舞台は古代中国の修仙界。『宋長安』『朱源陽』『橙仙南』『青鸞州』の四国が結託し、それぞれの国が持つ特徴的な仙術を使い、日々妖魔や邪祟を退治しながら世を統治していた。 医家術の三宗名家・六華鳳宗の末裔である華蘭瑛(ホア・ランイン)は、華山の麓にある邸宅・鳳明葯院で市医の医家として働いていた。ある日、封印されていたはずの最強の鬼・玄天遊鬼が何者かに解き放たれ、赤潰疫という鬼病が四国を襲う。そこで、眉目秀麗で有名な冷酷無情の剣豪、宋長安の国師・王永憐(ワン・ヨンリェン)と出会い、蘭瑛はある理由から宋長安の宮廷に呼ばれ、この宮廷で起こる様々な出来事に巻き込まれていく。そしてそれぞれの思惑や過去を知ることになり、探し求めていた真実に辿り着くのだが…
view more━︎━︎医家術・三宗名家━︎━︎
◆『六華鳳宗《ろっかほうしゅう》』 所在地‥華山《かざん》
・華蘭瑛《ホア ランイン》 23歳
六華鳳宗の開祖の末裔。六華術を持つ市医の医家。 華山の乱を起こした宋長安《そんちょうあん》に嫌悪感を抱いている。六華術以外にも、末裔にしか持てないとされる慧眼術《けいがんじゅつ》を持っている。・華遠志《ホア エンシ》 58歳
六華鳳宗の現宗主。蘭瑛の叔父である。 穏やかで物腰が柔らかく、誰からも慕われている。 六華術はもちろん、漢方薬に詳しい。・華法志《ホア ホウシ》 54歳
遠志の双子の弟である。 足が不自由である為、鳳明葯院《ほうめいやくいん》で主に薬の調合をしている。・鈴麗《リンリー》・鈴玉《リンユー》 16歳
蘭瑛が可愛がっている双子の弟子。◆『玉針経宗《ぎょくしんけいしゅう》』 所在地‥橙仙南《とうせんなん》
・玉晩正《ギョクワンジョン》 50歳
玉針経宗の現宗主。針脈《しんみゃく》や手術を得意とする。六華鳳宗とは良好な関係を築いている。・王林杏《ワンリンシー》 50歳
玉晩正の妻。薬膳茶に詳しい。蘭瑛を可愛がっている。・玉秀沁《ギョクシウチン》 30歳
玉晩正と玉林杏の一人息子。眉目秀麗で頭が良く、 明るい性格から人気者の医家である。蘭瑛の兄的存在。◆『清命長宗《せいめいちょうしゅう》』 所在地‥ 青鸞州《せいらんしゅう》管轄の函谷《かんこく》
・清雲《セイウン》 60歳
清命長宗の現宗主。病を清めたり、予防医学に力を入れている。六華鳳宗とも玉針経宗とも仲が良い。・地《ジー》先生・広《グアン》先生・元《ユエン》先生
清雲の三人の弟子。・林《リン》先生 秀綾の父
◆その他
・暁明《シャオミン》 28歳 六華鳳宗へ薬草を届けてくれる薬の行商人(情報屋) 江湖郎中《こうころうちゅう》と呼ばれる流医━︎━︎四国《よんごく》━︎━︎
◆『宋長安《そんちょうあん》』
‥雷術《らいじゅつ》(守護術、探知術、神札の術、弓術)・王永憐《ワンヨンリェン》
(字)天藍《テンラン》(号)永豪君《ヨンゴウクン》 32歳
宋武帝の息子を救って以来、宋長安の国師として宋武帝に仕えている。剣心極道《けんしんごくどう》出身の剣豪である。誰もが羨むほど眉目秀麗だが、冷酷無情で女を寄せ付けず、堅物である。雷術の他に悟心術《ごしんじゅつ》を持つ。
・林宇辰《リンウーチェン》 30歳
永憐の側近・侍従で忠実な右腕。永憐の一番弟子である。頼まれごとは何でもこなし、永憐とほぼ変わらない強さを誇る。・梅林《メイリン》 55歳
永憐の専属侍女で食事係。蘭瑛と仲良くなり、蘭瑛のことを「ランラン」呼ぶ。過去は宋武帝の母、・(号)宋武帝《そんぶてい》 (字)宋栄辰《ソンロンチェン》 35歳
宋長安の皇帝。賢耀と光明の父。優しく気前が良い。永憐をかなり慕っている。今も亡くなった紫秞妃《シユヒ》を思い、紫を好んでいる。・宋賢耀《ソンシェンヤオ》 18歳
第一皇太子殿下。母は亡き紫秞妃。 永憐に命を助けてもらった恩義があり、永憐を兄のように慕う。甘え上手で、少し幼いところがある。・泰然《タイラン》 20歳
賢耀の護衛・宋光明《ソンコウミン》 17歳
第二皇太子殿下 母は光華妃。賢耀とは異母兄弟である。男色。 賢耀を酷く嫌い、永憐にも反抗的。生まれつき術を持つことができなかった為、何もできない。・半宿《バンシュウ》 20歳
光明の護衛・光華妃《コウファヒ》 34歳
現皇后。皇帝からは光娘《コウミェン》と呼ばれている。光明を溺愛し、後の皇帝にしたいと思考を巡らせている。賢耀の存在が疎ましい。かなりの見栄っ張りで傲慢。皇帝が手に負えないほどのわがままである。・美朱妃《ミンシュウヒ》 30歳
貴妃。朱源国の温朱の娘 光華妃に忠実。光華妃と様々なことを目論む。・雹華妃《ヒョウカヒ》 23歳
淑妃。青鸞州の皇后・水華妃の妹 肌が綺麗で美しく大人しい。東宮が産まれ、美朱妃から執拗な嫌がらせを受けている。・梓林《ズーリン》 28歳
光華妃の選定した流医の娘・秀綾《シュウリン》 23歳
梓林の雑務係。梓林にいいように遣われ、梓林を憎んでいた。蘭瑛と出会い良き友人となる。 父を赤潰疫で亡くしている。・江《ジャン》先生
・金《ジン》先生 秀綾と蘭瑛と一緒に働くオカマの男性薬師◆その他
・儷杏《リーシー》 30歳
永憐がいた剣心極道の女流に所属している女剣士。 永憐と結婚したいと強く思っている。・王心悦《ワンシンユエ》 55歳
永憐の養父でもあり剣の師匠。剣門山に住んで、今も剣心極道の道長として道門を開いている。・冠月《グァンユエ》 55歳
何の術も使え剣豪であった、今は亡き伝説の男。心悦の親友だった。◆『
・(号)朱陽帝《しゅうびてい》 (字)温朱《オンシュウ》 50歳
朱陽陽の皇帝。美朱妃の父。 四国の中では最年長。女好きでいつも愛人といる。 傲慢にしているが、実は何もできない。・端栄《タンロン》 30歳
朱陽帝の側近・護衛 温厚でとても優しい。朱陽帝をよく宥めている。 剣術に長けている。・辟鹿《ピールー》 30歳
朱源国で一番最強と言われているが、名前は尻込みする鹿である。◆『橙仙南《とうせんなん》』
‥風術《ふうじゅつ》(変化術《へんげじゅつ》、香術《こうじゅつ》、砂術《さじゅつ》、弓術)・(号)橙武帝《とうぶてい》(字)橙敏俊《トウビンジュン》45歳
橙仙南の皇帝。美凛の父。 宋武帝の父、宋長帝から良くしてもらった恩義があり、宋武帝を大切にしている。・橙仙月《トウシェンユエ》 42歳
橙敏俊の妻。美凛の母。・橙美凛《トウメイリン》 18歳
とても美人で謙虚。・橙剛俊《トウガンジュン》 40歳
皇弟。兄の橙敏俊と仲が悪い。・橙美春《トウミーチュン》 33歳
橙剛俊の妻。風宇の母。・橙風宇《トウフォンユー》 16歳
永憐の元で剣術を習う。術の扱いが上手い。・南深豊《ナンシェンフォン》 30歳
(字)青狐《チンフー》現在は橙仙国の大将軍
若い頃は永憐と一緒に討伐に出ていた。 永憐の次に強いとされている為、永狐(ヨンフー)の双璧と言われている。 変化の術(女の姿になれる)、剣術、弓術、風術、香術 特に変化の術には長けている。 ◆『青鸞州《せいらんしゅう》』 ‥水術《すいじゅつ》(空術《くうじゅつ》、氷術《ひょうじゅつ》、弓術、剣術)・(号)鸞氷帝《らんひょうてい》 (字)雲鸞凰《ユンランファン》 25歳
現皇帝。先帝を亡くしたばかりで四国では最年少の皇帝である。宋武帝と永憐に忠実である。一番下の弟・青明を可愛がっている。・水華妃《スイカヒ》 24歳
宋長安の淑妃・雹華妃の姉・晶麗《ジンリー》
鸞氷帝と水華妃との間に生まれた姫・雲龍凰《ユンロンファン》 23歳
皇弟。気性が荒い。兄を独占したいが故に弟・青明を嫌う。・雲青明《ユンチンミン》 21歳
鸞凰と龍凰とは腹違いの弟。ぼんやりしている。翌朝。 馬に跨った永憐と蘭瑛は、梅林とパオに見送られながら宋長安を後にした。縮地印を結び、橙仙南の下町まで一気に進む。すると、活況に満ちた町並みが見え始め、永憐の背後に乗っていた蘭瑛は、目を泳がせるように景色を堪能した。 さすが、栄耀栄華と言われる橙仙南だ。 宋長安に初めて来た時に感じた感動が蘇る。 「永憐様、橙仙南ってこんなに素敵なんですね〜」 「そうだな。ここは、宋長安より富貴が多い。世に逢う生活を送ってる者ばかりだ」 二人はしばらく馬に揺れ、いつも馬を預かってくれるという預託舎へ向かう。到着すると、各国の上級来賓の御馬がずらりと並び、皆大人しく主人を待っているようだ。 永憐は蘭瑛を馬から降ろし、馬の紐を門番へ授ける。 そして、二人はしばらくこの煌びやかな橙仙南の町を歩き、風情を愉しんだ。 すると食べ物に目がない蘭瑛は、ある食事処に目が留まった。 汁物屋から漂う美味しそうな匂いが、蘭瑛の食欲を誘う。 「永憐様、一緒に食べませんか?あそこの汁物屋で」 「うん」 蘭瑛は永憐の袖を引っ張り、人集りの多い食事処へ向かう。蘭瑛が店の扉を開けると、気前のいい女将が出迎えてくれた。 「いらっしゃい!あら、素敵なお嬢さんに素敵な郎君ね。こちらにどうぞ」 穏やかな笑みを湛えた女将に席を案内され、二人は並んで窓際に座る。 蘭瑛は鶏肉と根菜の汁物を二つ頼み、店の中をきょろきょろと見渡した。 「そんなに楽しいか?」 永憐は、茶を啜りながら落ち着いた様子で蘭瑛に尋ねる。 蘭瑛は破顔した顔を見せながら答えた。 「はいっ!だって、久しぶりに外に出れたんですよ〜。たまには羽を伸ばしたっていいじゃないですか〜」 「まぁ、そうだな」 永憐は窓枠から見える景色を遠目に眺めながら続ける。 「お前はやっぱり、宋長安は嫌か?」 唐突な質問に答えが詰まった。 「嫌ではないですけど…」 蘭瑛はそれ以上言葉を繋ぐことが出来なかった。 決して嫌な訳ではない…。梅林の食事は美味しいし、藍殿にいるという安心感もある。ただ、何となく寂しさを埋められないだけで…。 蘭瑛がそんな事を思っていると、頼
真夏の昼間だというのに、閉山の周辺は霊気と邪気が漂うせいか、ひんやりと肌寒い。 玄天遊鬼の動向を探る為、討伐を終えた永憐と深豊は枯れた木々たちが並ぶ蕪穢な閉山に、足を踏み入れていた。 「本当に噂通りの場所だな…」 「うん…」 深豊と永憐は地面に落ちているカラスの死体を避けながら、一歩ずつ茂みの奥へと進む。上へと登るにつれ邪気が濃くなるのだが、二人は鍛錬を極めた上級修仙者の為、露程も感じない。 「あれか…」 「うん…」 視線の先には、薄暗く不気味に佇む漆黒の蔵が見えた。 噂では聞いていたが、玄天遊鬼が実際に封印されていたといわれる蔵を見るのは、二人とも初めてだった。 「こんな所まであの妖魔を引きずってきたのか?冠月道長は?!一体どんな超人なんだよ?!」 「確かに。こんな所で激しい闘いができるとは思えない」 永憐はふと足元に目を遣る。 するとそこには、勢いよく剥がされた呪符が酷く汚れた状態で落ちていた。 永憐はそれを手に取り、深豊に渡す。 「恐らく、誰かがこれを剥がしたんだ」 「ん?何だ?って、おい!こ、これって…」 「そうだ。冠月道長の邪滅印符だ」 「こんな強力な呪符、誰が剥がせんだよ?!」 冠月がかつて使用していたというこの伝説の邪滅印符は、相当な力を持つものでなければ剥がすことはできない。例え、この青藍と呼ばれた最強の二人であっても、宋武帝たるや国の年長者であってもだ。 永憐が深豊に尋ねた。 「天京と名乗る者を知らないか?」 「天京?知らねぇな…。噂で名前は聞いたことあるが、実物は見たことねぇ」 永憐は、先日没した美朱妃と天京が、深く関わりを持っていたことを話した。 「ほ〜。朱色の狸ジジィは、何を考えてるか分からねぇな。ここ最近、橙仙南でも妙な話があってよ…」 深豊は話しながら永憐と一緒に蔵の中に入り、地面の石についたただならぬ血痕の跡を辿る。 「橙仙南の橙武帝と弟の橙剛俊が酷く揉めてて、この弟がよく狸ジジィの側近、端栄と会っているらしい」 「端栄と?」 「あぁ。何か裏でやってん
朱源陽が離反してから、異常なほど妖魔や邪祟が出るようになった。それに加え、各国の町にも赤潰疫が蔓延し始めるという苦難が襲い、永憐たちは鎮圧を強いられていた。 幸いにも、橙仙南と青鸞州は継続して桃園の義を結んでおり、三国はそれぞれに情報を共有し、結束を高めていった。 普段から疲れを一切見せない永憐だが、この日の夜は藍殿で酷く疲れを見せていた。 蘭瑛はそんな永憐の隣に座り、消毒の準備をする。 「永憐様、大丈夫ですか?はい、手出してください」 「うん…」 討伐の過酷さを物語るように、負傷した永憐の手のひらは血豆だらけで、指の付け根部分が酷く爛れていた。蘭瑛はその手に、癒合の術と寛解の術を施し、包帯を巻き付ける。 「あんまり、無理しないでくださいよ…」 「平気だ。大したことない。お前こそ、新安で赤潰疫の治療に追われてるんだろ…。河南や函谷でも、やはり赤潰疫は酷いのか…?うっ…」 永憐は痛みに堪えながら尋ねる。 蘭瑛は雲散の術を施しながら続けた。 「はい…。なので、医家三宗が揃って各地に出向いているそうです。橙仙南の玉針経宗は針脈や漢方に強く、青鸞州の清命長宗は霊脈や予防医学に特化していますので、三家が揃えばそのうち終息するかと…。あ、そういえば、頼まれていた天京と名乗る流医のことなんですけど、情報屋に聞いても、天京と名乗る流医はいないとの事でした…」 「天京は流医ではないということか?ならば、そいつは一体、何者なんだ…」 永憐は片方の腕で目を覆い、溜め息を吐きながら、カウチにだらしなく凭れた。 そんな永憐を見るのに慣れてしまった蘭瑛は、何も触れずただ言葉を繋げる。 「私が思うにですけど、秀綾を殺したのは恐らくその天京という謎の人物かと。宋長安の人物はあのようなやり方はしないはず…。顔半分の陥没がかなり酷かったので、何か物凄い衝撃を受けたんだと思います。とても、人間の力とは思えない…」 「人間ではない可能性もあるということ
蘭瑛は今日も雹華妃のいる清雲殿に足を運んでいた。 あれから永憐が宋武帝に事の経緯を話し、雹華妃と東宮の周りは厳重体制となった。蘭瑛も一人で歩く事を禁じられ、宇辰の後輩・風里が蘭瑛の護衛を務める事になった。 さすが、宇辰の後輩だけあって礼儀を重んじ、温厚な人物だ。風里は丁寧に、雹華妃の女官たち一人一人に挨拶をして回っている。 今日は一段と暑さが厳しく、清雲殿の中は沢山の氷で埋め尽くされていた。東宮の小李はというと、手足をバタバタと元気よく動かせるほど回復し、今は赤潰疫の痕の治療に励んでいる。 「蘭瑛先生、小小のこの傷は、成長と共に薄くなっていきますか?」 小李の小さな頭を撫でながら雹華妃が尋ねた。 蘭瑛は雲散の術を施しながら、優しく宥める。 「はい。恐らく、この雲散の術を続けていれば、次第に消えていくと思います。六華鳳宗の先人たちの記録にも、そう書いてありましたから。ゆっくり様子を見ていきましょう」 小李を心配していた雹華妃の目から安堵が漂う。 蘭瑛はその雹華妃の表情に思わず目が止まった…。 歳は自分と変わらないのに、未来の宋長安の統治を担う小さな命を産み育て、母として東宮を様々な目から守ろうとする雹華妃の強さは計り知れない。容姿は華奢に見えるが、さすが妃だけあって、自分にはない器があると蘭瑛は思った。 (自分もいつか、雹華妃のように温かくて優しい眼差しを向けられる家族を作れるだろうか…) 蘭瑛は、氷の表面に映る歪んだ自分を眺めた。 ・ ・ ・ 一方、紫王殿では重苦しい空気が流れ、宋武帝は額に青筋を浮かべながら、眉間を揉んでいた。 どうやら連日の事件で、宋武帝の堪忍の尾が切れたようだ。 光華妃と美朱妃はそれぞれ侍女を従えて、カウチに腰を下ろしている。 もちろん、その横には永憐と宇辰の姿もあった。 宋武帝は怒りを含めた低い声で、話を切り出す。 「どうしてお前たちを呼んだか分かるか?いつまで、そうやって白を切るつもりだ?」 「だから何のこ
初夏の陽気から汗ばむ陽気へと移り変わり、宋長安《そんちょうあん》にも本格的な夏が到来した。 青々とした大木から蝉時雨が降り注ぎ、先日の凍りついた華宴の話は瞬く間に掻き消されていった。 藍殿《らんでん》での生活は何の不自由もなく、永憐《ヨンリェン》の部屋の隣にある部屋を使うことになった蘭瑛《ランイン》は、毎朝うさぎに餌をやりながら、梅林《メイリン》の美味しいご飯を食べるのが日課になった。 今朝もまた、梅林特製の油茶《ヨウチャー》を食べながら梅林と談笑する。 「そういえば蘭瑛、この子の名前はあるのかしら?」 「いや、飼うと思ってなかったので、考えていなかったんですけど…何がいいですかね?白いので包子《パオズ》とか?」 「ふふふ、それ食べ物じゃない。でも、包《パオ》なら可愛くていいんじゃないかしら?沢山食べるようになって、ちょっとふっくらしてきたしね」 「あはははっ。確かに!じゃ、今日から君はパオにしよ〜う!パ〜オ〜」 のんびりと大人しく床に座っているうさぎを撫でながら、蘭瑛はこのうさぎをパオと命名した。新しく名を貰ったパオは、嬉しそうにまたプウプウと鳴き始める。 「では、梅林様。パオをお願いします」 蘭瑛はそう言って、パオを梅林に預け、普段通り医局へ向かった。 医局に到着すると、見知らぬ侍女が蘭瑛を待っていた。 名は雪美《シュエミン》と言い、雹華妃《ヒョウカヒ》の侍女頭だそうだ。 淑妃の侍女頭が直接ここに来るということは、何か内密にしておきたい事情でもあるのだろうか。 どこか挙動不審にも見える雪美だが、蘭瑛はどうしたのかと先ず要件を尋ねた。 「実は昨日から、雹華妃様の二歳になる東宮様が、酷い高熱で伏せておられます。至急、御医の蘭瑛先生に診ていただけないかと、雹華妃様から御言付けを預かりました…。ここだけの内密にお願いしたく…、一緒に来ていただけませんか?」 そう言って、雪美は自分の指を絡めながら俯いた。 蘭瑛はすぐに「そういうことなら、すぐに参りましょう」と言って、葯箱を持って雹華妃のいる青雲殿《せいうんでん》へ雪美と一緒に向かった。 蘭瑛は誰もいないことを確認しながら、どうしてこのように内密で動いているのか雪美に尋ねてみる。 「何か言えないご事情でもあるのですか?」 「は、はい…。他のお妃たちには内密にしていただきたいので
外に出た蘭瑛は、脇にある睡蓮の池に沿って歩いていく。 金雅殿《きんがでん》の周りには、建物を囲うかのように睡蓮の池が作られている。初夏の陽気に水の流れゆく音が心地よく、水辺に咲き誇る睡蓮の美しさも相まって、とても穏やかな空気が流れていた。 蘭瑛《ランイン》は木で作られた柵の手すりを掴み、ゆったりと泳ぐ鯉を眺めながら、池の水面に映る自分の顔を覗き込んだ。 活気のない顔━︎━︎。 秀綾《シュウリン》を亡くしてから、ぼんやりとすることが増え、一日がとても長く感じる。 今日も本当なら、一緒に参加していたはずなのに、面影一つ残らない。 蘭瑛はまた虚しい溜め息を吐く。 そうして水面を眺めていると、背後から聞き馴染みのある、あの低く透き通った声が聞こえてきた。蘭瑛は目尻に溜まった涙の玉を指で拭い、後ろを振り向く。するとそこには、久しぶりに会う神々しい永憐《ヨンリェン》が、袍を靡かせて立っていた。 「ここで何をしている」 「あ、いえ、その…、睡蓮を眺めに」 永憐は目を細めて続ける。 「目の届く範囲に居ろと言ったはずだ」 「…少しぐらいいいじゃないですか、外に出たって」 蘭瑛はまた池の方に顔を向き直し、ムスっとしながら口を尖らせて続ける。 「永憐様こそ、ここで何してるんですか?早く戻らないと、女子《おなご》たちが悲しみますよ」 永憐は蘭瑛の隣に立ち、伸びている睡蓮の葉に触れながら「どうでもいい」と嘆いた。 「永憐様のことを待ってる方が沢山います。皆さん心配されるので、早く戻ってください」 「…そんなに俺といるのが嫌か?」 蘭瑛は一瞬戸惑い、耳を疑った。 永憐は普段から自分のことを「俺」とは絶対に言わない。 それに、女との距離感を気にする男が言う言葉でもない。 今日は普段よりも何故か距離も近く、まるで別人のようだ。 蘭瑛は思わずいつもの癖で、病人を見るかのように永憐の額に手を伸ばしてみる。 「具合でも悪いですか?」 そう尋ねたと同時に、「永憐様〜」と後方から宇辰《ウーチェン》の声が聞こえた。永憐が宴にいないとなると、宋長安としても顔が立たない。宇辰は恐らく永憐を探しに来たのだろう。 「永憐様、ここはやはり戻られた方が…」 「いい」と言いかけた刹那、永憐に横腹を抱えられ、金雅殿の二階へと飛ぶように移動させられた。 永憐の超人のよう
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