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第153話

作者: 風羽
立ち居振る舞いの一つ一つが、まるで天から授かったかのような風格を湛え——

京介の姿には、誰もが目を奪われずにはいられなかった。

圭吾はふと、深く息を吐いた。

「……この縁談、本当に惜しいことをした」

来る前、彼と妻は舞に尋ねていた。

「やり直すつもりはないのか」と。

娘の返答は明確だった。「挽回の余地なんて、もうない」

ならば——

せめて、この最後の晩餐くらいは、穏やかに締めくくろう。互いの顔を立てて、静かに別れの膳を囲むのだ。

食事の席では、圭吾は世間話のように言葉を交わしながら、要所要所で婉曲にその意を伝えた。

京介ほどの男に、そんな含みを聞き逃すはずがない。

けれど彼は終始、表情ひとつ変えず、実に丁寧に舞の皿に料理を取り分けていた。

「この鯛、お前の好物だろう?父が特別に頼んでくれたんだ。たくさん食べて。最近、少し痩せたみたいだし」

舞は眉をひそめた。

「自分で取れるわ」

京介はそれでも柔らかな声で続けた。

「食べたいものがあれば、言って。俺が取るから」

その厚かましさに、礼とその妻も思わず冷や汗をかいた。

圭吾は内心、感心すらしていた。

この男、いざとなれば、どこまでも頭を下げられる……ある意味、大したものだ。

酒も進んだ頃、個室の外からざわざわとした声が聞こえてきた。

誰かが、舞を訪ねてきたようだった。

礼が扉を開けて問いかけた。

「どちら様でしょう?」

次の瞬間、彼は目を見開いた。

現れたのは——白石正明とその妻だった。

呆気にとられる礼をよそに、二人はずかずかと室内に入り込んできた。

舞を見つけると、正明は目に涙を浮かべながら声を上げた。

「舞、お前の可哀想な妹を助けてやってくれ!腎臓さえあれば、音瀬は健康になれるんだ!」

誰もが状況を把握できぬまま、正明は勝手に続けた。

「適合したんだ!舞の腎臓が音瀬に移植できる!

舞、これから音瀬はきっと、お前を尊敬し、大切に思ってくれる。もし将来、お前の体に何かあったら、音瀬が必ず恩を返す……だから、安心してほしいんだ」

……

舞は箸を置き、冷笑した。

「彼女が病気で、それが私に何の関係があるの?」

正明の表情が一変する。

「でも、お前……ドナー登録していたじゃないか!赤の他人にでも提供しようとしていたのに、実の妹にできないのか?」

舞の笑
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