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第222話

作者: ルーシー
最初から最後まで、春日部家の誰一人として智也に正面から目を向けることはなかった。

彼の態度は決して悪くはなかったが、家族は誰も相手にしなかった。

智也は強いて求めようとはせず、ただ顔を向け直し、玲奈に穏やかに告げる。

「誕生日のお祝いは、あとで時間を作って改めてやろう。

今日はこれで失礼する」

玲奈は顔を上げ、まっすぐに彼を見た。

「必要ないわ」

智也は眉をひそめる。

「言うことを聞け」

彼女はなおも視線を外さず、言葉を継ごうとしたが、智也はすでに背を向け、会計へ向かって歩き出していた。

その時、拓海が声を掛ける。

「新垣社長、ちょっとお待ちを」

智也の足が止まる。

拓海は眉を上げ、余裕の笑みを浮かべて言った。

「この火鍋店、ついさっき俺が買い取ったんだ。

だから会計は不要。

今日の食事代は、俺のおごりだ」

智也は特に言葉を返さず、足早に店を出て行った。

玲奈はケーキを分け終えると、今度はフォークを配り始める。

母の直子は、娘を気遣って涙ぐみながら声を掛けた。

「玲奈、大丈夫なの?」

玲奈は肩をすくめ、淡々と答える。

「もう慣れたから」

家族が心配しているのは分かっていたが、本当にそれほど気にしてはいなかった。

彼女は場を和ませるように笑顔を作り、声を弾ませる。

「さあ、ケーキを食べましょう」

陽葵は口いっぱいにクリームをほおばりながら、無邪気に言った。

「おばちゃん、こんなに優しいんだから、きっといい人に出会えるよ。

そしたら私に、すっごく素敵なおじさんもできるんだ」

その言葉に玲奈は思わず笑ってしまう。

拓海はそれを聞き、急いで身を乗り出した。

「陽葵、じゃあおじさんはどうだ?

おじさんは?」

陽葵はフォークを噛んだまま、しばらく考え込み、ようやく口を開いた。

「おじさん、かっこいいのは確かだけど......かっこいい人って、リスクも高いよね」

拓海はにやりと笑う。

「でもおじさんは、ちょっと違うぞ」

陽葵は大真面目に頷いた。

「じゃあ、おじさん頑張って」

玲奈は二人のやり取りを聞きながら、隣の秋良の不機嫌そうな気配をひしひしと感じていた。

そこで彼女は言葉を添える。

「陽葵、おじさんとおばさんはただの友達なの」

陽葵は「ああ......」と肩を落とし、しょんぼりと答えた。

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コメント (2)
goodnovel comment avatar
まかろん
毎回拓海にたいしての態度が同じ 面白味にかけるので、言葉の掛け合いくらいうまくやってほしい ふざけてるとおもっえるなら、玲柰もふざけて見せるくらいの言葉遊びしてほしい 拒否ってばかりでつまんない
goodnovel comment avatar
煌原結唯
「言う事を聞け」って何さ 改めて誕生日を祝うって 敵ばかりの家で? 誰一人として心から祝う気ないぢゃん 智也だって光景を目の当たりにしてようやく 腐りきって完全記憶になかったぐらい
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