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第175話
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佐倉さん、もうやめて！月島さんはリセット人生を始めた 第201話
明日香は、兄の家ではなく、学校の寮に住もうと考えていたが、学校も来週からは冬休みに入る。クリスマスが過ぎれば、すぐに冬休みがやってくる。ガーデンレジデンスのエントランス前。すでにウメと珠子が待っているのが、車窓越しに見えた。車が止まると、ウメが真っ先に駆け寄り、後部座席のドアを勢いよく開けた。車を降りた明日香に、ウメはすぐに歩み寄って、その手を掴んだ。包帯の巻かれた傷を見て、顔を曇らせる。「ちょっと見せてください！......もう、どうしてこんな怪我を......！」「大丈夫、ほんのちょっと皮が剥けただけ。痛みもないし、すぐ治るから」明日香はそう言いながら、穏やかに微笑んで見せた。珠子も近づき、ほっとしたように声をかけた。「明日香ちゃん、部屋の準備できたよ。私と同じ部屋でごめんね。飾りつけ、気に入ってくれるといいんだけど......」そう言いながら、自然と明日香の腕に自分の腕を絡めた。「......うん、わかった」明日香は特に感情を込めずに答えた。幼い頃から、部屋はいつも一人で使ってきた。誰かと寝起きを共にする習慣はなかったが、だからといって、今さら嫌だとも言えなかった。部屋に着くと、珠子はドアロックの暗証番号を教えてくれた。部屋の中には、もともとあったベッドの隣に、新しいベッドが一台追加されていた。ベッドシーツやカーテンは、ウメが明日香の好みに合わせて選んだものらしく、ピンクを基調とした柔らかな色合いで揃えられていた。その枕元には、誕生日に欲しがっていたピンクのクマのぬいぐるみがそっと置かれている。よく見ると、珠子のベッドにも、全く同じクマが同じ位置に並べられていた。他人の世話になっている身として、「気に入らない」とは言えなかった。だから明日香は、少し表情を和らげて言った。「ありがとう。すごく気に入った」珠子の顔がぱっと明るくなった。「よかったぁ。実はね、私もウメも、気に入らなかったらどうしようって心配してたの。まだ本調子じゃないんだから、今日はゆっくり休んで。荷物は私とウメで片づけるから」「ううん、もう平気。自分でやるよ」「じゃあ、一緒に片付けよう！」明日香は頷いた。断ったら悪い気がしたし、心のどこかで、少しだけその言葉が嬉しかった。荷解きが終わる頃には、クローゼット
佐倉さん、もうやめて！月島さんはリセット人生を始めた 第200話
明日香が目を覚ましたのは、週末の朝だった。夢の中では、まるで全身を揺さぶるような大災害を体験したかのような疲労感に包まれていた。パジャマは汗でじっとりと濡れ、体は炉のように熱を帯びている。階段を上ってきた芳江が、息を切らしながらお粥を持って現れた。五階までの道のりは、年老いた体にはあまりに堪える。だが、明日香のためならと、彼女は一歩ずつ階段を上ってきたのだった。明日香はぼんやりとベッドに座り、どこか遠くを見つめていた。その瞳には光がなく、魂をどこかに置き忘れたような虚ろな表情を浮かべている。芳江が部屋に入っても、明日香はすぐには気づかなかった。ようやく声をかけると、明日香はわずかに反応し、顔をこちらに向けた。「お嬢様、一日一晩、ずーっと眠っとられましたわ。ちょっとでも、何か口にしてくださいましね」涙を含んだような潤んだ瞳で、明日香は芳江を見つめた。「......昨日、警察が家に来たけど......お父さんには、何て？」「詳しゅうは分からんのじゃけど、旦那様は『この件は必ず落ち着かせる』って仰せじゃったわ。お嬢様にナイフを向けた相手を、絶対に許さんとも......」明日香は再び視線を落とし、包帯で覆われた自分の手を見つめた。思い返すまでもない。宏司の運命はもう決まっている。康生が動くなら、その報いは何倍にもなって返されるだろう。たとえ刑務所に入ったとしても、宏司が安らかに過ごせることはない。苦しみと後悔に満ちた日々が、これから待ち受けている。だが、それを知っていながらも、明日香には何一つ変えることはできなかった。お粥の碗を手に取ったが、傷の縫い目が引きつるたびに鈍い痛みが走り、食べるのも一苦労だった。芳江が部屋を出ていった後、ふと部屋の中に違和感を覚え、明日香は周囲を見渡した。家具がいくつか消え、壁に飾られていた絵もすべてなくなっている。「......芳江さん、壁にかかってた絵、どこに行ったの？」芳江は、はっと何かを思い出したように答えた。「そうそう、お嬢様がこの部屋に引っ越してきてから、災難が続いとるじゃろ？そんで旦那様が、『この部屋の風水が悪いんじゃないか』ってお考えになって......数日後に部屋の改装をすることになったんよ」明日香の手が小さく震えた。「......改装の間、私は
佐倉さん、もうやめて！月島さんはリセット人生を始めた 第199話
「了解しましたぁ、今すぐ行ってきまっせ」芳江は小さく呟くと、足音も静かに部屋を後にした。いったい何があったんじゃろ？昨夜、帰った時からお嬢さんの様子がようけおかしかった。今朝は熱まで出して寝込んどる。また何か、とんでもないこと巻き込まれたんじゃろか。そんな不安を胸に、顔を上げた瞬間だった。いつの間にか背後に人の気配があり、そこに立っていた遼一の姿に、芳江は思わず小さく声を上げた。「あらまあ......遼一様。お嬢さんにお会いになりまっか？」芳江は慌てて笑顔をつくると、気遣うように言葉を続けた。「お嬢さんは、今ちょうどお休み中でしてぇ。湯たんぽを用意いたしやすね」だが、それを遮るように、遼一の声が冷たく響いた。「昨夜、警察署にいたのか？」芳江は言葉を飲み込んだまま、ただ黙って頷いた。その鋭い視線に圧倒され、もう何も隠せないと観念して、昨夜の出来事をぽつぽつと語り出した。「昨夜、十一時ごろにお嬢さんから電話がありましてぇ......迎えに来てほしいって。詳しいことは何も言わんと、慌てた様子じゃったんよ。現地に着いたら、手に怪我しとって......そのまま戻ると、旦那様にようけ叱られて......お部屋に籠もられましたわ。今朝、心配で様子を見に行ったら、ああいう状態で......おそらく、何かに怯えていらっしゃるんじゃろと思います」「なぜ、俺に連絡しなかった？」低く鋭い問いに、芳江は困ったように眉を下げた。「それは......お嬢さんのご意向でしてぇ。遼一様とはあまり親しくないけぇ、これ以上ご迷惑おかけしたくないって......」迷惑をかけたくない、だと？これまでに明日香が引き起こしてきた問題を思えば、今さら何を遠慮しているのか。その一言で、すべてを断ち切るつもりなのか。だが、彼らの間にある絆は、明日香の一存で簡単に切れるものではない。遼一は無言で部屋に入ると、ベッドに近づき、明日香の手に目を落とした。そして、腕へと視線を移す。そこには、見る者の心を刺すような傷痕が刻まれていた。既に傷口はふさがり、瘡蓋も取れていたが、皮膚はまだ赤みを帯び、ムカデのような醜い跡が残っていた。「......心配になった？」その声は、扉の外から届いた。振り返ると、江口が現れていた。この日は椿模様
佐倉さん、もうやめて！月島さんはリセット人生を始めた 第198話
真帆が明日香に告げたのは、衝撃的な事実だった。あの日、海から明日香を助け上げたのは遼一ではなかった。救ったのは、なんと淳也だったというのだ。明日香は、淳也が自分をどれほど嫌っているか、よく知っていた。クラスでいじめに遭っていたとき、最も激しく彼女を標的にしたのが淳也だった。そのせいで、明日香は心を病み、ついにはクラス替えにまで追い込まれたのだ。でも、それが本当だったのなら、彼が以前、唐突に口にした意味不明な言葉の数々も、すべて筋が通る気がした。「ああ、そうだったんだ......」明日香はひとり静かに、納得してしまっていた。やがて真帆が去り、部屋には明日香と宏司だけが残された。間もなくして、女性警官が監禁室から現れ、明日香を中へ呼び入れた。手錠をかけられた宏司が、対面の椅子に座っている。「話しなさい。なぜ、この子を刺したのか」女性警官の声は鋭く、冷たかった。「すべて......すべて、こいつのせいだ......！」宏司の声が突然、怒りに満ちて荒れ狂う。目を血走らせ、まるで今にも明日香を引き裂かんばかりの勢いで叫んだ。「黙りなさい！」女性警官が一喝するように叱責し、宏司を椅子へ押し戻した。明日香は微かに震えながらも、冷静を装って宏司の目を見据えた。そこには、隠しきれない殺意が滲んでいた。「......私たちはほとんど接点がなかったはず。オリンピック数学チームのことで私を恨んでいるのなら、そう言えばいい。私はあのチームに入ることが人生の目標だったわけじゃない。あなたには、あなたの未来があった。それなのに、どうしてそれを自分で壊したの？見て、あなたがしたことを」「黙れぇぇっ！！お前に何が分かる！お前さえ来なければ......お前が6組に来なければ、俺は追い出されることもなかった！奨学金さえ取れていれば、母さんは......母さんは助かったかもしれなかったんだ！！」宏司の声は怒りと悔しさと絶望でぐちゃぐちゃになっていた。「でも......でも、お前のせいで、奨学金を逃して、推薦も取り消された。そして母さんは......電話を受けたその瞬間に情緒が崩れて、倒れたまま......！俺は最期の姿すら見られなかったんだ！！」その叫びを聞いた明日香は、言葉を失った。「明日香......お前、本当に疫病神だ！
佐倉さん、もうやめて！月島さんはリセット人生を始めた 第197話
携帯の着信音が鳴り響いた瞬間、遼一の手が止まった。ポケットから携帯を取り出すと、着信はすでに途切れていた。黒曜石のような深い瞳を落とし、画面に表示された未接の番号を確認する。その眼差しに、ふと翳りが射した。その頃、警察署にて。明日香は警察官がかけようとしていた電話を、すんでのところで切ってしまった。彼女は、その電話がたしかに遼一の携帯を数秒間鳴らしていたことには気づいていなかった。「お巡りさん、この件は......私と同級生の、ちょっとした冗談なんです。本当に大したことじゃないんです、ほら、見ての通り私も大丈夫ですし。だから......こんな時間に家族を呼ばないでください」「冗談？同級生が冗談でナイフ振りかざして人を刺すか？」警官の鋭い視線が、明日香の手の甲に巻かれた包帯へと向けられた。「もしあの場に助けがなかったら、君は今ごろ病院の手術室にいたかもしれないんだぞ？これは立派な傷害事件だ。家族に引き取りに来てもらわないと話にならん。それと、そこの君たちもだ。前に釈放されたばかりなのに、また顔を見せに来るとはどういう了見だ？」壁際には、一列に並ぶ数人の若者たち。その中でも、真っ赤な髪と鮮やかな緑髪の二人はひときわ目立っていた。中央に立つのは、革ジャンに革パン、タトゥーをちらつかせた少女。見るからに社会と馴染まぬ雰囲気を纏っている。彼らは、明日香がかつて桃源村で出会った面々だった。名前を知っているのは、その中でただ一人――真帆だけ。いずれも淳也とつるんでいた連中だ。「君たちの態度が良かったから、今回だけは大目に見てやる」赤髪と緑髪の二人は同時に頭を下げ、愛想よく言った。「ありがとうございます！これからは真面目に生きます！社会に貢献する模範市民を目指します！」「模範市民だと？だったらまずその奇抜な髪の色をどうにかしろ。そんな格好じゃ誰も信用せんぞ。それから......君。家族を呼ばない限り、ここに残ってもらうからな」そう言って、警官は明日香をじっと見据えた。明日香の怪我は明らかに重大だった。本気で追及されれば、宏司は刑務所送りになってもおかしくない。実際、それほどの暴力行為だったのだ。思い返せば、明日香はその日、ピアノレッスンの帰り道、ふと甘いものが食べたくなって屋台に立ち寄り、お菓子を買って歩い
佐倉さん、もうやめて！月島さんはリセット人生を始めた 第196話
珠子が明日香を呼び止めたのは、特別な用事ではなく、ただ薬の箱を渡すためだった。それはウメが彼女に持っていくよう頼んだもので、珠子自身の判断ではないという。もしそれがウメの手から直接渡されたものでなければ、明日香も簡単には受け取らなかっただろう。なにせ珠子は遼一の側の人間で、その薬が本当に何なのか、疑う余地は十分にあった。明日香は「ありがとう」とだけ告げると、遥と並んで食堂へと向かった。一方、静香はまだ明日香と話す機会もないまま、遠ざかっていく彼女の背中を見つめて、ため息を漏らした。「明日香ってさ、ほんと、どんどん遠い存在になってく感じ......私なんて、彼女の半分くらい優秀だったらもう満足なのに。うちの父なんか、毎日文句ばっかりだよ。こんな娘を連れて歩くのが恥ずかしいって」珠子はふと視線を落とし、何を考えているのか読み取れない表情のまま、口元に薄く笑みを浮かべた。「そう？でも、静香だって努力すれば明日香みたいになれるんじゃない？6組に進めるかもしれないし」さらりとしたその言葉に、静香は一瞬きょとんとし、微妙な笑みを浮かべた。明日香はいつものように、清治の特別授業を受けに実習棟へ向かっていた。清治の指導は確かに的確で、生徒一人一人の弱点に応じた学習プランを作ってくれる。ただ、明日香が知る限り、彼が自分に与える課題は明らかに他の生徒よりも難しく、場合によってはまだ学んでいない範囲にまで及んでいた。前に渡された問題集も、半分しか解けなかった。残りは図書館で参考書を漁って、自分でなんとか補った。実習棟の手前で、明日香がぽつりと口を開いた。「最近、宏司くん、学校に来てないみたいだけど......何かあったのかな？」遥は面倒くさそうに髪をかき上げながら答えた。「さあ......家の用事でもあるんじゃない？でも、私の勘だけど、お母さんの看病してるんじゃないかな」「......宏司くんのお母さん、体調悪くなったの？」「詳しいことは知らないけどね。ていうか、どうして気にしてるの？」明日香は柔らかな笑みを浮かべた。「別に。ただ、ちょっと気になっただけ」深く考えることもなく、そのまま二人は実習棟の中へ入っていった。夜が更け、時計の針が9時30分を指していた。リビングにはまだ明かりが灯っている。ウメは手作
