秋遠きを顧みて
「俺と結婚する気か?」
電話越しの男の声はどこか茶化すように冷めていた。
ロマンチックなはずの言葉も、彼の口から出ると妙に皮肉めいた響きになった。
それでも、藤原莉子(ふじわらりこ)は一瞬の迷いもなく答えた。「私はそう決めたの」
「ちゃんと考えたのか?俺は遊び人だし、新垣家の若奥様という肩書きと金以外、お前に何も与えられないぞ」
莉子はどこか満ち足りた表情で微笑んだ。「それだけで十分よ」
風見市の新垣家との縁談は、どれほど多くの令嬢たちが願っても叶わない幻のような話だった。
海斗の祖父、新垣涼介(あらがき・りょうすけ)が莉子への特別な想いを隠さずに公言したからこそ、彼女のもとに幸運が降り注いだのだ。
男は苛立たしげに舌打ちした。
「ここ数年、お前は高橋大輝(たかはしだいき)っていう、女の金で食ってるイケメンに夢中だったろう。もういいのか?」
その言葉に、莉子の声色も同じように冗談めいて言った。
「もういい子でいるのは飽きちゃった。たまにはあんたと、ちょっと刺激的なことしてみたくなったの」