零れ落ちるこの人生
津田白弥(つだ しろや)が絵画大賞を掴んだとき、授賞式の生配信で司会者が聞いた。
「津田さん、この道のりで一番感謝したい人は誰ですか?」
白弥は迷わず私の名前を出した。昔、私に捨てられたからこそ今の自分がある、と。
そして、角膜を提供してくれた善意の人にも感謝を述べた。
司会者はわざと悪戯っぽく煽り、白弥に私へ電話して「受賞の喜びを分かち合いましょう」と仕向けた。
電話が繋がり、彼は冷たい声で言う。
「藤村舞雪(ふじむら まゆき)、俺はもう有名な画家で、資産も数十億円を超えてる。昔お前がこんなポテンシャルがある俺を捨てて、今になって後悔してるんじゃないのか?」
私は暗闇の中で手探りしながら丼を探し、麺のスープを一口すすってから真剣に答える。
「後悔してるよ。だからさ、今度二百万円くらいの海鮮フルコース奢ってくれる?」
「ピッ」という音とともに白弥は電話を切った。
通話終了の無機質な音を聞きながら、私は笑った。
しょっぱいスープを置き、私はケースから大切にしまってある角膜提供の契約書を取り出す。
彼は知らない。その角膜をあげたのは、私だということを。