突然妻がとびっきり甘えてきて、困っています」

突然妻がとびっきり甘えてきて、困っています」

last update最終更新日 : 2025-08-20
作家:  桃口 優たった今更新されました
言語: Japanese
goodnovel4goodnovel
評価が足りません
22チャプター
273ビュー
読む
本棚に追加

共有:  

報告
あらすじ
カタログ
コードをスキャンしてアプリで読む

概要

コメディ

おとなしい子

結婚してから恋愛

 ある日、主人公である山本 瑞貴(やまもと みずき)は妻の山本 花音(やまもと かのん)に突然「足りないよ」とだけ言われます。  彼はは、何のことか全くわからず、困惑します。  二人は、新婚夫婦です。  一体何が足りないというのでしょうか?  そして、妻のその言葉に隠された驚くべき思いとは?  

もっと見る

第1話

一章 「足りないよ」

 物事はいつも予想を超えてくるということを、僕はしっかり理解していなかった。

 これはきっと僕の理解が人よりかなり遅いことには関係していないはずだ。

 ただ予想以上のこととは、心を激しく揺さぶる。

瑞貴みずきちゃん、足りないよ」

 僕、山本 瑞貴は、妻の花音かのんに突然そう言われた。

 彼女はテーブルに箸を勢いよく置いたから、胸まであるカールした茶色の髪が少し揺れている。

 今日は一月一日で、僕は仕事が休みだ。だから今ゆっくりと一緒に晩ごはんを食べているところだ。

 僕たちは今家のこたつに隣同士で座り、おせちを食べている。こう座っているのは、決して部屋が狭いからという理由からではない。むしろ、たぶん部屋は広い方だ。「向かい合わせはなんか距離があって嫌」とある日彼女が言い出してから、ずっと僕たちはこの座り方をしている。

 彼女は家事全般ができて、その中でも特に料理が得意だ。

 だから、料理もいつもおいしいものを作ってくれる。今日の料理の味ももちろんおいしいし、きっと足りないのは調味料などの話ではない。

 一体何が足りていないというのだろうか。

 僕には全くわからなかった。

「花音ちゃん、突然どうしたの? そして、何が足りないの?」

 僕は三十一歳で、彼女は二十三歳だけど、僕たちはお互いに名前に『ちゃん』をつけて、呼びあっている。

 最初は僕はちゃん付けで呼ばれることに正直抵抗があった。今まで誰かにそんな風に呼ばれたこともないし、僕の方が年齢も年上だから。

 でもそう呼ぶ時の彼女の顔がとてもかわいらしいから、それでもいいかなと思い今でもそう呼び合っている。

「私たち、結婚したのよね?」

「そうだよ。そのことで何か話があるのかな?」

 僕たちは、去年の十一月一日に結婚した。

 それと『足りない』が何が関係があるのだろう。

「きゅんが足りないよ! 結婚したのに、きゅんが足りないのは、やっぱおかしいよ」

 彼女は突然勢いよく立ち上がった。

「まず落ち着いて。ゆっくり説明して。ねえ?」

 これは大事おおごとのような気がして、僕はいつもよりしっかり聞くように箸を置き、彼女の方を向いた。

「とにかく瑞貴ちゃんからきゅんが足りないよ。愛してくれているのはわかるよ。いつも本当に私のためにいろいろありがとうって思っている。でも、足りないものは足りない。毎日は楽しいものじゃなきゃ。決めた! 今日から『イベント事』の日には、瑞貴ちゃんがきゅんとする言葉や行動をとって、私をきゅんとさせて。これは私たち夫婦の大切なルールだからね」

 彼女は早口でそう言った。

 それに比べ、僕はゆっくりと確認をとった。

「確かに『夫婦の間でもルールが必要だよね』と昨日話したばかりだよね? そのルールが僕が花音ちゃんの決めた『イベント事』の日という日に、きゅんとさせることで間違えてない?」

 たまたまだけど昨日夫婦の間でルールを作るかどうか二人で話し合っていた。

 その時は、そこまで深い話し合いにはならず、特にルールも決まったりしなかった。

 それに僕はルールに関しては、正直あまり必要じゃないかなと考えている。彼女が楽しければ僕はそれでいいから。

「うん、さすが、私の大好きな瑞貴ちゃん。飲み込みが早い。その通りだよ」

 しれっと「大好きな」という言葉を彼女はつけたしてきた。

「なるほど。でも、いきなりきゅんとさせてと言われてもなあ」

 僕は頭を抱えた。

 もちろん彼女のことは愛しているけど、彼女が何にきゅんとするかすぐにわからなかったから。

「そんなに難しく考えなくて大丈夫よ。ただ私を好きな気持ちを、いろいろな言葉や行動にしてくれたらいいだけだから」

「うん、わかった。とりあえずやってみるよ」

 正直むちゃくちゃな注文だなと思ったけど、僕はしてみることにした。

「瑞貴ちゃんはまじめだから、きっとできるよ」

「うん」

 僕は、不安でもあった。

 ちゃんと彼女の求めているように応えられるだろうか。いや、そもそもどう応えたらいいかすらさっぱりわからないのだから。

 ネガティブや気持ちが込み上げてきそうになる。

「早速、今日は『イベント事』の日だね」

 彼女は目の前に飾ってあるカレンダーを見て、目を輝かせた。

 彼女のくるっとカールしたまつ毛がはっきりと見えた。

「えっ、今日は何かの記念日だったかな?」

「今日は一月一日。正月じゃない。立派な私たちの『イベント事』の日よ」

 僕は頭の中ではてなマークがたくさん浮かんだけど、何も言わなかった。

 そして、この時の僕は彼女の決めた『イベント事』の日というものが、すごく壮大なものだと全く気づいていなかった。

「正月は、家族が元気に暮らせるように神様にお祈りする日よ。家族のことを思う日。それはつまり、私たちにとって立派な『イベント事』の日じゃない!」

「うっ、うん、そうだねー。で、きゅんとさせるかあ」

 彼女は前のめりに話してきてるし、その勢いに負けた感は大いにある。

 急に自信満々に話されると、僕じゃなくてもびっくりするはずだ。

 でも、彼女の熱い言葉に反して、僕は正直なぜ今日が『イベント事』の日になるのか、いまだに一ミリもピンときていなかった。

「そうそう、早く〜」

 彼女は突然いつも出さないようなふにゃふにゃとした声を出して、むぎゅっと腕にくっついてきた。

 普段彼女はスキンシップをとるタイプの人ではない。

 「えっ、なになに? 突然どうしたの?? 『イベント事』の日というより、実は本当は何か買ってほしいものでもあるの?」と思うほどの変わりっぷりだった。

 きゅんとは考えてするものなのかな? という疑問も頭に浮かんできた。

 考えた末に、「花音ちゃん、大好きだよ」と僕はそれだけ言った。

「まあベタだけど、最初だからいいか」

「こんな感じでいいのかな?」

 僕は、彼女に確認をとった。

「まあまあ今後努力してくれるって言ってたし、次の『イベント事』の日は期待してるね」

 彼女はわかりやすく物足りない様子を前面に出していた。

 「あれ、実はあんまり満足してない? もっと違う言葉じゃなきゃダメだった??」と僕は一層頭を悩ませることとなった。

 そして、彼女の言葉には、気になることがあった。

「もしかしてだけど、次の『イベント事』の日は、いつか教えてくれないの?」

「教えないよ。だってその方がサプライズ感があって楽しいじゃない?」

 僕は「それは誰に対するサプライズ?」とツッコみたくなったけど、グッとその言葉を飲み込んだ。

「うん、そうだよね」

 こうして、僕にとって彼女をきゅんとさせるという謎のミッションが始まりを告げた。

もっと見る
次へ
ダウンロード

最新チャプター

続きを読む

コメント

コメントはありません
22 チャプター
一章 「足りないよ」
 物事はいつも予想を超えてくるということを、僕はしっかり理解していなかった。 これはきっと僕の理解が人よりかなり遅いことには関係していないはずだ。 ただ予想以上のこととは、心を激しく揺さぶる。「瑞貴ちゃん、足りないよ」 僕、山本 瑞貴は、妻の花音に突然そう言われた。 彼女はテーブルに箸を勢いよく置いたから、胸まであるカールした茶色の髪が少し揺れている。 今日は一月一日で、僕は仕事が休みだ。だから今ゆっくりと一緒に晩ごはんを食べているところだ。 僕たちは今家のこたつに隣同士で座り、おせちを食べている。こう座っているのは、決して部屋が狭いからという理由からではない。むしろ、たぶん部屋は広い方だ。「向かい合わせはなんか距離があって嫌」とある日彼女が言い出してから、ずっと僕たちはこの座り方をしている。 彼女は家事全般ができて、その中でも特に料理が得意だ。 だから、料理もいつもおいしいものを作ってくれる。今日の料理の味ももちろんおいしいし、きっと足りないのは調味料などの話ではない。 一体何が足りていないというのだろうか。 僕には全くわからなかった。「花音ちゃん、突然どうしたの? そして、何が足りないの?」 僕は三十一歳で、彼女は二十三歳だけど、僕たちはお互いに名前に『ちゃん』をつけて、呼びあっている。 最初は僕はちゃん付けで呼ばれることに正直抵抗があった。今まで誰かにそんな風に呼ばれたこともないし、僕の方が年齢も年上だから。 でもそう呼ぶ時の彼女の顔がとてもかわいらしいから、それでもいいかなと思い今でもそう呼び合っている。「私たち、結婚したのよね?」「そうだよ。そのことで何か話があるのかな?」 僕たちは、去年の十一月一日に結婚した。 それと『足りない』が何が関係があるのだろう。「きゅんが足りないよ! 結婚したのに、きゅんが足りないのは、やっぱおかしいよ」 彼女は突然勢いよく立ち上がった。「まず落ち着いて。ゆっくり説明して。ねえ?」 これは大事のような気がして、僕はいつもよりしっかり聞くように箸を置き、彼女の方を向いた。「とにかく瑞貴ちゃんからきゅんが足りないよ。愛してくれているのはわかるよ。いつも本当に私のためにいろいろありがとうって思っている。でも、足りないものは足りない。毎日は楽しいも
last update最終更新日 : 2025-08-01
続きを読む
二章 「始まる前の静けさ?」
 柔らかな太陽の光が、窓から部屋に入ってくる。   「朝は太陽の光りをたくさん浴びたい」という彼女の言葉から寝室の窓は大きくて、開放的な家を作ってもらった。 僕は、最近マイホームを買った。家について、僕自身は「いつか自分の家をもちたい」という夢があったから。たとえ無理をしてもこの夢を諦めることはできなかった。完全自由設計の一軒家ではないけど、多少こだわりを盛り込むことはできた。 僕はインテリアにはさほど興味はなかったから、彼女に任せた。 家をよく使うのは彼女だろうから、おかしなことではないと今も思っている。実際彼女もそれについて文句を言うことはなかった。 170センチある僕の全身が写る大きな鏡の前で、僕はあくびをしながらゆっくりと寝癖の残ったツーブロックの黒髪を触る。 いつも寝癖がつくことが不思議だと変わったことを考えていた。 簡単に身だしなみをチェックして、最後ににこっと笑顔を作った。 「えくぼがあってかわいいね」って付き合っていた頃に彼女に言ってもらえたのが嬉しくて、今でも彼女に話しかける前は、自分のえくぼを確認するために笑顔を作る。 自分自身は、特に特徴のない平凡な顔だと彼女に言われるまでずっと思っていた。 自分の顔が「かわいい」なんてなおさら思ったことはなかった。 初めて彼女に言ってもらえた時は、うまく反応できなかった。 それからいつものように、こたつの上に置いてある黒縁の眼鏡を手にとる。 僕たちの朝は、お互いに「おはよう」を言うことから始まる。 いつも先に起きるのは、僕だ。 そのことに対して不満はないし、僕も少しは料理ができるから朝食も作れるほうが作ればいいと思っている。  僕はあまり女性だからこうしてほしいというのがないのかもしれない。大切なのは、彼女が幸せであることだ。それが一番で、役割なんてどうでもいい。僕が彼女のためにできることがあるなら、めんどくさいと思わず喜んで何でもする。 「おはよう」と彼女に声をかける時、今日は少し遠慮がちに小声で話しかけた。 まだ昨日の甘えん坊モードが残っているか確かめるためだ。 正直昨日の彼女にビビっている。 一日経っても、僕に突然あんなことを言ったのかわからないから。 そんな僕にたいして、彼女は今日も僕の予想を超えてきた。 彼女はしっかりした声で「おはよう」と言った。 そ
last update最終更新日 : 2025-08-01
続きを読む
三章 「成人の日」
 あの日から数日が経った時のことだ。 それは、また突然やってきた。 僕が仕事から家に帰ってくると、彼女はいつもにこにこ笑顔を浮かべながら「おかえり」と玄関まで走ってきてくれる。 彼女の見た目は、きれい系というよりも、かわいい系だ。そんな彼女がニコニコで迎えてくれるのだから、僕は嬉しくなる。 「そんなに毎回急いで来なくても、僕はどっかに行ったりしないよ」と思うけど、僕が帰ってくるのを楽しみに待っていると思うと、そこもまたかわいいと思う。 本当に今日もかわいいが渋滞している。 彼女はフリルのついたピンクのエプロンをつけている。 晩ごはんは僕が帰ってくる時間に合わせて、全て作り終えてるようにしてくれている。 それなのに、いつもエプロンをつけたまま迎えてくれる。 それがなぜかは今まで考えたことなかったし、今考えても正直わからなかった。 でも、それを今後知っていきたいと思った。 それから、すぐに一緒に晩ごはんを食べるのがいつもの僕たちの日常だった。 でも今日はそれからが、いつもと違った。「お疲れ様。ねぇ、今日は『イベント事』の日だね」 彼女は猫撫で声で、上目遣いで見上げてきた。 元々彼女の声は高い方だけど、きゃぴきゃぴした感じはない。 もちろん、彼女のこのような声を僕は一度も聞いたことない。 一体どこからそんな声をだせるのかと僕は驚いた。 そして、彼女は155センチと元から僕より、かなり背が低い。だからわざわざ屈まなくても、普段から彼女は上目遣い気味で僕を見ている。 それなのに、今回の上目遣いは、動画サイトで練習したのかと思うぐらいに完璧だ。 僕の中でドキドキという感情が、驚きを超えてきた。 彼女はそれから何も言わず、絶妙な距離感でじっと見つめてくる。 彼女のなぜか少し潤んだ大きな目が僕の見える世界の中心となる。「えーっと、花音ちゃん?」 僕はドキドキに耐えられなくなった。「なに、どうかした? 素敵な瑞貴ちゃん??」 彼女は猫撫で声と上目遣いをしっかりキープしつつ、返事してくれた。 僕はこんなにドキドキしてるのに、彼女は恥ずかしがる仕草を全く見せない。どんな心境で、これができているのか素直に聞きたい。 彼女ってもしかしてメンタルがめっちゃ強い? でも、それを聞くことは、やめておいた方がいいと身体全身が訴えかけてきてい
last update最終更新日 : 2025-08-01
続きを読む
四章 「二月十四日 愛の記念日?」
 二月に入ってから、僕は今日を一番楽しみにしていた。 僕たちは交際期間が短かった。具体的には、六月から十一月の間恋人同士だった。だから付き合っていた時に、バレンタインデーの日が当然だけどくることはなく、今回が初めて二人で迎えるバレンタインデーとなる。 「ただいま」と言った後、「今日はバレンタインデーだね」と彼女が言ってくれるのを少し期待していた。 別に僕から言ってもおかしくないのだけど、僕から言うとプレゼントの催促をしているみたいにとられる可能性もあるから。 残念ながら、彼女は「おかえり」と言っただけだった。 僕はそわそわしてる気持ちを隠して、そのまま部屋に入っていった。 その後、晩ごはんの時も彼女の口から「今日はバレンタインデーだね」という言葉は出てこなかった。 こんなに言われないから、今日はお祝いされないと僕は諦めた。 晩ごはんが食べ終わると、彼女は「ちょっとお手洗いに行ってくるね」と言った。 彼女が完全に見えなくなってから、僕はガクッと肩を落とした。 一方で、落ち込むことに慣れているじゃないかと自分に言い聞かせた。 涙が出てきた。 そんな時リボンでラッピングされた大きな箱を僕の目の前にだして「ハッピーバレンタイン、愛しているよ」と言いながら彼女は突然現れた。 僕はまさかのことに、言葉が出なかった。「あはは、驚きすぎて声が出なかった? 一回サプライズをやってみたかったのよ。そんな反応されると、やった甲斐があるよ。そもそも瑞貴ちゃんとの大切な『イベント事』の日を、私が忘れるわけないでしょ」 彼女は楽しそうにお腹を抱えて笑っている。「えっ!? サプライズだったのね。ホッとしたよ」「ホッとした?」 彼女の目つきは心配したものに急に変わった。「いや、二人で迎える初めてのバレンタインデーを楽しみにしていたから」「そうだったのね。瑞貴も楽しみにしてくれていたのね」 彼女は優しく頭をなでてくれた。「大丈夫だからさ。瑞貴のタイミングでいいから、開けてみて」 彼女の他の人を温かい気持ちにする優しさが、僕は大好きだ。「ありがとう、花音ちゃん」 箱を開けると、僕の大好きなチョコブラウニーがたくさん入っていた。しかも一つ一つのサイズも小さくてかわいらしい。 僕がチョコが好きだと一度ぐらいしか言ったことなかったのに、それを覚えてくれて
last update最終更新日 : 2025-08-02
続きを読む
五章 「三月三十一日 お花見」
 桜がきれいに咲く時期になった。 今日は三月三十一日で、僕たちは今和歌山県の和歌山城に、桜を見にきている。 僕たちは関東に住んでいる。和歌山は全国に見たら桜の名所と呼ばれはしない。なぜ遠くの和歌山に桜を見にきているかと言うと、彼女がそこに行きたいと言ったからだ。 僕が「近々桜でも見に行かない?」と彼女に声をかけた時、彼女は「それなら、瑞貴ちゃんの地元で、瑞貴ちゃんが小さな頃によく見に行っていたところに行きたい」と言ったことから始まった。 僕の地元は和歌山だ。 「桜なら、都内の方がたぶんきれいだよ」と僕が言っても、「和歌山のじゃなきゃ、見に行かない!」とまたぷいっと頬をふくらませた。 怒る姿もかわいいってすごいよね。 てか、もうすでに甘えモードに入ってる? 僕は別にめんどうくさいとは思わなかった。そもそも、僕が彼女に対してめんどくさいという感情を抱いたことは今まで一度もない。愛する人のために、僕が何かできるなら喜んでやりたいと僕はいつも考えている。  でもなんで、そんなに場所にこだわるのだろう。 お城は、国道に面して建っている。 和歌山では、有名な花見スポットだ。 お城に着くと、満開のしだれ桜が出迎えてくれた。色は薄いピンクで、ダイナミックさとかわいらしい感じがある。 そのまま空を見上げると、すぐにお城の本丸が堂々と姿を現す。 お城と桜というものは、やはり見事な組み合わせで、圧巻だ。 桜のピンク色とお城のごつごつした瓦の色が調和していて、桜の美しさをより一層際立たせている。 桜はちょうど満開で、右を見ても左をみても桜がきれいに咲き誇っていた。 人は都会に比べて断然に少なくて、楽に移動ができる。 僕は子どもの頃に来たことがあるから、大体どんな感じか覚えている。 彼女は桜を見ては、「えっ、すごーい」とか「きれい!」と歓声を上げている。 都会生まれ都会育ちの彼女にとっては、何もかも新鮮で、なおかつ色々な品種の桜を一堂に見れるのは珍しいのだろう。 あちこちに咲いている違う品種の桜を珍しそうに見比べては、写真を撮っていた。 彼女は写真を撮るのが趣味だと、最近わかった。和歌山に行く準備をしている時に大きなカメラが気になり、聞いてみた。彼女は「写真を撮るのが趣味だから」と普通に言った。僕は今まで彼女が写真を撮っているのを何度も横で見てき
last update最終更新日 : 2025-08-03
続きを読む
六章 「過去編 恋の始まり」
 彼女の「過去に会いにいきたくなった」という言葉と散る桜は、僕に彼女が初めて出会った時のことを思い出させた。 今から、去年の四月末まで日付をさかのぽる。 僕は仕事の昼休みになると、いつも行く喫茶店があった。 軽食もあってお昼ごはんも食べられるし、何よりこの喫茶店はコーヒーがおいしかった。 僕はコーヒーが好きだ。 この店は、コーヒー豆にこだわっているとネットで書いていたので少し前に来た。それから味が気に入ってずっと通っている。 喫茶店は昔からある昭和を感じさせるお店だ。あまり装飾もない。さらに広くはなく、こじんまりとしている。 若者に媚びず、映えたりも全くしない。 でも静かで、時間がゆるやかに流れているように感じる。 気持ちの切り替えが苦手な僕にとって一人になり気持ちをリセットする意味でも、この喫茶店はとてもいいところだ。 彼女と初めて出会ったのは、この喫茶店だった。 僕がある日いつものように注文をした時、注文をとりに来てくれた店員さんが彼女だった。 その瞬間、一瞬で恋に落ちた。所謂一目惚れというものだ。顔ももちろんタイプだったけど、接客がとても丁寧で優しそうがにじみ出ていたから。さらに、彼女の雰囲気も、なんだか僕と似ていていいなあと感じた。 不思議なことだけど、何も彼女のことを知らないのに、その時彼女と歩む未来がはっきりと僕の頭に浮かんだ。 でも、よく彼女を見てみると、僕よりかなり若いようだ。 仮に何度か通い仲良くなったとしても、僕みたいな年上の男性が、告白したら彼女を困らせてしまうじゃないかと思った。 だから、僕は気持ちを抑えることにした。それでも彼女のことは気になって、喫茶店に行くといつの間にか彼女を目で追っていた。 感情をうまく整理できない日々が続いていると、不思議なことが起こった。 僕が注文をするために店員さんを呼ぶと、彼女が来た。それは別におかしなことではない。 でも、次の日も、その次の日も、注文をとりに来るのは必ず彼女だった。 もちろん、他にも店員さんはいるし、混み具合とかもあるのにだ。 そんなことは今までなかった。偶然というには、できすぎている気がする。 でも、臆病者の僕からはそのことについて触れることができなかった。 そんな日が、しばらく続いた。 それからさらに数日後、突然注文を聞き終えたのに、彼女が
last update最終更新日 : 2025-08-04
続きを読む
七章 「四月一日 エイプリルフール」
 僕は彼女との出会いを改めて思い出した。忘れたことは一度もない。ただこうやって意識的に思い出すことで新たな発見があるかともと感じた。 あの時は、彼女のことを全く知らなかった。それでも恋をした。 『イベント事』の日が始まる前の僕も、彼女のことをあまり知らなかった。 でも、これから先もずっと一緒にいるのなら、相手のことをもっと積極的に知る必要があるとわかった。 今は付き合いたての頃より、彼女のことをどれだけ知れているのだろうか。 僕は最近彼女のために変わりたいと思うようになってきていた。  お花見の日から一日開けた次の日、僕は『イベント事』の日について、わかってきたことをまとめてみることにした。 僕は少しずつだけど、どんな日が彼女にとって『イベント事』の日になるのか、わかってきつつあった。 『イベント事』の日はまず、比較的みんなに知られている記念日で、なおかつみんなが楽しい気持ちになれる日が多い。 その日にうまく理由をつけて、『イベント事』の日にする傾向がよくある。 『合算』という荒技などをしてくるぐらいだから、今後もまだまだ完全に読めないことは確かだけど、少しだけなら予測はできる。 今日はエイプリルフールだ。きっと彼女は甘えてくるに違いないと、僕は確信していた。 『イベント事』の日の法則性が少しずつわかってきても、僕はなぜその日が『イベント事』の日になるのか彼女の言葉で聞きたかった。 それは、なぜ彼女が突然『きゅんとさせて』と言い始めたのか知るためだ。 彼女の考え方を知り、それを手がかりに彼女の抱えている問題を見つけたい。 昨日から和歌山に泊まっているから今僕たちはホテルにいる。 ケトルでお湯を沸かし、僕はコーヒーを飲みながら考えていた。 僕は一日に数回コーヒーを飲む。 普段は何をするのも彼女と一緒に行動しているけど、このコーヒーの時間だけは一人でゆっくりと味わっている。 でも、ふとわざわざ一人の時間をもらう必要性があるのかと疑問にも思った。二人で温かいものを一緒に飲んでもいいのだから。 まったりとしていると、いきなり後ろから彼女に抱きつかれた。「今日は『イベント事』の日だよん」 女性なら誰しも一度は憧れるバックハグ。 彼女はもしかしたら「女性が憧れるなら、男性も憧れるはず!」と思ったのだろう。 でも、残念ながら、彼
last update最終更新日 : 2025-08-05
続きを読む
八章 「親になる準備をする日」
 怒涛の二日連続『イベント事』の日から、一ヶ月が経った。 僕はいつも彼女に驚かされてばかりの僕ではないと意気込んでいた。 驚かしている意図もわかったので、今度は僕が逆に驚かそうと思った。 彼女にも楽しい思いをしてもらいたいから。 だから、僕は次の『イベント事』の日がいつなのか目星をつけた。 そして、彼女が「今日は『イベント事』の日だよ」と言う前に、僕が先に言おうと考えた。 きっと彼女は『気づいてくれたの!?』と大喜びしてくれるはずだ。 いつの間にか僕は『イベント事』の日を楽しむようになっていた。 今日はゴールデンウィークで、こどもの日でもある。  僕の予想では、必ず『イベント事』の日に該当する。 しかも、彼女の好きな『合算』を使っているのだから間違いない。 抜かりのないように、なぜ今日が『イベント事』の日に該当するかの説明も考えておいた。 晩ごはんを食べ終わった後で、僕は彼女に何の脈絡もなくこう話しかけた。「今日は『イベント事』の日だよね」「えっ!?」 彼女は僕の突然の言葉に、びっくりしている様子だ。「よし、いい調子だ」と心の中でガッツポーズをした。「僕だって、わかるのだから。ちゃんと何で今日が『イベント事』の日になるのか理由もあるから、とりあえず聞いてよ。まずはゴールデンウィークとこどもの日の合算だよ。そして、何で『イベント事』の日になるのかは、結婚してもいつまでも子どものような心をもったままの二人でいようという意味があるからだよ」 僕は自信満々に話した。「瑞貴ちゃん、残念だけど、全然違うよ。今日は『イベント事』の日じゃないよ」 あれ? 思ってたのと反応が違う。 怒ってはいないけど、普段の彼女の反応だ。「うそー!?」 僕はそこで、自分が間違えたことに気づき、急に恥ずかしくなった。「いや、大切なことだから、もう一回はっきり言うけど、今日は『イベント事』の日と違うよ」「えっ、でも、だってちゃんと理由とかも、」「色々言いたいことはあるけど、そもそも理由が弱すぎるよ」 また、彼女はナチュラルに話を被せてきた。 甘えモードの時というより、『イベント事』の日の話になると、彼女はどうやら熱くなるようだ。「弱い?」 僕は意外な言葉に、そのまま聞き返した。「そう。日にちも間違ってるけど、理由が壊滅的に弱い。とにかく弱す
last update最終更新日 : 2025-08-06
続きを読む
九章 「六月四日 付き合った記念日」
 梅雨入りはまだしていないけど、雨の日がだいぶ増えてきた。 夜の雨は少し静けさがあって僕は好きだ。 僕は今傘を差しながら、駅から家に向かっている。 会社から家までは電車で一駅とかなり近い。僕は単純に近い方が通いやすいし、家での時間も長くとれると思い、会社の近くに家を建てた。 たまたまだけど、そのおかげで今は彼女と過ごす時間をたくさんとれている。 彼女のことを知るためには、時間が必要だとわかった。 僕は中小企業で、経理の仕事をしている。経理は数字を扱う仕事だ。だから、一つでも数字が合わないと、ダメなシビアな仕事だ。 それなのに、僕は彼女との大切な日には無頓着で、ほとん気にかけていなかった。 彼女に申し訳ない気持ちが日に日に大きくなってくる。 今からでもまだ変えられることがあるなら、僕は積極的に変えていきたい。 今彼女とのことでわかっていることは、考え方がすごく似ているということだ。 彼女がいつも『イベント事』の日に力説することは、強引なところもあるけど、僕も納得がいく時がほとんどだから。 他にも、笑いの感性も似ている。 そんなことを考えているうちに、家に着いた。「ただいま」「おかえり、ダーリン」「ダーリン!?」「そんなに驚いてどうしたの? いつもそう呼んでるじゃない?」 彼女はおかしなことなんて何もない、むしろ僕の方がおかしいという目でじっと見てくる。 いやいや、僕は間違えてないからね! と僕は負けじと見つめ返した。「うん、あっ、そうだったね」 僕は諦める覚悟を少しずつもってきていた。「もぅ。ダーリンは、忘れっぽいんだから」 彼女は体をクネクネさせていた。 「私、運動音痴だし、身体も固いのよ」と付き合っていた頃に言っていた。 「いや、身体柔らかいじゃん」とツッコみたくなるぐらい、見事な身体の動きだ。 彼女が今日こんなに甘えてくる理由は、さすがの鈍い僕でもわかっている。 今日六月四日は、僕たちの付き合った記念日だ。「ダーリンならもうわかってると思うけど、今日は『イベント事』の日だよ」「わかっているよ、花音ちゃん。今日は僕たちが付き合った記念日だよね」「ん? 『花音ちゃん』じゃないでしょ? ちゃんといつもの呼び方で呼んでよ」 ダーリンの相方といえば、アレしかない。 今回の甘え方は、僕も巻き添いをくらう系なの
last update最終更新日 : 2025-08-07
続きを読む
十章 「過去編 結婚までの道のり」
 彼女に告白されてからしばらく経った時のことを僕は思い出した。 突然の告白から始まった僕たちの恋は、その後も順調に仲を深めていった。 有名なデートスポットから彼女が「行きたい」と行った場所まで本当に様々なところに行った。 どこにいっても彼女は楽しそうにしていて、「またすぐにでもデートに行きたい」という気持ちにさせてくれた。 九月ごろには、結婚のことが二人の間で自然とよく話に上がるようになった。 互いの親に挨拶しにいくこととなった。 まずは僕の親の方に、事前に「話がある」とだけ言っておき、二人で挨拶しに行った。  僕は親と仲はいい方で、今も簡単な近況報告などをメールで定期的にしている。 僕は大学に入ると、一人暮らしを始めた。 それから大学卒業後も家の近くではあったけど、一人暮らしをずっと続けていた。 仕事をしながら、家事もすることは正直大変なことだった。 でも、年齢だけじゃなく、内面も立派な大人に早くなりたかった。「ただいま」と僕が実家のドアを開けると、お母さんが、笑顔で出迎えてくれた。 年に一度は実家に帰っているけど、この温かい雰囲気が僕は好きだなといつも感じる。 彼女のことを玄関で簡単にお母さんに説明し、僕たち二人家の中に入っていった。「お父さん、お母さん、今日は大切な話があって来た」 僕は早速話し始めた。 なかなか言い出さないと、その分だけ彼女の緊張は増すと思ったからだ。 お母さんは僕たちにお茶を出してくれた後、お父さんの横に静かに座った。「こちらは山吹 花音さん。今お付き合いをしていて、十一月に結婚しようと思っている」 僕がそう言った後、彼女は「山吹 花音と申します。ご挨拶に来るのが遅くなり申し訳ございません。瑞貴さんとはお付き合いさせて頂いております」とバタバタと挨拶をした。 全身から緊張しているオーラが出ている。 でも、「普通そうなるよね」と僕は思った。だって、彼女にとってこの場には、自分の知り合いは一人もいないのだから。 だから、僕は彼女に小声で「大丈夫だよ」と伝えた。「それは突然の話ね。瑞貴、結婚するの?」 お母さんは少し驚いていた。でも、嫌そうな感じは全然なく、優しい声でそう聞いてきた。 僕はお母さんに性格が似ていると小さな頃から周りの人に言われていた。「うん、そう。いきなりと感じるかしれないけ
last update最終更新日 : 2025-08-08
続きを読む
無料で面白い小説を探して読んでみましょう
GoodNovel アプリで人気小説に無料で!お好きな本をダウンロードして、いつでもどこでも読みましょう!
アプリで無料で本を読む
コードをスキャンしてアプリで読む
DMCA.com Protection Status