バラルデール帝国の皇帝になり、半年で早く妻を娶るようにと周囲が煩くなった。
半年前、皇帝であった父が亡くなったのは間違いなく暗殺だ。
父アルガルデ・バラルデールは保守的で、好戦的なレイモンド・プルメル公爵と度々対立した。父の死因は心不全とされているが、俺はレイモンド・プルメル公爵が裏で手を引いたと思っている。
若くして公爵位を継いだレイモンド・プルメルは、貴族派の筆頭で宰相職にもついていて強い発言力を持っている。
父、アルガルデ・バラルデールは高齢で政務から離れ気味にもなっていたので、レイモンド・プルメル公爵が俺の留守中には皇帝のように振る舞っているとも聞いていた。
俺がレンダース領の暴動を鎮める為に遠征している時に、父の死の知らせが届いた。
バラルデール帝国に戻るなり、俺は皇帝に即位した。俺はどこか壊れているようで、人を切ることに何の躊躇いもなかった。
むしろ、窮屈な皇城でくだらない貴族の権力争いを見ていると戦場に出たくなった。
たかだか、辺境の領地の暴動鎮圧に俺が出向いたのは暴れたくなったからだ。 まさか、俺の留守中に父が亡くなるとは思っても見なかった。俺の荒っぽさは皇太子時代からバラルデール帝国だけでなく世界中に伝わっていて、皇帝になると「暴君」と影で囁かれるようになった。
そして、最近何やらマルテキーズ王国周辺が騒がしい。 その元凶がランサルト・マルテキーズ国王だ。野心家の彼は国民に徴兵の義務を化し、屈強な軍隊を作った。
彼の息子であるマルセル・マルテキーズも計略に長けている。そして、絶世の美女と噂の彼の娘、モニカ・マルテキーズは「魔性の悪女」との異名まである恐ろしい女だ。
騙されていると分かっても、各国の政府の要人は彼女にはまり機密情報を漏らしてしまうらしい。
「陛下、恐縮ですが、そろそろ妻を娶られませんと後継者の問題もありますし帝国民に不安が広がります」
レイモンド・プルメル公爵がに妻を娶るようにとしつこく迫ってくる。
そして、次に彼は自分の娘である俺と同じ歳のマリリン・プルメル公女を薦めてくるだろう。マリリンもプルメル公爵に似て野心家で、幼い頃から俺に擦り寄ってきた。
父親と同じ銀髪に紫色の瞳をしていて顔立ちも似ているので、たまに公爵が女装して纏わりついて来ているように錯覚しゾッとした。
いつも彼女は甘ったるい香水をつけているが、匂いがきつくて近寄られると吐きそうになる。
(まあ、マリリン以外の女もみんな臭い女ばかりで⋯⋯不快だ)
「女は好きじゃないんだ」
「陛下が男をお好みだとしても、お飾りの女は必要だと思います。マリリンであれば立場をわきまえ、口を噤むと思います」俺は自分の耳を疑った。
俺が21歳まで女の噂がなかったせいで、どうやら男が好きだと疑われ始めている。俺は女も嫌いだが、男も嫌いだ。
信頼できる人間など1人もいない。 皆、足の引っ張り合いをし、おべっかを使い擦り寄りながら裏で馬鹿にしている。唯一、愛おしいと思える人間は、まだ4歳の弟のカイザーだけだ。
彼は母親が罪人として処刑された事にも気が付いていない幼い子で、俺が守ってあげなければならない。
カイザーの母、エステラ・アーデンは17年前にバラルデール王国の皇妃になった。
彼女は、皇后である俺の母タルシア・バラルデールに毒を盛った罪が明らかになり処刑された。
(もっと早くエステラ・アーデンの悪事に気がついていれば、母上の体調もここまで悪化しなかった⋯⋯)
母は、エステラ皇妃に毒を長期に渡り盛られ続けたことで、今は死の淵を彷徨っている。
「俺はプルメル公爵の娘には全く唆られないんだ。そうだな、絶世の美女と名高いモニカ・マルテキーズなら妻にしても良いぞ」
「陛下、ご冗談を⋯⋯魔性の悪女を妻にするなど帝国に爆弾を持ち込むようなものです」
「でも、勃たなかったら、子供もできないだろ」 勝手に男色扱いしてきて、何かにつけて娘を薦めるレイモンド・プルメル公爵がむかついたので俺はモニカ・マルテキーズを妻にすることにした。彼女のような危険な女を皇帝と同等の地位である皇后にするのは自殺行為だ。
だから、俺は彼女を皇妃として迎えることにした。馬車から飛び降りてきたモニカ・マルテキーズを見た時は、妖精が飛び出してきたのかと目を疑った。
ふわっと舞い上がる艶やかなプラチナブロンドの髪に、澄んだ空色の瞳。
一瞬で心を持ってかれそうになり、俺は警戒心を強めた。俺は彼女しか妻を娶る気がなかったので、結婚式を予定していたが中止することにした。
彼女のウェディングドレス姿は女神のように美しいだろう。
見惚れて彼女に取り込まれる機会は少なくした方が良い。 房事の話をしながら、自分が彼女に溺れたら帝国は終わると自分に言い聞かせた。モニカ・マルテキーズに出す食事にはクレアに指示して、スレラリ草を擦り付けてから出させた。
スレラリ草は女性が食べると不妊になる帝国由来の毒草だ。母も長きに渡りスレラリ草を皇妃からお茶に煎じて飲まされていた。
それゆえ、母は父から寵愛を受けていたが俺以外の子ができなかった。俺はモニカ・マルテキーズに皇族を産ませるつもりはなかった。
そもそも、俺は子供を作るつもりがない。
俺が子を作らなければ、カイザーが俺の後に皇位を継げるだろう。
罪人の息子の彼に皇位を継がせるのは反対があるだろうが、彼しか選択肢がないなら貴族たちは受け入れるしかない。
彼女が連れてきた、専属メイドと護衛騎士は念の為、冬の塔に拘束した。
俺が暗殺者であるクレアをメイドとしてモニカの側に置いたように、彼女の連れてきた2人もおそらく普通のメイドや騎士ではないはずだ。
これから、モニカ・マルテキーズを抱くと思うと、女を抱くのは初めてでもないのに異常に緊張した。
気が付くと気配を消して、音を立てないようそっと彼女の部屋の扉を開けた。
ベッドに、繊細なレースの重なったネグリジェを着たモニカ・マルテキーズが寝そべっている。
まるでその姿が雲の上で眠っている天使のようで見惚れてしまった。サインをさせるつもりで持ってきた結婚誓約書は、思わず手から離れて床に落ちていく。
息を止め近づくと、彼女は目を瞑り自分は幸せだと呟いていた。
俺は彼女をもっと危険な香りのする女だと思っていた。
しかし、目をそっと開いた彼女の空色の瞳はとても無垢な色をしている。
(ダメだ⋯⋯俺がこの女に堕ちたら帝国は終わる)俺は女の香油の匂いがどぎつくて嫌いだが、彼女からはふわっと甘い桃の香りがする。
体も全て桃のように甘く、俺は彼女が自分をモモと呼ばせようとした訳を知った。 (魔性の悪女だ⋯⋯本当に気をつけないと⋯⋯)「陛下、房事は月に1回なのですか? 私はもっと沢山陛下と一緒にいたいです。陛下の温もりと香りに触れていたいのです」
(それは、俺もだ⋯⋯)
一瞬、頭に浮かんだ考えを首を振って掻き消した。彼女は俺の子を産んで、その子を後継者に指名させた後に俺を暗殺する気なのだろう。
そうすれば、1番簡単にマルテキーズ王国がバラルデール帝国を乗っ取れる。
(自分の体まで使って、なんて毒婦だ⋯⋯⋯)「バラルデール帝国の皇妃になる女がそのような事を言うなんて、はしたないと思え。房事の回数は変えるつもりはない」
俺がガウンを着て立ち去ろうとした時、床に結婚誓約書が落ちているのが見えた。
本来ならば、結婚誓約書は結婚式の時にサインするものだ。「結婚誓約書を机に置いておくから、後でサインして提出するように」
机に結婚契約書を置いて立ち去ろうとすると、シーツを体に巻きつけた彼女がすぐ後ろまで来ていた。(気配を消していた? やはり、普通の女ではない⋯⋯)
「早く、陛下の妻になりたいので今サインします」
頬を桃色に染めて、彼女は羽ペンにインクをつけてサインをし出した。
その横顔はうっすらと微笑んでいて、真っ白なウェディングスドレスを着ている女神のように見えた。 はらりと体に巻きつけているシーツがはだけそうになり、慌てておさえてやった。「ありがとうございます。陛下は、お優しいですね。サインしました。宜しくお願いします。ご主人様」
ご主人様などと変な呼び方をしてきたので注意をしようとしたが、彼女が俺を慕うような目で見つめてきて気がつけば許していた。
結婚誓約書には既にサインしてあった俺の名前の隣に、彼女の名前が書いてあった。
(衝撃だ⋯⋯見た目からは想像できない字の汚さだ⋯⋯)俺は危険とまで恐れられる彼女の欠点を見つけてしまったことで、愛おしさが込み上げてきた。
思わず彼女を抱きしめ、口づけをしてしまう。
(甘い桃の味がする気がする⋯⋯)俺が唇を離して目を開けると、彼女も目を開けて美しい空色の瞳を見せた。
「いや⋯⋯これは、略式の誓いの口づけだ⋯⋯」
謎の弁明をした俺の頬を包み込み、彼女が唇をぺろりと舌で舐めてくる。
俺はそのような誘惑の仕方をされたことがなくて、絶句してしまった。「陛下、もっと一緒にいたいです⋯⋯」
女神が俺にもっと天国で遊んでいきませんかと誘惑してくる。 しかし、本当にあの世の天国に行く危険性を俺はしっかりと察知していた。「今日は長旅で疲れているだろうし、俺はここで失礼する」
立ち去ろうとした俺のガウンの裾を彼女が引っ張った。「朝まで一緒にいてください。陛下の温もりと香りを記憶に留めておきたいのです」
俺は気がつけば彼女に操られるように彼女の体を抱き上げ、ベッドにゆっくりとおろしていた。
(操られている⋯⋯なんだ、この力は⋯⋯)本当の悪女とは天使のような顔をしているのだ。
そして、まるで俺を慕っているように擦り寄ってくる。他の女に同じ事をされたら絶対に不快なのに、俺の胸は高鳴りと共に心は喜び踊っていた。
俺は無言で彼女の隣に横たわり、目を瞑った。
「お休みなさい。陛下⋯⋯良い夢を⋯⋯」
眠れるわけがなかった。
彼女は俺の命をおそらく狙っている存在だ。そして、彼女の天使のような寝顔を見ていると、彼女になら殺されても良いというおかしな考えが生まれる。
「ルイ⋯⋯ルイ⋯⋯」
俺に隣で寝て欲しいとねだりながら、他の男の名を切なそうに寝言で呼んでいる彼女の正体は悪魔だ。
モニカとカイザーが驚く程、仲良くなっていて驚いた。 カイザーがこれ程、気を許すのは珍しい。 モニカは優しそうに微笑んでいて本当に聖母のようだ。 俺の前では気まずそうに強張っている事が増えていたのに、出会った頃のように柔らかい表情をしている。 俺のことも名前で呼んで欲しいと言ったら、「アレク」と愛称で呼ばれて心臓が止まりそうになった。 今まで誰も俺を愛称で呼んだ人間はいない。 両親も俺を帝国の次期皇帝として見ていて、どこか距離をとって接していた。 彼女が歩みよってくれたのが嬉しくて、「モモ」と呼んでみたら嬉しそう微笑んでくれた。 3人で過ごしていると、カイザーが歳が離れているせいかまるで親子で散歩しているような気持ちになった。「カイザー、こんなところにカブトムシがいました。森に行かないと中々お目にかかれない方ですよ」 モニカが手の上に焦茶色の虫を乗せて、爛々とした表情をしている。「カブトムシという虫なんですね。汚くはないのですか?」「虫の王様です。アレクと同じですよ!」「あ、兄上と⋯⋯それは失礼致しました。」 俺はよくわからない虫と同格にされてしまった。 それでも、全然嫌じゃないのはモモがその虫を尊重しているからだ。 モモは不思議な女だ。 花や子供の前では、本当に屈託ない笑顔を見せる。 俺は花の名前を全く知ろうとしたことがなかったが、モモはとても詳しかった。 カイザーに花について説明している姿は、まるで子に新しい世界を見せたい母のようだった。(子供か⋯⋯モニカは本当にもう子供を持てないのか?) 俺はモモがもう逃げようとしていないと信用していた。 約束をしても守らないのは俺の方だった。 今までの彼女の行動を見ると、俺の方がずっと約束も守らず彼女を振り回して来たのだと反省した。 自分の行動を省みることなど、モモと出会わなければ一生なかったことだ。 俺はとにかくモモと一緒にいたくて、
陛下が犬のモモだった私を肯定してくれたようで嬉しくなった。「本当にお花が綺麗てすね。紫陽花、桔梗、ブーゲンビリアにサルビア⋯⋯陛下はどのお花が好きですか?」 「俺が好きなのはモニカだ。君は本当に花が好きなんだな」 どの花が好きか聞いたのに、私が好きだと返してくる陛下ははなに興味がなさそうだ。 花が好きになったのはルイのお母さんがきっかけだ。 私を捨てた方だけれど、ルイの事を心から愛してたのが犬の私から見てもわかった。 悪いおじさんに噛みついた私をルイの安全の為にも遠ざけなければいけないと思ったのだろう。「陛下⋯⋯ミレーゼ子爵だけでなく、スラーデン伯爵の尻尾を掴まねばなりません。武器の横流しに関しても絡んでるかと思います。伯爵に接触してみようと思います⋯⋯」「ダメだ⋯⋯他の男に近づかないでくれ。スラーデン伯爵については俺が探るから」 陛下にまだ信用されてない気がした。 私は彼がずっと一緒にいたいと言った以上、主人となる彼に尽くそうと思っていた。「分かりました⋯⋯あっ! カイザー! お庭にいたのですね」私はカイザーがいたので駆け寄った。「兄上、義姉上お2人揃ってどうしたのですか?」「あなたに会いにきたのですよ」 私はカイザーに駆け寄り抱きしめた。 カイザーも私をギュッと抱きしめ返してくる。 実は私と彼はかなり仲良くなっていて、彼を名前で呼ぶことを許されていたのだ。「義姉上は実は寂しがり屋ですよね」5歳の子から言われた言葉にドキッとするが本質をつかれている気がする。「そうですよ。だから、もっと私の相手をしてくださいね」ふわふわと風に靡くカイザーの髪を撫でる。このような事も人間になったからできることだ。「モニカ、俺のことも名前で呼んで欲しいな」「アレク、じゃあ、これから私は陛下をアレクと呼びますね」私の言葉に陛下は驚いている。それでも、私はこのチャンスを逃したくなかった。今、貴族たちが寵愛を得ていない皇妃など
俺もエステラ・アーデンの罪をカイザーの罪とは思っていない。 俺がジョージア・プルメル公子に死んで欲しかったのは、モニカと親密だったからで完全に私怨からだ。「あの死体は誰なんだ」「クレアです」 微笑みを称えながら応えるモニカに、俺は自分も同じように恨まれていることが予想できた。 自分に毒を盛った人間を処刑したのだから、当然指示した俺のことも殺したいくらい憎いのだろう。 「私は先程もお伝えした通り覚悟を決めています。反逆者一族の人間を逃しました。それは極刑に値する大罪です」 目を瞑って俺に委ねるように沙汰を待つ彼女は本当にずるい女だ。 俺は彼女を手放せない。 無垢で、残酷で、賢くて愛おしくて仕方がない俺の妻だ。「モニカ⋯⋯君に罰を与えるよ。一生君が憎くてたまらない俺の隣で過ごすんだ⋯⋯」 俺は自分の願望だけを伝えて、彼女に口づけをした。 彼女が誰を好きだとか、本当は俺の敵だとかどうでも良い。 ただ、一緒にずっといたくて、彼女の笑顔がまた見たいだけだ。「一生ですか? 本当にずっと私と一緒にいたいと思っているのですか?」「だから、そう言ってる⋯⋯モニカ、君を心から愛している」 モニカがゆっくり目を開ける。 本当に無垢な色をした瞳だ。 俺は彼女の瞳が幸せそうに輝いていた瞬間を知っている。 彼女はもっと明らかに好意的な目で俺を見ていてくれていた。 今は、俺を見ると呆れたように直ぐに目を逸す。「一時的にそう思っているだけで、陛下は私を愛してなどいませんよ」「どうして、そう思うんだ⋯⋯」 感じたことのないような強い感情で彼女を求めているのに、彼女は全く俺の気持ちを信じない。 確かに、彼女に酷い事ばかりしてきた自覚はある。 本当は最初から彼女に惹かれていて、その気持ちは日に日に溢れて今抑えきれなくなったと言っても信じてもらえないだろう。 俺自身初めての感情で全くどう扱って良いか分からなかった。
モニカを連れ戻して、髪を切って貰い少しは心が近くなった気がしていた。「皇妃殿下が動きました⋯⋯」 俺は自分が愛していると言っているのに、彼女がまだ逃げて行く理由を理解していなかった。 昔から母に欲したものは全て手に入ると教えられて来て、実際にその通りだった。 対して欲してないものも、気がつけば自分の手の中にあった。 でも、今、欲しくて気が狂いそうなのに、モニカは俺から逃げて行こうとする。 真っ暗な庭園で、護衛騎士を籠絡するモニカは見た事もないくらい妖艶だった。 (本当に魔性の悪女だな⋯⋯) 俺の事を名前で呼びもしない彼女が、恋人のように騎士を名前で呼んでいるのは演技だからだ。 そう理解した時にモニカは俺の前では演技をしないで、本当に最初は慕ってくれていたのではないかとほのかな望みを抱いた。 俺は彼女に俺を慕っていた気持ちを思い出して欲しくて、彼女を抱こうとしたが拒絶された。 そして、彼女がまだ1ヶ月程度しかバラルデール帝国にいないのに、俺以上に帝国の問題点に目を向けていることに驚いた。 彼女は恐ろしく頭が切れる。 その割に出口の鍵を持たずに隠し通路に入ったり、先程も裸足で城門の外へ逃亡しようとしていた。 なんだか、彼女の行動は行き当たりばったりに見える事もある。(全く目が離せないな⋯⋯) 朝食の時に、彼女が俺を見限った訳を知った。 彼女は俺のせいで死に掛け、おそらく一生子供が産めない体になった。(子供が欲しいのに、もう叶わないと泣きそうな顔で叫んでたな⋯⋯) 俺を愛することは不可能だから離縁して欲しいと言われても、俺は彼女を手放せない。 スレラリ草の毒の解毒方法については、母が死にかけた時に散々研究したが見つからなかった。 俺は母の墓を掘り返し、その肉体を切り刻んでもモニカの体を回復させる方法を探るだろう。 色々な顔を見せて不安にさせるモニカだが、俺の子ができているかも知れないと嬉しそうにしていた彼女の姿は本物だった。
「今日はジャガイモのスープなんですね」「あの時はすまなかった⋯⋯」 陛下はかぼちゃのスープをひっくり返した時のことを謝っているのだろう。 あの時はスープから草の匂いがした。 陛下が途中でスレラリ草の毒を私に盛るのを控えた。 その心境の変化がなぜ起こったのかは私には分からない。「スレラリ草の毒をモニカが摂取してしまったのは、たったの2回だ。だから、そのように不妊だと思い詰めることはないと思うのだが⋯⋯」 私は何も状況を理解していない陛下にため息をついた。「陛下のお母様は紅茶にスレラリ草の毒を忍ばせられ飲まされています。湯を通して毒の成分は100分の1程度まで分解されています。対して、私は直接草を擦り付けた食材を摂取しています」「100倍の毒素?」「私が死んでないから信じられませんか? 私がサンダース卿のナイフで倒れた時、あのナイフには毒が塗ってありました。陛下が私が1週間意識がなかったと言ってましたよね。私はあの毒には免疫があるはずなので不思議に思ったのです。私が1週間目覚めなかったのはスレラリ草の毒の影響です」 ここまで言えば理解してもらえるだろう。 私はナイフに塗られていたマルネスの毒には耐性があった。 即効性のあるマルネスの毒に対し、スレラリ草は遅効性の毒。 私を1週間目覚めさせなかったのはスレラリ草の毒の影響だ。 あの時、私の体の中で何が起こっていたかは分からないが、母が鍛えてくれたこの体が私を殺そうとした毒に打ち勝ってくれた。 私は自分が死ななかった事に感謝して、自分の子を持つことは一生諦めなければならない。(なぜ私は自分をこのような体にした男と一緒にいるのだろう⋯⋯)「モニカ⋯⋯もし、君が子を持てなくても僕は君を愛している」「どうしてですか? 私をずっと避け続けていたではないですか。それに、私に陛下を愛することは不可能です。私の心に少しでも寄り添ってくれるなら、離縁してください」「それは、できない⋯⋯」 掠れた声で絞り出すように伝えてくる陛下は、
陛下が私をじっと見つめて口づけをしようとしてくるので、私は思わず避けた。「私を抱かないのではないのですか?」「寒いから強く抱きしめて欲しいと言っていたではないか? それに、俺も魔性の悪女に惑わされて見ようと思ってな」「私は悪女ではありません。自分の皇城脱出という目的の為に自分の持つ女の武器を使っただけです。反省すべきは、バラルデール帝国の夜間警護の騎士が自分の役割を瞬間でも忘れてしまう平和ボケ加減ではないですか?」 私はベッドから立ち上がり、このバラルデール帝国の問題点を彼に説いた。「戦場に赴く第1騎士団などと違い、主に警護や護衛にあたる近衛騎士は危機感が足りません。帝国の皇城を攻められる事など想定していないのが丸わかりです」 バラルデール帝国は世界一の強国だ。 確かに1カ国でこの国を落とすのは不可能だろう。「なぜ、今、真夜中の部屋に2人きりだというのに、そのような色気のない話をしているのだ?」 陛下は先程まで怒りのままに私を抱こうとしていたが、今は笑っている。 ベッドに座って、どうやら私の話を聞いてくれそうだ。 この1ヶ月で帝国のあらゆる問題点に私は気がついた。 「なぜ、レイモンド・プルメル公爵が先皇陛下を暗殺したか分かりますか? それは政治の方向性が違ったからではありません。陛下を1日でも早く皇帝にする為です」「どういう事だ?」「陛下は争いがあると城を空けて戦場にいきます。その時は帝国一の第1騎士団を連れて行きます。もし、その間に真夜中皇城が奇襲攻撃に遭ったらどうしますか?」「一体、どこの小国が帝国に奇襲攻撃を仕掛けてくるというのだ」「まず、陛下を暴君に仕立て上げます。そして、その暴君を倒すという体で周辺諸国に働きをかけます。レイモンド・プルメル公爵は他国をの武力を借りて、帝国を乗っ取る計画がありました」 レイモンド・プルメル公爵は他国と頻繁に交流を持っている。 そして、プルメル公爵家が持っていた第2騎士団の武器は他国に横流しされていたのではないかと私は睨んでいた。 第