―でも、今になって冷静に考えると、 あのとき本当に若子に詰め寄っていたら、修にすぐ気づかれていただろう。 「......まずは、自分の病室に戻りましょう。そこで教えてあげます」 ノラは手を差し伸べた。 侑子は力なくその手を取ると、よろよろと病室に戻り、ベッドに腰を下ろしてわんわん泣き始めた。 「修は、私を騙したんだ......どうして......どうしてこんなことするの......?」 胸を押さえ、呼吸さえままならなくなる。 ノラは口元に冷たい笑みを浮かべたあと、わざと真面目な顔で言った。 「その体で、松本さんに勝てると思いますか?」 侑子は涙を拭いながら、震える声で言い返した。 「私だって好きでこんな体になったわけじゃない!どうしようもなかったんだもん......」 ノラは意味ありげに眉を上げた。 「もし、どうにかできるとしたら?」 侑子はハッとして彼を見た。 「......どういう意味?あんた、何かできるの?」 彼女は必死にノラの腕をつかんだ。 「あんた、私を助けてくれるの?ねぇ、お願い、修を失いたくないの......私、もう修を、どうしようもないくらい好きになっちゃったんだよ。今、修を失えって言われたら、私......私きっと死んじゃう......」 感情があふれ出し、侑子は胸を押さえながら苦しげに息をついた。 ノラはそんな彼女を冷静に見つめ、指先で彼女の心臓のあたりを軽く叩いた。 「―君の最大の武器は、ここにあります」 「......え?」 侑子は涙に濡れた目を丸くした。 「武器って......もしかして、心臓のこと?心臓病を利用しろって言うの?」 必死に首を振る。 「そんなのダメだよ......!私、こんな体で修に縋ったら、もし......もし本当に死んじゃったら......そしたら若子に全部持ってかれるだけじゃない......私、本当は......元気になりたい。元気になって、修のそばにいたい......」 ノラはにやりと笑った。 「もし、元気になれるとしたら?」 彼は侑子の顎を指先で軽く持ち上げながら、ささやいた。 「もし君に合う心臓を見つけて、アメリカで移植手術を受けさせてあげると言ったら―どうしますか?」 「......本当に、そんな
侑子はベッドに突っ伏して、シーツを握りしめたまま、ぽろぽろと涙をこぼした。 「......あんた、一体何がしたいの?何が目的なのよ!」 ノラは無表情に言い放った。 「侑子さん、ようこそ、僕のゲームへ。僕が何をしたいか、それはそのときの気分次第です。君たちはみんな、僕のゲームのプレイヤー。ルールを決めるのは僕なのです」 侑子は顔を上げて、ようやく気づいた。 ―自分はすでに、虎の口に落ちていたのだと。 だけど、今さら選択肢なんてなかった。 もし修にすべてを打ち明ければ、自分が彼を騙していたと認めることになる。 修を救ったのは、偶然なんかじゃない。最初から仕組まれたことだった―そう知られてしまう。 侑子は涙を拭い、震える声で尋ねた。 「あんた......修に、何かするつもり?」 ノラは口角をわずかに上げた。 「それは君の協力次第です。ゲームが終わるころ、もし君が素直に従ってくれたら......もしかしたら、君と藤沢さんが末永く一緒にいられるよう取り計らってあげてもいい。だって、君たちを赤の他人から引き合わせて、同じベッドに寝かせたのは、この僕ですから」 その目には、底知れぬ自信が宿っていた。 侑子は、自分がこの男には敵わないことを痛感して、悔しさに唇を噛みながら、こくりと頷いた。 ―何があっても、修だけは失いたくない。 だから、従うしかなかった。 「いい子です」 ノラは、侑子の後頭部をそっと撫でた。 その手つきは一見優しげだったけれど、目の奥には、冷酷な光が宿っていた。 「君は知りたくないですか?君の藤沢さんが今どこで何をしているのか」 「......帰ったんじゃないの?」 侑子は小さな声でつぶやいた。 ノラは冷たく笑った。 「それは君がそう思い込んでいるだけです。彼はまだ病院にいます。信じますか?」 侑子はぎゅっと歯を食いしばった。 「......じゃあ、何?彼、松本さんと一緒にいるってこと?そんなの、信じない......!」 ノラは鼻で笑った。 「......ほんとに、君は現実を見ようとしないのですね」 次の瞬間、ノラは無理やり冉柔をベッドから引きずり下ろした。 「来てください」 そして、ノラは侑子を連れて、若子の病室までやって来た。 まだ侑
「山田さん......君は、まだ見ていないのです。もっと心が引き裂かれるような現実を。もしそれを見たら、きっとそんな風には言えないはずです」 侑子はふと首をかしげた。 「ねえ、あんた、そういえば名前は?私、まだ聞いてなかったよ。ずっと修の友達だって言ってたけど、修からそんな友達の話、聞いたことないんだけど」 ノラは少しだけ苦笑いを浮かべた。 「当然です。僕と修は、かなり気まずい関係になってしまいましたからね」 「......」 それなら、前に修が言ってたことと合ってる。確かに、昔仲違いした友達がいるって話してた。 ノラはふと話題を変えた。 「ところで、山田さん。修は、もう帰ったのですか?」 侑子はこくりと頷いた。 「うん、最初は私のこと心配して、ここに残ろうとしてたんだけど......私が『疲れてるんだから休んで』って言ったの。だから帰ったよ。明日また来るって」 「本当に帰ったのでしょうか?」 侑子は少しムッとしながら言い返した。 「もちろんだよ!私がお願いして帰ってもらったんだから。他に行くとこなんてあるわけないじゃん」 ノラは少し意味深な笑みを浮かべた。 「君は、考えたことはありますか?修が松本さんのところに行っている可能性を」 「松本さん!?何それ、まさか今、修が松本さんと一緒にいるって言いたいの!?」 侑子は思わず声を荒げた。 「そんなわけないよ!修が私にそんなことするわけない!」 ノラは静かに続けた。 「どうして、そう言い切れるのですか?松本さんの夫はB国へ戻ったはずです。今、修と松本さんは......自由に会える状況ですよ」 その目は、どこか狡猾な光を帯びていた。 「ありえない」 侑子はきっぱりと言い切った。 「私、修のこと信じてるから。あんた、もうそんなこと言わないで。修は絶対に裏切ったりしない。この数日で、あの人すごくやつれたんだよ。きっと、今ごろベッドでぐっすり寝てる」 どれだけ不安をあおられても、侑子は修を信じたかった。 ノラは、少し哀しそうに言った。 「山田さん......君は本当に、純粋すぎる。そんなにも信じているのに、修は君を裏切ったのですよ」 「そんなことないっ!」 侑子は必死に首を振った。 「あんたが嘘をついてるんでし
「次こそ、パパは完璧にやってみせるから」 西也は、優しく暁の小さな頬に触れた。 「暁......パパは絶対に勝つよ。最後には全部、手に入れる。お前も見ててくれ。大きくなったら、きっとお前もパパみたいに、ずっと勝ち続ける男になる。 パパと暁、二人一緒なら、絶対に負けることなんてない」 そう言いながら、西也は笑った。 けれど、その瞳は、真っ赤に充血していた。 抱きしめられた暁は、びくりと身体を震わせた。 小さな顔に、怯えの色がにじみ始める―今にも泣き出しそうに。 ...... 深夜。 病室には静寂が満ちていた。 柔らかなナイトライトが、薄く温かな光を落としている。 その光の中で、侑子はひとり、白いベッドに横たわっていた。 彼女の顔色は青白く、ほとんど夜の闇に溶け込むようだった。 窓の外には静かな夜景が広がり、カーテン越しにこぼれる月光が、ぼんやりとした模様を作り出していた。 夜空には星が瞬き、まるで誰かの孤独をそっと囁くように光っている。 ―そのとき。 病室のドアが、音もなく開いた。 黒ずくめの男が、するりと忍び込んでくる。 痩せたシルエット、軽やかな足取り。 まるで闇そのもののように、滑らかに動く。 その目は鋭く、夜空に煌めく星のように、鋭い光を放っていた。 男はすばやく侑子に近づくと、いきなり手を伸ばして、彼女の口を塞いだ。 侑子は驚愕に目を見開き、心臓がドクンと跳ねる。 全身に冷たい恐怖が走り、体が硬直する。 手のひらから伝わる圧迫感―それは、逃れられない絶望を示していた。 病室の空気が、一瞬で凍りつく。 時間さえも止まったかのようだった。 侑子は必死に身体をよじったが、男の力は強く、どうにもできない。 助けを求めるような眼差しも、ただ闇に飲み込まれるだけ。 そのとき― 「心配しないでください、僕です。傷つけるつもりはありません」 耳に飛び込んできたのは、聞き覚えのある声。 直後、病室の灯りがパッと点いた。 侑子は、目の前の男を見た瞬間、慌ててベッドから起き上がった。 「あんたは......修の友達......!」 ノラはやわらかく微笑んだ。 「そっか、ちゃんと覚えていてくださったのですね」 「覚えてるよ。だって、
修は、手に持った雑誌をぎゅっと握りしめたまま、無理やりページをめくっていた。 けれど、視線は活字を追っているくせに、頭の中には何一つ入ってこなかった。 若子も、胸が詰まって息ができない気がした。 もうこれ以上、言葉を交わす余裕なんてなかった。 「西也......じゃあ、今日はこれで。休むわね」 これ以上話していたら、自分を抑えられなくなる―そんな予感がしたから。 「うん」 西也も優しく返事をして、暁の小さな手を取ってカメラに向かって振った。 「暁、ママにバイバイしような」 「バイバイ、暁」 若子も笑顔を作りながら、手を振った。 でも―心の中では、涙がこぼれそうだった。 暁のことを思うだけで、胸がぎゅっと痛む。 ―なんなんだろう、これ。 すぐ隣に、本当の父親がいるのに。 まるで空気みたいに存在を消しているしかないなんて― しばらくして、通話は終了した。 若子はスマホをそっと脇に置き、ぎゅっと口を押さえて泣き出した。 堪えようとしても、どうにもならなかった。 心が、張り裂けそうだった。 ここ最近、あまりにいろんなことが立て続けに起こりすぎた。 修が突然、妊娠した彼女を連れてアメリカに現れたこと。 ヴィンセントのこと。 そして、西也の裏切り―あんなことをしておきながら、何事もなかったかのように嘘をつき、彼女から子どもまで奪ったこと。 どれか一つだって、十分に耐えられないほどの打撃なのに。 それがすべていっぺんに押し寄せてきた。 もう、心も体も限界だった。 胸の奥に、冷たいコンクリートを流し込まれたみたいに、重く苦しくて、息をするのも辛い。 若子の泣き声に気づいた修が、慌ててベッドへ駆け寄った。 「どうした?」 若子は、慌てて涙をぬぐい、首を振った。 「......大丈夫。ただ......ちょっと、子どもが心配で......」 そんな彼女に、修は静かに言った。 「心配するな。子どもは父親のところにいるんだ―虎だって、自分の子は食べないって言うしな」 虎でも子は食べない、か。 その言葉に、若子はかすかに笑いそうになったけど、すぐに何も言えなくなった。 ―まあ、仕方ない。 だって、修は知らないのだ。 暁が、自分の子どもだというこ
若子はその質問をしながら、少しだけ意図的に間を持たせた。 西也がどう答えるのか、確かめたかった。 本当に後ろめたいから帰国したのか? それとも、単なる偶然―会社の問題が起きたから、たまたま戻っただけなのか。 西也は、静かに答えた。 「若子......実は、戻ってきてから分かったんだけど、想像以上に状況が悪くてね。だから、当分アメリカには行けそうにないんだ。本当に時間が取れない」 「そう......」 若子は視線を落とし、失望を隠せなかった。 ―都合よく帰国、都合よくアメリカから逃げる。 やっぱり、わざとなのかもしれない。 じゃあ、誰が西也に知らせたんだろう? まさか、修の周りに西也が仕掛けた人間がいるのか―? 誰なんだろう...... 若子は小さく笑って、気丈に言った。 「分かった。あなたはそっちで会社のことに専念して。アメリカのことは心配しないで。私、学業が終わったらすぐに帰るから」 「うん......若子、暁に声をかけてやってくれ」 画面の向こうで、暁が小さな手をバタバタさせている。 若子は、もう涙をこらえるのに必死だった。 胸が締めつけられる。 「ごめんね......ママ、今はそばにいてあげられない。でも、帰ったら、もう二度と離れないからね」 暁はまるでその言葉が分かったみたいに、小さな手を必死に伸ばして、何かを掴もうとしていた。 若子は、今にも泣き出しそうだった。 「ごめんね、暁......本当にごめん」 その様子を見た西也が、優しく声をかける。 「若子、謝ることなんてないよ。これはお前のせいじゃない。それに、心配しなくていい。暁はまだ小さくて、何も分かっちゃいない。俺がちゃんと、親として責任を持って育てるから......お前、俺を信じてないのか?」 若子は、うつむいたまま、答えに詰まった。 「私......」 「親として」―わざとそう言ったんだろう。 確かに西也は、まるで本当の父親のように暁を愛している。 だけど―現実は違う。 暁は、西也の子じゃないのだ。 もう、「信じてる」なんて、軽々しく口にはできなかった。 若子の心の中には、問いただしたいことが山ほどあった。 でも― 今は西也の手元に暁がいる。 何があっても、無闇
夜がゆっくりと更けていった。 若子の点滴も、とうとう空になった。 彼女は、トイレに行きたくなった。 ベッドから降りようとしたそのとき、修がさっと近づいてきて、支えようとした。 若子はすぐに腕を振りほどき、そっけなく言った。 「自分でできるから」 彼女は慎重に足を運び、洗面所へ向かうと、ドアを閉めて鍵をかけた。 修は苦笑いしながら、口元を引きつらせた。 しばらくして、若子は洗面所から出てきた。 顔も整え、すっきりした様子でベッドに戻り、横になった。 「もう寝るわ。あなたも帰って」 だけど、修は何も言わず、そのままソファに座り込んだ。 「寝ろよ」 雑誌を手に取り、パラパラとめくりはじめる。 若子はその様子を見て、何を言っても無駄だと悟った。背を向け、黙って目を閉じる。 修は雑誌を膝の上に置き、そっと彼女を見た。 そして、音を立てないようにそっと立ち上がると、若子の掛け布団を優しく引き上げて整えてやり、また静かにソファへ戻った。 深夜になって、若子のスマホが震えた。 ビデオ通話だった。画面には「西也」の名前が表示されている。 若子はふと自分が着ている病院のパジャマに目を落とし、それから周囲の様子を見渡した。 西也なら、すぐにここが病院だって気づいてしまうだろう。そんな心配をかけたくない。 慌ててベッドを降りようとしたそのとき、修が目の前に現れた。手には彼女の私物の上着を持っている。 無表情のまま、それを差し出してきた。 若子は一瞬戸惑ったけど、何も言わずに上着を受け取ると、修は何事もなかったかのようにまたソファに戻った。 若子はそれ以上深く考える暇もなく、素早く上着を羽織り、ベッドの端に座った。 そして、そっとビデオ通話のボタンを押す。 画面に映るのは、真っ白な壁。 できるだけ他のものが映らないように工夫している。 そして、通話がつながった瞬間― スマホの向こうには、ふわふわとした可愛らしい赤ちゃんの顔が映し出された。 「暁、見てごらん。こっちがママだよ、ママって呼んでごらん」 画面の中の暁は、くりくりした黒い瞳をぱちぱちさせながら、好奇心いっぱいにこちらを見つめていた。 だけど、まだ小さすぎて言葉は話せない。 「ママ」って声を聞けるのは、き
「お父さん、じゃあ、B国ではしばらく安心していられるってことですよね?」 西也はそっと尋ねた。 ―さすがは年の功だ。 父の手の中にある人脈も資源も、自分なんかよりずっと多い。 何と言っても、やらかしたのはアメリカだし、今はB国に逃げ帰ってきた。 アメリカとB国の間には引き渡し協定なんてないし、当然アメリカの法もここには及ばない。 しかも、自分には後ろ盾がある―なら、きっと切り抜けられる。 「今回は助けてやる。ただし次はないぞ。悪事を働くなら、証拠を握られないようにしろ」 高峯は冷たく言った。 西也は頭を垂れ、「分かりました。次は絶対に気をつけます」と答えた。 高峯はじっと西也を見つめたまま、しばらく口を開かなかった。 やがて、静かに問う。 「......聞いたぞ。子供を連れて帰ったらしいな」 西也はこくりと頷いた。 「はい。若子は向こうで学業を終えなきゃならないので、俺が子供を連れて戻ることにしました。 この間ずっと、子供の世話は俺がしていたので」 「......お前も、随分とまあ、尽くすもんだな」 高峯は鼻で笑った。 「他人のガキを育てて、そんなに前向きになれるとはな」 「俺の子供です」 西也は真剣な表情で言い切った。 「何があろうと、あの子はもう藤沢とは無関係です。 血の繋がりなんか、俺には関係ありません。 大事なのは、積み重ねてきた時間と想いです。 あの子も、俺を父親だと思ってくれている―だから、俺も全力で守っていきます」 「......お前、ほんとに感情豊かだな」 高峯は冷たく鼻を鳴らした。 「だが、気をつけろ。結局は他人のガキだ。 いつか母親の気が変わって、「やっぱり連れていく」なんて言い出したら、 そのときは後悔しても遅いからな」 「そんなことはありません」 西也はきっぱりと言った。 「お父さん、安心してください。子供は俺のものです。若子も俺のものです。 俺はすべてを懸けて守ります。 誰かが俺から奪おうとするなら―俺はそいつを、殺します!」 西也の眼差しは鋭く燃え、胸の奥に激しい炎が灯っていた。 高峯はわずかに目を細め、口元に冷たい笑みを浮かべた。 それが賞賛なのか、嘲笑なのかは分からない。 「西也、もし
「......何を聞きたいんだ?」 西也は花をじっと見つめながら、ふっと眉をひそめた。 「まさか、お前......妊娠でもしたのか?誰かと変なことしてないだろうな?」 「ち、違うよっ!」 花は慌てて手を振った。 「そんなことじゃないよ。私は、お兄ちゃんに聞きたいことがあって......!」 「俺に?」 西也は少し怪訝そうな顔をした。 「なんだ?」 花は少し言い淀んでから、思い切って言った。 「......お兄ちゃん、若子と......その、そういう関係に......」 西也の眉がピクリと動いた。 「......お前、何を言ってる?」 花はびくっと震えた。 これでも十分に遠回しに聞いたつもりだったのに。 「だ、だって......」 「お兄ちゃんたち、もう結婚してるし、子どもも生まれてるんだし......その、当然......その......」 バシッ! 唐突に、花の頭に軽く手が振り下ろされた。 しかも結構、痛かった。 「いたっ!」 花は頭を押さえて、涙目になりながら兄を見上げた。 「なんで叩くの!?」 「......その話は、二度と口にするな」 西也は顔をしかめ、厳しい表情を浮かべた。 その顔を見て、花はピンときた。 ―まさか、本当に何もない......? そう思うと、花の胸はふわっと軽くなった。 「......花、子どもを抱いてくれ」 西也はそう言いながら、そっと赤ん坊を花に渡した。 花は嬉しそうに子どもを抱きしめた。 「わぁ......ふわふわしてる」 胸の中の小さな命は、まるでぬいぐるみみたいに柔らかくて。 思わず、ぎゅっと優しく抱きしめたくなる可愛さだった。 そんな花を見ながら、西也は立ち上がる。 「ちょっとの間、子どもを見ててくれ」 「え?お兄ちゃん、どこ行くの?」 花は不安そうに尋ねた。 「お父さんのところに行ってくる。 会社のこと、聞きたいことがあってな」 「そっか......わかった!」 花は元気よく頷いた。 「子どもは任せて!わたし、ちゃんとお世話するから!」 赤ん坊を抱きながら、花はウキウキと微笑んだ。 ―初めての子守り、なんだかすごく新鮮。 しかもこんなに可愛い子なら、