炎の修羅場で私を切り捨てた夫が、後悔に壊れていくまで
難産の末の大量出血。胎児は窒息状態に陥っていた。
緊急帝王切開が必要だと告げられた、まさにその瞬間――夫である鳴瀬陸(なるせ りく)は、幼なじみから届いたメッセージに返信していた。
看護師が手術同意書を差し出し、署名を促しているというのに、彼はペンを乱暴に放り投げ、そのまま立ち去ろうとする。
「千鶴のドレスのファスナーが引っかかっちゃってさ。俺が助けてやらないと」
私は背を向けた彼の服の裾にすがりつき、必死に懇願した。
「赤ちゃんが危ないの。今すぐ手術しなくちゃ……お願い、この子を助けて。あなたの子どもでしょう!」
陸は、心底うんざりしたという顔で、その手を振り払った。
「ただ出産するだけなのに、死にそうだなんて大袈裟だな。こんな時に理不尽なこと言うなよ。
今回のコンテストは、千鶴が民放キー局のオーディション最終選考に受かるかどうかがかかってるんだ。彼女のキャリアはこれで決まる!お前はそこで少し横になってて、すぐに済ませて戻るから」
その夜、私は手術台の上で、我が子を失った。
一方で、高宮千鶴(たかみや ちづる)のSNSには一枚の写真が投稿されていた。
楽屋で、陸が片膝をつき、彼女のドレスの裾を甲斐甲斐しく整えている姿。
添えられていたキャプションは、こうだった。
【騎士は、たとえ世界中を敵に回しても、お姫様が一番必要な時に必ず現れるものだわ】
私にだけ表示されたその投稿を見つめながら、私は静かに涙を拭い、陸に離婚協議書を突きつけた。