愛の終わり、帰る日のない場所へ
響音寺の境内は、読経の響きと人々の熱気で満ちあふれていた。
そんな中、望月明日香(もちづき あすか)も本堂の座布団にひざまずき、ひたすらに祈りを捧げいた。
「私、望月明日香は聖地へ向かいます。聖山を守り、二度と北嶺山地からは出ないことを誓います!」
その傍らで住職の藤原宗道(ふじわら そうどう)は質素な衣をまとう明日香を見つめた。「聖山朝霧は、最後の浄土だ。足を踏み入れるなら、執着を捨て、人の情けも欲もすべて断ち切らねばならぬ」
それを聞いて、明日香の瞳がわずかに揺れる。だがその奥にあるのは、すべてをあきらめたような静けさだった。
「はい、もう結婚も子供も望まない。すべての未練を捨てて、この身を捧げる覚悟はできているから!」
そんな彼女を見て宗道は目に憐れみの色を浮かべて言った。「聖山は空気も薄く、一年中凍えるほどの寒さだ。それだけ生活環境も厳しく、一度入れば、命尽きるまで聖地を守り続けねばならないのだ。
明日香、本当に覚悟はできているのか?」
だが、明日香は深くうなずいて言った。「はい。私は命あるかぎり一生を聖地に捧げるつもりよ!」
彼女の決意が固いのを見て、宗道もそれ以上引き止めなかった。「では3日の間、身を清めて待てなさい。その後、地元の者に聖山へ送らせよう」
明日香が向かう聖山朝霧は、仏教の聖地で、部外者が足を踏み入れることは許されていないのだ。
一旦聖地を守るために山に入れば、外の世界とは完全に切り離されてしまうことになる。
それはつまり、青木涼太(あおき りょうた)とも、もう一生、二度と会えなくなるということだった。