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第429話

Author: 栄子
万が一、今後本当に相応しい人に出会ったとしても、再婚を考えるまでには2、3年はかかるだろう。

だから、誠也のこの条項は、綾にとって、束縛にはならない。

たった3年だ。一生ではない。

「この条項は別に構いません」綾は言った。「誠也が作った協議書に何か落とし穴があるんじゃないかって心配してるだけです」

弁護士は頷いた。「お気持ちは分かります。これは碓氷先生が自ら作成した協議書ですね。ですから私も細心の注意を払って確認しましたが、今のところ他に問題は見当たりません」

「そうですか。葛城先生にそう言っていただけて安心しました」

その時、綾の携帯が鳴った。

清彦からだった。

「清彦」綾は電話に出た。「誠也はどう言ってるの?」

「碓氷先生に確認しました。来週の月曜日に離婚届を出しに行けるそうです」

来週の月曜日。

今日は月曜日。つまり、あと一週間後だ。

綾は少し不満だった。「明日じゃ駄目なの?」

「申し訳ありません。碓氷先生の都合で、最速でも来週の月曜日にならないと、離婚届を出しに行けないそうです」

清彦の声は少し重かった。

だが、綾は気にせず、ただ念を押した。「もし、またドタキャンされたら、この協議書を持って裁判所に離婚を申請するから」

「ご安心ください」清彦はため息をついた。「碓氷先生は今度こそ本当に諦める決心がついたようです。もうあなたを騙したりしないはずです」

「清彦、今の言葉録音したわよ」

電話口で、清彦は一瞬言葉を失った。

「来週の月曜日に誠也が現れなかったら、あなたとの通話録音と、彼がサインしたこの協議書を持って裁判所に行くからね」

そう言うと、綾は電話を切った。

彼女の携帯には通話録音機能があったのだ。

誠也に何度もすっぽかされているので、用心するに越したことはないと綾は思った。

-

夜、帰宅した綾は、離婚協議書を輝に見せた。

輝はさらに知り合いの弁護士に頼んで、協議書を見てもらった。

弁護士も協議書に問題はないと言い、さらに、「3年間再婚できない」という条項以外は、他の条項は綾と優希にとって非常に有利なものだと言っていた。

輝は友人の返事を聞き、改めて手元の協議書を見て、しばらく何も言えなかった。

「どうして......急に態度を変えたんだろう?」輝は首を掻いた。

「まだ誠也を信じているわけじゃないけど
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