雾の彼方に愛を葬りて
「お前は露店のチャーハン女で、あの狂った黎斗が落ちぶれていた三年間、ずっと支えてきた女だってことは、誰もが知ってる。あいつはお前を命より大事にしてる。
偽装死させてあいつから離すことはできるが、リスクが大きすぎる。お前は俺に何を差し出せる?」
十鳥黎斗(じゅうとり くろと)の宿敵・鮫島朔也(さめじま さくや)はブランデーを口に含み、鶴谷桐乃(つるや きりの)を見つめる眼差しに嘲弄を浮かべた。
「鮫島さんがずっと欲しがっていたもの、私名義の十鳥グループ株の三割」
桐乃はかすれた声で静かに言った。
まるでスーパーの特売を口にするみたいに淡々と。
「条件はひとつ。出発前に、中絶手術を一度手配してほしい」
その一言に朔也は思わず息を呑み、嘲笑の色は瞬時に消え、驚愕だけが残った。
「正気か?!最近の黎斗のそばには愛人がついてるだろ、元婚約者だった女だ。家が没落して水商売に流れたって。
そもそも、上流社会の男に愛人や囲いがいるなんて珍しくもない。あの女が十鳥奥様の座を脅かすわけでもないんだろ?なぜ気にする?」