*** あれから稜と口をきかずに一瞬だけ視線を合わせ、直ぐに背中を向けてしまった。なにか話しかけたかったのに、どこか悲壮感を漂わせる彼の眼差しが、俺から言葉を奪ってしまったから。 しかも二階堂からの宣戦布告で、心中穏やかじゃいられないというのに、ぷいっと顔を背けられてしまい……。(もしかしたら、さっきの女性とのやり取りで、どこか気に入らないところが稜にあったのかもしれない) 普通に対処していたつもりだったけど、稜の中でなにか思うことがあったから、あんなふうに態度に表しているのかもしれないな。 普段、他人には出さないようにしている稜の心中を察し、揉めるのを覚悟であとで聞いてみようと思った。「すみませんが片付けが終了次第、これからのことについて、会議をしたいと思っております。皆さん、帰る前に一度集まっていただけませんか?」 書類を傍らに置きながらパソコンを操作しつつ、皆に向かって話しかけてきた二階堂に、あちこちから返事がなされる。「明日からがんばらないといけないから、さっさと作業終わらせてさ、はじめの話をしっかりと聞いて、とっとと帰りましょう!」 士気をあげるように声を出した稜。黙々と事務所内部を作っていた人たちに、それぞれ笑みが零れた。 相変わらず、盛り上げることに関しては誰にも負けない――本来なら俺も、こういうのをしなければならないのだけれど、どうにも照れくささが手伝ってしまい、声をかけることすら出来ないんだ。 見習わなければと考えていたら、背中を叩かれる感触に振り返った。「秘書さん、ちょっといいですか?」 乱雑に置かれたたくさんのファイルを、立ったまま整理していた俺に、少しだけ背の低い二階堂が、メガネを光らせながら見上げてくる。手には、俺が作った書類が握りしめられていた。「はい、なんでしょうか?」 さっきのやり取りがあるせいで、無機質な声で返してしまった。稜のためにここはもう少し、友好的な態度をとらなければならないというのに。「作っていただいたこの書類なんですが、内容に古いものがありましたので、こちらで差し替えさせていただきました。秘書さんの目で、きちんと確認してもらえますか?」 ばさりと無造作に手渡されたせいで、恐々とそれを受け取る。 傍にあった椅子を引き寄せ、改めて書類と向き合い、差し替えたというものをチェックしていった。
*** 自分の意見を言うため克巳さんの動きを止めたことに、少なからず心に引っかかりがあったせいで、つい彼の動きを目の端で捉えてしまう。 だから気がついてしまった。俺と同じように、克巳さんの動きをチェックしている女のコに――。(あのコは確か、幹部の娘さんだっけ。学生時代から、選挙活動でお手伝いのウグイス嬢をしているから、ぜひ使ってくださいって紹介された……)「相田さん、ここは私が片付けておくので、あそこにまとめられている段ボールの移動を、お願いしてもいいですか?」「ああ、いいよ。これからは力仕事、どんどん引き受けるから、遠慮せずに声をかけてくださいね」「わぁっ、すっごく助かりますぅ」 ……克巳さん、女のコに頼られてデレデレした顔してる――俺といるときよりも、楽しそうに見えるのは気のせいかな。ほほ笑み合って、なかなかいい雰囲気じゃないか。「まったく……稜さん、時間がないと自分から言っておきながら、手が止まっていますよ」 唐突に告げられた、はじめの怒気を含んだ声にハッとする。克巳さんの動きに気をとられて、手元が疎かになってしまった。「恋人が傍にいることで、自分のモチベーションが上がる分にはいいと思いますが、異性と喋ったくらいで不機嫌になられると、周りが気を遣うことになるんですよ」「不機嫌になんて、そんな……。むしろ、他の人と仲良くしてくれるおかげで、団結力が増すなぁと思って、ちょっとだけ見ていたんだよ」 心の中では克巳さんに対しての不満をぶちまけていたけれど、表情でそれを出していなかったはず。顔色ひとつで心情を読み取られて足を掬われないための、芸能人のワザを披露していたんだけどな。「作り笑いをすると目が笑っていないこと、ご存じないのでしょうか? あからさまに出ていました」 ――やり手の選挙プランナー。よく観察していたな……。「そっかー。じゃあこれからはしっかりと目が笑うような、作り笑いの練習をしておくよ。教えてくれてありがと」 その場から身を翻し、目聡いはじめから離れようとしたら、素早く腕を掴まれてしまった。「僕なら……稜さんにそんな、作り笑いなんてさせませんよ」「は? なにそれ」 行動を止められたことの不機嫌を表すべく、目力を強めながら睨んでやる。これをすると大抵の人は、恐れおののいたからね。「図星を突かれてイライラしても、そん
「聞きたいことって、なんでしょうか?」 メガネの奥から窺うような視線を一身に受けながら、余裕を見せつけるような笑みを浮かべる稜。芸能界という世界で色々と暗躍してきた彼の強みが、目の前で展開されようとしていた。「僕のところへ最初に依頼をしてきたのが、日本民心党だったんです。公認候補のふたりの内のひとりを、絶対に勝たせてほしいという電話を戴いたんですよ」「へえ……二階堂さんが好きな候補を、勝たせるということですか?」「自分の好みで、安易に選んだりしません。確実に勝てる相手を、リサーチした上で選んでいるだけです」(――なるほど。それで勝率が、八割というわけなんだな)「しかしその電話の五分後に、革新党にいる兄から電話が着ました。公認候補の貴方に、力を貸してほしいと……どうしてアナタが日本民心党の話を蹴ったのか、その理由が聞きたかったんです」 ……それか。俺としては勝つ為の大きな後ろ盾として、日本民心党の話を優先して欲しかったのに、対立候補のメンツを見て、稜がすごく渋ったんだ。「だって、おもしろい選挙にしたかったから」 俺にもこのセリフを、今見せているような微笑みで言ってのけたっけ。 くすくす笑う稜の姿を見て、二階堂は呆気にとられた顔をする。あの時の俺もきっと、同じ表情をしていたに違いない。「選挙をおもしろくするって、なにを考えているんでしょうか?」「だって、一番の対立候補になる元県知事の元村さんって、日本民心党の公認候補でしょ。党の議席確保の為に、俺に話を振ってきたのが見えみえでしたし。それにツートップが同じ政党っていうのも、投票する側からしたら、おもしろくないだろうと思ってね」 稜が肩をすくめた途端に、二階堂はそれまで浮かべていた笑みを消し去り、挑むような眼差しを向ける。「こういう理由ですけど、二階堂さんとしてはどうでしょうか。俺としては、負けない戦をするつもりです」 すると今度は、二階堂が笑い出した。事務所に響く彼ひとりの笑い声が、妙な感じで聞こえてくる。「芸能界の荒波を、自力でかいくぐって来ただけのことはありますね。そこら辺にいる、バカな政治家よりも度胸がある」 言いながら片膝をつき、稜の左手をとって甲にキスをした。 その瞬間、周囲の者たちが息を飲むのが伝わってきて――稜と二階堂の周りが、そこだけ別世界に見えてしまい、胸がキリ
芸能界の世界だけを見てきた稜にとって、今回の選挙ははじめてのことだからこそ、政党から応援の手をを借りて事務所を設立し、選挙のプロである選挙プランナーも手配していただくことになった。「ついにこの日がきちゃったね、相田さん」 事務所の中を忙しなく動く関係者を手伝いながら、大きなダルマを手にした稜が後ろにいる俺に微笑みかけてくる。 折り畳まれたパイプ椅子を持ったままほほ笑み返したら、足早に目の前を去って行った。さっきまでほほ笑み合って、視線を合わせていたことがなかったような所作に、思わず寂しさを覚える。 周りの人間を含め、俺が稜の恋人だということは周知の事実なれど、徹底的にクリーンな状態を維持してほしいと、政党の幹部から念押しされてしまった。 稜の口から出る自分の名字読みは、はじめて出逢ったときにされたものより、どうにも違和感があった。たったそれだけのことに見えない距離があるようで、不安に苛まれるとは――。 頭を振り、手に持っていたパイプ椅子を机に設置していたら、勢いよく事務所の扉が開いた。「お疲れ様です!! 皆さん盛大にがんばっていらっしゃいますね」(――ああ、やって来たのか。問題の選挙プランナー) 彼のことは、政党にいる幹部から紹介された。『私の不肖の弟なんだが、選挙プランナーとしての腕は確かだ。勝率はほぼ8割、手掛けた選挙を確実に勝利へと導いている』「不肖の弟ということですが……?」 眉根を寄せて説明する幹部の姿に、思わず質問を投げかけた。このとき稜が不在だったので尚更しっかり、説明を聞かなければいけないと考えたから。『本人には、きつく注意をしているんだが。行く先々で問題を起こすものですから。見境なく、相手に手を出す有り様で』 英雄、色を好むということなのか――なんにせよ、事前に聞いておいて良かったというべきだろう。「わかりました。そういう問題が起こらないよう、こちら側でも目を光らせておきますね」『若いが腕は間違いないので、その点は安心して頂きたい。この選挙、勝ちましょう』 そう言って握手をし、互いの信頼を分かち合った。若い選挙プランナーの問題を共有することによってなんて、情けない話だけど。 もちろんこのことは、稜の耳にも入れておいた。見境なくという点で、間違いなく彼も標的になってしまうだろう。その心配があったから、気を付ける
喘ぐようなその呼吸も、重なってる肌から伝わる熱も、何もかもが愛おしくて堪らなくなる――。「うぅっ、稜……挿れたままにしてる俺のを、さりげなく締めつけるなんて、まだ足りないのか?」「あれ、締まってた? そんなつもり、全然なかったんだけど。克巳さんのことが愛おしいなぁと、しみじみ感じていただけなのに」「また締めつける……このまま四回戦を続ける、羽目になるけど」 ちゃっかり腰を小刻みに上下させて、俺を煽ろうとするなんて、ヤル気満々じゃないか! これだから、克巳さんとのエッチは止められないんだ。「明日からは、こんなことをしている余裕なんてないし……こうやってずっと、繋がっていたくて。ねぇダメ?」 短く切った髪の毛を撫で、俺のことを宥めるように触れてくる克巳さんの手を取って、すりすりと頬擦りをしてみた。「繋がっていたいなんていうワガママを、聞かないワケがないだろう。それに――」「うん?」「いつもよりしつこくしていた俺の作戦に、まんまと君が乗ってくれたから」 切れ長の一重瞼を少しだけ震わせて、俺の顔に近づいてきた。その顔をもっと引き寄せるべく、両手で包み込んであげる。「克巳さん、俺の身体に火をつけるために、ねちっこく責めていたんでしょ?」 ちゅっと触れるだけのキスをしてから、改めて愛おしい人の顔を見つめた。どこか寂しげに見えるのは、どうしてなんだろう?「……身体だけに、火をつけたつもりはないんだよ」「だったら、燃料を投下されちゃったのかな。克巳さんに、燃え盛っている俺の気持ちを見せられないのが、すっげぇ残念かも」「証明してみて欲しい。俺のことをどれだけ好きなのか……稜」 胸を締め付けるような掠れた声が、耳と一緒に心にも響いた。 なにか、不安に思っていることでもあるのかな。もしかして知らない間に、俺がしでかしちゃったとか?「ごめっ……克巳さん俺は――ぅうっ!?」 続けようと思った言葉が唐突に、傍にある唇によって奪われてしまった。荒々しいそれのせいで、口の端からよだれが滴る始末。「んぐっ、もっ……くるしぃ、っ……あぁん」 俺の苦情も何のその、貪るようにくちづけを続行した。いつもよりしつこいワケといい、今のコレといい、いったいどうしちゃったんだろ。 理由を考えたくても、徐々に追い込まれていく身体から、見事に思考が奪われていく。 し
(今日の克巳さん、いつにも増してしつこく責めてくるな――これで何回目だっけ?)「もぉっ……ダメだって、ばぁ!! あぁっ、そんなに……したら、壊れちゃうって。ぁあ、あんっ」 俺の腰を持ち上げながら、真上から貫くような恰好をとらされる身になってほしい……。すっごく恥ずかしいのもあるけれど、それ以上に感じさせられて、さっきからイカされっぱなしなんだから。「選挙戦が始まったら、こんなことしてる、くぅっ……余裕なんて、ないだろ」「ひゃっ、あっ、ぁあっ、もっ……絶対っ、する、クセにっ」 ふたりきりになった途端に、目の色を変えて俺に触れてくるはずなんだ。『たまには、息抜きしなきゃ。それに溜まっているだろうし』 とかなんとか言っちゃって、俺が一番感じる部分を口に含み、簡単にイカされちゃうんだろうなぁ。こうやって心身ともに癒してくれる有能な秘書は、どこを捜したっていないだろう。 それにイヤというほど感じられる、克巳さんからの独占愛――。 上げていた腰を下ろして俺を横たえさせ、ぎゅっと体を抱きしめてきた。だけど腰の動きを止めずに、ずーっと感じさせるのって、すごいと思うんだよね。「愛してる、稜……」 囁くように告げられた言葉と一緒に、重ねられる唇。俺も愛してるって言いたいのに、それを飲み込むような、熱いくちづけをする。ねっとりと絡められる舌と、音を立てながら下半身に与えられる刺激が強すぎて、克巳さんの背中にガリッと爪を立ててしまった。「痛っ! ほどほどにしてくれ。快感が遠のいてしまう」 口ぶりは余裕がありそうだけど、表情は全然それを示していない彼に、ニッコリとほほ笑んでみせた。俺だって余裕がないんだから。 ナカでどんどん質量を増す克巳さんのモノが、ダイレクトにいいトコロを擦りつけるから、多分あと3分も持たない。イクなら、一緒にイきたいところなんだけど――。「克巳さ……っ、俺の、お願いぃ……聞い、て」「わかってる。ココをこんなに濡らして、おねだりしている稜のお願いは、当然ひとつだろうし」 言いながら俺のを握りしめて扱き出すなんて、そんなのすぐにイっちゃうよ。「やだぁっ、も……すぐにぃっ、イっちゃうって、はあぁん」「悪い。稜が感じ、るたびに……俺のを絞めつけるから、我慢して、いられなく、てっ。はあっ…ダメだ、イカされる」「ちが……俺が、イカされてるん