幼馴染を選ぶはずの彼の心に、私が残っている
五年にも及ぶ熱愛の末、結婚式の当日に彼に置き去りにされた。九十九回も自殺未遂を繰り返す、あの幼馴染の機嫌を取るために行ってしまったのだ。
安藤明乃(あんとう あけの)はついに悟った。霧島岳(きりしま たける)の氷のような心を溶かすことなど、永遠にできはしないのだと。
彼女は未練をきっぱりと断ち切り、水南地方へと旅立って、人生をやり直す決心を固めた。
だが運命とは皮肉なものだ。泥酔の勢いで、海都圏で最も危険な男――実兄の宿敵である藤崎湊(ふじさき みなと)を自分から押し倒してしまった!
翌朝、明乃は忍び足で「犯行現場」から逃げ出そうとした。
しかし、大きな手が不意に足首を掴み、容赦なく柔らかなベッドへと引き戻された。
男の気だるげで禁欲的な声が耳元を掠め、白く冷ややかな首筋に残る生々しい噛み痕を、指先でつついた。
「明乃ちゃん、俺をつまみ食いして逃げる気?ここまでキスまみれにしておいて、責任取る気はないか?」
***
海都圏の誰もが知っている。藤崎家の当主、湊は冷徹で無欲、雲の上の存在であると。
だが、彼が宿敵の妹をずっと密かに想い続けていたことは、誰も知らない。
かくして神は祭壇から降り立ち、その執着は狂気へと染まった。
彼は二百億円を投じて古い町を丸ごと買い取って明乃に贈り、さらにほろ酔い彼女を腕の中に閉じ込める。バスローブを大きくはだけ、引き締まった美しい腹筋を晒しながら、低く甘い声で唆した。「明乃ちゃん、触ってみる?いい手触りだ」
明乃は沈黙した。
冷徹で禁欲的だなんて、話が違うじゃない。
湊が言った。「禁欲?それは他人に対してだ。お前に対してあるのは、欲だけだ。」