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転生モブは推しの闇落ちを阻止したい
転生モブは推しの闇落ちを阻止したい
Author: 灰猫さんきち

01:気がついたら異世界転生

last update Last Updated: 2025-06-10 15:17:01

 異世界に転生しているのは、小さい頃から何となく気づいていた。

 前世の私は、特に波乱もない普通の人生を送っていた。平凡な学生時代を経て、小さな会社に就職し、淡々と日々をこなしていた。しかし、その記憶はある時ぷつりと途切れている。

 たぶん、事故か何かで命を落としたのだろう。

 前世の記憶はあるものの、だいぶふんわりとしていて思い出せないことも多かった。

 だから私は取り立てて異世界転生者だと意識することもなく、普通にこの世界で生きていた。

 エリー・コーマ。それが今の私の名前。

 この世界は前世風に言えばファンタジーな世界観で、魔法があったり、神様や魔物がいる。

 特にこのサンクトゥア神皇国は女神信仰の国。

 数百年に一度女神が地上に降臨して、聖騎士たちを引き連れ、この世の闇を払うという伝説があった。

 私は魔力の才能があり、魔法に興味があったので、魔術アカデミーに入学して勉強に励んだ。

 聖騎士ほどじゃないが、上級魔術士になれば出世コースである。

「エリーは努力家だね。父さんの自慢の娘だよ」

「母さんの自慢でもあるわ。でもエリー、出世ばかりじゃなく恋やおしゃれもしっかり楽しむのよ」

 両親はそう言って私のことをいつも褒めてくれる。

「エリー、兄さんを忘れるなよ。アカデミーでいじめられたらすぐに言うんだ。いじめっ子を消してやるから」

 準聖騎士である兄まで揃って、うちの家族は末っ子の私を過保護に溺愛気味なのである。

 ちょっと困る時もあるが、私も家族が大好きだ。

 前世では早死してしまった。もう覚えていないけれど、きっと家族は悲しんだと思う。

 だから今生ではしっかり長生きして、出世して、恋もして? 幸せをいっぱい手に入れて、みんなで笑いあって生きていきたいと思っている。

 そんなわけでとりあえず魔法の勉強に励んだ私は、それなりに優秀な成績でアカデミーを卒業。十七歳で下級魔術士としてキャリアのスタートを切った。

 順風満帆な異世界人生だった。

 ――と、思っていた時期が私にもありました。

 荘厳な神殿の祭壇の前に、二人の少年が跪いている。

 年の頃は、少年らしさが残る十代半ば。彼らは対照的な容姿をしていた。

 一人は太陽の光を凝縮したような金の髪。少しだけ癖のある金髪が、神殿のステンドグラスから差し込む光を反射して、美しくきらきらと光っている。

 もう一人は夜闇そのものを思わせる漆黒の髪。まっすぐでさらさらの絹糸のような髪が落ちかかって、彼の表情を隠している。

 その二人の前に立ち、大司教が祝福を授ける。

 早春の日差しがステンドグラスに透けて、神秘的な光が辺りに満ちていた。

「ここに新たな聖騎士が誕生した。アレク、そしてゼノンよ。女神の降臨は近い。既にその予兆が見えた。よって聖騎士としての本分を全うし、この世の正義のために力を尽くすように」

「はい、もちろんです」

 金の髪のアレクは視線を上げて前を見る。大司教と祭壇、その背後に立つ女神像を。

 明るく活力に満ちた声で、はっきりと答える。

「使命、確かに承りました」

 黒髪のゼノンは目を伏せたまま。長いまつ毛が彼の青い瞳を覆っていた。

 静かに答える声は、まるで夜の湖面にさざなみが立つよう。

 彼らはまるで光と闇の化身のように、どこまでも正反対だった。

 それでいてそれぞれが美しく、神殿の雰囲気と相まっていっそ神々しいほどに見えた。新聖騎士の叙任式を見学しにきた人々が息を呑むほどに。

「…………」

 そして私は思い出した。

 このシーンは見覚えがある。

 曖昧だった前世の記憶が急激に鮮やかになっていく。

 前世で大好きだった漫画、『女神の聖騎士』の序盤の名シーン。

 何度も何度も読み返して、紙の本がボロボロになってしまったので電子書籍で買い直した。

 主人公のアレクとライバルのゼノンの対比が美しい筆致で描かれていた、お気に入りのシーンだ!

「ゼノン、そんな、嘘でしょ……」

 思わず漏れた呟きと同時に、目の前がぐるんと回るような感覚。そして暗転。

「エリー? しっかりしろ、エリー!」

 兄の焦った声が遠くに聞こえる。

 意識が、途切れた。

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