これにはさすがに俺と伊織がビックリした。伊織にしてみれば、ここまで俺達には誰にも話してなかったし、俺にさえそんな行動もとっていないはず。だからカレンにそう思われているとは思ってもいなかっただろう。
俺にしてみれば、俺でさえここまで一緒に暮らしてきた|義妹《いもうと》の|他人《ひと》には言えない秘密に気づいたのは本当に少し前で、当人のクチから聞くまでは信じられずにいたのに。しかも聞いたのもつい最近だ。なんとなくカレンに後れを取ったみたいでショックがデカい。
「どうして気付いたの?」
理央がカレンに聞いた。――うん。俺もそれ気になる。「ええとね、理央にはあまり話してなかったかもだけど、あたしがシンジ君と初めて会ってから少しの間ふわふわ浮いてたじゃない? あの時に伊織ちゃんからの視線ががシンジ君を通り過ぎてあたしに来てるなって感じてたんだ」
「そうなのか伊織!?」「ふえぇ!? あ……う、うん」「それからこの前もそうだったけど、あっち側の人たちに会ったりしてるときに、危なくなるとシンジ君の前に飛び出して行ったりするじゃない? あれって視えてるからソコに行けたんだろうなって思ってたのよ」「……」
「……」「何よ? みんなで黙り込んで」 カレンがそこまで考えていたなんで全然思っていなかった。たぶんここにいる二人も同じようなもんだろうな。言葉が出てこないとこ見ると。「いや、お前って、時々ポンコツお嬢じゃなくなるんだなぁって思って……」
「ポンコツお嬢って何よ!! て言うかアンタどんだけあたしの事バカだと思ってんのよ!!」「あ、いやその……ごめん」<「はい、着きましたよぉ」 こちらを振り向いてにっこりとする市川夫人。近くで見ていると確かに響子・理央姉妹のお母さんだなぁって感じる。姉妹に表情がそっくりなのだ。日暮邸から、きゃぴきゃぴ声が響き渡る車で走る事一時間。途中で一回だけ大きな道に出たけど、それからまたすぐ小道に入り直して林の中を走る事十分。目の前に大きな洋館のような建物が見えてきた。「ここって……」「わぁ……おっきぃ」「お城?」 車を降りながらそれぞれが感想を述べる。それほど大きくてとても日本にいるとは思えない家……ではないな、欧米にでもある様な屋敷が建っている。中世のヨーロッパ風な佇《たたず》まいを持つこの建物は、とても個人で所有できそうなものには見えなかった。――そして気になる事がある……。「この感じは……」「お義兄《にい》ちゃんこれって……」 伊織も感じるようになったみたいだけど、この俺の体が重くなる感覚はこの街に降り立った時から感じてるモノ。それが、ここにきて急に強くなった。近くに影響してるモノがあるのかもしれない。ただ今はそれを探したりするよりも考えなきゃいけないことがある。――そう……。「え~っと、すいません。今日からここに泊まるってことですけど、ご主人はどちらに?」「いないわよぉ」 何ともあっさりに言い放った市川夫人。「いないって……男は俺だけって事ですか!?」「そうですよぉ。あら? あららぁ? なにかまずいことでもあるのかしらぁ?」 荷物運びしてる俺の近くに、市川夫人が凄く楽しそうで面白がっているような表情をしながら体を近づけてきた。「いや、べ、別にないですけど。ちょ、ちょっと近いです!!」「あら、照れちゃってかわいいわねぇ」
空の上から眺めること幾年。人々は変わった。争いだけが日常だった幾百年も昔。自分が何かできるとおごり手を出した。それが元で争いが続いていくとも知らずに。 今は世界の国と言われるところで数々の争いがおこる中、自分はここにたたずんでいる。いや動けずにいる。もう終わらせたいとも思う。誰かこの想いを受け止めて欲しい。 今はただ眠りたい。 元々いた場所に帰れるとは思っていない。帰る気もない。 この場所で、この土地で眠りたいただ今はそれだけを|希《こいねが》う わたしは今、とてつもなく心の中につまらなさを感じている。 カレン事、私と他のみんなで二日間、藤堂兄妹《とうどうきょうだい》ナシで過ごす事になったんだけど……「なんか……つまんなくない?」「そうねぇ……」「二人とも寂しいだけでしょ?」 少し歩けばこの市川邸が保有しているプライベートビーチに行けるのだが、今日は何か行く気にならない。やっぱりなんか物足りない感じなのよね。だから、この理央《りお》の言葉にも否定できなかったんだけど、なんだろう? 響子まで黙っちゃったけど。「ねぇ、カレン……」「な、なぁに?」「真司君と何かあったの?」「え!? な!? えぇぇぇぇ!!? どうして!?」 響子から振られた言葉に完全に動揺してしまった。「なんだか…少し前、夏休みに入る前位から様子がおかしいから……かな?」「べ、別に何もないけど!?」「「ふぅ~ん」」――さすが双子だなぁって思う。返事がそろっちゃうんだよね。「あ、あのね、実はあたしシンジ君と約束してた事があってその話をちょっとしたかな?」「どんな約束?」「その……か、カノジョになってあげるって……」「「えぇぇぇ!!」」
その横では舞台上で結構な騒ぎになっていた。舞う予定の巫女さん二人と、それに付きそう男方が一人の合計三人が抜けてしまう事になる。その代役として舞台上で舞う巫女さんの事、演舞の題目や舞台点検修理のため。「だめだ!! 巫女さん一人は今こっちにはいないそうだ」「どうする? 延期にするしかないか?」「いやダメだ。今まで何が有っても中止はもちろん延期もした事の無い行事だ。何とかして探すしかない」 そんな話が飛びかう中で一人考え込んでいた日暮さん。突然立ち上がってこちらに真顔のまま向かってきた。「藤堂クン、妹さんお借りできない?」「「「は?」」」 三人から同じセリフが飛び出した。まぁ確かにここに藤堂は三人いるんだけどね。「あぁ、ごめんなさい言い方を変えるね。伊織ちゃん……一緒に踊ってみない? どうかな藤堂クン」「「「えぇぇぇぇぇ!?」」」 どちらにしても三人から同じような声が舞台の上に響き渡った。ただまぁ俺はそうなるんじゃないかと半ば予想はしていたからこそ、伊織には残ってもらっていたんだけど。それに伊織が舞うところをもう一度見てみたいなんて考えも有ったりなかったりするのは内緒だ。シャンシャンシャンシャンシャン「ダレ?」「かっわいいぃ」「綺麗ねぇ」 俺達の前にいる舞を見に来た人たちから歓声が上がっている。隣では。「ううぅ」「父さん、何で泣いてるんだよ」「伊織も……大きくなったと……思ってな」 そう。現在その伊織は目の前の舞台の上で毎を踊っている。練習用のなんちゃって巫女さん姿ではなくて、演舞用のすごく綺麗な衣装を着て少しだけ化粧をした姿で。「確かに、綺麗だ……」 一生懸命に舞うその姿は本当に綺麗だと思った。 後々
その冷気はあまりにも強くて私も声を掛けるのをためらうほどだった。ただその顔は少し悲しそうにも見えた。私もけっこうな数の霊達に会ってきたけど、目の前に現れようとしている綾香さんの気持ちのこもった圧はなかなか体にこたえる。 ただ、私の中にはお義母《かあ》さんがいてくれるおかげで、これだけで留まっているとも理解している。「綾香さん」『心配しないで伊織ちゃん。この人たちに手は出さないから。あなたのお兄さんにも、あ母さんにも止められたからね』 こちらをチラッと向いたまま彼女は私に向かって声をかけた。「え!? お義兄《にい》ちゃんとお義母《かあ》さんが?」『ただ、言いたいことは言わせてもらうわよ!!』という言葉と共に完全に綾香さんの顔は女性二人の方へ向いた。『あなたたち!! 家柄とかにこだわってばかりで体裁《ていさい》ばかりを気にするあなたたち!! 努力は裏切らない!! 覚えておきなさい!!』「ご、ごめんなさい!!」「ゆ、許して!!」 そのままガクガク震えながら崩れ落ちるように床の上に座り込む二人。一人は泣き崩れてしまっていて、一人はずっと綾香さんに謝り続けていた。 それを確認して少し微笑むように綾香さんは少しずつ消えていった。消える間際に私の方をゆっくりと振り返り、ニコッと笑っていたその顔がとても綺麗だと思った。 時計がその場でだけは止まったかのように誰一人動けないまま、ただただ二人を見続けていた。 俺が舞台の上に駆け付けた時、ちょど綾香さんはみんなの前からスーッと消えてしまうところだった。それまでは伊織の方を向ていたけど、こちらに気付いたのかその顔は優しく微笑んでるように見えた。とりあえずそのままにしているわけにもいかないので、まずは伊織に近寄っていく。「い、伊織大丈夫か!?」「あ、お義兄ちゃん。お疲れ様」「その二人……」 伊織のそばまで行くと、女性二人が今は見えなくなった彼女に許しを請《こ》う言葉を唱え続けていた。
舞台袖の楽屋近くでは。お義兄《にい》ちゃんから電話が来て、外で起きた事とこれからみんなで行う事の内容を聞いて、自分がこれからしなくちゃいけないことを確認した。「ちょっと、連絡来ないんだけどどうなってるかしら」「由紀ちょっと落ち着きなよ!! あんまり騒いでると気付かれちゃうよ!!」「うっ!! そ、そうね」「もう遅いと思いますよ」 少し離れたところで今話し終えたばかりのケータイを片手に持ち、私は隅でこそこそと話をしている二人の方に静かに歩いて行く。 この二人が、綾香さんから聞いていた女性に違いない。「今、義兄《あに》から連絡が来ました。お二人のお待ちになってる男性からの連絡は来ないと思いますよ」 声を掛けられた二人は体を大きく震わせて、明らかに動揺しているようだ。「な、なんの事かしら」「そ、そうね。なんの話をしているのか分からないんですけど」 演舞の準備のため集まっていた人たちも私たちの子の話し合いに気付いたみたいで、手を止めてこちらに顔を向け始める。綾乃さんも気づいたみたいで静かに近寄ってきて、私の横まで来ると立ち止まった。そのまま二人を見つめる。 私は一つ大きなため息をついた。「そうですか。素直に言ってくれれば事を大きくせずにこのまま引き取ってもらおうと思っていたんですが……」 隣にいる綾乃さんに視線をチラッと向けてまた前にいる二人に戻す。「??」 視線に気づいた綾乃さんが不思議そうに私を見てきたけど、その視線に微笑みだけを返した。本当ならここから先の話は聞かせたくなかったんだけど……。 周りに人が集まって輪になりつつあり、ざわざわとし始める。「松田さんに北方さんですよね? お二人なんですね綾香さんの亡くなった事件の犯人は」「な!?」 目の前の二人はもちろん、隣にいる綾乃さんも含めこの言葉を聞いた周りの人たちからざわつきが消えた。「向こう
「そこで何してるんです?」 俺と相馬さん二人の前に人影が二つ。 そこは舞台の前にある先端部に続く花道の一つ。その真下に位置する場所だ。そして踊り終わりに近づいた日暮さんが通る場所でもある。「な、なにって」「何もしてないぞ。ただ今日の舞台の調子とリハをしてただけだ」 そういう人影の片方はたぶん[鶴田]という男方の一人だろう。もう一人はこの男に使われてるだけだとは思うが、万が一のためにすべてを擦《なす》り付けるための保険かな。「そうですか……変ですね」 俺はその男たちのいた場所を見ながら切り出した。「な、何がだ」「朝、俺が見た時とは仕掛けも道の上も形状が違ってます」「な、なにを言っている。そんなことがあるはずないだろう」 明らかにうろたえ始める二人。「いえいえ、朝来た時に写真を撮っておいたんですよ」 そう言って二人に向けてスマホをかざす。ノドがなる音が二人から同時に聞こえた。「そ、そんなモノだけで何の証拠になる」「あぁ~、それと今してたことも撮ってもらってました」 俺のあげた手を合図に少し離れたところに止めてある車から三人の女の子が降りてきて、こちらの方にゆっくりと向かってきている。 俺が昨日電話をした事の一つは、この用事を済ませる為。もちろん呼んでおいたのは今日から近くでお泊りをすることになっているカレンと市川姉妹だ。車を運転してくれてた市川夫妻にも後で感謝を述べなくてはならないけど。「さて、もう言い逃れはできませんけどどうしますか?」「く、くそっ!!」「つ、鶴田さん!!」 すると突然冷気が漂い始める。ピリピリと肌に感じ始めたこの感情は最近も感じたことのある物で。男二人をにらみつけるようにその側に立つ綾香の姿がそこに現れようとしていた。 だんだんと濃くなっていくその姿は、たぶんここにいる皆にも視え始めたかもしれない。それほどまでに強力な感情が流れていた。