医乃はその一行から目を離せなかった。「必ず」の字の終いに、墨がひと粒、丸く凝っていた。書き写した筆がそこでしばし逡巡した跡であった。灯明の近くに紙を寄せると、薬種の匂いの下に別の匂いが混じっていた。香の匂いであった。法堂の柱に長く染みついて、紙を開くたびに少しずつ解けてくる匂い。紙の肌も、宮で使うものとは違った。楮(こうぞ)の皮を荒く漉き、黒い斑のところどころに残る、厚く粗い紙。山寺の僧が手ずから漉く紙は、確かにこういうものであった。錦の荷のなかから薬種の包みをひとつ取り、結びを解くと、折り目の内側に親指の爪ほどの朱印が捺されていた。——仁寿堂(じんじゅどう)。十余の包みが、どれも同じ朱印を宿していた。薬種町は、施薬院(せやくいん)の前に薬種屋が軒を連ねる通りであった。半月に一度は山道を登っていた者が、その辻で薬を調えて帰った。危ういところへひとりで参るな。処(ところ)の塀の前で、勅(みことのり)じゃと帝が付した条件が耳の奥に引っかかった。包みを結び直す間に、清涼殿の文机の上で、俯せた独楽を覆っていた手の平が浮かんだ。この紙を持って帰れば、これもあの手の平の下に入る。一の宮は、身罷った。そう告げた顔には、揺るぎがなかった。揺るぎのない顔で、彼女に背を向けて殿を出たことのあるお方であった。蓮は藁の円座の上でなお眠っていた。掛けてやった上衣の下で、丸まった肩が息に合わせて上下していた。医乃はその上衣を取らず、空の白む前に検屍所を出た。門の番士は象牙の牌を見るなり道を開けた。出入りの帳面に「検屍の支度、卯の刻 出宮」と書き入れられるのを、医乃は横目で見た。この一行は、日の落ちる頃には清涼殿に届く。それまでに帰っていればよい。宮の外の道を自らの足で歩くのは、入宮の日以来であった。朝市へ出る木樵の荷が肩をかすめ、雑炊屋の釜から湯気が立った。誰ひとり彼女に頭を下げず、誰ひとり彼女を振り返らなかった。薬種町は朝から薬の匂いが立ち込めていた。軒下に甘草の束と干した当帰が垂れ、薬研(やげん)を転がす音が路地を埋める。仁寿堂はその通りの端、ひときわ軒の低い店であった。腰の曲がった主が、薬研の柄を握ったまま顔を上げた。医乃が処方の紙を広げて見せると、薬研の輪が止まった。「これは、どこで手に入れなされた」「この処方
Zuletzt aktualisiert : 2026-11-05 Mehr lesen