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第2話

Author: 匿名
会場にいた親族や友人たちの間から、ため息が漏れた。

五回目の婚約披露宴が失敗に終わって以降、会場に足を運んでくれる人はほとんどいなくなっていた。

今回は「絶対に成功させる」という強い決意のもと、私は方々に頭を下げて回り、親族や友人たちを再び呼び集めていたのだ。二人で幸せになる姿を、どうしても彼らに見届けてほしかったから。

けれど、私はまたしても彼らの前で恥をさらすことになってしまった。

私の家族は、湊が私を拒絶した瞬間に「もう見ていられない」といった様子で、顔を伏せて会場を去っていった。

もともと私を見下していた湊の家族にとっては、この光景はむしろ喜ばしいものだったのだろう。湊が出て行くと、彼らもすぐにその後を追うようにして帰ってしまった。

会場に残されたのは、憐れみの眼差しを私に向ける友人たちだけだった。

その時、手元のスマートフォンが「ピン」と通知音を鳴らした。画面を開くと、目に飛び込んできたのは琴音の最新のSNS投稿だった。

【あなたがそばにいてくれれば、私はもう一人ぼっちじゃない】

投稿に添えられた写真には、湊の胸に寄り添う彼女の姿があった。写真の右上には、湊の顔が半分だけ写り込んでいる。

そこに写る湊の眼差しは優しさに満ちていて、先ほど会場で見せた不機嫌な彼とはまるで別人のようだった。

その写真を見た瞬間、私の心の中で何かが音を立てて崩れ落ちたような気がした。

七年に及ぶこの泥沼のような関係を、終わらせる時が来たのだと思った。

琴音の存在は、私にとってずっと気がかりなものだった。

湊と付き合い始めた当初、私は彼に確認したことがあった。「もし琴音のことが好きなら、はっきりそう言ってほしい。私はしつこく付きまとったりしないから」と。

すると湊は決まって、「心が狭い」と私を責め、彼らの純粋な友情を汚すなと非難した。

「お前の心はどうしてそう汚れてるんだ。俺と琴音の間には何もないって言ってるだろ。

琴音は分離不安症なんだ。誰かがそばにいてあげないと発作が起きる。彼女が結婚するまではそばにいてやるって約束したんだよ。見捨てられるわけないだろ?

そんなにいちいち嫉妬して、まるでヒステリックな女みたいだぞ。やめてくれよ」

そんな言い訳を、私はもう百回以上も聞かされてきた。

私と湊がデートをしている時でさえ、琴音は電話一本で彼を呼び出した。「発作が起きたからそばにいて」という理由で。

琴音には他に友達がいないの?家族はいないの?湊が行けば治るなんて、彼は万能薬か何かなの?

私には、それが単に私から湊を奪うための口実にしか見えなかった。

滑稽なのは、湊がそれを少しもおかしいと思わず、毎回私を捨てて彼女を選んでいることだ。

そして今日、100回目の婚約という大事な日でさえ、彼は躊躇なく私を捨てて出て行った。

私は乱暴に目元の涙を拭うと、気丈に振る舞って友人たちを一人ひとり見送った。そして、誰もいなくなったガランとした部屋に一人で戻った。

リビングのソファに座り込み、婚約祝いのために用意していたワインを次々と開け、すべて飲み干した。

テーブルの上に散乱する空き瓶を見つめながら、私も写真を撮り、SNSに投稿した。

【結局、最初から最後まで、私は一人だったんだ……】

友人たちは皆、今日湊が再び私を置き去りにしたことを知っていたから、次々と心配のメッセージを送ってくれた。

【雫、あんたには私たちがついてるよ!

男なんて星の数ほどいるんだから】

……

通知音が鳴った。

開いてみると、それは湊からのメッセージだった。

【何を病みアピしてるんだ?琴音の発作が出たって言っただろ。少しは大人になって許してやれないのか?】

私を気遣う言葉など微塵もないそのメッセージを見て、私は自嘲気味に笑い、また一本ワインを空けた。

アルコールが胃を焼き、ヒリヒリとした痛みが広がるせいだろうか。目尻から自然と涙がこぼれ落ちた。

琴音が「寂しい」と言えば、湊は何をしていようと、どこにいようと、いち早く彼女のもとへ駆けつける。

それなのに、私に向けられるのは非難の言葉だけ。

七年の想い。どうやら私は、彼の中での自分の位置づけを見誤っていたようだ。

その夜、私は珍しくリビングで湊の帰りを待たなかった。

以前なら、彼が夜遅く帰ってきた時に暗い部屋を見て孤独を感じないよう、必ず明かりをつけてソファで待っていたものだ。朝まで待ち続けることも珍しくなく、そのせいで偏頭痛持ちになってしまったほどだ。

今日は酒を飲んだせいか、泥のように深く眠ることができた。

翌朝、目を覚ますと、やはり湊は一晩帰ってこなかったようだった。

私は以前のように電話をかけて問い詰めることもせず、自分の朝食だけを作って手早く済ませ、出勤の準備をした。

家を出ようとしたその時、湊が帰ってきた。

彼は何も置かれていない食卓を見て、少し驚いたようだった。

「俺の朝飯は?」

湊は胃が弱いため、前日帰ってこなかったとしても、私はいつも彼の分まで朝食を用意していた。彼が朝食を抜いて胃を痛めるのを心配していたからだ。

けれど今日、私は靴を履き替えながら、何食わぬ顔で答えた。「もう食べたわ。出前でも頼めば?」

私が怒っていることに気づいたのか、湊は歩み寄ってきて私の腰に手を回した。その口調は昨日よりもずっと優しかった。

「雫、婚約を断り続けている俺が悪いのはわかってる。でも、琴音には俺以外に頼れる人がいないんだ。どうしても放っておけないんだよ。お前だって、俺が心にしこりを残したまま結婚するなんて嫌だろ?

琴音が残りの人生を共に過ごせる相手を見つけたら、もう発作の心配もしなくて済む。そうすれば、俺も心置きなくお前と結婚できる。それでいいじゃないか。

俺と琴音の間には本当に何もないんだ。だから機嫌を直してくれないか?」

以前なら、湊にこうして優しく言い含められれば、すぐに許してしまっていただろう。

けれど今回、私の心にあるのはただの苛立ちだけだった。

そんな決まり文句は、もう聞き飽きた。私は彼の手を振りほどき、そのままドアを開けた。

「わかったわ。会社に遅れるから、もう行くね」

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