――16時ようやく2人の写真撮影が終わり、早く写真がみたいジェニファーは店主に尋ねた。「すみません。写真はいつ出来上がりますか?」「そうですねぇ……10日もあれば引き渡しできます」「え!? 写真の出来上がりって10日もかかるんですか!?」予想もしていなかった日数にジェニファーは驚きの声を上げてしまった。「申し訳ございません。これでも以前に比べれば、大分日数が早くなったのですけど……」店主が申し訳無さそうに謝ると、ニコラスがジェニファーに声をかけてきた。「ジェニファー。もしかして写真がどの位で出来上がるか知らなかったの?」「え? ええ……知らなかったわ」「それじゃ、写真を撮ったのは初めてだったの?」「そ、そんなことないわ。前も撮ったことがあるけれど、そのときはあまり写真が気にならなかったからなの」ジェニーが写真を撮ったことがある話を思い出し、必死で言い訳をするジェニファー。「そうだったんだ。でも今は興味を持ったということなんだね?」「それは勿論。ニコラスと一緒に写真を撮ったからよ」「そう言って貰えると嬉しいな。僕も10日後が待ち遠しいよ」ニコラスは笑顔でうなずくと、次に店主に金貨4枚を差し出した。「写真代です、お願いします」「はい、まいどありがとうございます」ニコラスが金貨を払う姿を見て、ジェニファーは驚いた。「待って! ニコラス、写真なら自分で払うわ!」「駄目だよ。 僕が払うよ、ジェニーにプレゼントさせてよ」「私に……? あ、ありがとう……」プレゼントという言葉にジェニファーは嬉しくなり、顔がつい赤くなる。「うん、プレゼントだよ。それじゃ、行こう」ニコラスの言葉にジェニファーは頷くと、3人揃って写真屋を後にした――****「ニコラス、私もう帰らないと」写真屋を出るとすぐにジェニファーはニコラスに声をかけた。「え? 今日もなの?」「ええ、遅くなると心配されてしまうから」「そうなんだ……もう少し一緒にいられると思ったのに、残念だな。でも明日も会えるよね?」「う、うん。勿論会えるわ」「また明日も1人で町に出てくるつもりですか?」するとシドがジェニファーに尋ねてきた。「え? そうだけど……」「1人で出掛けるのは危ないのではありませんか? 現に今日、危険な目に遭いましたよね?」「あ……」その言葉に、
3人は町の写真屋へ向っていた。ジェニファーとニコラスが並んで歩き、その数歩後ろをシドがついて歩いている。(どうしてシドさんは後ろを歩いているのかしら?)不思議に思ったジェニファーは後ろを振り返り、シドに声をかけた。「シドさん、どうして後ろを歩いているの?」すると一瞬、戸惑いの表情を浮かべてシドは答えた。「俺は後ろで良いんですよ。何しろ従者ですから」「そうだよ、専属護衛と言ってもシドは従者だからね。従者って、普通は隣をあるかないだろ?」「そ、そうね。言われてみればそうだったわね」ニコラスに同意を求められて、慌ててジェニファーは返事をした。(いけないわ、今の私はジェニーなのだから。従者がどういうものか知らないと変に思われてしまう)「ところでジェニー。昨日僕がプレゼントしたブレスレットはどうしたの?」「え? あのウサギの形のブレスレットのことよね?」「そうだよ。すごく気に入ってくれていたから……てっきり今日つけてきれくれるかと思ったんだけど……」ニコラスの声は少し寂しそうだった。「あ、あのね。とても気に入ったから無くさないように大切に宝箱にしまってあるのよ」慌てて弁明するジェニファーの脳裏に、嬉しそうにうさぎのブローチを見つめているジェニーの姿が思い浮かぶ。(本当は、私もあのウサギのブローチが欲しかった……だって、私が気にいった物だったし、ニコラスからのプレゼントだったのだから)ジェニファーの暗い気持ちとは裏腹に、ニコラスは笑顔になった。「そうなんだ、気に入ってくれたんだね? それなら良かった。だったらいずれまたブローチをつけた姿を見せてくれたら嬉しいな」「そうね。いつかまたね」返事をしたものの、ジェニーにブローチを借りたいとは言い出せそうに無かった。(同じブローチが売ってれば自分で買ってニコラスの前でつけてみせるのに……)「……」そんな2人の会話を、後ろをついて歩くシドは黙って見守っていた――**** 3人は町で唯一の写真屋に来ていた。「え!? ジェニーは一緒に写真を撮らないの!?」写真屋にニコラスの声が響き渡る。「ええ、私は撮らないわ。ニコラスだけ撮って貰ってくれる?」「どうして! 2人で一緒に写真を撮るために来たんじゃなかったの? 僕だけ撮るなんて変だよ!」ニコラスの言うことは尤もだった。「何故、ニ
ジェニファーが振り向くと、見知らぬ2人の青年が見下ろしていた。「へぇ〜……着てる服が上等だから声をかけてみれば、こんなに可愛らしい顔をしていたとはな」「これは、結構な上玉なんじゃないか?」青年たちはジェニファーを無視して会話をしている。「あ、あの……?」すると最初に声をかけてきた青年が尋ねてきた。「お嬢さんは1人なのか? 誰か連れの人はいないのかい?」「は、はい。そうですけど……」なんとなくイヤな予感を抱きながらジェニファーは返事をする。「そうか、1人なんだな? だったらお兄さんたちが遊んでやろう。何か美味しいものでも買ってあげるよ」青年がジェニファーの腕を引っ張って立たせた。「い、いや! 離して! 私、待ち合わせしてるんです!」恐怖を感じたジェニファーが大きな声を上げた次の瞬間――「何やってるんだ!! やめろ!!」突然背後で大きな声が聞こえた。「何だ!?」「何っ!?」青年達は驚きの声をあげて、振り返るとそこには息を切らして睨みつけているニコラスの姿があった。その後ろにはニコラスよりも少し年上と思しき栗毛色の髪の少年もいる。「何だ? まだ子供じゃないか?」「俺達は忙しいんだ、さっさと失せな」「ニコラスッ!!」捕らえられたジェニファーが涙目で叫んだ。「ジェニーッ!!」ニコラスが青年たちに捕らえられたジェニファーを見て顔色を変える。「ニコラスッ!! 助けて!」ジェニファーは必死でニコラスに助けを求めて手を伸ばした。「シドッ!!」「はい!」シドと呼ばれた少年は頷くと、青年たちに突進していく。よく見ると、腰には剣が差してある。「何だ? ガキのくせに!」「俺達とやる気か?」青年たちはジェニファーを突き飛ばすと、腰に差していた短剣を引き抜いた。「キャアッ!」「ジェニーッ!!」地面に倒れそうになる寸前に駆けつけてきたニコラスがジェニファーを抱きとめた。「大丈夫? ジェニー」「え、ええ……ありがとう」一方青年たちはシドと呼ばれる少年相手に苦戦していた。ガキッ!キィインッ!!「く、くそ! 何だコイツ!」「ガキのくせに!」焦る青年たちを相手に少年は無言で剣を奮って、追い詰めていた。「ね、ねぇ……あの人、大丈夫なの……?」ジェニファーは震えながら大人たち相手に戦っている少年を見つめる。「大丈夫
――翌日今日も外は快晴だった。「それじゃ、そろそろ時間だから行ってくるわね?」外出準備を終えたジェニファーは椅子に座って自分を見つめているジェニーに声をかかた。「ええ、ニコラスによろしくね。それと、これを持っていって。必要だから」ジェニーがレースのついた巾着袋をジェニーに手渡してきた。巾着袋は重みを感じられる。「これってまさか……お金なの?」「そうよ、金貨が5枚入ってるわ」「金貨5枚!? それって大金じゃないの!」週に一度もらっている金貨を一度に5枚も持たされたのだから驚くのも無理はない。けれどジェニーは首を傾げる。「金貨5枚って、そんなに大金かしら? でも今日写真を撮るのだから、それくらいは必要になるはずよ」「え……? 写真を撮るのって、そんなにお金がかかるの?」この時代、まだまだ写真は珍しく貴重なもので、一部のお金持ちしか写真を撮ることが出来なかったのだ。けれど、それすらジェニファーは知らなかった。それほど貧しい暮らしを余儀なくされていたからであった。「そんなに高いのかしら? でも以前お父様と写真を撮ったとき、やっぱりそのくらいの金貨を支払っていたわ」「そ、そうなのね……なら落とさないようにしっかり持っていくわ」緊張しながらジェニファーは巾着袋を自分のショルダーバッグにしまった。何しろ、このお金でニコラスの写真を撮らなければならないのだから絶対に落とすわけにはいかない。けれど、生まれて初めて写真を撮ることにジェニファーはワクワクする気持ちもあった。(自分の写真を見るのって、どんな気持ちかしら……)そんなことを考えていると、思いがけない言葉をジェニーに告げられた。「そうそう。言い忘れていたけど、写真はニコラスだけを撮ってきてね?」「え?」その言葉に、ジェニファーはドキリとした。「現像出来たら、ニコラスの写真を額に入れて飾りたいのよ。だって、とても素敵な人なのでしょう?」頬を赤く染めて無邪気に笑うジェニー。(え……? 撮るのはニコラスだけ……?)自分も写真を撮れるのだと思っていただけに落胆は大きかった。「そ、そうね。確かにニコラスは素敵な人よ。それじゃ、そろそろ行ってくるわね」言葉に詰まりそうになりながら、ジェニファーは何とか笑顔で返事をする。「ええ、行ってらっしゃい」笑顔で手を振るジェニーの胸元には、
メイドから手当を受けたジェニファーは、早速明日も外出して良いか尋ねることにした。「あのね、ジェニー。実は明日もニコラスと会う約束をしてしまったのだけど……出掛けて良いかしら?」「え!? 明日も出掛けるつもりなの? それは駄目よ!」予想外の反対にあい、ジェニファーは焦った。「え? ど、どうして駄目なの?」「だってジェニファーは怪我をしているじゃない。最初は手だけかと思ったけど、足も怪我しているわ。それなのに出掛けては駄目よ。明日は家で私と一緒に過ごしましょう?」ジェニーはジェニファーの手を握りしめてきた。「だけど、ニコラスと約束してしまったのよ。明日も会いに行くって」するとジェニーが悲しそうな目で見つめてきた。「ジェニファーは……私と一緒に過ごすよりも、ニコラスと一緒に遊びたいの?」「そういうわけじゃないわ。ただ約束してしまったからなの。勝手に約束を破るわけにはいかないでしょう?」「待ち合わせ時間にジェニファーが来なければニコラスだって諦めて帰るはずよ」友達が1人もいたことのないジェニーは人付き合いとはどういうものなのか、良く理解していなかった。ジェニファーはすっかり困り果ててしまった。(どうしよう……約束を勝手に破ればニコラスは怒るに違いないわ)ニコラスに嫌われたくは無かったジェニファーに良い考えが浮かんだ。「ねぇ、聞いて。ジェニー。ニコラスは私のことをジェニーだと思っているの?」「そうだったわね。確か彼の前では私の名前を名乗っているのでしょう?」「そうよ。もし明日私が待ち合わせ場所に行かなければ、きっとニコラスは怒ると思うの。ジェニー、あなたのことを」「え……? 私のことを……?」「そうよ。だってニコラスは私がジェニファーだとは知らないのだもの。ひょっとするとジェニーが嫌われてしまうかもしれない」「私が嫌われる? それはいやよ!」激しく首を振るジェニー。「だったら、明日もニコラスに会いに行っていいでしょう? その代わりに2人で会ってどんなことをして過ごしたか全部報告するから」その言葉に少しの間、ジェニーは口を閉ざしていたが……。「……分かったわ、明日も出掛けてきていいわ。その代わり、条件があるの」「条件? 何かしら?」「あのね、私……ニコラスがどんな顔をしているか知りたいの。明日、町の写真屋さんで写真を撮っ
ジェニーの部屋に辿り着いたのは16時丁度だった。「キャアッ! どうしたの、ジェニファー!」ジェニファーの姿を見た途端、ジェニーは悲鳴をあげた。それもそのはず、今のジェニーは酷い有り様をしていたからだ。綺麗な服にはあちこちが汚があり、髪の毛にはところどころに草がついている。手は擦り切れ、血が滲んでいた。ジェニファーは実際ここにたどり着くまでに、多くの使用人たちに出会って驚かれてしまった。中には怪我の治療を申し出てくるメイドもいた。けれどジェニファーは申し出を断って真っ直ぐにジェニーの元へ戻ってきたのだ。「ここへ戻る時に途中で転んでしまったの。私ってドジよね、でも時間までには間に合ったでしょう?」肩で息をしながら笑うジェニファーをじっとジェニーは見つめている。「そんなことより、怪我をしているじゃない! すぐに手当をしてもらわないと!」ジェニーはポケットから小さな呼び鈴を取り出しチリンチリンと鳴らした。するとすぐにメイドが現れた。「お呼びですか? ジェニー様」「ジェニファーが怪我をして帰ってきたの。すぐに手当をしてあげてくれる?」「はい! 今、救急箱を取ってまいります!」メイドが一度部屋を出ると、ジェニーは早速質問した。「ジェニファー、どうしてこんな事になってしまったの? まさか時間に間に合わせるために走ってきたのじゃないかしら?」「え、ええ。そうなの……あ、その前に」ジェニファーは被っていた帽子を取ると、ブローチを外した。「はい、ジェニファー。お土産のブローチよ」「まぁ……可愛い。ありがとう、ジェニファー」「あのね、このブローチ……実はニコラスが買ってくれたの。ジェニーのためにって」ブローチはニコラスがジェニファーの為に買ってくれたものだった。だから本当は欲しかったのだが、ジェニーの為に我慢することにしたのだ。(そうよ。ニコラスは私がジェニーだと思っているのだから……これでいいのよ)無理に自分に言い聞かせ、諦めるジェニファー。「え? ニコラスが……私に買ってくれたの?」ジェニーの顔は嬉しそうだった。「そうよ、だから私からは本をプレゼントさせて」ジェニファーは小脇に抱えていた本をさしだした。「ありがとう、見せてもらうわね……まぁ素敵! まるで写真のようだわ」「風景画の画集なの。ジェニーは、外へ出ることが出来ない