心音は泣かない
父が破産して以来、私は「もううんざりだ」と言い訳をして、三年間愛人として囲っていた医大生の相良晴嵐(さがら せいらん)を突き放した。
あの夜、彼は土砂降りの中で八時間も膝をつき、赤い瞳で私に懇願した。
私には、そのとき既に妊娠四か月であることがわかっていた。
五年後、かつて貧しかった医学部一のイケメンは、兆単位の資産を操る大富豪へと成り上がった。
晴嵐は富豪ランキングの頂点に立った日の会見で、記者にこう尋ねられる。
「相良社長、五年で貧乏学生からここまでの財を成す秘訣は何ですか?」
彼は口元に冷たい笑みを浮かべ、切れ長の目に嘲りを宿して答えた。
「虚栄心の強い彼女を見つけて、思い切り突き放されることだ」
会場は騒然となった。午後には「兆単位の資産の富豪が元カノに裏切られた」という見出しが街中の話題になった。
その一方で、私は今日で八つめの仕事を終えたばかりで、過労により娘を迎えに行く途中で突然倒れて息を引き取った。
そして再び目を開けると、私は空中にふわりと浮かんでいる。
絶望の淵にいた私は、ある事実に気づいて凍りついた。
あの、私を一生後悔させると誓った晴嵐が、娘の通う保育園を突き止めていたのだ。