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第 4 話

作者: 一笠
「まさか、彼女が婚約式の主役だったとは!」

少年は驚きを隠せない様子で、目を輝かせながらステージを見つめていた。「彼女、本当にすごいな!佐藤家がこんな盛大な式を開いたのに、彼女の一言で台無しだ!」

「叔父さん、今日の婚約式、来てみて正解だったね!」

少年は興奮していたため、聖天の視線が凛に釘付けになっていることに全く気づかなかった。光の届かない聖天の瞳の奥では、複雑な感情が渦巻いていた。

ステージ上、煌は慌てて凛の隣に駆け寄り、ぎこちない笑みを浮かべながら、無理やり凛を抱き寄せた。「申し訳ありません、凛は皆と冗談を言っているだけです。場を盛り上げようとしただけなんです」

「凛、そうだろ?」

この言葉は、煌がほとんど歯を食いしばって絞り出したもので、脅しの意味合いが込められていた。

凛は表情を変えず、はっきりとした口調で言った。「冗談ではありません」

ステージの下は再び騒然となった。

煌の顔色は曇り、歯を食いしばって低い声で問い詰めた。「一体何を馬鹿なことを!凛、両家に恥をかかせれば気が済むのか!」

「私は婚約を解消すると言ったわ。誰も気に留めず、誰も信じなかっただけだ」

凛は煌を見た。そこには余計な感情は一切なかった。

「今日、両家とも恥をかいてしまった主な理由は、あなたが独断でどうしても婚約式を開きたいと言い張ったからだ」

夏目家の人々が慌ててステージに上がり状況を確認すると、ちょうど凛の言葉を耳にした。

美代子は凛を引っ張って、「あなた、正気なの?わがままを言うにも程があるでしょう!早く皆に説明しなさい!」と叫んだ。

「もう説明したよ」

凛は苛立ちを感じていた。この人たちは一体、人の話が理解できないのだろうか?

「何度言ったら婚約を解消すると理解してくれるの?」

「結婚を何だと思っているんだ?最初は煌と結婚したがっていたのに、今更婚約を解消するだなんて。凛、いい歳をして、どうしてそんなに分別がないんだ!」

正義は凛の頭を無理やり押さえつけ、招待客に頭を下げて謝罪させた。

「大変申し訳ありません。私たちが普段から甘やかしすぎたせいです。本日は皆様に恥をかかせてしまい、申し訳ございませんでした。婚約式は引き続き行いますので、どうぞごゆっくりお楽しみください......」

しかし、凛はいつもとは違い、必死で彼の腕を振りほどこうとした。

「私は......」

パチン!

凛の顔に平手打ちが飛んできた。抵抗する間もなく、言葉を遮られた。

正義は激怒し、「これ以上恥さらしをするな!」と怒鳴った。

凛の心はどん底に沈んだ。周囲の人々を見渡し、唇に浮かべた笑みはますます苦々しくなった。まるで風に揺れる枯れ葉のように、今にも倒れそうだった。

煌は冷ややかに見物し、凛が後悔するのを待っていた。

「人を自暴自棄になるほど追い詰めておいて、今度はわがままだって責めるなんて、そのモラルの高台ってよくもこんなに人を詰め込めるもんだ」

冷たく厳しい声が響いた。

皆が驚く中、聖天がステージに上がった。圧倒的なオーラに、招待客たちは思わず道をあけた。

会場は静まり返った。まさかこの騒動に聖天が口出ししてくるとは、誰も思っていなかった。

煌が最初に反応し、慌てて聖天に近づいた。「聖天様、お恥ずかしい限りです。この件は......」

聖天は煌を冷たく睨みつけた。

煌は驚き、相手から発せられる殺気に身震いした。

彼は反射的に口を閉じ、聖天が凛の傍まで歩いてきて、さりげなく彼女を庇うのを見守っていた。

「夏目さんははっきりと婚約を解消すると言っている」

聖天は冷ややかな声で尋ねた。「まだ何か分からないことがあるのか?」

「私たちは......」

正義は怯み、もごもごとして、まともな言葉を発することができなかった。

目の前の男は霧島家の当主だ。彼を怒らせたら、夏目家全体が今晩、無事に過ごせないだろう......

「異議がないのであれば、夏目さんの言うとおりにしましょう」

聖天は会場の招待客の方を見て、はっきりと言った。「本日より、夏目家と佐藤家の婚約は破棄されたものとする」

「聖天様、これは私たちの個人的な問題です。あなたが口を出す権利はありません」

煌の顔色は土気色になり、聖天越しに凛を見て、最後の望みをかけて言った。「凛、お願いだからやめてくれ」

「お姉さん、全て私のせいなの。怒るなら私を怒ってください。両家の顔に泥を塗らないで......」

優奈はか弱い声で言った。いつものように、良いタイミングで聞き分けの良い娘を演じている。

凛は声のする方を見て、軽く言った。「ええ、全部あなたのせいよ。姉の婚約者を誘惑して、不倫してたんだから」

......

皆は驚き、思いがけず大きなスキャンダルを耳にした。

婚約式はまだ料理が運ばれてくる前だというのに、皆は既にゴシップ話でお腹いっぱいになっていた。

当然、優奈も凛がこのような行動に出るとは思っていなかったため、戸惑いを隠せないでいた。

今までの凛は、どんなにわがままを言っても、両家の面目を保つために我慢していたのに、今日はまるで別人のようだ!

「凛!」煌は激怒した。「何をでたらめを言っているんだ?優奈は君の妹だぞ。どうしてそんな風に彼女の名誉を傷つけるんだ!」

煌の豹変ぶりに、凛は嘲りを覚えた。

さっき、婚約者である自分がビンタされても煌は知らん顔をしていたのに、妹のことになるとそんなに必死になるんだ。

明らかに、彼の心は既に優奈に傾いていた。

突然、凛は激しい虚しさを感じた。

6年間、深く愛してきた男は、一生、凛を少しも悲しませないと約束していた。

しかし、現実はどうだ?彼の約束はまるで嘘だった。

凛の気持ちに気づいたのか、聖天は自分のジャケットを凛の肩にかけ、「連れ出してあげよう」と静かに言った。

凛は頷いた。

やりたかったことはもう終わった。これ以上ここにいる必要はない。

恥をさらしているのは彼らであって、自分ではない。

凛はハイヒールを履いて、堂々とステージを降りた。ドレスの裾が優しく揺れ、冷ややかな雰囲気をさらに際立たせていた。

「凛!」

煌は慌てて凛の名前を呼び、後を追いかけようとしたが、聖天に腕を掴まれた。

「自分の女も守れないとは、お前もただの役立たずだな」

聖天は低い声で、今にも爆発しそうな怒りを抑えながら言った。「お前には彼女を引き止める資格はない」

煌は呆然と立ち尽くし、聖天が凛の後を追うのを見送った。拳を握りしめ、手の甲に血管が浮き出ていた。

それを見た正義は焦っていた。もし凛をこのまま行かせてしまったら、婚約が破棄され、両家のビジネスも完全に途絶えてしまう。

そう考えた正義は家長としての威厳を示し、凛の背中に向かって怒鳴った。「もしこの会場から出て行ったら、二度と夏目家に戻るな!」

しかし、凛の足取りは少しも揺るがなかった。

「いいわ」

凛は振り返ることなく、「12歳の私を、この家に帰ったことがないものとして扱ってください」

言い終わると、凛は会場を後にした。これほどまでに心が軽くなったのは初めてだった。

凛が立ち去る姿を見て、ステージに残された人々の顔色は最悪だった。

正義は怒りで胸が苦しくなり、美代子に八つ当たりした。「お前の娘を見てみろ!家まで捨てて出て行ったぞ!あいつがいつまで好き勝手やってるのか、見てやろうじゃないか!」

「その時になったら、土下座して家に入れてやる!」
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