「誰が、そんなことを言った」「郁美さん。亡くなる前に、私に話してくれた」「母さんが?」直人は背を伸ばした。湊の話をしたときとは違う驚きが、顔に出ていた。息子のことに続いて、自分の母親の名まで出されたのだ。直人は若菜の口元を見つめ、次の言葉を待っていた。「俺の父親が、あの会長だと?」「うん」若菜は郁美に手を握られたときのことを思い出した。ふたりだけで話したとき、郁美は英明の名を口にした。若菜が聞き間違いかと顔を近づけると、もう一度、直人の父親なのだと言った。「直人には、言わないで」若菜が理由を尋ねると、郁美は握った手を離さなかった。「あの家に巻き込みたくないの。あの子には、自分の暮らしを大切にしてほしい」息子には知らせたくないと頼みながら、若菜には知っていてほしい。その切実さに、若菜はうなずいた。今、その頼みを破っている。「郁美さんは、あなたを榊原家に関わらせたくなかった。だから、言わないでほしいと頼まれたの」直人は若菜の顔を見ていた。「俺には、一言も言わなかったのに」声が、途中でかすれた。若菜はうなずくこともできなかった。あのときの郁美の顔を話せば、直人も分かってくれると思ったわけではない。それでも、母親にそんなことを頼まれたと聞く痛みを、十分には考えられていなかった。「知ったら、俺が何をすると思ったんだろうな」直人は誰に尋ねるでもなく言った。「金をもらいに行くとでも思ったのか。息子だからって、あの家へ押しかけると?」「そんなふうには言っていなかった」「じゃあ、何を怖がってた」若菜はすぐには答えなかった。郁美の口から聞いた言葉と、自分が考えた理由を混ぜて、直人へ渡したくなかった。「あなたに、穏やかに暮らしてほしかったんだと思う。でも、何をいちばん恐れていたのか、私にも全部は分からない」「それなら、俺にも聞かせてほしかった」直人は卓の端を見つめた。「母さんが生きているうちに」その一言に、若菜は息を詰めた。直人が怒っているのは、実父を知らなかったことだけではない。なぜ言わなかったのか、どうしてその人と
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-10-08
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